エンドロールに贈る言葉

月岡夜宵

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僕は今を体感している

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「もういい。お前に出来ないことは分かっている。だから――止めるんだ」

 レオンの冷たい声に制されて、僕は動きを止めていた。
 なんで、なんでそんな事を言うんだ? 僕はまだ……諦めきれないというのに。


 いつものように木製の両手剣を持ち上げる訓練をしていた。最近では、足腰も鍛えられているのか、肩に持ち上げる形で支えがあれば、その状態なら五秒は余裕だ。ただ、それでは剣を扱えない。剣を構える基本姿勢では、なかなか六秒を超えられなかった。それでも僕は腐らず真面目に取り組んでいた。

 のだが、酷い曇天の中、来客があった。僕は扉の音を確認しながら、剣に集中していた。だが、音はまっすぐに僕の部屋にやって来た。そして先の台詞。

 彼に止められて、泣きそうになった。なんで? どうしてあなたが僕の情熱を止めるんですか? 僕にはやらねばならないことがやっと、出来たのに。


「終わりにするんだ、〝ユーフェ〟」


 よりにもよって、僕の名を呼んで。


「ずるい、です。ずるい……あなたは、レオンはずるいよ……っ!」

 思わず、口をついて出た言葉に彼は驚いた顔をした。

「なんで!? 母さんが話しちゃった? それで嫌気が差した? 僕の心を……知って、あなたはそれでも、思うことを止めろと言うの!? 僕は目指したかったのに! やっと、やっと出来た目標だったのに……!」
「……お前の心は知っている。だが、それは、」
「あ、諦めろって? それこそ酷い!」
「酷い? どうしてだ?」

 彼は分からないな、という顔をして首を傾げた。

「俺は君を楽にしてやろうとここに来た」
「そんなこと望んない! 僕は、僕は苦しくても望みを抱いていたい……から! 断るなら、はっきりとそう言ってよ!!」
「断る? 確かに諦めさせようとはしていたが、……何を断るんだ?」
「とぼけないでください! 僕の、僕の気持ちを夢だって父さんみたいに言うんでしょ!?」
「夢じゃないのか? だから君は今まで頑張っていたんだろう? 虚弱児から脱却することも含めて」
「夢なんてあやふやなものじゃありません! 僕のは……僕のは心念です!」
「心そのもの、か」
「止めさせようとしたって、無駄ですから! 僕はこの剣を持ち上げて、認めさせますから、絶対に!!」

 言い切った。僕はいっそ誇らしい気分だった。この恋心の前に、僕は誠実でありたいから。
 だが彼の様子が急に考え込むように変わる。それから「あぁ」という声を出して、何かを納得した風だった。

「そうか……それで泣いていたのか」
「ん?」
「安心してくれ。俺は別に夢を諦めさせる為に君にそう言ったわけじゃない。むしろ……ユーフェ、君を認めて止めたんだ。俺達の方がその熱意に負けたんだよ」

 まっすぐな目をして、彼は言う。視線を合わせて、間近で。僕は至近距離で見られてたじろぐ。さっきまで泣き叫んでいた姿を恥ずかしく思う。と、彼は僕の目元に残っていた滴を取った。

「ん? 俺達・・?」
「ああ、気付いたか。実はな……ちょっとした仕掛けがあって……その剣、紛い物なんだ」
「へ? 紛い物ってどういうことですか?」
「この木剣は本当は木製じゃなくて……鉛製なんだ」
「なまり?」
「そうだ。外側を木で覆ってるから分からないが、中にはずっしりと鉛が詰め込まれている。君の為に特別に誂えた品物だ。ユーフェを諦めさせる為に、俺とご両親が用意した特注品。だが、君はめげなかった。どころか、持ち上げる術まで身に着けていた。正直驚愕したよ」

 あれ? 母さんや父さんと共謀していたのは分かったけど……なんかやけに詳しくないか?

