この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

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第6章

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 さざなみ駅だと名付けたのは一体誰だろうか。その由来にはどんな意味が含まれているのだろうか。
 警笛が響き渡る。蝉の声をかき消すように。赤い電車が、向こうから見えていた。小さかったそれは、次第に大きさを増していく。怖かった。
 震える足でそのままゆっくりと線路へと向かっていく。
 怖くない、大丈夫、怖くない。
 そう言い聞かせていると、あの公衆電話のことを思い出した。
 ──こうなることを、過去の私に知らせることはできないのだろうか。
 たとえば過去の私に今日のことを伝える。そうしたら、柊くんがあんなことになることはなかった。
 そのとき、ようやくわかった。
 電話の向こうの私は、私自身を助けようとしたわけじゃなくて、柊くんを助けようとして「死ぬな」と言っていたのかもしれない。
 ずっと納得がいかなかった。
 どうして未来の私は、死ぬなと言ってくるのだろうと。
 どれだけ辛いかわかっているはずなのに、それでもしつこく言い続けて、それは呪いのように私の足枷になっていた。
 未来の私だろうが、そんなものは関係ない。死にたいのだから死なせて。
 でも、そうじゃない。
 私は私を助けたかったわけじゃなくて、柊くんを救いたかった。
 それをずっと伝え続けようとしていたのか。
 足は自然と公衆電話へと向かっていた。
 伝えないと、でも未来の私は三十秒しか電話が使えないと言っていた。今まで何回電話はあっただろうか。
 ううん、電話はあった。でも出なかった日もあった。鬱陶しいと思っていた日も。
 過去の私はなんてことをしていたんだろう。もっとあの電話の意味をきちんと考えなければいけなかった。
 そのことを思い出しながら過去の私に電話をかける。
 私は柊くんを助けたい。柊くんがいる世界を生きたい。

 それから何度も過去の私に電話をかけた。言いたいことは頭の中で考えたはずなのに、いざ話そうと思っても時間を気にして全部を伝えることはできなかった。
 それから気付いたのは、電話をかけると向こうの声が一切聞こえないということ。だから何を言っているのかもこちらはわからないから、ひたすら話すしかない。
 何度も過去を思い出す。何回目の電話で、私はいよいよ死のうとしていたのかとか。
 それから、電話をかけるたびに時間が短くなっていくことにも気付いた。
 三十秒ではなくなってきている。その中で、過去の私に何ができるのか。必死で考えることしか、柊くんを救うことはできなかった。



「あれ、やっぱり香澄だったみたい」

 明後日で夏休みが終わる。そんな中、亜希から呼び出しを受けたのは、学校の花壇に水を撒いている最中のことだった。学校にいることを伝える、すぐに行くと行ってものの十五分で彼女はやってきた。

「なんか我慢できなくなっちゃって、香澄に電話したの。もう嫌われてるんだろうし、だったらそれでいいやって思ってたんだけど」

 体育館前の日陰に逃げ込むと、強い日差しは和らいだ。

「謝られた。ごめんって。香澄も、蓮のこと好きだったみたいなんだよね。遼希と同じように、私と蓮は何かあるんじゃないかって思ってたらしい。実際、遼希と蓮が会うようになってから、私香澄に相談しちゃってたから。余計に、香澄の反感を買ったんだと思う」

 もともと、亜希が気に入らなかったというのもあるらしい。盗撮して、悪意に満ちた心でSNSにアップした。卑猥なことを呟く人間にわざとフォローしにいき餌を撒いていたと。

「香澄のこと、許せるかって言ったら正直まだわかんない。でも、私も香澄に悪いことしたし、遼希にも悪いことした。今日は、遼希にもう一回ちゃんと謝りたいと思って来たの。ほら、いつも私の家の方まで来てもらってたから」

 亜希からはもう憎しを宿す瞳が消えていた。今は穏やかに罪を受け止め、償おうとする姿勢が見える。

「蓮のことも、ごめん。まだ逃げ回ってるみたい。あんなこと、する奴じゃなかったんだけど」

 愛が、こじれてしまっていたのだろう。
 きっと、高津先輩は亜希のことが好きだった。それを認めたくない気持ちがどこかにあったのだろう。亜希の気持ちを受け止めれられない自分がいたのだろう。
だから、亜希に近い私を選んだ。香澄じゃなかったのは、自分に好意を抱いているということが高津先輩にはわかっていたんじゃないかと思う。頭が切れる人だったから、リスクを避けて行動していたはずだ。

「蓮には、ちゃんと捕まってほしい。逃げてるってことは、責任を持てなかったってことだから。遼希にしたことも、柊にしたことも」

 向日葵が、立派に咲いているのが見えた。いつだったか、あの向日葵を見たような気がする。

「柊くん、あれからどう?」

 躊躇いがちな亜希の問いかけに、私は静かに首を振る。

「ずっと眠ってる。このまま起きるかどうかもわからないみたい」

 最近やっと、集中治療室から一般の病室に移ることができた。お見舞いに行くと、たまに柊くんのお姉さん、翼さんに会う。ご両親もこっちに帰ってきているようだけれど、タイミング的に一度も会ったことはなかった。

「だから、しばらくは私が水やり当番。起きたら、残りはずっと柊くんにしてもらうつもり」

 そうじゃないと割に合わない。そう笑えば、亜希も力なく笑った。
 そうだね、と亜希の声と一緒に管楽器の演奏が聞こえてきた。
 音楽室。ここからは見えないその場所には、香澄がいるのだろうか。
 彼女は今、どんなことを思っているのだろう。二学期から私たちが一緒にいることはあるのだろうか。それとも私たちはバラバラになるのだろうか。

「飛行機」

 空を見上げると、遠い場所で飛行機が飛んでいた。
 あれはどんな機種なんだろう。柊くんは一発でやはりわかってしまうんだろうか。

『特技だから』

 柊くんは、今どこに行ってしまったんだろう。
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