この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

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第2章

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 亜希と香澄とのグループチャットに連絡が入ったのは、八月一日の夜だった。

【明日、二人とも空いてない?】

 亜希からの連絡に香澄がすかさず「明日部活!」と返信を打っているのが流れる。
 こんなとき、私は行けると返信をした方がいいのか、はたまた行けないと返信した方がいいのか、選択が分からなくなってしまう。
 亜希のことを考えれば行けると言いたいけれど、香澄のことを考えれば、自分抜きで遊ばれるのはいい気分もしないだろう。
 だからと言ってどうすればいいのか考えていると、亜希から「香澄が部活なら今度にした方がいいね」と連絡がきた。きっと亜希も、同じことを思って、そして私のことを考えて、こう言ってくれているのかもしれない。
 こんな時、私は一人では何もできないのだなと痛感させられることがある。
 人に優しさに救われて生きている気がする。家では百合子に助けられるし、学校ではこうして友人に助けられる。
 何不自由ない生活なのかもしれない。死に値しない人生なのかもしれない。
 それでも、どうして私は生きているのだろうかと、ふと考えてしまう。

【二人で遊んできていいよ!】

 香澄の返信に、亜希と私が揃って首を横に振っているスタンプを送った。それが全く同じものだったから、香澄から大笑いをしているうさぎのスタンプが送られた。
 何気ない日常は、いとも簡単に崩れてしまうことを私はよく理解している。
 何かを間違えば、これは日常ではなくなってしまうことも、いつだって瀬戸際を生きていることも、十分に理解しているつもりでいる。そんな人生に辟易してしまうのかもしれない。
 結局、亜希と会うという予定は流れてしまい、明日をどう過ごそうか考える。
 毎日のように図書館へと通うのも飽きた。
 学校には水やりに行くけれど、明日は柊くんの当番だ。
 そんなことを考えていれば、タイミングを見計らったように高津先輩から連絡が届いた。

【明日会える? よかったら映画でも行かない?】

 あれから、高津先輩とは何度かメッセージのやりとりをしていた。内容は他愛もないものがほとんどで、会話の主導権はいつだって高津先輩が握ってくれていた。
 何が好き、とか。普段はどう過ごしてる、とか。受験勉強しんどくて辛い、とか。
 何気ないことを、無理のないペースで続けようとしてくれていて、この人はほんとうにどこまでも人に気を遣う人なのだと画面越しに感じていた。
 そんな人が私を好きだと言ってくれるのだから、私は誰よりも幸せ者なのだろう。
 でも、幸せだと思えないのはどうしてなのだろうか。幸せなはずなのに。

【いいですね、映画行きたいです】

 そう返信をしたことで、この家から出る口実ができたことに安堵する。

【かき氷とか、アイスとか、冷たいもの食べに行くから体冷やさない格好でね!】

 高津先輩から投げかけられた一言に、目を疑った。
 こんな言葉をかけてくれるような人なのか。体を気遣ってくれるような言葉に心が温かくなった。
 露出の多い服は禁止などと露骨に縛られるのではなく、目的が私のためだというところに優しさを感じてしまう。
 だからこそ、その優しさを受け取ってしまっていいのか不安になる。高津先輩なら私以外にももっと素敵な人がいるはずなのに。
 翌日、指定された場所は、一度さざなみ駅で乗り換えをしてから向かう場所だった。
 家から最寄り駅である白金駅から電車に乗ると、冷気が身体を包んでいく。
 昔から電車に乗るのが好きだった。ごとごと揺られていると、母におんぶしてもらっていたときのことを思い出す。
 母の背中の温もりを感じながら揺られていることが好きで、子供のときはよくねだっていた。
 だから、母が恋しくなったら電車に乗る。悩み事がある時も電車に乗る。そうすると、見ているようで見ていなかった景色に驚かされる瞬間がある。
 あんな所にお店はあっただろうか。あんな看板見たことあったっけ。あの公園は意外と人気だな。
 そんなことを考えていると、寂しさが薄れていくような気がする。
 さざなみ駅で降りては、向かい側に電車が到着するのを待った。
 ふと、ベンチの隣に設置されている公衆電話へと視線が流れる。
 あれから、電話は一度も鳴らない。何度かここを通るけれど、まるであの日が嘘だったんじゃないかと思うほどにすんとしている。ここは、あのひとりでに鳴る公衆電話がある場所で、私がいつも死のうと決めている場所で、二度、柊くんとも何度か鉢合わせる駅だ。
 プルル、と鳴る瞬間を今か今かと待ち構えるけれど、どうやら今日も鳴らないらしい。
 柊くんにも会えるだろうかとどこか期待したけれど、時間はお昼前だから会うこともない。今日は柊くんが水やり当番のはずだけれど、そろそろサボりだしてくる頃だとも思っていた。一日おきだったとしても、水やりをするのは面倒だ。
 空を見上げ、それから目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
 肺に目いっぱい新鮮な空気を取り込みながら、ゆっくりと吐き出し、これから会う高津先輩のことを考えた。
 まるで夢だったんじゃないかと思う。
 高津先輩に告白をされたこと、これから会いに行くこと。そのどれもがほんとうに自分の身に降りかかっていることなのか、きちんと受け止められないでいた。
 朝起きて、ぼぅと考えて、高津先輩からのメッセージを確かめて、ああ、夢じゃなかったんだと再確認するまで毎日時間がかかる。それぐらい、非現実的なことが起こっている。
 私を好きだと言っていた。でも、高津先輩は亜希が好きなように思えた。
 知らないわけではない。けれど言わなかっただけ。疑問に思わないようにしていたのに、疑問というのは油断すると溢れてしまうものらしい。
 どうして私を好きだと言ったのだろう。あんなに必死に想いを伝えてくれたのだろう。