「あの、どうして持ち上げられることを知っているんですか?」
「時折確認に来ていたからな。窓の向こうから」

 じゃああの視線はレオンの……!!

 彼に見られていたと思うと、途端熱くなる体。

「ユーフェ、これから本格的に君にあった稽古を付けていこうと思う。体力を付ければ虚弱なのも克服できるかもしれないからな」
「え……じゃあ、これからもレオンと一緒に居られるの?」
「ああ。おめでとう、ユーフェ」

 ぶわぁっと止まっていた涙が歓喜で溢れた。衣服の袖で拭うが、涙は次から次へと溢れて止まらない。そんな僕の姿をレオンは笑って見ていた。

「そんなに憧れられているとはな。君の夢を……冒険者になりたいという夢を俺は応援するよ」

 んん? 僕の夢? え……?

「え。あの、僕の夢って……いつから冒険者になりたいになったんですか?」

 途端固まるレオン。その顔は愕然としている。

「ど、どうした? 急に冷めてしまったか? 俺達がやった細工のせいで、今になって心が折れたのか!?」
「いえ……そうじゃなくて……。あの、僕はてっきり、レオンが僕の好意に気付いて……あ」

 しまった。なにか誤解されてるみたいだからって、正直にバラさなくてもいいじゃんか!

「あ、僕、僕冒険者になりたいんでした!!」
「……だよな。よかった、急に現実が見えてきたとか言われずに済んで」

 心底ほっとしたような顔をするレオン。

 そういえば、確かに木剣は僕とレオンしか持っていない。鍛え上げたレオンだからあんなに軽々と持てたんだなと今になって思う。
 規格外の虚弱児じゃなくて本当に良かった。


「これからはレオン・・・ではなく師匠と呼べ、ユーフェ」
「はい、師匠!」


 その日、僕の正式な弟子入りが決まった。













「レオンはどっちがいい?」
「だから……ユーフェ。何度も言ってるが、俺のことは師匠と……まあいい」

 あれから僕は順調にレオンと仲良くなっている……と思う。当初の予定通りくだらない出来事をだべっている。彼の身近に居られて僕は満足だ。

 木剣は今なお僕の部屋に飾ってある。せっかく貰ったものだからと頑なに僕が取り上げられるのを拒んだ為だ。あの後父さんと母さんには謝られた。騙してごめんね、と。でも心配でしょうがなかったらしい。
 僕の手はいつの間にか血豆が出来ては潰れて、絆創膏が欠かせない状態になっていた。

「これが、本当のお前の為の剣だ」
「うわぁあ! ありがとう、レオン!!」

 僕が手渡されたのは、真っ白なレイピア。細身な剣は僕でも扱いやすい重さだ。だが、両手剣とは違って、僕の戦闘センスを発揮するには至らない。
 ……と思っていたのだが。


 試しに『火属性』の魔法を剣に乗せて、的に攻撃してみた。片足に体重をうまく乗せれば、なんなく貫ける。


「魔法剣……? お前、っ、『魔法』が使えたのか!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 愕然とするレオン。鳩が豆鉄砲を食らったようにレオンは大口を開けて呆けている。

「聞いてないぞ。魔法が使えるなら、無理に俺のところに来なくてもいいだろうが。黒魔術師でも白魔術師でも、選べるだろう?」
「そうですね、レオン……じゃない、師匠」
「もうとってつけたような師匠呼びはいらん。普通にレオンと呼べばいい」
「分かった、レオン!」
「……敬語まで取っていいとは言った覚えがないんだが……」

 満面の笑みを浮かべる僕。レオンを普通に呼んでいいと言われて、素直に嬉しくなる。距離が縮まったみたいだ。この調子で行けば、友達……は無理でも、さらに踏み込んだ間柄になる日は近いかもしれないぞ! 頑張れ、僕!!

