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第7話 ケアマネ、【聖女】と一緒に【地区踏査】する
しおりを挟む「ネル・クラム伯爵令嬢! お会いできて嬉しいです!」
まさに『可憐』と呼ぶのに相応しい少女だった。艷やかな黒髪に、甘いチョコレートのような瞳。その華奢な雰囲気から、女性であるネルにすら『守ってあげたい』と思わせる。ゲーム『聖女様を助けて☆』のパッケージで見た、ヒロインの姿そのままだ。
「はじめまして。レイラさん」
ネルは、内心の焦りを悟らせないように、努めて冷静に挨拶を返した。
「彼女は一つ下の学年でね。平民だが試験で優秀な成績を収めて、学院に編入することになったんだ」
と、彼女紹介してくれたのは、他でもないグレアムだった。婚約者ではない女性に微笑みかける王子様を見て、ネルの胸に複雑な思いが広がる。
(わかってはいたけど……)
ヒロインがこの世界にやって来ることも、彼女が攻略対象であるグレアムに近づくことも、グレアムが彼女と親密になっていくことも。
(やりきれないわね)
ネルは、『悪役令嬢ネル・クラム』の思いが少しだけ分かった。自分は王子の婚約者に相応しくないと思いつつも、だからといって新たに登場した女性を諸手を挙げて歓迎することもできない。
(女心って、複雑ですわ……)
前世のネルは独身、しかも処女のまま人生を仕事に捧げていた。こういった女性の機微には無頓着だったのだ。それも相まって、彼女の心情はグルグルと複雑に渦巻いている。
「ネル」
不意にグレアムに名を呼ばれてネルが顔を上げると、
(ひぇっ!)
グレアムの唇がネルの耳に触れそうなほど近くにあった。長身の身体を曲げて、わざわざ顔を寄せているのだ。思わず仰け反って避けようとしたネルだったが、グレアムの手が彼女の腰を抱くのでそれは叶わなかった。
「レイラは貴重な人材だよ」
「え?」
告げられたのは、意外な言葉だった。
「人材、ですか?」
「あの街の出身なんだよ、彼女」
「え!?」
思わず目を見開いたネルに、グレアムが微笑む。
「きっと君の仕事の役に立つと思ってね。協力してもらえるように頼んであるよ」
「え、あ、そ、そうです、か……」
ネルは赤面した。
(殿下は私の仕事のために彼女を紹介してくださったのね……!)
だというのに、色々と勘ぐってしまった自分が恥ずかしくなったのだ。
「私、お役に立てるようにがんばります! ネル様!」
「様、はよしてくださいな」
「でも、私は平民なので……」
「今は、同じ学院に通う学友ですわ」
「では、ネルさん! よろしくお願いします!」
「……よろしくお願いしますわ」
ネルは複雑な心境は脇へ置いて、レイラと握手を交わしたのだった。
* * *
「この街の名前は『ガーデリー』、戦後の人口増加によって首都からあふれた人々が住まう街として発展してきました。今は約3万人の人々が暮らしています」
早速、レイラはネルを『ガーデリー』に案内してくれた。奉仕活動で訪問する街だが、ほとんど行って帰るだけで街の事情を詳しく知らないからだ。
徒歩で街の様子を見ながら案内してほしいとネルが頼むと、レイラは快く引き受けてくれた。
しかし、
(彼女は、日本から転移してきたのではないのかしら?)
と、ネルは内心で首を傾げた。
(転生者である私と違って、彼女は日本で生まれ育ったはずだけど……。本当にこの街の出身のようだわ)
話し方も振る舞いも、現地の人間として違和感がない。街のことも、本当に詳しいのだ。
(そもそも、彼女はヒロインじゃないのかしら? ……うーん。わからないわ)
彼女について不思議に思うことばかりだが、それは表に出さないようにネルは細心の注意を払った。異世界だとかゲームだとか、人に言って信じてもらえるとは思えないからだ。
(とりあえず、この件は脇に置いておいて。今は仕事よ!)
彼女は前世の頃から、仕事のためと思えば何でも脇に置いてしまうクセががある。その結果、結婚はおろか恋人をつくることもしなかったわけだが、今はそのクセのおかげで雑念を払って仕事に集中することができた。
改めてレイラに向き直ると、彼女が地図を広げたところだった。
「この街は4つの地区に別れています」
丸い形をした街が、4つに色分けされている。東地区、西地区、南地区、北地区の4つに分かれている。
「今私たちがいるのは東地区です。街道沿いで、商店などがかたまっている地区ですね」
周囲を見回してみれば、確かに通り沿いは商店が立ち並んでいる。他の街からの出入りもあり、買い物を楽しむ人も多いようだ。
「南地区には、学校や神殿などの地元民が使う施設が固まっています」
「なるほど。レイラさんは、どちらにお住まいなの?」
「私は南地区の出身です。南から回って、街を一周してみますか?」
「それがいいわ」
と、二人は街の様子を実際に見て回ることになった。いわゆる、【地区踏査】だ。
===Tips7===
【地区踏査】とは
活動する地域を実際に歩いて住民に話を聞いたり状況を目で見たりして、地域の現状をしらべること。地域の実態を把握し、その地域の特性を理解したり、社会資源を把握したり、地域課題を発見したりすることを目的として行われる。
=========
「うーん」
帰りの馬車の中で、ネルは頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
レイラの頬が夕焼け色に染まっていて、本当に心配そうにネルを見つめている。
「大丈夫ですわ、レイラさん。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「問題が根深いようで」
ネルはカバンからノートを取り出した。今日の【地区踏査】でも、把握した情報を逐一記録していたノートだ。ちなみに、ゲームや転生に関わる情報は別のノートに書き直して、自室の鍵のかかる引き出しにしまってある。
「……この街、ヤバいですわ!」
ネルの言葉に、レイラも頷いた。
「首都のベッドタウンとして発展してきて、20年ほど前には人口増加は頭打ち。少子高齢化が進んでいる。特に、最も古くから人が住み始めた西区では、配偶者を亡くした独居高齢者が増え続けていますわ」
ネルがノートの内容を要約し始めると、レイラもそれを自分のノートに書き取り始めた。
「働き詰めだった労働者達は高齢になると家に引きこもり、運動不足で足腰はガタガタ。さらに、【認知症】、つまり物忘れの症状を呈する高齢者が増えている、と……」
深い深いため息とともに、ネルは肩を落とした。
「これは、一筋縄ではいきませんわね」
「そのようですね」
ここで、二人の視線がピタリと合った。
「なんとかしないと、ですね」
レイラが唇をきゅっと引き締める。自分の街の問題を改めて目の当たりにして、彼女にも思う所があったのだろう。若い彼女が、今日までこの問題に気づかなかったのは仕方がない。そもそもこの世界では、『介護』は社会の問題だという認識はない。
(日本も、ほんの数十年前まではそうだった)
『介護』はあくまでも家庭内の問題だと捉えられてきた。
(……いずれ『聖女』になるレイラさんにこの仕事を手伝っていただくことには、大変な意義があるわ)
それぞれの思いを胸に、二人はクラム伯爵邸に帰ったのだった。
そんな二人を出迎えたのは、満面の笑みを浮かべるグレアム王子だった。
「予算がつくことになったよ。さっそく拠点を構えて、人も増やそう!」
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