【完結】ネル・クラム伯爵令嬢の介護相談所〜異世界なのに少子高齢化!?せっかく悪役令嬢に転生したけど、王子様に構っている暇はございません!〜

鈴木 桜

文字の大きさ
6 / 10

第6話 ケアマネ、【介護のプロ】を見つけ出す

しおりを挟む

「【介護のプロ】が見つからなければ、何も始まりませんわ」

 ネルは屋敷の庭で紅茶を飲みながら、向かいに座ったメイドのマリアンに熱心に説明した。

 彼女の言う【介護のプロ】とは、オムツ交換や入浴介助などの実際の介護技術を持つ人を指す。
 彼女の前世の職業は【ケアマネ】であるが、彼女自身は【介護のプロ】ではない。高齢者施設やヘルパー事業所等の現場で働いた経験がないのだ。というのも、彼女の元の資格は『保健師』といって、地域に住む住民の保健指導や健康管理といった仕事に従事してきた。


===Tips6===

【ケアマネの資格要件】
医師や薬剤師、看護師、社会福祉士、介護福祉士、柔道整復師といった国家資格を持つ人や、生活相談員など介護施設などで相談援助業務などに従事している人で、一定以上の期間の実務経験があること。
この条件を満たすことで、試験の受験資格が与えられる。
一口に『ケアマネ』といっても、そのバックグラウンドとなる実務経験は様々なのだ。

=========


(私の元職が【介護のプロ】なら、もっと早く色々なことが解決できますのに……!)

 ネルはがゆい思いだった。だが、そこで立ち止まってはケアマネの名折れである。
 
 彼女の内心の葛藤かっとうなどつゆ知らず、マリアンがきょとんと首を傾げた。そもそも、彼女は【介護のプロ】というものにもピンときていないらしい。この世界には仕事として介護をしている人はいないので、当たり前といえば当たり前だ。

「その【介護のプロ】を見つけ出して、その人にアクトン夫人の介護をしてもらうんですか?」

 マリアンの当然の疑問に、ネルはニコリと微笑んだ。

「もちろん、違いますわ」
「どういうことですか?」

 ネルは身を乗り出して、マリアンの胸元を指差した。

「メイドと同じですわ」

 意味が分からず、マリアンがまた首を傾げる。

「今では『メイド』と呼ばれる仕事に就く人は大勢いらっしゃいますけど、初めはそうではなかったということよ」
「……よくわかりません!」
「ふふふ。いいのよ。まずは、【介護のプロ】に会いに行きましょう」
「え! 心当たりがあるんですか?」
「ええ」

 ネルはゆったりと立ち上がって、屋敷の中に戻っていった。さらに廊下を進み、に入る。それを見たマリアンは慌ててネルを引き止めた。

「お嬢様、そちらはいけません」

 とは、使用人専用の階段や廊下を指す。屋敷の主人とその家族は、基本的に立ち入ってはならない場所である。

「今更でしょう? 厨房にも遊びに行くんですから」
「そうですけど……」

 用事があって厨房に入っていくのとはわけが違う。彼女が向かっているのは、屋根裏の使用人寮なのだから。

「お嬢様!」
「どうしてこちらに!」

 すれ違うメイドたちの驚く声に微笑みだけを返しながら、ネルはどんどん廊下を進んでいった。その先には、ある人物の部屋がある。

 ──コン、コン。

 ネルは迷う素振りを一切見せずに、その扉を叩いた。

「はいはい。今日のは休みよ。なんの用だい?」

 中から扉を開いたのは、初老の女性だった。
 彼女の名はモリー。『おばあ』と呼ばれる、最古参のメイドである。通常、この年齢のメイドは退職して屋敷を出ていくが、彼女はクラム伯爵夫人にわれてメイドの指導役として屋敷に残った。働くのは週3日だけで、残りの日は部屋で休むか遊びに出かける生活を送っている。

「あら! これは失礼いたしました、ネルお嬢様!」

 ネルの顔を見たモリーは、慌てて礼をとった。

「おばあにご用事でしたか? お呼びいただいたら、すぐにお部屋にまいりましたのに」
「今日は休日でしょう? 部屋にいてくれて助かったわ」
「そりゃあ、もう、暇人ですから」
「少し、よろしいかしら?」
「え、ええ」

 モリーは戸惑いながらもネルを室内に招き入れた。ネルは椅子に腰掛け、モリーは促されて仕方なくベッドに腰掛ける。

「今日は、モリーにお願いがあって来たの」

 ネルは、神殿での調査を経て、この世界にも【介護のプロ】がいると確信した。なぜなら、神官の『聖なる力』でも老化に伴う異常を治療することはできない。つまり、この世界の高齢者にも介護が必要になる時が必ず来るからだ。
 介護それが仕事として成立していないのは、かつての日本がそうだったように、介護は家庭内の人員によって担われているからに過ぎない。

