丘の上の王様とお妃様

よしき

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丘の上の王様とお妃様 1

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   私、珠子は、丁度恋愛も仕事にも心身共に疲れていた。だから、あっさりと都会の暮らしを捨てて、喫茶店「坂の上」を引き継ぐことにしたのだ。
    もちろん、勢的な所もあるけれど。生まれたときから実家は、喫茶店をやっていた。だから小さい頃から店を手伝っていたし。店に出すコーヒーや食べ物位は、なんとか作れるわけで。幸い、貯金と退職金に、両親が入っていた保険金もはいったし。店さえ真面目にやって、日常生活を普通に過ごせば、そんなにお客さんを気にせずとも暮らせていける。大体、総務部でも、お茶出すことも仕事だったし...(まあ、客層は近所のおじさんやおばさんと、同級生くらいだろうし)  差ほど心配はすることはないだろう。
   それに、喫茶店「坂の上」は、両親が大切にしていたことが分かる。今では珍しい、小さな店。昭和の香りのするコジャレた家具は、シックで木のむくもりが感じられる...まるで、店の時が止まったかのような、安心感。
  それだけで、私には充分だつた。
  そんな、軽い感じで喫茶店「坂の上」は、再オーブンを迎えたのです。

   カラ~ン...
  「いらっしゃい、近藤のおじさん。」
    喫茶店「坂の上」を再オープンさせてからひと月。14時頃になると、昔からの常連客で、父の幼なじみでもある近藤のおじさんがやって来る。
「タマちゃん。いつものやつね!」
   近藤のおじさんは、15店舗ほどの店を展開している『近藤不動産』の社長さんでもあるのだが、気さくな方だ。片手をあげながらカウンターの前を通りすぎると、定位置の一番奥のボックス席に座り込む。
   すぐにおしはぼりと、お冷やを持って行くと、
「サンキュー」
 と言って、顔を拭きだす。
  その間に私は、カウンターに戻りいつものアメリカンをコーヒーカップに注ぎ込む。
「お待たせしました。」
  近藤のおじさんの前に、コーヒー一式を置くと、小太りな顔が優しく頬笑む。
「待ってました~」
近藤のおじさんは、アメリカンの香りをひと嗅ぎすると、美味しそうに一口飲のむ。
「う~ん、タマちゃんの入れるコーヒは、本当に美味いよ。」
   「ありがとうございます。」
私は、ペコリと頭をさげた。
   近藤のおじさんには、両親が亡くなった時にも沢山お世話になった。今でも、私の事を心配しているのだろう。喫茶店がやっている日には、必ず顔を出してくれる。天涯孤独な私にとって、近藤のおじさんは、本当にありがたい人なのだ。
「そう言えば、タマちゃん。今度お隣さんに帝国財閥関係の人が引っ越してくるの、知ってるかい?」
  近藤のおじさんは、もうひとつの顔を持っている。いわゆる「情報屋」だ。手広く不動産を扱っているので、私の住む「田舎」での情報は、そこら辺の奥さんよりも正確だ。
  しかし、今回の内容は、少し信憑性にかけていた。
「あの『幽霊屋敷』に?!」
   私は、思わずそう口にしてしまった。
  『幽霊屋敷』とは、私の住んでいる喫茶店「坂の上」の道を挟んだ向いの屋敷の別名である。この街一番の大きな豪邸で、ぐるりと屋敷を取り囲んだ高い壁が、とても威圧的である。何でも、とある大金持ちが別荘として30年ほど前に建てたそうだが...私の記憶では、高い塀で中がうかがえない事と、人気がほとんどない。それが『幽霊屋敷』の由縁なのだが...
「なんでも、来月には、引っ越されてくるとかで。ここ数日帝国建材の人たちが出入りしているって、皆の話題になってるよ」
  近藤のおじさんは、鼻息荒く話を続ける。
「何でも、帝国財閥の中でもかなりの実力者らしくって。凄い金持ちなんだってさ!」
   ...。
  正直、『幽霊屋敷』に住む人間がいることには、私も驚いたけど。それ以下でもそれ以上の事でもない訳で。近藤のおじさんが言う帝国財閥ウンヌンについては、私にとってはあまり関心がないことだった。大体、それだけのお偉いさんなんて見たこともないし。それに、雲上の人物なんてものは、庶民と関わらないもの。
  しかし、近藤のおじさんにとっては、一大事なようだ。
「なあ、タマちゃん。もしそのお偉いさんが、ここの喫茶店に来ることだって考えられるし。タマちゃんだけに『玉の輿』...な~んて事になったりしてな!」
   あまりにも馬鹿げた話を、近藤のおじさんが笑いながら言うものどから、私は、真顔でおじさんの顔をのぞきこんだ。
「あのね、おじさん。そういう雲の上の人って言うのはね、こんなところには来ないんだよ。第一、私が東京の帝国財閥の子会社で働いていた時ですら、そこの社長さんをチラッて見たくらいなんだから。もし、本当に帝国財閥の本社の、それも偉い人なんかがお隣に住むんだとしても、雑用は秘書さんや部下の人が全部済ませるんだから。」
  近藤のおじさんは、ポカンとした顔をしていたが、まだ何かを言うとしていたので、
「もー。おじさんが夢見る夢子ちゃんになってどうするのよ」
  私が最後に一喝入れると、流石の近藤のおじさんも、
「そりゃそうだ。確かにタマちゃんの言う通りだよな。全くタマちゃんは、東京で仕事をしていたせいか、現実的だな~」
と、カップの中のコーヒーを飲み干した。

