ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜

文字の大きさ
17 / 40
第2章 自由への道

第17話 地味で素朴でささやかな魔法

しおりを挟む

「もちろんよ」

 ダリルの問いに、アイセルは即答した。

「あなたは私たちの亡命を請け負うと言ったわ。
 その言葉を信じる」

 彼女の言葉にエラルドも頷く。
 そもそも、もしもダリルがアイセルを国に差し出すつもりがあるなら、出会ったその日に彼女を捕えたはずだ。

 だが、彼はそうしなかった。
 二人を試しながらも、チャンスを与えたのだ。

「完全に信用することはできない。だが、今はあなたを頼るしかないのも事実だ」

 エラルドの硬い声に、ダリルが頷く。

「それでいい。信用は必要ない。金貨五十枚分、しっかり俺を利用しろ」

 扉の外からは、兵士の足音が迫ってきている。

「行くぞ」

 エンゾの先導で、アイセルとエラルド、そしてダリルは地下へと続く扉に飛び込んだ。



 地下通路の中はグネグネと曲がりくねっているし、分かれ道ばかりだった。また、途中には岩に見せかけた扉もあって、たとえ追手が地下通路の入り口を見つけたとしても追いつくことは不可能だと思われた。
 だからといって油断するわけにもいかない。
 途中で小休止を挟みはしたが、一行はほとんど休まず地下通路の中を進んだ。

 そして彼らが地上に出たのは、それから一日と半日後のことだった。

 地下通路の出口は、ノックスリーチの南の山中の洞窟に続いていた。
 洞窟の中には食べ物や着替えなど、旅に必要な物資が木箱に入って積まれていた。さらに、寝床まで準備されている。

「いったん、ここで休もう。といっても、埃っぽい毛布しかないがな」

 ダリルが木箱の中から人数分の毛布を出したが、彼の言う通りどれも埃っぽい。それに長期間箱の中に詰め込まれていたらしく、ぺたんこに潰れている。

 それを見たアイセルは、

「それなら私にまかせて!」

 懐から生贄日記を取り出した。

「アイセル様!」

 咄嗟にエラルドが彼女の手元を隠すように身体を割り込ませた。

「どうしたのよ」
「その日記のことは黙っていた方がいいのでは?」
「あら。これから彼らに助けてもらうのよ? 隠し事はフェアじゃないわ」

 彼女の言うことにも一理あるが、ダリルの方も何やら隠し事があるように見えるし、こちらがすべてを明かす必要はないとエラルドは考えていた。

「それに、埃っぽい毛布は嫌よ」

 その気持ちも分かる。
 彼女の手元には、この問題を解消する手段があるのだ。それを使わないのは惜しいと思うのは当然だ。

(……逃げていれば、いずれ魔法を使わなければならない場面もあるだろう。先に魔法についてダリルに情報共有しておくのは悪いことではない、か)

 エラルドが心の中で納得している間に、アイセルは日記のページをめくり始めていた。

「ちょっと待ってね。確か……あったわ!」

 真ん中ぐらいのページを開き、細い指で文字をなぞる。

「“ふかふかになれ”」

 アイセルが唱えると、毛布がぽわんと音を立てた。同時に毛がふわふわにふくらみ、埃っぽかった嫌な匂いも消え失せる。代わりに、毛布からはお日様の匂いがした。

「『毛布をふかふかにする魔法』ですって。便利ねぇ」

 感心するアイセルの向かいでは、ダリルとエンゾが驚きに固まっている。

「驚いたな。……魔法か」



 * * *



 全員でゆっくり話ができたのは、その日の晩になってからのことだった。

 歩き疲れていたので、とにかく休息が必要ということで意見が一致したからだ。
 彼らはふかふかになった毛布に包まれて、日が沈むまでぐっすり眠った。
 ただし、男三人はくじ引きで決めた不寝番を交代でこなした。
 とはいえ、夕飯の時間になればそれなりに体力も回復したのだった。

 夕飯は洞窟に保存してあった食料をエンゾが調理してくれた。厳つい見た目とは裏腹に、なかなか繊細な味付けの料理が出てきたのでアイセルもエラルドも驚いた。

 温かい料理を囲んで最初に話題に上ったのは、やはりアイセルの魔法のこと。
 実は料理を始めるときにも、アイセルが『鍋の火を中火に保つ魔法』を使ったのだ。おかげで、エンゾは完璧な火加減で調理することができた。

