【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
77 / 102
第3部 勤労令嬢、世界を救う - 第1章 勤労令嬢と婚約破棄

第7話 追放された一族

しおりを挟む

 ジリアンとテオバルトは、馬に二人乗りするような格好でワイバーンの背に跨って大空に飛び立った。手綱は後ろに乗ったテオバルトが握っているので、彼の腕に囲われる格好だ。だが、ジリアンがそれを気にするような様子はなく、それはそれで複雑な心境のテオバルトだった。

「……ところで」

 テオバルトは、一つ咳払いをしてからジリアンの耳元に唇を寄せた。ワイバーンの翼が風を切る音にかき消されてしまうので、こうしなければ話ができないからだ。

「なあに、テオバルト?」

 ジリアンはくるりと後ろを振り返り、ついさっきまで無邪気に景色を楽しんでいた藍色の瞳でテオバルトを見つめる。

「私の想定よりも、ずいぶん早かったのですが」
「想定?」
「いつかこうなる、とは思っていましたが……」

 テオバルトの気配がひりついたので、ジリアンは思わず肩を縮こまらせた。

「私のところにも聞こえてきていますよ。あの男が公衆の面前であなたに婚約破棄を告げた、と」
「いや、これはね……」
「あの男のことだから、いつかまたジリアンよりも国の利益を優先するだろうとは思っていました」
「だから、」
「さて。アレン阿呆のために、この世で最も悲惨な死に方を考えなければなりませんね」
「お願い、話を聞いて!」

 思わず叫んだジリアンに、テオバルトが渋い表情のまま頷いた。

「これには事情があってね」
「事情、ですか?」
「そう。テオバルトにも協力してもらいたいから。……到着するまでに、話してしまうわね」

 ジリアンはため息を吐いた。長い話になるので、本当は到着してからゆっくり話そうと思っていたのだ。

(でも、この状況なら誰かに盗み聞きされる心配もないし。ちょうどいいわね)

 周囲を見回すと、それぞれ魔族の兵と二人乗りでワイバーンにまたがるメイドやフットマン達が見えた。何やら話をしている組もあるようだが、その話し声がジリアンたちのもとまで聞こえることはない。もとより、この一行には王立魔法騎士団の騎士は一人も同行していない。

「実はね……」

 ジリアンは、できるだけかいつまんで事情を話した。




「なるほど。婚約破棄に、国外追放……。その事情は把握しました」

 説明を終えると、ようやくテオバルトが殺気を収めたのでジリアンはほっと息を吐いた。

「それでは、あの人は?」
「オニール氏ね」

 ジリアンは一つ頷いてから、チラリと後ろを振り返った。そこには、憮然とした表情のままワイバーンに乗せられているオニール氏がいる。

「私が魔族の血を引いているかもしれない、という話は覚えているわよね?」
「もちろんです」
「どうやら私の母ではなく父方のオニール男爵家に秘密があるようなの」
「ほう。オニール男爵家は古い家系だと言っていましたね」
「ええ。何らかの秘密を抱えているのではないかと、調査をしていたの」
「そういえば、男爵家の屋敷の地下に書庫があったとか……」

 男爵家の地下に秘密の書庫がある。それをオニール氏から聞かされたジリアンは早速調査しようとしたが、新しい領主や領民と折り合いがとれず、書庫に入ることができずにいた。

「その書庫に入れたのよ。出港の1週間前だったわ」

 ギリギリではあったが、なんとか渡航前にジリアン自身の目で確認することができた。

「何があったのですか?」
「……手紙が一通、それだけだったわ」

 地下の書庫は、さして広くなかった。ただし、とても立派な造りだった。人一人が入れるくらいの小さな空間を大理石で厳重に囲い、その大理石には緻密ちみつな細工が施されていた。そして、その中央に、これも大理石で造られた小さな箱だけが据えられていた。その中に、たった一通の手紙が収められていたのだ。

「他には?」
「何もなかった」
「誰かが持ち出したのですか?」
「ううん。そもそも、あの手紙を保管するためだけに作られた書庫だったんだと思う」
「ほど重要な手紙だったのですね」
「わからないわ」
「わからない?」

 首を傾げたテオバルトに、ジリアンは頷いた。

「『ありがとう、友よ』……手紙に書かれていたのは、その一言だけだったの」
「たった、それだけ?」
「ええ。たったそれだけを書いた手紙を、あんな大仰な書庫をつくって保管していたの」
「受取人と差出人の名は書かれていなかったんですか?」
「どちらも書かれていなかったわ。ただ、手紙の末尾に不思議な紋章の印が押されていたの。手紙の差出人の印だと思う」
「……その印は、王国のものではなかったのですね?」

 確信を持って告げたテオバルトに、ジリアンは頷いた。

「その通りよ」
「どのような印でしたか?」
「王冠に、十字架のような模様。そして、それを囲うように文字が刻まれていた」
「文字……家名でしょうね」
「ええ。『VINEヴィネ』と……」

