8 / 10
第8話 ケアマネ、【財源】確保に奔走する
しおりを挟む「ああ、本当に綺麗だよ、ネル」
うっとりと微笑むグレアムにたじろぎながらも、ネルはニコリと微笑んだ。
「素敵なドレスをありがとうございます」
今夜、二人はとある貴族の屋敷に来ている。いわゆる、夜会だ。
彼女が身に付けているのはグレアムが誂えてくれたドレスで、彼のサファイアの瞳と同じ色の絹の仕立てだ。金糸で施された刺繍が美しい。
「大丈夫だよ。学院で友人と話すように振る舞えばいい。ダンスは僕以外と踊る必要はないからね」
会場の扉の前で、緊張するネルにグレアムがささやいた。彼女は社交界が苦手で、こういった場にはほとんど出たことがない。一度だけ彼の婚約者として国王主催の舞踏会に出席したことがあるが、そのときのことは緊張でよく覚えていない。
グレアムも学業と仕事が忙しくて同じように社交界とは縁遠いと聞いていたが、彼の方は場馴れしているようにも見える。
(私が知らないだけで、けっこう遊んでいるのかしら?)
乙女ゲーム『聖女様を助けて☆』にも、ヒロインと攻略対象たちが舞踏会で踊るシーンがあった。親密度が急上昇する重要なイベントだったはずだ。
(レイラさんとも、踊ったのかしら……)
ネルは心の中で顔をしかめただけだったが、どうやらグレアムにはお見通しだったらしい。
「今、ちょっと失礼なことを考えてないかい?」
とグレアムが苦笑いを浮かべるので、ネルは慌てて首を横に振った。その様子に、グレアムがニヤリと笑う。そして、ネルの腰を抱く手に力がこもった。
「僕は君とダンスの教師以外の女性とは踊ったことがないよ。神に誓って本当だ」
耳元でささやかれた言葉に、ネルの頬が一気に熱くなる。
「でで殿下! ち、近いです……」
「うん。近づいているからね」
「ちょっと離れてくださいませ」
「それはできないなぁ。これから君をエスコートするんだから」
「それにしても、近すぎませんこと?」
「僕らは婚約者なんだ。当たり前の距離感だよ」
と、話しているうちに侍従が二人の名を告げた。王子の登場に、会場中から視線が集まる。
「今夜の主催はラッカム伯爵。夫人は慈善事業家として有名だ。今日の招待客にも、積極的に慈善活動をしている貴族が多い」
グレアムは会場をぐるりと見回して微笑んでから、ネルの手を引いた。まずは主催者と主だった招待客への挨拶だ。
「今夜、良い支援者が見つかるといいね」
「はい」
二人は介護事業に寄付をしてくれる人を探すために、この夜会にやってきたのだ。
国から予算が下りることになったとはいえ、それは事業の立ち上げのために必要な経費に消えていく。
(当然、【介護保険制度】のように、とはいきませんけど。事業継続のためには、なんとか【財源】を確保しなければ!)
===Tips8===
【介護保険制度】とは
家族の負担を軽減して介護を社会全体で支えることを目的に、2000 年に創設された。
40歳以上の国民が保険料を負担し、その保険料と公費(税金)を財源として介護にかかる費用の一部を給付する。実際に介護が必要になったときには少ない負担でサービスを利用できる、という仕組みだ。
=========
(公的な保険や年金はないけれど、この国には身分制度が存在する)
この国の人々は、王族や貴族を中心とする上流階級、実業家や専門職などの中流階級、そしていわゆる労働者階級に、生まれながらに振り分けられる。
そして、この身分制度は『ノブレス・オブリージュ』という考え方を生んだ。身分の高い者はそれに応じて果たさねばならない社会的責任と義務があるという、道徳観だ。
(ここでは、身分の高い者が低いものを助けるのは当たり前の責任。だから、『介護』の問題にも寄付金を出してくれる人がいるはずだわ)
そこに支援を必要としている人がいると知っていれば、寄付金が集まるはずなのだ。
(惚けている場合ではありませんわ!)
