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7◇糸口◇
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〝デート〟だなんて思うのは自分だけ。エルメスから見ればこれは介護。偏屈な老人の珍しくもないわがままに付き合わされる不憫なこと。
そのはずなのに、俺は嬉しく思ってしまう。心が浮き足だってしょうがないんだ。
「エルメスよ、あそこの店に入ろう」
「ええ、いいですよ。ちょうど歩いて喉も渇きましたからね」
エルメスが来てから、高圧的な態度はそのままだが、出来るだけ言葉遣いや仕草も老人らしく見えるようにしてきた。変に怪しまれたりしていないだろうか?
入ったのは、なんてことの無い喫茶店。シンプルな造りの店内は落ち着いた雰囲気で統一されている。白壁に、木製のカウンター、赤い布を張った椅子、それらがじつに内装としてまとまりを見せている。
カウンターの端、店の奥側に座ると、メニューを眺めた。
「コーヒーをひとつ」
「え!? ルンガ様、紅茶じゃなくていいんですか!? お腹とか大丈夫なんですか!」
「平気だ。俺もたまには若い日のように飲みたい気分なんだ」
「そうですか……。じゃあ僕もコーヒーをひとつ」
「お前こそ苦いのは苦手なんじゃないのか?」
「ルンガ様の〝たまには〟に付き合いますよ」
「ふん、偉そうに。俺を年寄り扱いしおって」
「だってお年寄りじゃないですか。そこは変えられませんって」
「そうか……」
年寄り、か。
それが原因で泣く日もあったが、化け物よりは今の方が数倍ましだろうな。
『グガアアアアアアアアアッ』
人間の皮を脱いで化け物が誕生する瞬間を想像してしまって、寒気に震える。
「ル……ガ、ま、……ンガ……、ルンガ様!?」
肩を揺すられてはっとした。気づいたらカウンターにはコーヒーカップが置かれていた。
「大丈夫ですか? ぼーっとしてたみたいですけど……なにか悩み事ですか?」
「いや、違う。大したことじゃない」
「はぁ」
「なに気にするな」
「気にしますよ!」
え?
「今日、やっぱりおかしいですよ、ルンガ様。いつもは避けているはずの商店街まで行こうだなんて言ったり、虚な目をして黙ったり……なんか変です。いつもの貴方らしくない」
「そ……んなことはない。俺は俺だ」
「ルンガ様。僕は貴方のことが心配なんです。貴方は――僕にとってかけがえの無い人だから……だから何かあるなら、隠さず伝えてください。お願いします!!」
「ッ――!」
かけがえの無い? それって大事だってことで合ってるか? 期待しそうになる俺は間違ってないか?
動悸がする。俺の鼓動は異常だ。どんどん速くなって、顔が熱くなる。このままだと火を吹きそうだ。
「エルメス、お前は……自分が何を言っているのか分かっているのか? 相手は単なる老人なんだぞ?」
「だからなんですか! 相手が老人だからって、特別なことに変わりはないですよ。貴方は僕のヒカリなんです、ルンガ様。暗闇でもがき続けた僕の、唯一の希望……。だからあなたが困っているなら手助けしたいんです。これはおかしなことでしょうか!?」
偶然にも、彼にとっての俺も『光』であるらしかった。そう思えば悪い気はしない。むしろ、持ち上がりそうになる頬を抑えるのに余計な力を使わなければいけなくなる。
すっかり冷たくなってしまったコーヒーをゆっくり啜って、胃の中へ落とす。特有の苦味が喉元を通りすぎる頃には、少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「いや、おかしくなんかないさ。そうだな、エルメスの言う通りだ。俺は少し悩みを抱えている。けれど今は相談出来ないんだ。だから、後ででいいか?」
「はい、勿論です。約束ですよ?」
多分、その〝後で〟は二度と来ないと思うけれど。
エルメスは俺の棒みたいな指に指を絡める。指切りをした。仮初めの約束をさせてしまうことに、若干良心が痛むが、それでも今だけは彼と笑いあっていたかった。
その後も商店街のあちらこちらを歩き疲れるまで回った。
たがの外れた自分の中。どんどん貪欲になっていくのが分かる。欲望は尽きることを知らない。
もっと彼と歩きたい。
もっと彼と話したい。
もっと、もっと、彼の傍にいたい。
思考はエルメスに独占される。
俺の余生は寂しいものになるだろうけれど、それでも、一つだけ希望もあった。もう彼を俺の元に縛り付けておく必要が無くなる。そう思えば別れる辛さだってきっと乗り越えられると思った。
そして、夕暮れの自宅の庭。冬が間近に迫るこの庭に咲く花は一輪も無い。風情の無い庭だ。けれど、目を閉じればかつて咲いていたハナミズキも、バラも、チューリップだって思い浮かべることが出来た。
現実はいつだって非情だ。彼と別れる辛さは、まるでこの身を引き裂くように痛む。心が泣き叫ぶ。まだ離れたくないと。みっともない心情。それに蓋をして、自分は。
「エルメス、目を、目を閉じてくれないか?」
「はい。……? これでいいですか?」
「そうだな。あと腰を低くしてくれないか?」
「はぁ。こうですか?」
「助かる」
疑うことを知らないエルメス。可哀想に。でも、今だけは利用させてもらうから。
「今までご苦労様。エルメス、本当に感謝してる。だから、……さようなら」
俺は目をつむったままのエルメスの前に、精一杯背伸びをして、その唇を奪った。かさかさの唇に、柔らかなものが当たる。
そして離れる間際に、彼に万感の想いを告げた。
「〝ずっと好きだった〟」
そのはずなのに、俺は嬉しく思ってしまう。心が浮き足だってしょうがないんだ。
「エルメスよ、あそこの店に入ろう」
「ええ、いいですよ。ちょうど歩いて喉も渇きましたからね」
エルメスが来てから、高圧的な態度はそのままだが、出来るだけ言葉遣いや仕草も老人らしく見えるようにしてきた。変に怪しまれたりしていないだろうか?
