かの嘘吐き騎士は愛を知らない

月岡夜宵

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神子修行

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 翌日からは神子修行が始まった。所作や礼儀作法を中心に覚える。なかでも「祈り」には力をいれられた。異世界に居ることで、魔法のような奇跡を起こすことが、神殿に属する者や神子には出来るという説明だった。
 神に許しを乞い、奇跡を求める。その手順には逐次祈りの言葉を唱えたり、決まりきった動作をする必要があった。

「祈りとはつまり、心を捧げるということなのです」
「捧げる?」
「自分の心を丸ごと曝け出して、差し上げる、そういうことです。まずは基本姿勢から行きましょうか」

 そうしてとらされたのは、両手を組んで、膝を折る格好。わりと普通の姿勢だった。俺は言われた通りその状態をキープする。足が少し辛いが、やれないことはない。

「では、試しにやってみてください」
「え、もうですか!?」

 俺は目を瞑って、やってみた。だが……、

「真面目ですが、心は入っておりませんな。まだ疑いの気持ちがあるのでしょう? ミラ様を思ってください。そうすれば可能なはずです」

 ミラ様は、俺を呼んだとされる神だ。この世界全土を管理し、主に愛を司る。
 
 これはなかなかに難儀だった。会った事もない相手を思って、心を差し出す、なんて難しいから。

 丸三日経っても俺は出来ないで居た。そのことに直接指導する神官は辛抱強く付き合ってくれたが、他に見える神官などは「やはり違うのでは……」とか「神格が足りない」だの俺を否定する言葉が聞こえてきた。
 ついに神殿長が顔を出す。彼はこの三日出張のように遠方の地に慈悲を与えに行っていたらしい。

「レリックさん、俺にはやっぱり才能が無いみたいです……」
「祈りに才能の有無は関係ございませんよ」
「でも、俺には分かりません。心を捧げるなんて……」
「でしたら、良いことを願うことですな」
「へ?」
「良い事を願うこと、それもまた祈りです。大切な人の幸せや世界平和、そういうものを自然な気持ちを込めて、求め、訴える。つまり望むことですな」

 根を詰めてやろとしたら、神殿長であるレリックさんに止められた。神殿長が俺の肩を叩いて一度離れると、どこからともなくライが現れた。

「なぁ、知ってるか?」
「なんだよ」

 俺は不機嫌丸出しでライに尋ねた。こいつに心を許す気はさらさらない。

「セックス中に祈ると昇天するって話だぜ?」
「ぶはっ!」

 いかん、思わず噴いてしまった。神殿の中に俺の噴出した音が響き渡る。

「阿呆か、お前! 笑って気が散るだろ!?」

 俺は気を取り直して小声で注意するのだが……

「すんげぇ気持ちいいって」
「だから止めろよ。お腹痛い……」
「な? 興味出てきたろ?」
「無い。無いってば」
「俺と……ヤらないか? セックスお祈り」
「ぶはあっ!」

 だめだ。耐えられない……。ひそひそ話から神殿の厳かな空気をぶち壊す、俺の漏らした笑い声が反響していく。
 もうダメだ。耐えられない。

 そのまま俺は腹を抱えて暫し笑っていた。すると戻って来た神殿長。

「これライよ。お前さん、要らぬ情報をキリシマ様に与えていたな?」
「要らなくはねーよ」
「どうだか。キリシマ様、集中してお疲れでしょうから少し休憩致しましょう。紅茶を持って来ましたよ」
「わざわざすみません……」
「いいのですよ。それよりライ、お前さんは少し席を外していなさい」
「護衛なのにいいのかよ」
「ここは神殿の内部ですからね。少しくらいはいいでしょう」
「分かったよ」

 ライはまたどこかへ消える。彼の後姿が見えなくなって神殿長が尋ねた。

「どうです、ライの様子は」
「様子ですか? まぁ、普通、ですかね。俺を部屋に届けるまで、なんだかんだ護衛してくれてますよ。時折、鼻歌なんか歌って」
「そうですか。うまくやれていますか」
「ぶふ!」
「?」
「あ、いえ……なんでもありません」

 やばい。さっきのやり取りのせいで、思い出し笑いしてしまった。

 優雅に紅茶を啜って、一緒に持ってきてあった茶菓子を手に取る。出し抜けに神殿長が口にした。

「そういえば、性行為中に祈ると裸の魂が浄化されて数倍の感度を伴うとか……そんな噂がありましたかねぇ」

 マジか!?






