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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

第2話・関係ないことに興味なんて持つはずない。

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 領都を守るために、キノクニは目の前のカウンターで、暇そうに欠伸をしている勇者エリオンに頭を下げた。
 領民を、この国の民を守るのが騎士の勤め、元々功績を立てて騎士から貴族になったキノクニである、弱き者を助けるためにはいくらでも力を振るう。
 だが、エリオンは申し訳なさそうに、一言。

「悪りぃ。俺の店舗転移ムービングは、俺が一度でもいったことがある場所じゃないとできなくてね。ランダム転移も可能だけど、この世界のどこに出るのかわからないからなぁ」
「ふ、ふざけているのか!!」
「いや、真面目な話だよ。ランダム転移なら、困った人のいる街に移動することができるが、ダンジョン内や閉鎖区画とかには転移できない。しない、じゃなくてできないんだよ」

 そう告げられて、キノクニはカウンターの端を掴んだまま、ゆっくりと膝から力が抜け落ちていく。

「勇者殿の力があれば……助けられるのだが……俺は、どうすれば良いんだ……」

 頬を伝う涙。
 縋りつくべき希望が、目の前で歪み始める。
 だが、エリオンはそんなこと気にすることなく、ごほんと咳払いを一つ。

「さっきも話した通り、俺のランダム転移は困った人のいる場所にしかできない。そして、ついさっき、俺はこの街に辿り着き、あんたと出会った。つまり、俺を求めているのはあんたで間違いはない」

 その説明に、キノクニは頭を振る。
 確かに、エリオンがダンジョンスタンビートを止められるのなら、それに越したことはない。
 だが、頼みの綱の勇者はこの店から出ることはできず、出れたとしても本当に近所だけ。

「だが、その希望も潰えた……」
「まあ待て、俺の話を最後まで聞けってば。俺の今の仕事はレンタルショップだ、そのダンジョンスタンビートを抑えるのに必要なアイテムを貸し出してやる」

 スタンビートを抑える?
 アイテムを貸し出す?

 この勇者は何を言っているのかと、キノクニは立ち上がりつつ彼の顔を見る。
 先程までと同じように、エリオンはニィッと笑っているか、この店にダンジョンスタンビートを止められるほどのアイテムがあるのか?
 そう思って店内を見渡し始めた。

「どのアイテムだ、どれを使えば、ダンジョンスタンビートは止められるのだ?」
「さぁ? それは俺も知らんよ。だから、これから調べるのさ……レムリア、仕事だ」

──カランカラーン
 エリオンがレムリアの名を呼ぶと、勢いよく店の扉が開く。

「久しぶりの荒事ですね? 子供の相手ではないのですね? 酒に酔ってお尻を触る助平な冒険者相手ではないのですね?」
「そういうこと。ええっと、そういえば、貴方は誰?」

 ようやく、エリオンは目の前のキノクニに名前を尋ねた。
 ランダム転移はその名の通り、どこにいくのかわからない。
 当然ながら、転移先が初めての場所ならば、その土地の人の名前など知るはずもない。

「私は、このキノクニ領を治めるブンザイモン=キノクニだ。それで、どのようにして止めるのだ?」
「さぁ? そのための実地調査をするからさ。キノクニさん、そのダンジョンスタンビートの現地まで、レムリアを案内してくれるか? うちの優秀な店員で迷惑はかけないと思うけど」
「よろしくお願いします。こう見えても、腕には自信がありますので」

 胸を張ってドン、と叩くレムリア。
 その細くしなやかそうな身体のどこに自信が満ち溢れているのかと、キノクニは頭を振ってしまう。
 それでも、今は目の前のエリオンの力に頼るしかないと考え、素直にレムリアの方を向き直る。

「それでは、よろしくお願いします」
「はい。店長、調査に使って良い備品は?」
「ダンジョンスタンビートの調査だから……6番倉庫のデバイスで良いだろ。移動は魔導三輪メイガスの使用許可も出すし、万が一の時は装備を魔導転送するから」

 先史文明の遺産、現代では再生不可能といわれている精霊炉を搭載している古代の超兵器。そう伝承としては残っているものの、そのようなものを誰も見たことも聞いたこともない。
 にも関わらず、エリオンはあたかも、それがあって当然であるかのようにレムリアに支持を出している。
 キノクニもかなり興味を持ったのだが、流石にそれを差し出せなどという無粋なことを言い出すような性格ではなく、むしろどのようなものなのか見ていたいという気持ちでいっぱいである。

「それでは、いって参ります」
「おう、気をつけてな。キノクニさんに迷惑をかけないように」
「畏まりました」
「では、これで失礼する。レムリア殿の安全については、領都騎士団を複数名つけるから安心してくれ」

──カランカラーン
 店を出る二人を、エリオンは真面目な顔で見送る。
 そして二人の姿が消えると、右手を左から右に向かって大きく振る。
 すると、目の前全面に巨大なスクロールが浮かび上がる。
 びっしりと細かく文字が記されているそれは、エリオンの持って能力の一つ、【創造魔法】の魔導術式の集合体。
 そこに向かって、幾つもの条件を組み込み、最適な魔導具を生み出すことができる。