「なるほどなぁ」

 アイセルが生贄日記の来歴を話すと、ダリルは感心したように頷いた。

「それで、“青い月のカクテル”のことも知っていたわけか」
「ええ。二代前の生贄が、記録を残してくれていました」

 そのページを覗き込んだダリルが、また一つ頷く。

「亡命仲介人の仕事は、師匠から受け継いだ。その師匠にも師匠がいた。その誰かが、この生贄と会ったんだろう。……結局、逃げなかったようだが」

 二代前の生贄の日記には、ノックスリーチで亡命仲介人と接触した三日後に王都に帰ったと記録されている。
 結局、契約しなかったようだ。

「それにしても、やたらページ数が多くないか?」

 アイセルがパラパラと日記をめくるのを見て、ダリルが首を傾げた。
 生贄日記はアイセルの手のひらに載せられるくらいの大きさの、小さな手帳だ。

(言われてみれば)

 見た目よりもページが多いように見える。

「この日記自体にも、魔法がかかっているみたいなの」

 言いながら、アイセルは最初の方のページを開いて見せた。

「『日記のページ数を圧縮する魔法』ですって。おかげで日記が軽く済んでいるから助かるわ」

 生贄日記は、本来はもっと重いはずなのだ。それが魔法によって圧縮され、華奢なアイセルでも簡単に持ち運びができるサイズに収まっているという。

「ほほーう」

 ダリルはさらに興味深そうに日記を覗き込んだ。

「俺の国でも魔法が使われることはあるが、こういう地味な魔法はあまり見たことがないな」
「オアシリカでは、今でも魔法が伝わっているのですか?」
「オアシリカだけじゃない。世界中どの国にも魔法使いや魔女がいる。どの国でも、彼らの魔法は国防の要として機能しているんだ」
「国防の要、ということは……」
「魔法とは通常、戦う手段として用いられる」

 これには驚いた。
 生贄日記に載っている魔法は戦う手段とは程遠い、地味で素朴でささやかな魔法ばかりだったからだ。

(いや、『睾丸を締め上げる魔法』だけは別だが)

 思い出してエラルドの背筋がわずかに震えた。

「ふむ」

 ダリルが顎に手を当てて考え込んだ。

「……日記に載っている魔法の方が、魔法の本来の形に近いような気もするな」
「本来の形、ですか?」

 アイセルの問いにダリルが頷いた。

「魔法とは、人の願いが生み出した奇跡だ」

 パチッと薪の爆ぜる音がして、同時にダリルの顔を照らしていた炎の明かりが揺れた。

「我が国の伝承では、人の願いを叶えるために生み出されたものが魔法だと言い伝えられている。だから、人を殺す魔法よりも『毛布をふかふかにする魔法』の方が、よっぽどそれらしいのかもしれない」

 エラルドには魔法のことはよく分からない。他所の国の事情も分からない。

 だが、確かに彼の言う通りだと思った。

 生贄日記に載っている魔法は全て、過去の生贄たちの願いを叶えるために、そこに記録されたものだから。



 * * *



 翌日、一行は次の街を目指して出発した。

「差し当たっての目的地は、南の国境沿いの街・アステラルだ」

 アステラル、その名前にアイセルの肩がピクリと揺れた。

「『証明の門』の街ですね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音
恋愛
王太子の婚約者選びの催しに、公爵令嬢のリゼットも招待されたが、 恋愛に対し憧れの強い彼女は、王太子には興味無し! だが、それが王太子の不興を買う事となり、落ちこぼれてしまう!? 数々の嫌がらせにも、めげず負けないリゼットの運命は!?? 強く前向きなリゼットと、自己肯定感は低いが一途に恋する純真王子ユベールのお話☆ (※リゼット、ユベール視点有り、表示のないものはリゼット視点です) 【婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?】の、テオの妹リゼットのお話ですが、 これだけで読めます☆ 《完結しました》

