蜜色の瞳のシェヘラ

よしき

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アージニオ

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  空が暗くなり、やがて空には一際巨大な月が銀色に輝く。満月の夜フォルトムーンナハトがやってきたのだ。
  シェヘラは、アレックスを連れて、小屋の裏手にある小高い丘へとやってきた。丘の一番高い所には、静かに巨大で、平らな石が月の光に映し出されている。
  シェヘラは、その石の上にアレックスを座らせる。アレックスの銀の髪ジルバァハーが月の光を浴びて、キラキラと輝く様は、月の化身の様であった。
  シェヘラは、その髪を一房手に取り、小屋から持ってきた袋のからいくつか糸の束を取り出した。そして、アレックスの髪を撚りあわせはじめた。

  半刻程たったろうか?
  アレックスが、ポツリと呟いた。
「ここは森の中にあるのだな・・・」
  丘の上からは辺りが一望でき、丘の麓にシェヘラの小屋と星の輝きシュテルネンリヒトがあり、丘と小屋を囲う様に、森が広がって見える。シェヘラの返事は返ってこなかったが、それは無言での肯定であるかの様であった。
「俺は、魔の森マジェスマルの『ヒールの丘』にいる黒い魔女シュバルツヘクゼに会いにきたことは、シェヘラにも話したと思ったが…」
  アレックスは、可笑しそうに笑う。
「シェヘラ、お前が黒い魔女シュバルツヘクゼだったんだなんて!」
  シェヘラは、楽しそうに話しかけてくる低い声に小さく頷いた。
  「私は、ある人間が私を訪ねてくるまでは、ここで静かに暮らしていた・・・」
  シェヘラは、少しも手を休めずに静かに昔話を語り始めた。

  シェヘラがまだ黒い魔女シュバルツヘクゼではなく、薬草の魔女クラウトヘクゼと呼ばれ、人々に愛されていた頃。
  1人の男が森を抜け、ヒースの丘の麓に住んでいたシェヘラの元にやってきた。
  その男の名は、アージニオと言い、悲しみでやつれはしていたが、全身に精気が満ち溢れた美丈夫だった。
  彼は、シェヘラが何年も経っても若々しい事を人から伝え聞いて、もしかしたら、死んだ愛しい妻を生き返らせる薬があるかもしれないと、シェヘラの元にやってきたのだ。
  確かに、シェヘラは、何年も十代の娘の様な若々しい姿であった。しかし、死んでしまった人を生き返らせる事など、誰にも出来はしない。その事をアージニオに告げると、彼は『やはりそうか・・・』と、落胆した。
  流石に、哀れに思ったシェヘラは、魔の森マジェスマルの力を宿した大樹星の輝きシュテルネンリヒトの実でアージニオを占ってやると、亡くなった女と同じ、銀の髪ジルバァハーと紫の瞳をした女が現れ、2人の間に子供が生まれるだろうと告げた。
  アージニオはそれを聞いて、しばし考えたが、
「優しく、美しい魔女ヘクゼよ。心から感謝する」
そう言って、森を出で行ったのだが。
  数年後。再びアージニオは、魔の森マジェスマルの森へと姿を現したのだ。アージニオは、以前よりも背が縮み、白髪が目立ち、とても年をとって見えた。アージニオは、悲しそうにこう言ってきた。
  「魔女よヘクゼよ。私はお前の言う通り、銀の髪ジルバァハーの女との間に子をなした。しかし、兄はとても人の上に立つほどの器がなく、強欲で己しか見えない。弟ははとても美しく、非凡な才能と人を愛する心を持っている。しかし私が死んだ後、兄は弟を妬み殺そうとするだろう。そうすれば、この国で沢山の血が流れることになるだろう。賢い魔女ヘクゼよ、どうか兄から弟を助ける事は出来ないだろうか?」
  アージニオは、深々と自分よりも若々しい娘に頭を垂れて嘆願した。
  シェヘラは、再びアージニオの為に占ってやると、こう言った。
「今日この時より。この森は、入ったら最後二度と戻って来ることが出来ない、とても恐ろしい魔の森マジェスマルとするがよい。強大な魔力を持つ黒い魔女シュバルツヘクゼが住む森と。私はそれまでの間、魔法をかけて誰もこの森に近づけないようにしておこう。そしてお前が死んだ後、兄は無理難題を言って、この森に弟を来させようとするだろう。その時、私が弟に強大な守護シュッツを与えよう。しかし後は・・・弟次第。どうだい?」
  アージニオは、それしかない事を悟っていたので、すぐにシェヘラに同意した。
  アージニオは、すぐに踵を返して森から出て行った。シェヘラは、すぐに森に魔法をかけ、人が立ち入る事が出来ないようにした。そして自分は、魔の森マジェスマルの近くの村人にやはり魔法をかけ、弟が来るのを村娘となって待っていたのだった。
  それから五年ほどだった頃。アージニオが逝去して、弟・・・アレックスが魔の森マジェスマルにやってきたのだった。



  

  


  


  

  
  
  
  
  
  
  


  
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