  その数日後。いつもの様に14時頃に、近藤のおじさんがやって来てコーヒーを飲みにきた。
  何でも今日、噂の隣人がやって来るらしいと、大騒ぎをしていた。私は、半分話を聞き流して対応した。そして、いつもの様に15時には、おじさんは帰っていった。
  その後を片付け終わり、カウンター越しに店の中を眺める。丁度夕陽が、店の窓から射し込んできて店の中を照らしているさまは、なんともノスタルチックな感じがする。
「今日は、お客さんも少ないし。チョット早めにお店を閉めようかな...。」
  小さな街の喫茶店は、都会と違う。ほとんどが近所の常連客で、夕方には家に帰って行く。私は、この数年、仕事に追われていた。食事もコンビニのモノで済ませていたし。実家にもほとんど帰ってくる事はなかった。
「無くしてから、失ったものの大切さが分かるもんなんだよね...」
私は、目頭が熱くなるのを感じた。両親が残してくれた喫茶店。そこには、沢山の家族の思い出がつまっていて。もう、ひと月も経つのに、ここにいると両親がヒョッコリ奥から出てくるんじゃないかって思うほど、私には実感が感じられないのが本音だ。
 「こんなに早く逝っちゃうんだったら、もう少し親孝行してあげたかったな...」
私は、ポツリと呟いた。
   そんな時、カラ~ン...と、ドアの開く音がした。お客さんだ。私は直ぐに笑顔で振り向いた。
「いらっしゃいませ。」
「まだ、店はやっているのかな?」
店のドアのところに立っていたのは、この辺ては見かけない男性だった。
「はい、どうぞお好きなお席へお掛けください。」
私がそういうと、男性は一番奥のボックス席に座った。その樣は、見とれるくらい優雅だった。私は、いつもの様におしぼりとお冷やを席まで持っていった。
男性の客は、40才代後半だろうか。上等なスーツを着こなし、少し日本人離れをした顔立ちをしていた。メニューを持つ手は、男性にしては綺麗は指で...でも、どこかて見覚えがあるような...
  そんなことを私が無意識に考えていたところで、男性が声をかけてきた。
「ここのおすすめは?」
私は、素早くメニューの一番下を指差し、
「こちらのケーキセットでしたら、お飲み物とセットになっていてお得ですよ」
と、説明をした。
「では、それを頼むことにしよう。」
男性の優しく低い声が心地よい。世の中には、こんなに素敵な人もいるものなのね...まあ、私には完全に別世界の方だけれど。
「お飲み物はどういたしましょうか?」
そんなことを考えながら、注文を伺う私も私だけれど...
「紅茶...ダージリンをストレートで」
男性は的確に注文をしてきた。
「でわ、しばらくお待ちください」
私は、一礼をするとすかさずカウンターの中に入った。
  お湯を沸かしている間に、いくつかあるティーセットの中からお客さんのイメージに合った物を用意する。その間にお湯が沸騰してきた。紅茶は、高温で入れるのが鉄則。お湯が沸騰すると、ダージリンの茶葉が入っているティーポットにすすぐ。そして、ポットの中で茶葉が動いている間に、今日のケーキ(リンゴのタルト)をお皿に盛り付ける。
  そして、いつもの様に男性の席までトレーに乗せて運んだ。
 「お待たせいたしました。ケーキセットでございます。」
手際よくティーセットとケーキをテーブルの上に置き、時計を確認してからティーカップにポットの中のお茶を注ぎ込む。
「本日のケーキは、リンゴのタルトになります。ごゆっくりどうぞ...」
一連の動作を終え、私は、再び一礼をした。
「ありがとう」
男性は、優雅にカップに手をかけた。
  私は、その様子を見届けてから、そのままカウンターに戻ろうとした。すると、
「貴女が、木崎珠子さん?」
私は、思わず驚きを隠さず振り返った。私の知らない人が、私の名前を知っているだなんて...
「え、あっ、はい。木崎珠子は、確かに私ですけど⁉」
男性は、ゆっくりと席から立ち上り、軟らかな笑顔で話しかけた。
「今日から貴方の隣人となる、王  聖(おう  こうき)と言います。」
  おう  こうき...
私は、昔、よく聞いたことのある名前だと思った。そう、東京でOLをしていた頃に。
しかし、それ以上は、どうしても思い出せなくって。取り合えず、私も挨拶をしておかなくてはと、いそいそと頭を下げた。
「ご丁寧にどうも。私、木崎珠子と言います。今後ともよろしくお願いします。ところで、今日からお住まいなんですか?」
男性...王さんは、そうなんですと頷いた。
「実は、木崎さんにとても大切な話があってね。こう言ったことは、直接話をした方が早いのでね。」
  王さんは、ニコリと笑いながら私を自分の席に引き戻させ、優雅に紅茶とケーキを召し上がった。そして王さんは、私に衝撃的な事を話してきたのである。

  それが、私、木崎珠子の運命を大きく変える出会いであったことは、言うまでもない。
  





  
  
  

    
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