【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
43 / 102
第2部 勤労令嬢、恋をする - 第1章 勤労令嬢と留学生

第4話 王子様の過失

しおりを挟む

「あら、お久しぶりね。アレン」

 今日は久しぶりに王立魔法学院に登校した。というのも、今のアレンはモナハン伯爵家の仕事と王室の仕事、どちらもこなさなければならない。
 とてつもなく、忙しいのだ。

「久しぶり」

 アレンが登校して一番最初に声をかけたのはダイアナ嬢だった。試験勉強のために、早くに登校してきたらしい。試験前の教室で教科書をめくっていた。

「久しぶりの登校で、いきなり『魔法医療学』の試験だけど。大丈夫なの?」
「無理だな。とりあえず、受けるだけ受けるよ」

 落第は必至だろうが、それは大した問題ではない。アレンは学院を卒業する必要はないのだ。そもそも、様々な調査のために学院に入学していたのだから。現在でも籍を置いているのは、必要に応じて学院の生徒としての立場を利用するためだ。

「あのさ」
「何? 見ての通り、勉強中なのだけど」
「……」

 ダイアナ嬢がつっけんどんに言うので、アレンは何も言えずに黙るしかない。彼女の言う通り、話しかけるにしても最悪のタイミングだ。

「はあ」

 ダイアナ嬢が、ため息をついて教科書を閉じた。

「聞いて差し上げますよ、王子殿下」

 呆れたように言うので、アレンは思わず笑みがこぼれた。

「助かるよ。ダイアナ嬢」
「それで?」
「アーロンが、妙なことを言っていて」
「妙なこと?」
「登校しないと一生後悔するぞ、って」

 昨日、アーロン・タッチェルから手紙が送られてきたのだ。しかも、王宮のアレンの執務室に直接届いたものだから驚いた。重要な用件だろうと慌てて開封すれば、『お前、そろそろ学院に登校しないとヤバいぞ。一生後悔する』とだけ書かれていたのだ。それに加えて、もう一つがあったので、今日はこうして登校してきたというわけだ。

「そうね。そういう状況かもしれないわね」
「どういう状況なんだ?」
「……それはそうと、あなたの方はどうなの?」
「俺の方?」

「婚約の噂、もうみんな知ってるわよ」

 『婚約の噂』、その言葉にアレンの肩がビクリと震えた。

「アルバーン公爵家のご令嬢でしょう? 良い話じゃない」

 客観的に見れば、良縁であることは間違いない。客観的に見れば、だ。

「モナハン伯爵家の三男とは釣り合いがとれていないと言えばそうだけど。そうは言っても、モナハン伯爵家は王妃殿下の親戚筋だもの。家格としては、それほどおかしな話じゃないわ」

 トン、とダイアナ嬢の指が机を打った。

「アルバーン公爵家の現当主様の嫡子は、令嬢が3人だけ。いずれかの令嬢と結婚して婿養子に入り、あなたがアルバーン公爵家を継ぐんじゃないかって噂まであるわね」

 トントン、とその指がせわしなく机を叩き続けた。

「あなたが王子であることを明かせば、公爵位の継承というのも当然アリよ。アルバーン公爵家は、そもそも王家とも近い血筋だもの」

 彼女がこの件を、かなり不愉快ふゆかいに思っているらしいことは火を見るよりも明らかだ。

「それで? その話はジリアン嬢には伝えてあるの?」

 グサリと、真っ向から刺された気分だった。

「……まだ、決まった話じゃない」
「馬鹿ね。あちらは決まった話にのよ。だから噂が流れたんでしょう?」

 ダイアナ嬢の言う通りだ。この縁談に乗り気なのは、むしろアルバーン公爵家で。現国王の嫡子を婿養子として迎えられれば、家門にとって悪いことは一つもない。まだ王子であることを公表していない『アレン・モナハン』との婚約を公にすることで外堀を埋めようとしているのだ。

「ジリアン嬢の気持ちを考えたことは?」
「いや、だって……」
「……最低」

 言いよどんだアレンに、ダイアナ嬢の言葉が突き刺さった。

「後悔すればいいわ。一生ね」

 ガラリと扉が開いて、他の学生たちがが教室に入ってきた。試験の開始時間が近いのだ。

「ジリアン嬢!」

 ダイアナ嬢が手を振った。その先には、アレンが会いたくて会いたくて仕方がなかった彼女がいた。

「ごきげんよう、ダイアナ嬢!」

 手を振り返したジリアンが、アレンに気付いて表情を硬くするのが分かった。

「ジリアン……」
「どうかしましたか? ジリアン」

 アレンの声に、誰かの声がかぶさった。

(誰だ?)

 ジリアンに続いて教室に入ってきたのは、見慣れない容貌ようぼうの男だった。

「何かありましたか?」

 長い黒髪を束ねもせずに垂らしている、翡翠の瞳を持つ異国の男。

(あれが、テオバルト・マルコシアス侯爵……。でも、どうして)

 彼が親しげにジリアンの名を呼ぶのが何故なのか、アレンはただただ驚いた。

「なんでもないわ」
「そうですか。ああそうだ、試験のヤマを教えてくれませんか?」
「ヤマ?」
「正直、自信がないんです」
「ふふふ。いいわよ」

 ジリアンとマルコシアス侯爵は、笑い合いながら連れ立って教室の奥へ入っていった。いつもならアレンに駆け寄って挨拶をしてくれるはずのジリアンは、アレンと目を合わせようともしない。

「ダイアナ嬢」
「何よ」
「なんだよ、あれは」
「説明が必要?」
「いや、わかるけど、……なんで」
「あなたも運が悪かったとは思うけど……自業自得ね」

 ダイアナ嬢の一言には頭を抱えるしかなかった。




「ジリアン!」

 アレンがジリアンを捕まえることができたのは、放課後のことだった。一日中避けられたりマルコシアス侯爵に邪魔されたりしたが、ようやく彼女が一人でいるところに声をかけることができたのだ。

「……なに?」
「なにって……。怒ってるのか?」

 尋ねたアレンに、ジリアンの眉が下がった。

「怒ってなんかないわよ」
「じゃあ、なんで避けるんだよ」
「アレンこそ」

 普段ならくりっとして可愛らしい瞳が、じとっとアレンをにらみ上げた。

「手紙、くれなかったじゃない」

 アレンは、思わず天をあおいだ。
 忙しさにかまけて、ここ2週間ほど彼女に手紙を書けていなかったのは事実だ。

「ごめん」
「うん」

 二人の間に沈黙が落ちた。こんな風に気まずくなったのは初めてのことだ。お互いに話さなければならないことがあるのに、それができない。
 アルバーン公爵令嬢との婚約について説明しなければならないと思うのに、アレンにはそれができない事情があるのだ。

「……首尾しゅびは?」

 脈略みゃくりゃくのない問いだったが、ジリアンには何のことか分かったようだ。渋い顔だが、小さく頷いた。

「まあまあ」
「何もジリアンがやらなくても」
「大丈夫よ。けっこう、上手くやってるつもり」

 マクリーン侯爵父娘には、が下されている。アレンはその件を尋ねたのだ。できれば、彼女にはさせたくない仕事だ。それを彼女に伝えるべきか否かを考えている内に、時間だけが過ぎた。

「ジリアン」

 そんな二人に割って入ったのは。マルコシアス侯爵だった。流れるような所作でジリアンの肩を抱いたので、アレンは思わずその手を払い除けてしまった。マルコシアス侯爵の眉がピクリと動く。

「何か、問題が?」
「ないと思うのか? 気安く触るな」
「おやおや。私とジリアンの仲を、ご存知でない?」

 思わず、アレンはマルコシアス侯爵を睨みつけた。

 魔大陸から来た若き侯爵。名目上は外交官補佐としての滞在だが、その実はただの外遊だ。彼にはやるべき仕事が特にあるわけではない。あえて言えば人脈づくりだ。そこで本人が国王に願い出て、王立魔法学院に留学という形をとることになった。

 アレンも警戒をおこたったつもりはなかったが、こうも学院に溶け込んでいるとは思わなかった。

「ずいぶんと、親しいみたいだけど?」
「ええ。ジリアンとは魔法戦術実習で手合わせして。それ以来、特別な仲です」

(しかも、こうもあからさまにジリアンに近づくとは……。目的はなんだ?)

 ジリアン・マクリーンはただの学生ではない。将来この国の要職に就く貴重な人材であり、魔法と産業の発展に寄与する天才。国にとっての重要人物なのだ。

「そんなに睨まないでください」

 マルコシアス侯爵が降参とばかりに両手を上げた。

「別に、あなたとジリアンの仲を邪魔するつもりはないんですよ」
「テオバルト! 私達は、別にそういう間柄じゃないのよ」

 慌てて言い募ったジリアンに、マルコシアス侯爵が目を細める。

「テオバルト?」

 思わず声を上げたアレンに、ジリアンは頷いた。

「ええ。友達だもの。名前で呼んだっていいでしょう?」

 アレンは愕然とした。
 ジリアンは親しい男子学生を名前で呼ぶことも、もちろんある。アーロンやイライアスがそうだ。

(でも、今のは……)

 それ以上の親しみがこもった、温かみのある声だった。

(そんな声で、俺以外の男の名を呼ぶなんて)

 それは、アレン以外ではマクリーン侯爵を『お父様』と呼ぶときだけだったのに。

「行きましょうか、ジリアン。お父様を待たせてはいけません」
「そうね」
「待ってくれ、まだ話が……」

 アレンが伸ばした手は、マルコシアス侯爵によって遮られてしまった。

「今夜は、マクリーン侯爵の晩餐に招待されています。遅れるわけにはいきませんので」

 気まずそうに、ジリアンも頷いた。
 よく見れば、マルコシアス侯爵は燕尾服テールコートに着替えている。正式な晩餐会に招待されているということだ。

「それじゃあ、また」

 手を振るジリアンに、アレンは挨拶を返すことすら出来なかった。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。 ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。 幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。 仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。 精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。 ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。 侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。 当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!? 本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。 +番外編があります。 11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。 11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

処理中です...