「やぁ、ライ! 久しぶりだな」
「げ」
「?」

 街案内をしていたライが大層嫌そうな声を上げる。声を掛けてきた相手は、金の巻き毛に翡翠の垂れ目で、ライのように鎧を纏う騎士だった。

「見慣れない可愛い子を連れて、お出かけかい? ライも隅に置けないなぁ」
「はあ? こいつが可愛い? お前、目が腐ってるんじゃねーか?」

 挨拶もそこそこにやっぱり失礼なライ。おい、お前俺をお嬢さん呼びしたり、いきなりヤってきたじゃんか! どの口が言うんだ!

「で、どちらさんかな? 僕はフィリップ・マクファーレン。ライとは同い年の25歳。彼の親友だよ、よろしくね」
「あ、はい。ご丁寧に……。俺はシズク・キリシマです。そうですか、しんゆ……う? え、ええええええっ!?」

 どう見ても、似合わない! 爽やかでワンコを思わせる騎士と、意地悪で狼を思わせる騎士が……友人関係? っていうか、交流があっていいのか!?

「あ、やっぱり驚く? でもね、僕は、」
「俺は一度たりともお前をダチだと思ったことはねーよ」
「相変わらず冷たいねぇ。騎士団の寄宿学校では同部屋だった仲じゃないか」
「いやいやただの同室者だろ? それも過去形の」
「学年一の優等生と学年一の不良として騒がれた仲でしょ?」
「……そこには軋轢しか見出せねーよ」
「そうかな?」
「お前、実はイイ性格してるよな?」
「うん良い性格だよね!」

 一癖も二癖もありそうなフィリップさん。確かに、案外仲が良いのかも? 口先ではあんなこと言ってるが、無視せず相手をしてるし……。

 ライの意外な顔を見ていたら……

「おら、何見てんだ」

 前言撤回。ただの素行不良だ。

「二人共、お昼とかはまだかい?」
「そうですね」
「ああ」
「なら一緒に食べよう! おすすめの店があるんだ」

 なんやかんや誘われるまま着いて行くライと俺。フィリップさんは案外足が速い。彼の足並みに追いつこうとするが、その時ライが俺の手を取った。

「慌てると転ぶぞ」

 そっけない口調。だけど、それが彼の親切だと分かると、不思議な気持ちになった。


 美味しい食事を楽しみ、それからも町中を歩き回っていたら日が傾いてきた。夕焼けの港、灯台前で俺達は静かに太陽が海岸線に沈む様を眺めていた。

「なぁ、聞いてもいい?」
「なんだ?」

 不躾に、俺はライに質問してみた。気になっていたことを。

「なんで俺が『詐欺士』って言ったらあんなに怒ったんだよ」
「あー、あれな。あれは……お前には関係ないさ」
「それじゃなんで怒ったのか、分からないだろ!?」
「別に知らなくてもいいだろ。お前に怒ったわけじゃねーし」
「え? そうなの?」
「いや……お前にも怒っていたが、お前にだけ怒ってたわけじゃねえ。俺は幼少期、クソ親父に育児放棄されてたんだよ」
「育児……放棄?」
「今思い出してもむかつくが、ガキの食事の世話は当然、風呂なんかにも入れられねぇで放置されてた。苦しくて、ひもじくて、親父の食事をくすねることもあった。そういう時はバレると怒鳴られて、殴られた。ある時、どっから聞きつけたんだか家に見知らぬ人間が入ってきて、それから俺は保護施設に入れられた。その時明かされたのは、親父が詐欺師だったってことだ。やって来たのは騎士で、親父はとっ捕まえられて牢屋行き。そのまま親父は病に祟られて獄中で死んだ」
 
 思ってもみなかった悲惨な話に、俺は二の句が継げなくなる。ライの暗い過去に俺は驚いてしまった。この騎士にも、そんなことが……。

「別に今は……思い出したら苛立つぐらいで、他にはなんとも思ってねぇよ」

 それが嘘なのか本当なのかは、俺とこいつの付き合いの長さでは判別できなかった。遠い夕陽を眺めて黙り込むライ。そんな彼に無性に何かをしたくなったが、一体なにをしたいのかは分からなかった。

 そんな彼がぽつりと言った。

「俺は――俺は一生、誰にも愛されずに生きていくんだろうな」

 儚い笑みまで浮かべて呟かれた言葉に、心臓を鷲掴みにされた気分になる。このままライが闇に溶けて消えてしまうんじゃないかと、そんな馬鹿みたいな焦燥に駆られた。


 あの日から、ライを意識する。別に色恋じゃなくて……彼の身の上を聞いた上で哀れに思えたのだ。余計なお節介だろうことは分かっていたが、願わずに居られない。

『ライにも、いつか愛が与えられますように』

 その時、俺の体がほのかに青く光った。それはお祈りが成功した証だと神殿長から教わる。ライにも良かったなと頭をくしゃくしゃに撫でられた。
 だけどお祈りが成功したことより、ライの心に届けばいいと俺は思ったのだった。

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