【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第2部 - 第3章 勤労令嬢と王子様

第23話 新しい魔法

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「戦争の英雄に、王子に、マルコシアスの小僧か。……マクリーンの魔法騎士たちも総出とは、これは骨が折れそうだ」

 ジリアンを追ってきた死者たちに囲まれて、ハワードがニヤリと笑っている。

「あれが……」
「はい。ハワード・キーツです」

 ジリアンが言うと、侯爵の身体からブワリと殺気が立ち上った。

「はははははは! 恐いねえ」

 ハワードが心底嬉しそうに笑っている姿を、アレンとテオバルトも睨みつけている。

「とはいえ、時間切れだな」

 ふと、ハワードが笑いを納めて言った。

「なに?」
「私の『仮面ペルソナ』の魔法を見事打ち破ったあなた方には、特別に教えて差し上げよう!」

 ハワードは、両手を大きく広げて芝居がかった口調で言った。

「今夜、この首都ハンプソムが壊滅する」

 驚きに声を失う。しかし、その後ろでは騎士たちがハワードを包囲しつつあった。このまま彼を逃がすことはできない。

「どうやって?」

 時間を稼ごうと、ジリアンが問いかけた。

「『魔石炭コール』だよ」

 『魔石炭コール』は、燃やすと魔力を発生させる。魔力で動く自動機械の燃料として、現在では国中で普及している。
 ハワードがうっとりと微笑んだ。

「君のお陰だよ、ジリアン。君が便利な自動機械を次々と生み出してくれたお陰で、同時に『魔石炭コール』も一気に広がった。特に、首都ハンプソムではほとんどの家庭で使われているなあ。ああ、大規模な繊維工場もあるなあ」
「……それが、何の関係があるっていうのよ」

「同じ色だろう? 『魔石炭コール』も、『黒い魔法石リトゥリートゥス』も」

 言われて、ゾクリと背筋が震えた。

「まさか……」
「そうだよ。紛れ込ませてあったんだ。1年前から、少しずつね」

 もしも『魔石炭コール』に、例えば砕いて細かくなった『黒い魔法石リトゥリートゥス』が紛れていたとしたら。だれも気付かないだろう。何もしなければ、ただの黒い石だから。

首都ハンプソム中に『黒い魔法石リトゥリートゥス』がばら撒かれた状態で、あの儀式が行われたら……!)

 文字通り、首都ハンプソムが消し飛ぶ。

「今や、首都ハンプソムの隅から隅まで、『黒い魔法石リトゥリートゥス』の気配が漂っている。最高だよ」

 思わず、テオバルトを見た。彼も青白い顔で驚いている。

「ふふふ。その小僧には分からないだろうな。小僧は『黒い魔法石リトゥリートゥス』を使ったことがないだろう? 臆病だから」
「貴様……!」

 テオバルトが叫ぶと同時に、黒い煙、そして金属の糸が湧いて出た。『金属働者職人精霊』の魔法だ。
 金属の糸がかごのように絡み合い、ハワードを捕らえる。

 ──シュパパッ!

 しかし、その籠はすぐに切り刻まれてしまった。籠の内側から。

「ちっ。どうやら、奴が契約しているのは『死者たちの女王ヘカテー』だけではないようですね」

 それ以外にも、強力な攻撃力を持つ精霊と契約を結んでいるということだ。

「あなたの目的は何なの!?」

 思わず叫んだジリアンに、ハワードがくつくつと喉を鳴らした。

「戦争だよ、ジリアン」
「戦争?」
「そう。私の目的は、戦争を起こすことだよ」

 1年前、霜の巨人ヨトゥン族の男も、再び戦争を起こすことを望んでいた。

「どうして、戦争なんか!」
「いいかい、ジリアン。人と社会は戦うことで成長する。争いのない時代とは、すなわち停滞の時代だ」

 思わずぐっと喉が鳴った。それもまた事実だと、歴史を学んだ者なら誰もが知っている。この国の魔法は戦争がなければ、これほど進化することはなかった。

「君が生み出した『新しい魔法』だって、戦争に使われるようになれば、もっともっと進歩する。そうだろう?」

 アレンがジリアンの肩を抱いた。

「耳を貸すな、ジリアン。……そんなものは、詭弁きべんだ!」

 アレンの言葉に、ハワードは片方の眉を上げた。言いたいことがあるなら言ってみろということらしい。

「確かにこの国は戦争を経験して強くなってきた。だが、そればかりじゃなかった。……戦争は、人に悲しみと憎しみをもたらした」
「だが、それをバネに成長した。違うか?」
「違う。そんなものがなくても、人も社会も成長できる」
「それこそ詭弁だ。王子よ、そんな理想論で国を治められるのか?」

 アレンの金の瞳がきらめいた。

「できる。俺たちは、それを知っているんだ」

 ジリアンの肩を握る手に、力がこもった。

「自分を苦しみから解放するためではなく、人の暮らしを良くするために。それだけを願って新たな魔法を生み出した人がいた」

 ハッとしてアレンの顔を見上げた。

(私……?)

 僅かに微笑んで頷いたアレンに、ジリアンも頷き返した。

(そうよ。私たちが思い描く未来に、戦争は必要ない!)