「しかし……随分魔法の出がいいな?」
「ああ。この体、魔法の通りが良くって。前のものよりも強く発揮できるみたいなんだ」
「は? 前の? お前……」

 げげっ。やっちまったか!?
 僕は調子付いていらんことまで話してしまったことに遅れてその事に気付く。


「お前……まるで他の体を試したことがあるような、面白い表現をするんだな」


 幸い、大事には取られなかった。セーフだ。不意打ちに、まさかお前はッ! みたいな展開にならずに済んでよかった。


 そっと彼が他の子に稽古をつける様を眺めて、思う。

 僕は光になりたい。あなたを愛せるものになりたい。でもあなたに愛されるものにもなりたい。そう考えて出た答えが、光だった。彼を照らして、彼に受け入れられたいから。

 だから、光に、なりたかった。


 僕が魔法も扱えることを知ると、レオンは稽古に魔法の修行も加えた。

「魔法剣……か」

 時折、切なげにため息を吐く彼の姿が気になったが、聞くに聞けなかった。ただ、彼の瞳には今なお暗い影がこびりついている。

 やつれているレオンを心配して、僕は母さんに手料理を頼んでもてなす案を出すと、すんなり受け入れられた。大抵は僕の今の体の好物であるシュミットの丸焼きとジージリン揚げがセットで出される。欲を言えば、ローフシュルトとクゥールナ貝の貝柱焼きが恋しい。が、この地方では食べられていないようだったから残念でならない。

「レオン、食べよう!」
「ああ。いただきます」
「いただきまーす!」

 さっくさくのジージリン揚げを堪能しつつ、シュミットの丸焼きをちょっとずつ解していく。父さんや母さん、それにレオンと食卓を囲むのは楽しい。会話も弾んで一息ついた頃、レオンから大事な話がある、と前置きを受けた。

「ユーフェ、君も大分強くなった。最初に会った頃の虚弱な姿が嘘のように。……だから、そろそろギルドへの登録を認めようと思うんだ」
「……それって……もしかして……」
「ああ。ランクは最下位だが、れっきとした〝冒険者〟になるということだ」
「やったーッ!!」

 僕はがっつポーズをした。最初こそ勘違いされたことを隠す為に掲げた目標だったが、次第に僕の中では鍛えることが楽しく、心から冒険をしたいと思うようになっていた。だからこの場でそれを認められたのは本当に嬉しい。母さんは涙目で、父さんは拍手をしてくれている。ふたりとも、僕の成長を喜んでくれている。家族っていいな。

「丸一年、よく頑張った。君に敬意を」
「ありがとう、レオン!!」

 これなら……いいかな。
 僕は完全に高望みをしていた。昔のような関係になれることを。
 年の差があったって……友人にはなれる……よね?

 だから――ドキドキしながら、彼をお気に入りの場所に誘った。

「改まってなんだ? ユーフェ」

 そこは風の通り道と呼ばれる場所に建てられた風車の上。夕べになった今は人はいないが、昼間はここで粉ひきの様子をチェックしたり、回収する人々が居る。
 夏空に一等星が輝き、どこまでも透き通る地平線がよく見える。
 深呼吸一つ。
 僕は、


 今度こそ、ちゃんと言おう。

「僕は――僕はあなたが好きです!」

 彼の固まる表情、乾いた声が返って来た。

「好き? ああ、なんだ。そうだよな、ユーフェは俺に憧れてて……」
「違います! この感情は、感情は、恋愛感情です! 僕は、あなたを愛してます!」
「あいして……?」
「はい。僕はあなたを導きたい、レオン」
「俺を……導く?」
「はい。光溢れる未来に」












「ふっ、ははっ、ははははは!」

 笑った? え、なんでだ??

 ひとしきり空笑いした後、彼は僕の方に顔を向けた。だが、その顔はその目は……ぞっとするほどほの暗かった。彼の影を示しているようだった。

「特別に言っておこう。俺は、彼の人を喪った瞬間、闇の底に叩き落とされた。この深く悲しい絶望の底に――光など届かないのさ」

 光が……届かない?