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音
恋愛
公爵令嬢オーロラの罪は、雇われのエバが罰を受ける、 12歳の時からの日常だった。 恨みを持つエバは、オーロラの14歳の誕生日、魔力を使い入れ換わりを果たす。 それ以来、オーロラはエバ、エバはオーロラとして暮らす事に…。 ガッカリな婚約者と思っていたオーロラの婚約者は、《エバ》には何故か優しい。 『自分を許してくれれば、元の姿に戻してくれる』と信じて待つが、 魔法学校に上がっても、入れ換わったままで___ (※転生ものではありません) ※完結しました

亡国の公女の恋

小ろく
恋愛
「俺は姫様ただひとりに忠誠を誓った僕です。どんなことがあっても命にかえてもお守りします」 戦争によって国を失った公女スヴェトラーナは、兵士のルカと共に隣国へ亡命の旅に出る。 たった数日間の旅で芽生えた愛にすべてを捧げようとするスヴェトラーナ。 愛を信じて貫こうとする公女と孤独で自尊心の低い兵士の恋のお話。

失踪した聖女の行方

はくまいキャベツ
恋愛
謎の不作により食糧不足に陥り、疫病まで流行り始め滅亡の一途を辿っていたある国が異世界からあらゆるスキルを持つと言われている聖女を召喚した。 ニホンという世界からきた聖女は、困惑しながらもその力を発揮し見事にその国を立ち直させる。 しかし全ての国民に感謝され、見事な偉業を果たしたにも関わらず、いつまでも浮かない表情である事を護衛の騎士は知っていた。 そして聖女は失踪する。彼女は一体どこへ、何故消えたのだろうか。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

婚約破棄されましたが、もふもふと一緒に領地拡大にいそしみます

百道みずほ
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢アリスは、一度も王子と対面することなく婚約破棄される。ショックと言えばショックだが、わたしは自由!とアリスはかえって喜んでいた。しかし状勢は変わり、お父さまが、領民が大ピンチに。アリスは守護神マカミ(真っ白で大きなもふもふ)と旅にでることにした。 ◇この作品はエブリスタでも公開しています。 ********** 舞台・登場人物の紹介(作者のため(;'∀')) 舞台はハトラウス王国ラッセル公爵領。海と山に囲まれ、川もあり、トラウデンという町は王都の台所と呼ばれている。近隣諸国との交易が盛んな土地で栄えているが、難点は王都から遠いところ。 主人公・公爵令嬢アリス・ラッセル 18歳 趣味は魔法修行と読書。 ただいまの愛読書は『エドワード王子の恋の物語~僕の運命の恋人は~』。ブロンド、オレンジ色の瞳。新領地の名前はマーウデン。 守護神マカミ 大きくて白くてふわふわ アリス付きのメイド ミス・ブラウン  執事 セバスチャン お父さま ハワード・ラッセル公爵イケオジ 茶色い目、茶髪 お母さま マーガレット・ラッセル 金髪青い目の美女 女神のごとく 弟 フィリップ・ラッセル イケメン候補10歳 魔法授与式受けたばかり薄茶色のふわふわの毛、青色の目 ラッセル領の教会・テンメル教会主 ハトラウス国・国王ロドニエル 派手好き 金茶色の髪 緑瞳 お后様オリヴィス 銀髪、菫色瞳 女神のごとく 曲がったことが嫌い 愛人リリアーヌ 黒髪 小動物系 派手好き 王子 アンソニー 銀髪 緑瞳 現婚約者 カトリーヌ 赤い髪、そばかす 赤色好き 派手好き 教皇さまグラツィオ 麻の白い着物 質素 教皇側近 ジロラウル  副教皇 リリアーヌの叔父、カトリーヌの父 派手好き 商工会議所代表 ウルマ、農協代表 サカゴク、新領地管理・2集落のリーダー・シタラとマイヤ 教会のテーマカラー・赤、青 シタラ、マイヤ、宿屋ガイソン、妻ナディ ・隣国 東のヘカサアイ王国 香辛料の国。唐辛子を使ったものが多い。砂漠と乾いた山々に覆われた地域。テーマカラー・ダークグリーン  王子 黒髪ロング 浅黒い肌 正装赤 妹 黒髪ロング 浅黒い肌 ・隣国 南のカルカペ王国 ・向かいの半島にある北の国ピュララティス王国 海の民・ラティファ(茶髪、青の瞳、活発、日焼け) 兄タウルス 日焼け筋肉質 ・大きな島の西の国シブラータ王国

処理中です...