「ははは。なるほど。その女に、未来をたくすか?」
「そうだ」
「……その決断、後悔する時が来るぞ?」
「その時には、俺が全てを背負う。それが俺の役目だ」

 アレンが真っ直ぐ前を見つめている。
 その横顔は、あの時とは違う。首都ハンプソムまでの道のりを一緒に歩きながら、魔法の未来を想像して目を輝かせていた少年の時とは、違うのだ。

「俺たちは、彼女と共に新しい歴史を築く」

(アレンは、覚悟を決めたんだ……)

「できるといいなぁ」

 ハワードがニヤリと笑った。

「なにもかも、今夜を乗り切れればの話だ」

 ──バサッ! バサッ!

 その時、上空から風切り音と共に何かが舞い降りてきた。

「ドラゴン!?」

 真っ赤なうろこに覆われた巨体が、その口から炎を撒き散らしながら庭に降り立つ。

「それでは」

 ハワードがひらりとドラゴンの背に乗ると、ドラゴンは再び翼を広げてあっという間に飛翔した。

「逃がすな!」

 全員で攻撃を仕掛けるが、何かに弾かれて届かない。そうこうしている内に、ドラゴンの姿はあっという間に見えなくなった。
 庭にはディズリー伯爵夫妻、令嬢、そして使用人たちの遺体だけが残されていた。

 西の空に日が沈む。

 『今夜』──その刻限が、目の前に迫っていた。


 * * *


 王宮までは風魔法を使って一気に移動した。それなりの魔力を消耗するが、温存している場合ではない。

「『魔石炭コール』を回収だ!」
「全て回収しろ!」
「住民の避難を!」
「すべての騎士団を動かせ!」

 事態を把握した国王の命により、侯爵が次々と指示を出す。

「私は図書館へ!」
「ジリアン!?」
「ノア、うちから魔導書を運んで。全部よ! 急いで!」
「はっ!」
「2人とも一緒に来て!」

 ジリアンは到着するなり、王立図書館の方へ駆け出した。アレンが驚いて声を上げるが、立ち止まることなく走った。それにアレンとテオバルトが続く。ジリアンは息を切らせながら説明した。

「モニカ嬢があの儀式を行った時、彼女……というか、『黒い魔法石リトゥリートゥス』に組み込まれていた呪文を唱えていたの。儀式を起こすためには、呪文が必要なはずよ」

 これにはテオバルトも頷いた。

「その通りです。しかし、首都ハンプソム全体を使って行うならば、呪文では全ての『黒い魔法石リトゥリートゥス』に呼びかけることは出来ない……。それに代わる何かが必要です」
「そうよ。それを探すの」
「図書館で?」
「ええ。過去にも、同じことがあったかもしれない」

 ジリアンは確信していた。あの賢人たちは、必ず後世に伝わるように書き残してくれたはずだと。

 話している内に、王立図書館に到着した。既に閉館時間を過ぎているが、アレンの権限で全ての書架を開放してもらう。

「アレン、奥も開けて」
「奥って、禁書か!?」
「そうよ」
「わかった」

 アレンが司書に命じると、直ぐに鍵が運ばれてきた。アレンが触れることで、め込まれた宝石が光る。

「それは?」
「禁書の書架は王族しか開くことができないの。そのための鍵よ」
「不思議な魔法ですね」
「ええ。シェリンガム王家には、こういう不思議な魔法がいくつか伝わっているのよ」
「ふむ」

 テオバルトが感心しながら頷く間にも、ジリアンは準備を進めた。手元に用意した羊皮紙に、魔力を込めながらペンを走らせる。

「それは?」
「今から図書館の本を全部めくっても間に合わないでしょ?」
「確かに」

 羊皮紙に書いた文字は、『黒い魔法石リトゥリートゥス』、『儀式』、『魔力の暴走』、……とにかく関連する語句を並べる。

「テオバルト、同じ言葉を、あちらの言葉で書いてくれる?」
「わかりました」

 意図がわからず首を傾げながらも、テオバルトは言われた通りに書いた。魔大陸にはいくつかの言語があるので、同じ意味の語句をそれらの言葉に置き換えて書き記していく。
 書き上げた羊皮紙に、さらにジリアンが魔力を込めていく。

 そうこうしている内に、ノアが戻ってきた。後ろにはトレヴァーと他の使用人がいて、両手に本を抱えている。全員もれなく髪が乱れているので、本を抱えたまま風魔法で運ばれたのだろう。かなり、荒々しく。

「無理させたわね」
「なんの、これくらいのこと」
「そこに置いてちょうだい」

 ジリアンのすぐそばのテーブルに、次々と本が積まれる。ジリアンが収集していた、魔大陸の魔導書だ。

「何をするんですか?」
「ごめんなさい、ちょっと集中させて」

 テオバルトを制したタイミングで、禁書の書架が開いたのがわかった。目の前の羊皮紙に、魔力を集中させる。


「『検索サーチ』」


 静かに唱えると、全ての本がカタカタと震え始めた。

「なんだ!?」

 その場にいた全員が驚いているが、説明している時間が惜しい。
 そのまま、ジリアンは目を閉じて集中し続けた。意識を図書館の中に駆け巡らせる。
 すると、いくつかの本がポッ、ポッと光った。

「光った本を持ってきて!」

 その指示で、司書たちが弾かれたように走り出した。侯爵家の使用人たちもだ。

「なるほど。ここに書かれた語句が載っている本だけを探したのですね! お見事だ!」

 テオバルトが思わずといった様子で拍手しながら声を上げた。

 全ての本の『検索サーチ』を終えて、ジリアンはふうと息を吐いた。

「新しい魔法か」

 アレンの問いに、ジリアンが頷いた。その額には汗が滲んでいる。

「これ。実用化できたら、かなり便利じゃない?」

 アレンも笑顔で頷いた。
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