【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第1部 - 第2章 勤労令嬢と魔法学院

第16話 序列決め

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 王立魔法学院に入学試験はない。
 故に、入学式の前に『生徒の序列じょれつを決める』という手順を踏まなければならない。
 それが序列決めランク・オーダーだ。

「ま、やるまでもなくジリアンが第一席だと思うけどな」
「そんなことないよ」

 アレンの言葉に苦笑いで返したジリアンだったが、内心は違った。
 二人は緊張感ただよう講堂を進み、ちょうど隣同士で二人分空いていた席に腰を落ち着けたところだ。

「どうするんだ?」
「どうって?」
「目立たないように適当にやるか? それとも、一発かます?」
「ははは」

 これには、ジリアンも曖昧に返すしかなかった。周囲の生徒たちが二人の話に聞き耳を立てているのが分かっていたからだ。

「……お嬢様、消しましょうか?」
「やめて」

 ノアの不穏なセリフには、即座に返した。その様子に、聞き耳を立てていた生徒たちが一斉にそっぽを向く。

「お願いだから、学校で殺気はやめてちょうだい」

 小さな声で懇願こんがんしたジリアンに、ノアは小さく頷いただけだった。

(絶対にわかってないわね)

 きっとまたやる。ジリアンは確信した。

「使う魔法は決めてきたんだろ?」
「うん」

 序列決めランク・オーダーは、王立騎士団のそれにならって行われる。まず、それぞれの魔力保有量を測定する。その後で一人ずつ魔法を披露し、それを教師──騎士団であれば団長などの幹部──が採点する。
 魔力保有量が高いだけでは高い席次を得ることはできない。高い技術を持っていなければならないのだ。

「魔力保有量の測定はごまかせないけど、使う魔法の方を適当にすれば……。『真ん中よりもやや上』くらいが丁度いいよなぁ」

 アレンはその方法で、自分の実力を過小評価させるつもりなのだろう。事情はわからないが、目立ちたくないらしい。

「私は……」

「あら! あなた、もしかしてジリアンなの!?」

 言いかけたジリアンを遮ったのは、甲高い女子生徒の声だった。
 振り返ると、真っ赤なリボンが印象的な女子生徒が立っていた。つややかな金髪に、青い瞳。美しい少女だ。

「そうですけど……。どちら様ですか?」
「何よ! ジリアンのくせに!」

 そこで、あっと気づいた。

「もしかして、モニカ様ですか?」
「そうよ。あなたのご主人様の、モニカ・オニールよ!」

 ──モニカ・オニール嬢。
 ジリアンの実の父親であるオニール男爵の、本妻の娘。ジリアンとは腹違いで同い年の姉妹だ。かつて、ジリアンを下働きとしてこき使っていた、お嬢様。

「まさか、あなたまで入学を許されるだなんてね」

 ジリアンは、血の気が引いていくのが分かった。
 オニール男爵家を出てからこれまで、一度も彼らと接触してこなかったのだ。それなのに、こんなところで再会するとは思ってもみなかったのだ。

(いつかは、って思ってたけど。こんなに早く……)

「お嬢様」

 ノアが声をかけた。言いたいことはわかったが、ジリアンはそれを手を挙げて制した。

「大丈夫よ」
「しかし」
「私の問題なの。……口を挟まないで」

 有無を言わせぬ言い方だ。普段のジリアンであれば、こんな言い方をすることはない。こういう強い言葉を使うのは、彼女の父親マクリーン侯爵だ。

(ちょっと、お父様に似てきたかしら?)

 そう思うと、自然と緊張が和らいだ。

(そうよ。今の私はオニール男爵家の下働きだったジリアンじゃない。マクリーン侯爵家のジリアンよ!)

「どなたかと、お間違えでは?」
「は?」
「私はジリアン・マクリーン。私が仕えるべき主人は、国王陛下ただお一人です」

 毅然きぜんと言ったジリアンに、モニカ嬢が顔を真っ赤にした。

「あんた……!」
「……」

 激高げっこうしたモニカが手を振り上げる。その顔は、ジリアンに折檻せっかんするときのオニール男爵と瓜二うりふたつだった。
 それを見たジリアンの身体が恐怖で震えた。あの日々を、思い出してしまったのだ。

たたかれる!)

