エンドロールに贈る言葉

雪井氷美子

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君が明後日も居ることを祈る

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 泣き疲れて、彼は眠ってしまった。そんな子供みたいな……いや、子供な姿にも俺は愛おしさが募る。
 すやすやと心地よいまどろみを感じながら、時折、「レオン……行かないで」と呟く。俺はそっと「どこにも行かないよ」と律儀に答えてやる。

 俺の胸に収まる光。その温かいこと。

 抱き締めているのはむしろ俺なのに、包まれてる感覚がするのは不思議だった。しがみつくその小さな手が、とても可愛らしい。白魚のような綺麗な手だった。今は豆が出来たり、小さな傷を負ったりして、綺麗とまではいえない。相変わらず細くはあるが、日焼けをして白さはなくなっている。

 俺の方こそ言いたい。

「どこにも行かないでくれ、〝ユーフェ〟」

 君が生きているだけで、俺は生きていく糧を得られる。希望を知ってしまった今、もう絶望の道を行くのは避けたい。俺は、自分が思っている以上に弱いことを知った。大切だった人を喪い、一緒に夢も葬った。
 けれど今。彼と共にあることで、俺は活力と夢の切れ端を思い出した。もう一度、立ち上がれるだろうか。いい年をした自分でも。


「よお、相棒!」
「……お前と相棒だったことは一度もないだだろう。ラムダ」

 ラムダ・ギーズ。彼はグリムニアの元メンバーで、後衛のサポーターだった呪術士。新しいチーム「ジェローナ」に移籍し、現在も現役の冒険者だ。緑髪に青目で、体中にアクセサリーをじゃらじゃらとつけている。

「大変だったんだってな。まさかあのドラケニアウルフがビーブリンボアーを追って、のどかな辺境の村にやってくるなんてな。災難だったな」
「まあな。死者も出た。酷い重傷者だって居る。事件としても報道されて、ギルドの責任も問われている。それでも……希望が残っていたことが救いだった」
「お。なんかお前……変わったな?」
「そうか?」
「落ち着いてる。暗い、のとは違う。むしろいいことでもあったみたいだな?」
「まあ」
「おっ! お嬢のケツでも追っかけてんのか?」
「むしろ彼の尻を追い回したい所だ」
「……いやいや変わりすぎだろ。お前、変態かよ!」
「お前が言ったんだろうが。俺は乗っただけだ」

 ふざけた言い合いも顕在で、郷愁に駆られる。

「そうか。変われたんだな。やっとマルスの死をふっきれたか」
「ある程度は……乗り越えられたと、思う。まだ引きずってるけどな」
「それが分かるだけ進めてるだろ?」

 くしゃっとした笑みを浮かべて、「そうか、そうか。いやぁ、よかった」とラムダは安堵している様子だ。

「レオン!!」

 愛しい声が、俺を呼ぶ。ギルドの客室が開けっ放しだったことで、こちらに近づくユーフェが見える。俺は手を振った。

「あれ? お客さん? こんにちは」
「こんにちは。ん、君もレオンに用か?」
「はい! あ、レオン、今日も家で夕食食べていけって母さんが」
「そうか。すまないな。毎度毎度」
「気にしなくていいよ。僕も……あ、会いたいし……」
 
 恥じらいながら言うユーフェ。一生懸命さが伝わる彼の様子に、俺は相好を崩した。
 するとなにかピンと来たラムダ。

「でれっとしてるぞ?」
「いかんな。つい……」
「本当に変わったな、お前」

 呆れたような声を受けるが、仕方ない。これも全部、ユーフェのおかげなのだから。

「そういや……奇跡の連続技の継承者がいるっつー噂だが……どうせ眉唾物まゆつばものだろ?」
「それは本当だ」
「はーん。ほらやっぱ――なな!? 本当だって!? でもあれはマルスが直接指導に当たっても覚えられる奴がいなかった技じゃ」
「そうだな」
「なんでお前は冷静なんだよ! あの技が蘇るとなりゃ、グリムニアの元メンバーだったお前だって黙っちゃいられないだろう!?」
「以前なら、そうかもな。でも今は違う」
「なんで??」
「だって、それが俺の――愛しい存在だから。むしろ当然の話だ」

 俺の返答を喜色満面といった様子で聞いていたユーフェ。彼が俺の脇にくっついた。俺は彼をそっと片腕で抱き締める。

「は? なにお前、浮気してんの? こっちの子が好きなんじゃないのか?」
「いいや、浮気なんかしてないさ。奇跡の連続技は、このユーフェ・オリビナがマルスから継承しているからな」
「は?? この子が? それに……マルス直伝?? 意味が分からないんだが? 冗談か、それ?」

 俺とユーフェは彼の反応をひとしきり笑った。俺達の息の合い方にむかついたのか、ラムダは怒り出す。

「からかわないで、真実を教えろっ!!」


 当たり前のように夕食を囲む。今日はラムダがお土産として持ってきた郷土料理を食べることになった。
 鍋を開けると、熱々の湯気が出る。ぐつぐつと煮込まれていたのは、

「うわぁ、僕の大好物だぁ!!」

 いたの……は、ローフシュルト。故人、マルスの大好物。この地方では食べられているはずのないそれ。でも彼は、それを迷うことなく「好物」だと表現している。

「あら? ユーフェったらどこで食べたの? 母さん、作ったこと無いけど」
「父さんも見覚えが無いな」

 俺もじっと彼を見つめる。すると彼は一瞬挙動不審な様子になるが、明らかに困惑したような顔で答えた。

「ゆ……夢の中、かな?」
 
 それは――もしかするとマルスと食を共にしたのだろうか? 俺の想像は尽きない。

「もぉ、ユーフェったら。面白いこと言わないで。お母さん、お腹が痛いわ」
「母さんのお腹が痛いのは違うでしょ!」
「楽しみだなぁ~、弟か妹か」

 そう、

 オリビナ家にはこれから家族が増える予定だ。まだどちらとも判明していないが、マルスにはきょうだいが出来る。彼ら家族の仲むつまじい様子に心が温まる。

 ローフシュルトをつまみながら、俺は懐かしい味に舌鼓を打った。


「ユーフェ、口の端についてるぞ」
「え、どこ?」
「ほら、ここだ」

 自分では分からないのか、ユーフェは逆側を確かめている。そんな彼を可愛いと思いつつ、そっと舌を使って、欠片をすくう。

「「!?」」
「ちょ、ちょっと! レオンったら、母さん達が見てる前でなんてことするのさ!!」
「ん、駄目だったか?」
「あ、当たり前だろ!?」

 耳まで赤く染めて恥らうユーフェがとてつもなく可愛い。俺はこれが俺の愛しい人なんだと自慢したくなった。
 だが――

「どういうことなんだ、ユーフェ、レオンさん!」
 
 父さんが目を丸くして、大声を出した。その声は驚愕といくらかの不機嫌を滲ませる。

「それは、」
「こういうことです」

 ちゅ。

 リップ音を耳にし、唇を奪われたことを理解するや否や、いよいよ怒り出すユーフェ。

「どういうるもりなの、レオン!?」
「説明するより早かったろ?」
「そりゃ早いけど、いくらなんでも、は、恥ずかしいよ!!」

 怒るユーフェもまたいい……と思っていると、ユーフェの怒り顔が可愛く見える程怒った別の顔が見えた。

「父さんは認めないぞ!! 絶対に反対だ!!」
「ほら、あんな風にいきなり見せたりしたら、父さんが怒っちゃうだろう!?」
「い、いい、いつからだ! いつから二人は……そんな不純な関係になっているんだ」
「不純じゃないよ、父さん。僕らがこういう風になったのは、僕の退院後だよ」
「退院後!? ってことはもう幾日も過ぎてるじゃないか!!」
「そうだね」
「〝そうだね〟じゃない! 何故ユーフェはそんな普通に受け入れているんだ! お前はそれでいいのか!?」
「いいもなにも……これが僕の夢、だし……」

 しっかりと、ユーフェは言い切った。

「はあ? お前の夢は、冒険者になることだったろ?」
「そうよね」

 どうやらユーフェの父親も母親も俺と同じように勘違いをしていたらしい。

「あの時は悪かったが、偽物の木剣で騙せば、諦めがつくだろうと……。それが何故レオンさんとそういう関係になっていることに繋がるんだ!?」
「ちょっとお父さん、落ち着いてよ!」
「これが落ち着けるか! 俺の可愛いユーフェがユーフェが、レオンさんの毒牙にかかったんだぞ!?」
「毒牙って……父さん言い過ぎだよ」

 愛息子を大事にしているのは分かるが、いくらなんでも酷い。俺は悪辣な者なのか?

「大体ユーフェは言ったじゃないか! 私と結婚するって!!」
「な……!」
「それは小さい頃の話でしょ、あなた」

 もう困った人ねぇと母親は呆れている。

「お母さんは普通だね?」
「そうかしら? 私も驚いているわ。てっきりユーフェは冒険者になりたいんだと思っていたから」
「そうだ、そうだ! 反則だ!」

 これは正式にご挨拶しないといけないかな、と俺は椅子に座りなおして、告げた。

「色々ありましたが、これからよろしくお願いします、お義父さん」
「れ、レオンさんがお義父さん!?」

 動揺するユーフェの父親。母親は何故か爆笑している。そんな二人を前にして居たたまれない様子のユーフェ。

「私達よりいくらか若いくらいの君に、お義父さんなんて呼ばれる筋合いはない!」
「年齢の問題なのかしら?」
「年だけじゃない! そもそもユーフェはどこにもやらんぞ!」
「では俺が行きます」
「いらん! 来なくていい!!」
「認めていただけませんか?」
「み、みみ、認めるもんかああああああッ!!」

 父親はとうとう叫んだ。


「ユーフェがいなくなっても、別の子がここに居るんだから……ね?」

 父親を慰める母親を前に、ユーフェが俺の耳もとに囁く。

「お父さん、大変なことになったじゃないか。どうすんの?」
「親御さんの反対など、……真実の愛の前には些細な問題だよ」

 俺は大人の余裕を滲ませて、キリッと言ってやった。ユーフェは「冗談はやめてよ」と口では否定しつつも、俺を見るその眼差しは蕩けていた。
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