入ったのは、なんてことの無い喫茶店。シンプルな造りの店内は落ち着いた雰囲気で統一されている。白壁に、木製のカウンター、赤い布を張った椅子、それらがじつに内装としてまとまりを見せている。
カウンターの端、店の奥側に座ると、メニューを眺めた。
「コーヒーをひとつ」
「え!? ルンガ様、紅茶じゃなくていいんですか!? お腹とか大丈夫なんですか!」
「平気だ。俺もたまには若い日のように飲みたい気分なんだ」
「そうですか……。じゃあ僕もコーヒーをひとつ」
「お前こそ苦いのは苦手なんじゃないのか?」
「ルンガ様の〝たまには〟に付き合いますよ」
「ふん、偉そうに。俺を年寄り扱いしおって」
「だってお年寄りじゃないですか。そこは変えられませんって」
「そうか……」
年寄り、か。
それが原因で泣く日もあったが、化け物よりは今の方が数倍ましだろうな。
『グガアアアアアアアアアッ』
人間の皮を脱いで化け物が誕生する瞬間を想像してしまって、寒気に震える。
「ル……ガ、ま、……ンガ……、ルンガ様!?」
肩を揺すられてはっとした。気づいたらカウンターにはコーヒーカップが置かれていた。
「大丈夫ですか? ぼーっとしてたみたいですけど……なにか悩み事ですか?」
「いや、違う。大したことじゃない」
「はぁ」
「なに気にするな」
「気にしますよ!」
え?
「今日、やっぱりおかしいですよ、ルンガ様。いつもは避けているはずの商店街まで行こうだなんて言ったり、虚な目をして黙ったり……なんか変です。いつもの貴方らしくない」
「そ……んなことはない。俺は俺だ」
「ルンガ様。僕は貴方のことが心配なんです。貴方は――僕にとってかけがえの無い人だから……だから何かあるなら、隠さず伝えてください。お願いします!!」
「ッ――!」
かけがえの無い? それって大事だってことで合ってるか? 期待しそうになる俺は間違ってないか?
動悸がする。俺の鼓動は異常だ。どんどん速くなって、顔が熱くなる。このままだと火を吹きそうだ。
「エルメス、お前は……自分が何を言っているのか分かっているのか? 相手は単なる老人なんだぞ?」
「だからなんですか! 相手が老人だからって、特別なことに変わりはないですよ。貴方は僕のヒカリなんです、ルンガ様。暗闇でもがき続けた僕の、唯一の希望……。だからあなたが困っているなら手助けしたいんです。これはおかしなことでしょうか!?」
偶然にも、彼にとっての俺も『光』であるらしかった。そう思えば悪い気はしない。むしろ、持ち上がりそうになる頬を抑えるのに余計な力を使わなければいけなくなる。
すっかり冷たくなってしまったコーヒーをゆっくり啜って、胃の中へ落とす。特有の苦味が喉元を通りすぎる頃には、少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「いや、おかしくなんかないさ。そうだな、エルメスの言う通りだ。俺は少し悩みを抱えている。けれど今は相談出来ないんだ。だから、後ででいいか?」
「はい、勿論です。約束ですよ?」
多分、その〝後で〟は二度と来ないと思うけれど。
エルメスは俺の棒みたいな指に指を絡める。指切りをした。仮初めの約束をさせてしまうことに、若干良心が痛むが、それでも今だけは彼と笑いあっていたかった。
その後も商店街のあちらこちらを歩き疲れるまで回った。
たがの外れた自分の中。どんどん貪欲になっていくのが分かる。欲望は尽きることを知らない。
もっと彼と歩きたい。
もっと彼と話したい。
もっと、もっと、彼の傍にいたい。
思考はエルメスに独占される。
俺の余生は寂しいものになるだろうけれど、それでも、一つだけ希望もあった。もう彼を俺の元に縛り付けておく必要が無くなる。そう思えば別れる辛さだってきっと乗り越えられると思った。
そして、夕暮れの自宅の庭。冬が間近に迫るこの庭に咲く花は一輪も無い。風情の無い庭だ。けれど、目を閉じればかつて咲いていたハナミズキも、バラも、チューリップだって思い浮かべることが出来た。
現実はいつだって非情だ。彼と別れる辛さは、まるでこの身を引き裂くように痛む。心が泣き叫ぶ。まだ離れたくないと。みっともない心情。それに蓋をして、自分は。
「エルメス、目を、目を閉じてくれないか?」
「はい。……? これでいいですか?」
「そうだな。あと腰を低くしてくれないか?」
「はぁ。こうですか?」
「助かる」
疑うことを知らないエルメス。可哀想に。でも、今だけは利用させてもらうから。
「今までご苦労様。エルメス、本当に感謝してる。だから、……さようなら」
俺は目をつむったままのエルメスの前に、精一杯背伸びをして、その唇を奪った。かさかさの唇に、柔らかなものが当たる。
そして離れる間際に、彼に万感の想いを告げた。
「〝ずっと好きだった〟」
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