「きついことを言うが、君は溺れてるだけだ」
「溺れてる?」
「そうだ。君は自身の自惚れた愛に溺れているだけだ」


 自惚れなんて……いくらレオン本人でも悔しい。僕は腹の底から怒りのようなものが湧いてくるのを感じた。
 それでも僕は言い募った。

「その気持ち分かりま、」
「お前に俺の何が分かるんだ!!」

 食い気味で、返されたのは激情だった。物静かなレオンとは到底思えないような、激しい感情。荒削りなそれは、ぎざぎざと僕の心を傷付ける。

「俺は! 俺は……目の前でマルスを喪って、後悔してるんだ。あの時、俺が守ってやれれば、あいつは今も隣で笑って生きていたかもしれない! なのに俺はタンクのくせして守り抜けなかった!」

 それは深く悲しい後悔だった。
 僕は自分が分かります、なんて表面上の答えをしたことを、痛烈に反省していた。

「お前の盾に俺がなるって……、だからお前は剣として思い切りやってみせろって言ったくせに」

 そうだ。だから僕は、あなたに背中を預けていた。彼に守られていることに安堵しながらも、頼られていることに誇らしい気持ちでいっぱいで。幸せだった。

「責任を果たせなかったことが、ただただみじめだったよ。家族から、友人から、はては仲間からも慰められた。同情だってされた。でもな、その言葉が一番苦しいんだよ! 堪えるんだよ!」

 同情、それが彼を救えなかったことを、誰か気付いていただろうか? 彼がいかに自身を責めたのか、それは分からなかった。

「ずっと……すきだったのに……。そう伝えることも出来なかったんだぞ?」

 好き、その二文字を聞いて納得した。ああ、僕のもしかして、は間違いじゃなかったと。あの日の光景が、屍に口付ける光景が過ぎる。

「こんな俺でも、お前は『愛せる』っていえるのか!?」 

 気付けば僕はぼろぼろ泣いていた。こんなに深くかつての僕を愛してくれていた存在に、感動さえしていた。
 でも、同時に残酷な事実が突き刺さる。だって僕はもう、マルスではなくユーフェなんだ。何を訴えても、信じてもらえる訳がない。だから、僕は――別に僕がマルスであることを証明しようとは思わない。

「はは、そうだよな。仲間を見殺しにした俺なんかに、愛を感じるわけないよな」
「違う!! そんなことありません!」
「は? ああ、悲しくて泣いていたんじゃなくて、憤っていたのか? それも正しい。マルスの代わりに君が怒るのは、」

「失意に沈むあなたに 愛 をあげたい」

「は、?」
「レオンは不幸な出来事を深く後悔している。僕が代わりにあなたを許したい」
「許す……? 君は何を……」
「マルスさんの死をきっかけにおかしくなってしまったレオン。僕はその呪縛から、あなたを救い出したい、そう思いました」
「ばかを、言うな。俺は、このままでいい。あいつを喪った重りから、解放されたいなんて……望んじゃいな、」
「それでも! 僕はあなたを傍で支えたい! あなたを救いたい!!」

 それっきり、彼は黙り込んでしまった。僕は涙を拭ってそっと彼の裾を掴む。今離したら、逃げられてしまいそうで、怖くて。


「俺に……許される資格はない」

 次に重い口を開けたレオンはそう呟いた。

「そんなことありませんよ。レオン」
「ユーフェ?」
「だって……マルスさんはあなたのこと……」

 ちゃんと、好きだったから。

 でも伝えたいはずの言葉は喉の奥で詰まって出てこない。肝心要のフレーズ。それだけが、言えなかった。

 レオンを離さない僕を見て、何を思ったのか、レオンは僕を抱き締めてから言った。

「もう遅い、帰るぞ」
「……」

 視線だけを送るも、伝わるはずもなくて。僕は結局家まで送り届けられることになるのだった。
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