ネルはきらびやかな人々を前に足が竦む思いだったが、なんとか心を奮い立たせた。仕事のためだと思えば、なんとかやれそうだ。
「ふふふ」
ぎゅっと唇を引き締めるネルの表情を見て、グレアムが可笑しそうに笑う。
「おかしいですか?」
「いいや。とっても可愛いと思ったんだよ」
「……」
ネルが無言のままグレアムを横目でジトッと見つめたので、グレアムはまた肩を震わせて笑ったのだった。
* * *
「一晩でこれだけの寄付金を集めたんですか!?」
驚きの声を上げたレイラに、ネルは苦笑いを浮かべた。
「私、というよりもグレアム殿下のおかげね」
「そうなんですか?」
「殿下の発案で、夜会の前にサクラを用意したのよ」
「サクラ、ですか?」
「あらかじめ、この事業に寄付してくださる方を確保しておいて、その方にはあたかも夜会の場で寄付を決めたように振る舞っていただいたの」
「なるほど。『あの人が寄付するなら、私も』って言い出す人がいたわけですね」
「予想よりもうまくいったのは、やっぱりグレアム殿下のお力が大きいわ」
「そうなんですか?」
「もちろんよ。殿下も寄付すると言ってくださったものだから」
「王族の方が寄付する事業となれば、信頼性は抜群ですもんね」
「そうよ」
「あ、私こういうの知ってます! 『馬鹿とハサミは使いよう』って言うんですよね!」
あまりの言いように、ネルはぎょっと目を剥いた。慌ててレイラの口を塞ぎ、周囲を見回す。幸い、誰にも聞かれなかったようだ。
「殿下を馬鹿呼ばわりだなんて! 絶対にいけませんわよ、レイラさん!」
「えー。でも、グレアム殿下って馬鹿じゃないですか」
「なんてことをおっしゃるの! 殿下は学院では一番の成績を収められているのよ!」
「いや、そっちじゃなくて」
首を傾げるネルに、レイラはニヤリと笑った。
「婚約者馬鹿、ですよ」
「え?」
「ネルさんのことになると、ネジが1本も2本も抜けちゃいますよね」
「どういうことですの?」
「ふふふ。ご本人は知らなくてもいいことですね、失礼しました」
と、レイラはそれ以上のことを話してくれることはなかった。
「さ、それよりも仕事の話をしましょうよ!」
二人が話しているのは、ガーデリー西地区のとある喫茶店だ。この店は店主が高齢のため、数日後には閉店することが決まっている。ここを彼らの拠点として買い上げることになったので、さっそく下見にやってきたのだ。
「いよいよ、アクトン夫妻の支援ですね!」
レイラが嬉しそうに手を叩き、ネルも頷いた。
「やっと、あのお二人を救えるんですね」
これには、ネルは首を横に振った。その様子にレイラが首を傾げる。
「そのために色々な準備をしてきたんじゃないんですか?」
レイラの疑問はもっともだ。そもそも、アクトン夫妻を助けたいという思いから始まったことなのだから。
しかし。
「……彼らを救うことなど、私たちにはできませんよ」
24
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!
くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。
ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。
マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ!
悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。
少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!!
ほんの少しシリアスもある!かもです。
気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。
月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
私も異世界に転生してみたい ~令嬢やめて冒険者になります~
こひな
恋愛
巷で溢れる、異世界から召喚された強大な力を持つ聖女の話や、異世界での記憶を持つ令嬢のハッピーエンドが描かれた数々の書物。
…私にもそんな物語のような力があったら…
そんな書物の主人公に憧れる、平々凡々な読書好きな令嬢の奇想天外なお話です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜
hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・
OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。
しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。
モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!?
そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・
王子!その愛情はヒロインに向けてっ!
私、モブですから!
果たしてヒロインは、どこに行ったのか!?
そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!?
イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。
気がついたら婚約者アリの後輩魔導師(王子)と結婚していたんですが。
三谷朱花
恋愛
「おめでとう!」
朝、職場である王城に着くと、リサ・ムースは、魔導士仲間になぜか祝われた。
「何が?」
リサは祝われた理由に心当たりがなかった。
どうやら、リサは結婚したらしい。
……婚約者がいたはずの、ディランと。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる