【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
50 / 102
第2部 - 第2章 勤労令嬢と社交界

第11話 誕生日

しおりを挟む

「おめでとう、ジリアン」
「ありがとうございます。お父様」

 今日は、ジリアンの19歳の誕生日だ。ソフィー・シェリダン子爵令嬢として貴族派に潜入している最中で多忙のため、大々的なパーティーは開催できなかった。それでも、誕生日当日の父娘二人での晩餐会は例年通りに行われた。

「これは初めてのメニューだな」
「ええ。このソース、とってもコクがあって美味しいですね」

 侯爵家の使用人たちは、この日の晩餐が一年で最も重要だと考えている。どんな賓客ひんきゃくが招待される晩餐会よりも、だ。
 シェフはこの日のために新しいメニューを考案し、執事が選びぬいたワインが振る舞われる。庭師はこの日のために育てたバラを切り、メイドたちは食堂を豪華に飾った。

 何よりも、主役であるジリアンを完璧に磨き上げた。

 侯爵からの贈り物であるドレスの製作は、首都ハンプソムで最も評判の良い仕立屋に半年前には依頼する。流行の最先端となるドレスだ。最高級の布地と装飾をふんだんに使ったドレスは郊外に家を一軒買えるほどの値段がすると、ジリアンは気付いているが知らないふりをするしかない。
 宝飾品は、彼女の友人であるアレンから贈られたものだ。それだけが気に入らない侯爵だったが、大切な贈り物を身に着けたいと思う彼女の思いを無下にすることはしない。

「それで? 今年は何をプレゼントすればいいかな?」

 これも、毎年のことだ。
 ジリアンが侯爵にお願い事をして、それを侯爵が叶える。昨年は、夜が明けるまでポーカーを楽しんだ。

「では……」

 ジリアンは侯爵の手を引いて応接室に入った。そこには、一人の青年がいた。

「こちらに立ってください」

 ニコニコと笑顔のジリアンに、侯爵が抵抗することはもちろんない。言われた通りの位置に立った。その隣には椅子があって、ジリアンがそこに腰掛ける。

「侯爵様、お嬢様の肩に手を。そうです! 素晴らしい!」

 青年が大仰な声を上げる頃には、侯爵は今年のお願い事を理解した。彼の前には真っ白なキャンバスが置かれているから。

「肖像画か」
「はい。最後に二人で描いてもらったのは、もう5年も前でしょう?」

 侯爵は肖像画が苦手だ。数時間じっとしているのは性に合わないし、そもそも自分の姿を絵画として残すことに意味があるとは思えない。

「お父様、ほんの少しだけ我慢してください。今日は、すぐに終わりますから」

 その時になって、侯爵は青年が手のひら大の四角い木枠を持っていることに気付いた。本来であれば、デッサン用の木炭を握っているはずなのに。
 木枠には不思議な色の薄い膜が張られていて、魔法がかけられていると侯爵にはすぐにわかった。

「では、笑ってくださいね。さん、に、いち!」

 ──ポン。

「終わりです。さあ、こちらへ」

 ジリアンは嬉しそうにキャンバスを覗き込んだ。侯爵もそれに続く。
 キャンバスには、二人の姿が鮮やかに写し出されていた。

「ほう。これは、どんな魔法なんだ?」
「木枠から覗き見た風景を、そのまま写す魔法です」

 胸を張ったジリアンに侯爵が微笑む。いつもは他人のことばかり思って魔法を考案するジリアンだが、自身の誕生日だけは特別だ。彼女は、自分の願いのために魔法を生み出す。侯爵は、それが嬉しいのだ。

「これを見ながら肖像画を描いてもらいます。いい考えでしょう?」
「そうだな。これは楽でいい」
「ね? そうそう。私の腰をほんの少し細く描くのを忘れないでくださいね?」

 ジリアンのお願いに、青年が頷いた。

「承知しました。侯爵様の表情はどうなさいますが? 少し固いようですが」
「確かに」

 改めてキャンバスを見たジリアンがうなった。彼の言う通り、侯爵の笑顔はどこかぎこちない。

「……いいです。このまま描いてください。この方が、お父様らしいです」
「承知いたしました」

 こうして、ジリアンは19歳になった。


 その夜、ジリアンは眠れずにいた。間もなく0時だ。

(誕生日、終わっちゃう……)

 ゴロリと寝返りをうつ。サイドテーブルには、先程まで身に付けていたサファイヤのネックレスが置いてあって、月の光に照らされてキラリと光った。
 去年、アレンが贈ってくれた誕生日プレゼントだ。誕生日当日の午後にプレゼントを渡すためだけに訪ねてきてくれた。それが嬉しかったことを、よく覚えている。

(婚約者がいるんだもの。私にプレゼントを贈るわけにいかないわよね)

 当たり前のことだ。けれど、それを寂しいと感じてしまうこともまた、当然で。

(プレゼントなんかいらないから)

 せめて手紙でもいいから。今日だけは自分のことを、思ってもらいたい。
 ジリアンはそう思った。

(ダメよね。……大人になったんだもの、私達)

 今までのようには、いられない。

 ──コツン。

 バルコニーで小さな音がした。同時に人の気配がする。

「誰?」

 そろりとベッドから起き出してバルコニーを覗き見たが、そこには既に人の気配はなかった。

「アレン……?」

 窓を開け、期待を込めて呼んでみても誰も答えてくれない。

(馬鹿みたい)

 来てくれるはずなどないのに。
 ジリアンは、バルコニーに出て思わずしゃがみこんだ。滲んだ涙がこぼれてしまわないように、ギュッと膝を抱え込む。

 その時、気がついた。
 小さな宝石箱が、置かれていることに。

 精緻な細工が施された、銀製の宝石箱だ。そっとフタを開けると、ビロードの台座の中央に、それがあった。

「指輪?」

 綺麗な指輪だった。
 ダイヤモンドがリングの全周に途切れることなくはめ込まれている、エタニティリング。月明かりに照らしてみると、全ての石が淡いピンク色に輝いていることがわかった。

「アレン……」

 もう一度呼んだが、返事はなかった。

 宝石箱の中には『誕生日おめでとう』とだけ書かれた、小さなカード。
 見慣れた筆跡に、今度こそ涙がこぼれた。

「アレンの誕生日には、何を贈ろうかしら」

 彼の誕生日は、約1ヶ月後だ。ジリアンも、手紙だけを添えてプレゼントを贈ろうと決意した。

 そして翌日から、ジリアンはこのリングを肌身離さず身につけるようになった。長めのチェーンに通して首にかけ、隠蔽魔法をかけて胸元に忍ばせる。
 ソフィー・シェリダンとジリアン・マクリーンを行ったり来たりする多忙な生活の中でも、胸元にそのリングがあると思えば、不思議と元気が出たのだった。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。 王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。 『えっ? もしかしてわたし転生してる?』 でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。 王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう! 『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。 長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。 『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...