【ちょっと遅れそう! ごめん!】

 高津先輩から連絡が入り、「大丈夫です」と簡単に返す。

「え、なんでいんの」

 ベンチに座っている私に、たいそう迷惑そうな声が落ちてくる。
 見上げれば、制服姿の柊くんが驚いたようにこちらを見ていた。てっきり今日は会わないものだと思っていた私も、おそらく同じ顔をしていただろう。

「奇遇だね。予定があって。柊くんはこれから水やり?」

 すっと顔が笑みを作る。にこりとしてしまう。

「もう終わってる。それにしたって、あんたは休みでもここでぼぅっとしてるんだな」
「そんなつもりはなかったけど」
「デートか」

 私と会話する気はあるのだろうか。私の言葉に被せるように、デートかと問う彼は相変わらずデリカシーがない。

「デートしに行くように見えてる?」
「まあ、いつもと雰囲気違うし」

 雰囲気か。どんな風に違うのだろう。楽しみにしてるような女の子にでも見えてくれていただろうか。そう聞けば、疲れたような顔をしてたとだけ返された。

「ねえ、柊くんは休みの日って何してるの? やっぱり喧嘩?」
「んなわけねえだろ。マネキンだよ、マネキン」

 意外な回答に思わず食いつかずにはいられなかった。マネキンとは、服を着せられているのっぺらぼうみたいなあれのことを言っているのだろうか。
 私の疑問が見えたのか、姉貴が、と続ける彼。

「うるせえんだよ。自分んとこの服を俺に着せて売りに出せるか試してるだけだから」
「へえ、柊くんお姉さんいるの? デザイナーさん?」

 柊くんの姉とは、一体どんな人だろう。さらりとした長髪を風でなびかせているのだろうか。スラリとした身長で、高いヒールをカツカツと鳴らしているようなのだろうか。可愛いよりも美人なのだろうか。

「そんなとこ。詳しいこと知らねえし。自分んとこの服以外着てると殺しにかかってくるから」
「それはなんとも物騒だね。楽しそうだけど」

 柊家の姉弟の関係がなんとなく垣間見えた気がする。きっと、柊くんは姉に逆らえないのだろう。らしいと言えばらしい。

「どこがだよ。ただのパシリだパシリだ」
「柊くんが誰かにパシらされるって想像できないな」

 いつだって周囲に異性を侍らせているような不良少年。そもそも、不良少年という肩書は失礼だろうか。

「で、そっちは彼氏?」

 違和感が拭えない。まるでパズルのようだと思った。
 同じ形、同じ絵柄をしてるのに、サイズが違う。だからはまらない。カチッと私のパズルに収まってくれない。

「どうだろう、難しいよね。彼氏っていう定義がそもそも曖昧だし」

 曖昧だ。彼氏とはなんだ。高津先輩は彼氏になる人か。
 亀裂が入っていきそうになる。お得意の愛想が濁っていくような気がする。

「あんた、よくそうやって笑ってるけど、あんましない方がいいよ」

 嘘くさいと、彼が続けた。非難めいた口調だった。
 鋭い目。見抜いた人間は初めてだった。それとも、周囲にはバレているのだろうか。私の笑みがどす黒く、嘘でしかないことに。

「あんたの素って、どこにあんの」

 そんなもの、私にはあるのだろうか。素なんて、どこにあるのだろうか。

「そんな顔でデート行くのはやめた方がいいと思う。それとも、あんたのことだから、いざってときには隠せるのか」

 この人は、どこまで見抜いてしまうのだろう。
 人が言葉にしない部分を、この人はぜんぶ見つめてしまうような気がする。

「そんなことないよ」
「ほら、またその笑い方。俺、その顔嫌いなんだけど」

 嫌いだと、そう言われてしまうことには傷ついたりしない。そんなことよりも、柊くんといると、なんだか危ないような気がする。
 遠くで踏切の音が頭の奥を鳴らすように聞こえていた。
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