 それを聞いたテオバルトが、ゴクリと息を飲んだ。

「ヴィネ……」
「そちらの大陸から渡ってきた魔導書で見たことがあるわ。有名な悪魔族の家よね」
「ええ。……数百年前に大罪を犯して、この世を追放された一族です。私も、それ以上のことは知りません」

 2人の間に沈黙が落ちる。
 どうやらオニール男爵家の秘密には、彼らだけで抱えるには深い闇があるらしい。

「だから、オニール氏も連れてきたのですね」
「ええ。これも何かの縁だと思うわ。この因縁にも、決着を付けるべきだと思って」
「なるほど。……では、到着したら早速皇帝陛下に謁見しましょう」
「皇帝陛下は、ヴィネ家のことをご存知かしら?」
「可能性はあります。皇帝陛下は悪魔族の長でもありますから」
「お願いね」
「任せて下さい。その他のことも、全面的にあなたに協力します」
「助かるわ」

 ジリアンがホッと息を吐いたので、テオバルトも同じように肩の力を抜いた。

「旅行気分で、とはいかないでしょうが。あなたが快適に過ごせるよう、私がご案内しますね」
「よろしくね、テオバルト」


 * * *


 一行が魔族の皇帝の居城に到着したのは、それから約半日後のことだった。ワイバーンに乗ったまま、巨大な宮殿の中庭に降り立った。

「本当に早いのね。すごいわ」

 ジリアンが褒めると、ワイバーンがスッと目を細めてから頭を下げた。その鼻先をジリアンの腹に押し付ける。テオバルトがニコリと微笑んだので、ジリアンはワイバーンの頭を撫でてみた。すると、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしたのでジリアンは驚いた。

「まあ」

 その可愛らしさに、思わずうっとりと微笑んだジリアンは、夢中になってワイバーンを撫でた。ジリアンはすっかり気を抜いていたので、近づいてくる気配に気づかなかった。


「お気に召したかな?」


 声が聞こえた途端、ジリアンの肩に岩が落ちてきたような圧力プレッシャーがかかった。

(なに……⁉)

 重たい空気を振り払うように顔を上げると、そこには禍々しい気配を纏う人が立っていた。金の髪をライオンのたてがみのように揺らしながら、真っ赤な瞳でジリアンを見つめるその人が誰なのか、ジリアンは即座に理解した。

「皇帝陛下」

 すかさずテオバルトが深く頭を下げた。ジリアンもそれに倣おうとしたが、皇帝がさっとジリアンの手を取ってそれを遮った。

「君は客人だ。私の臣下ではないのだから、頭を下げる必要はない」
「お心遣い、痛み入ります」

 そうはいっても、挨拶をしないわけにはいかない。
 ジリアンは握られているのとは反対の手を胸にあてて軽く膝を折った。今はドレスを着ていないので様にはならないが、礼を尽くさねばならない。

「ルズベリー王国を代表してまいりました。ジリアン・マクリーンでございます」
「私はヨアヒム・バラム。この国の皇帝だ」

 挨拶を交わす間も、ジリアンの手には汗が滲んでいた。それに気づいたのだろう、皇帝がふっと笑った。同時に禍々しい気配が霧散する。

「この城にルズベリー王国の方をお招きするのは、実は初めてでね。私も緊張していたようだ」

 魔大陸はヒト族にとっては危険な場所でもある。土地そのものにヒト族にとっては毒となる瘴気が漂っていたり、理性を持たない魔族も多くいたりするからだ。二国間の外交は、これまでは港湾都市シャンタルヤでのみ行われてきた。今回はジリアンが訪ねるということで特別に宮殿に招かれたのだ。

「ふむ。君が『月を動かした英雄』か!」

 皇帝が急に朗らかに笑うので、ジリアンは思わず目を見張った。そして、

「可愛らしいな! 結婚しよう!」
「は?」

 思いがけない言葉に、ジリアンはポカンと口を開くしかできない。

「私の59番目の后にしてやろう!」
「お断りします」

 思わず即答したジリアンの隣では、テオバルトが頭を抱えていた。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜
恋愛
強く賢く、美しい。絵に描いたように完璧な公爵令嬢は、婚約者の王太子によって追放されてしまいます。 しかし…… 「誰にも踏み躙られない。誰にも蔑ろにされない。私は、私として尊重されて生きたい」 追放されたが故に、彼女は最強の令嬢に成長していくのです。 さて。この最強の公爵令嬢には一つだけ欠点がありました。 それが『恋愛には鈍感である』ということ。 彼女に思いを寄せる男たちのアプローチを、ことごとくスルーして……。 一癖も二癖もある七人の騎士たちの、必死のアプローチの行方は……? 追放された『哀れな公爵令嬢』は、いかにして『帝国の英雄』にまで上り詰めるのか……? どんなアプローチも全く効果なし!鈍感だけど最強の令嬢と騎士たちの英雄譚! どうぞ、お楽しみください!

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...