(平民なら家族が行う介護だけど、貴族は違う。使用人──『メイド』の仕事よ)

 この屋敷に高齢者が暮らしていたのは、もう20年以上も前のことだ。現在勤めているほとんどのメイドには介護の経験がない。だから、このを訪ねてきたのだ。

「モリーは、先々代の伯爵夫人のお世話を担当していたわよね?」
「はい、そうです」
「亡くなる日まで、献身的に介護をしてくれたと聞いたわ」
「それが私の仕事です。何より、私も大奥様にはたいへんお世話になりましたから……」

 ネルは目尻に涙を滲ませたモリーの手をとった。

「その技術で、私の仕事を手伝ってほしいのよ!」

 こうしてネルは【介護のプロ】を見つけ出した。といっても、身近な場所に既にいたのだが。

往々おうおうにして、【社会資源】は身近なところにあるものよ)

 と、ネルは内心でにんまりと微笑んだのだった。




 * * *




 使用人寮から戻ったネルは、さっそく母親である伯爵夫人にモリーに仕事を手伝ってもらう旨の了承を取り付けた。『モリーも歳なのだから、あまり無理はさせないように』と釘を刺されはしたが。

「はっ、そういえば!」

 そして自室に戻って一人になり、ゴロンとベッドに転がったネルはあることを思い出した。

「神殿で『聖女』について聞いてくるのを忘れていたわ!」

 仕事に必死になるあまり、すっかり忘れていたのだ。ネルは深い溜め息を吐きながら考えた。

「……うん。『聖女』のことはおいおい調べるとして、まずはこの仕事に集中しましょう。これで成果を上げれば、婚約破棄はともかく追放は回避できるかもしれないし!」

 と、改めて決意したのだった。

 この翌日、くだんの『聖女』に出会ってしまうとは、この時の彼女は思いもしなかったのだ──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの悪役令嬢に転生したからと言って、悪役令嬢になれる訳では無い!!

来実
恋愛
悪役令嬢になってみたいと思った主人公が、理想と現実を体験しながら、異世界で過ごしていく、一応恋愛ファンタジー ……のはず 小説家になろうでも掲載しています

【完結】転生したら悪役令嬢だった腐女子、推し課金金策してたら無双でざまぁで愛されキャラ?いえいえ私は見守りたいだけですわ

鏑木 うりこ
恋愛
 毒親から逃げ出してブラック企業で働いていた私の箱推し乙女ゲーム「トランプる!」超重課金兵だった私はどうやらその世界に転生してしまったらしい。  圧倒的ご褒美かつ感謝なのだが、如何せん推しに課金するお金がない!推しがいるのに課金が出来ないなんてトラ畜(トランプる重課金者の総称)として失格も良い所だわ!  なりふり構わず、我が道を邁進していると……おや?キング達の様子が?……おや?クイーン達も??  「クラブ・クイーン」マリエル・クラブの廃オタク課金生活が始まったのですわ。 *ハイパーご都合主義&ネット用語、オタ用語が飛び交う大変に頭の悪い作品となっております。 *ご照覧いただけたら幸いです。 *深く考えないでいただけるともっと幸いです。 *作者阿呆やな~楽しいだけで書いとるやろ、しょーがねーなーと思っていただけるともっと幸いです。 *あと、なんだろう……怒らないでね……(*‘ω‘ *)えへへ……。  マリエルが腐女子ですが、腐女子っぽい発言はあまりしないようにしています。BLは起こりません(笑)  2022年1月2日から公開して3月16日で本編が終了致しました。長い間たくさん見ていただいて本当にありがとうございました(*‘ω‘ *)  恋愛大賞は35位と健闘させて頂きました!応援、感想、お気に入りなどたくさんありがとうございました!

魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
『完璧な王太子』アトレインの婚約者パメラは、自分が小説の悪役令嬢に転生していると気づく。 このままでは破滅まっしぐら。アトレインとは破局する。でも最推しは別にいる! それは、悪役教授ネクロセフ。 顔が良くて、知性紳士で、献身的で愛情深い人物だ。 「アトレイン殿下とは円満に別れて、推し活して幸せになります!」 ……のはずが。 「夢小説とは何だ?」 「殿下、私の夢小説を読まないでください!」 完璧を演じ続けてきた王太子×悪役を押し付けられた推し活令嬢。 破滅回避から始まる、魔法学園・溺愛・逆転ラブコメディ! 小説家になろうでも同時更新しています(https://ncode.syosetu.com/n5963lh/)。

無能な悪役令嬢は静かに暮らしたいだけなのに、超有能な側近たちの勘違いで救国の聖女になってしまいました

黒崎隼人
ファンタジー
乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果

下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。 一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。 純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...