「ふぅ……まだ、必要な要素が足りないのか。ここの地下迷宮にも、奴の消息らしい手がかりがあれば良いんだがな」

 今度は右から左に向かって手を振り、羊皮紙を消す。
 そしてキノクニが来た時のようにカウンターの中にある椅子に座ると、そのままのんびりと昼寝を始めることにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──ブゥォォォォォォォォォォー
 前方二輪、後方一輪の巨大な魔導三輪メイガス
 それに跨り器用に運転するレムリアと、その後ろに牽引している大型荷車の上で絶叫しているキノクニ。
 馬や馬車ならいざ知らず、まさか古代の遺産が店舗裏の倉庫から出てくるなど、キノクニも予想はしていなかった。
 しかも、そこに何やら金属の箱型荷車を接続し、その上に乗るように指示されたかと思うと、爆音をあげて魔導三輪メイガスは走り出したのである。

「キノクニさん、このまま進めば良いのですか?」
「ああ、この辺りはまだ、スタンビートの影響は出ていない。入口付近で騎士団が吹き出した魔物を殲滅しつつ、魔導騎士団が結界を施しておる。だが、それも長くは持たないだろう」
「ふぅん。まあ、私は調査するだけなので、持とうが持たなかろうが、どうでも良いです。ただ、結果と素材を集めて持ち帰るだけなので」

 レムリアの目的が魔物の殲滅ではないので、キノクニも厳しいことを言わないように努めている。ただ、どうでも良いと言われると、やはり機嫌が悪くなってしまうのは仕方がない。

「結界が持たなければ、魔物は溢れ出す。それを、どうでも良いというのは無責任すぎるとは思わないのか?」
「だって、本当に私にとってはどうでも良いことなのですよ。私にとって大切なのは、エリオンの指示に従い、適切な対応を行うこと。それ以外は、本当にどうでも良いので……敵がきます」

 話の最中、レムリアは正面を見据える。
 まもなく騎士団のベースキャンプのある場所だが、そこから剣戟の音が聞こえ始めたのである。

「急げるか?」
「荷車を切り離せば。でも、これは調査用の道具なので切り離せません」
「そんなもの、後で回収すれば良いだろうが!!」
「ダメです。このままの速度で向かいます」
「くそっ!! そこを変われ、俺が操る!」

 荷車の上で立ち上がるが、すぐにバランスを失って座り込むキノクニ。
 
「そもそも、この魔導三輪メイガスを始め、オールレントの商品は全て、エリオン様と私にリンクしています。つまり、私たち以外のものには扱うことができない。レンタルの際には、そのリンクラインをお客様に繋げるだけなのです」
「だから、レンタルってなんなのだ!! あの店には商品などなかったではないか」
「レンタル、すなわち貸し出し。魔導レンタルショップ・オールレントは、さまざまな物品や魔導具、さらには適切な戦力をお貸しする店なのですよ。それも聞かないで、エリオン様に力を貸して欲しいなどと……」

 魔導具の貸出専門店など、キノクニは聞いたこともない。
 そもそも魔導具は高価であり、おいそれと人に貸すものではないから。
 それを専門としているエリオンの店とは、いったいなんなのだろうかと好奇心が脳裏を横切るが、魔導三輪メイガスがベースキャンプにたどりたいた瞬間にはそのようなことも忘れ、荷車から飛び降りて抜刀した。

「現状の報告を頼む」

 そう叫ぶと同時に、近くで交戦中の騎士の元へと走り出す。
 そこでは、山羊の頭をした身長5メートルほどの化け物と騎士たちが戦闘を繰り広げている。
 四本の腕を振るい、二本の死神の鎌を振るう化け物。
 どうにか懐近くまで切り込むものの、すぐに鎌が振るわれ、騎士たちは斬りつけられ弾き飛ばされていく。
 軽く振った一撃で、騎士たちの腕が、頭が、胴体が切り裂かれ、運が悪いものは鎧ごと真っ二つになり絶命していく。

「ば、化け物が結界を中和し、侵攻を開始しました!!」
「魔導騎士団は」
「結界の修復と強化に努めています。また、彼らを守るためにも騎士団がガードを固めているため、第一陣で飛び出してきたこの三体は抑えることができませんでした」

 キノクニの目の前では、三体のヤギ頭の化け物が騎士たちと戦闘を繰り広げている最中。このままでは、レムリアの調査もままなら無くなってしまうと思った時。

「あの、誠に申し訳ありませんが、解析データが必要なので、貴方の魔石をいただきますね?」

 レムリアが魔導三輪メイガスから飛び降りて、キノクニに向かってくる化け物に頭を下げたかと思うと、そのまま高速で化け物に接敵し、その胸元目がけて右手を突き出した!!

──ズブシヤァァァァァ!!
 たった一撃。
 いつのまにか巨大な装甲に包まれ、3倍ほどの長さと太さになったレムリアの右手による貫手。
 それが化け物の心臓部分に突き刺さると、そのまま核である魔石を掴み、素早く引き抜いた。

 青い返り血を浴びてもなお、レムリアは右腕を元の形に戻す。
 ガシャガシャとガントレットを外すかのようにパーツが分解され、そして光になって消えていく。
 そして元の腕の大きさに戻ると、まるで何事もなかったかのように魔導三輪メイガス下手戻っていく。

「ま、待て、まだ魔物が残っている!! 奴らも始末できるか?」

 キノクニが息を呑みつつも、レムリアに尋ねるが。
 彼女は無表情のまま一言だけ。

「サンプルデータが足りなければ回収しますが、それはデバイスを稼働しなくては分かりません。では、私は仕事に戻りますので失礼します」

 まるで騎士団が戦っているのに興味がないように返答すると、レムリアはデバイスへと歩いていく。
 そのあまりにも無感情な物言いに、キノクニは頭を振ってから無視するように、手の足りない騎士たちの元へと走り出した。
 
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