 ──パシッ。

 その平手をさえぎったのは、ノアではなかった。アレンだ。

「入学早々、暴力事件で退学になりたいので?」
「あっ……!」

 モニカ嬢の真っ赤だった顔が真っ青になった。少しは冷静になったらしい。

 ところが。

「あの、あなたは?」

 今度はその頬を桃色に染めて、可愛らしくアレンを見つめている。

(……まあ、そうなるわよね)

 アレンはハンサムだ。しかも立ち居振る舞いが洗練されていて、高位貴族の子弟であることは明らか。女子生徒が目の色を変えるのは、当然なのだ。

「俺はアレン・モナハン。ジリアンの友人だ」

 アレンが礼儀正しくお辞儀をすると、モニカ嬢の頬がさらに赤くなった。青色の瞳がトロンとほうけている。

「久しぶりに会って、少し興奮してしまったのかな?」
「は、はい。そうなんです」
「だそうだよ、ジリアン」

(ここは、アレンに調子を合わせた方がいいわね)

「……ええ、そうでしょうね」
「さあ、モニカ嬢。そろそろ始まりますよ」

 そう言って、アレンはモニカ嬢をエスコートして行ってしまった。ジリアンから引き離してくれたのだ。モニカ嬢が相変わらずほうけた顔でアレンを見つめていて、アレンが微笑み返している。

 その姿を見たジリアンは、複雑な気持ちになった。

(私からモニカ嬢を引き離してくれて、ありがたいのに……。なんで、こんな気持になるのかしら)

 アレンが他の女の子に優しく微笑みかける姿を、ジリアンは初めて見たのだ。

 結局、アレンはジリアンのところには戻ってこなかった。ジリアンにモニカ嬢を近づけないために、彼女を引き止めているのだということは分かっていた。けれどジリアンの心のなかのモヤモヤは、なかなか消えてくれなかった。




「これより序列決めランク・オーダーを始めます!」

 いつの間にか、壇上の左半分に教師たちがずらりと並んでいた。右半分は空いたままなので、そこで生徒が魔法を披露するのだろう。

「呼ばれた者から順に前へ。アーロン・タッチェル!」

 どうやら、アルファベット順に呼ばれるらしい。家名ファミリーネームではなく、名前ファーストネームの。この学院が、爵位や階級で物事を判断しないという意向の現れだ。

 アーロン・タッチェルと呼ばれた男子生徒が魔力測定器に触れると、上部の魔法玉が色を変えた。鮮やかなオレンジ色。
 つまり……。

「火属性寄りの6!」

 魔力保有量は、1から10の数字で評価される。同時に、その魔力がどの属性に傾いているかがわかる。得意とする属性がわかるということだ。
 『6』は、魔法騎士団でも上級騎士と同等の保有量。講堂がざわついた。

「実技を!」
「はい。……『炎の剣ファイア・ソード』!」

 彼が唱えると、その手の中で真っ赤な炎が燃え上がった。その炎は徐々に形を収束させて、剣の形になる。『炎の剣ファイア・ソード』、上級の炎魔法だ。魔法で発現させた現象を、思い描いた形にして収束させることは難しい。何年も訓練を重ねた魔法騎士でも、できない者の方が多いのだ。

 再び講堂がざわつく。

(彼は貴族ね。とっても、魔法だわ)
 
静粛せいしゅくに! 次!」

 教師たちは、淡々と採点を進めていく。生徒は全部で120名。さっさと先に進めなければ、午後に始まる入学式に間に合わないのだ。

 アレンは言っていた通りにした。
 魔力保有量は『風属性寄りの8』だったが、実技のほうは適当に風を使って的を切っただけだった。初級の風魔法『風の刃エア・スラッシュ』だ。これなら、彼の狙い通り、『真ん中よりもやや上』ぐらいの評価に落ち着くだろう。

 壇上から降りたアレンは、モニカ嬢の近くへ戻っていった。いつの間にか他の女子生徒にも囲まれている。

(……楽しそうじゃない)

 相変わらず、ジリアンの胸はモヤモヤを抱えたままだった。




「ジリアン・マクリーン!」

 いよいよ、ジリアンが呼ばれた。

 『どうするんだ?』とアレンに問われて、さっきは答えることができなかった。
 けれど、ジリアンの心は決まっている。


(……私は、いちばんになる!)
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