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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

第5話・仕事は終わり、支払いといこうじゃないか

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 キノクニが冒険者と地上へ帰還したとき。
 それと入れ替わるように、竜骨騎士ドラゴンボーンナイトの大群が列をなして、ダンジョンの中へと入っていく。
 事情を知らない冒険者たちはすぐさま身構えたものの、そのゴーレムの外見的特徴から自分たちの仲間の遺体を回収したゴーレムであることを瞬時に理解し、武器の構えをすぐに解いた。

 そのままキノクニに連れられて冒険者たちはレムリアの元へとやってくると、目の前で起こっている事に呆然としてしまう。

 袋に収められ、顔だけが見えている仲間の遺体
 その横では、別のゴーレムが魔法陣の中にある素材や魔石を選別している。

「レムリア殿、冒険者の遺体の回収に助力いただき、感謝します」
「本来なら別料金だけど、今回は予想外に魔石の量があったので、それはいいです。それよりも、そちらの遺体、早く処理しないと手遅れになりますが?」
「早く処理?」
「手遅れ?」

 レムリアの言葉の意味がわからないキノクニたち。
 すると、レムリアもそんな反応をされるとは思っておらず、目をぱちくりとして驚いた顔になる。

「デバイスで検知した、この死体の再生深度は9。神聖魔法による肉体再生リジェネレート完全治癒パーフェクトヒールを施す事で、蘇生率12%。つまり、まだ助かるけれど?」

 頭を軽く傾げて呟くレムリアだが、その二つの魔法の名前を聞くだけで、キノクニたちは絶望してしまう。
 その二つの魔法を使えるのは、王都の聖トミーガン教会の大司教のみ。
 そのレベルの司祭でなくては、普通の蘇生ならいざ知らず、完全治癒パーフェクトヒールなど不可能。
 ましてや、キノクニ領ほどの辺境には、普通の蘇生魔法すら使える聖職者は存在しない。

「無理ですよ……このキノクニ領にいる冒険者、登録されている聖職者や治癒師はそこそこいますけれど、上位回復魔術を使える人はいません」
「仮にいたとしても、蘇生の代金なんて払えるはずもないですよ!! 王都の聖トミーガン教会に治癒をお願いした時に、どれだけのお布施を取られるか知っているのですか?」

 そう叫ぶ冒険者たちだが、レムリアはそんな事情など知らない。
 ましてや、聖職者がお布施の値段を決めているなど、彼女の中の常識には存在はしない。
 
「そうでしたか、それは失礼しました。それではどうぞ、お引き取りください。そちらの袋は返却しなくても大丈夫ですので」
「ありがとうございます。せめて、地上のお墓に入れてあげたかったもので」

 そう頭を下げる女性冒険者。
 だが、キノクニはレムリアに近寄って。

「レムリア殿なら、蘇生は可能なのか?」

 そう問いかけた。

「さぁ? 可能かどうかと問われたら、可能とはお答えします。けれど、私はオールレントの店員です、契約以上のことは致しませんので」

 キッパリと言い切るレムリア。
 すると、冒険者たちがレムリアの元に駆け寄ってくる。
 蘇生は不可能、そう自分たちに言い聞かせていた彼女たちも、まさか目の前の女性が蘇生可能だなどと言い出すとは思っていなかったから。

「助けられるのですか? お願いです、蘇生費用は一生かけてでも返します、だから、2人を蘇生してください」
「それこそ、今からダンジョンに向かって魔石でもなんでも集めてくる、それじゃあダメなのか?」
「ダメですね。先日から三日間、あのダンジョンの討伐は我がオールレントの竜骨騎士ドラゴンボーンナイトが行っています。その際に回収できる魔石は素材の権利は、全て私たちが独占できます。そう、契約していますから。それと、先ほどの言葉に補足を加えますと、私は蘇生系魔術の行使はできません」

 その言葉で、キノクニは彼女の言い分を理解した。

「でも、オールレントには、蘇生術式を発動できる魔導具があると、そういう事だな?」
「お察しの通り。我が店主はそのようなものを作り出すことができます。ですが、オールレントは掛け売り禁止、現金もしくはそれに付随するもので支払ってもらいます。一生かかっても支払う? 直ぐになら契約は行えますが?」

 表情ひとつ変えず、レムリアが呟く。
 その言葉に、冒険者たちは落胆するしかなかった。
 いくらなんでも即金での支払いなど無理である。
 素性に必要なお布施には、金貨1000枚以上は必要。
 一介の冒険者がどれだけ頑張っても、よほどのレア素材を引き当ててオークションで高額で売り捌くか、もしくは純度4以上の魔石を持つ魔物の討伐が必要。

 その辺のゴブリンなどを倒しても、運が良くても純度1の魔石片スラッグ程度であり、それを10個集めても純度1と同じ価値や取引価格にはならない。
 魔石は魔導具や錬金術の素材として活用されるため重宝されているが、魔石片スラッグは低級魔力回復薬の素材や、魔導具の燃料にしかならないから。

「さて、それではとっととその死体を持って帰ってください。その袋は食用魔物の素材の鮮度を保つために時間停止処理が行われています。それに入れている限りは、死体はそれ以上の腐敗も損傷もしなくなりますから。早めにどうにかすることをお勧めしますので……」

 それだけを伝えて、レムリアはデバイスの作業に戻る。
 だが、その言葉を聞いた冒険者は、絶望の淵から希望を見出すことができた。

「そうそう、その袋から出した時点で、袋はオールレントまで戻ってきてしまいますから、なるべくなら、早めに決断をして、蘇生なり埋葬なりを行うことをお勧めします」
「ありがとうございます!! 必ず、こいつらを助けるために連絡します」
「それまでは、袋はお預かりします」

 必死に頭を下げてから、冒険者たちは仲間の遺体の収められた袋を担いで、その場を離れる。
 空を見送ってから、キノクニは感心したようにレムリアを見る。

「随分と、お優しいことで。見直したぞ」
「あの方達は、オールレントの大切な客になるかもしれません。それに、我がレンタルショップの貸し出しアイテムは転売不可能、だから彼らに貸し出しただけです。このダンジョンが消滅して、どこで稼ぐ手段を見つけるのかは知りませんけれど」
「消滅?」

 キノクニが、不思議そうな顔でレムリアを見る。
 すると、レムリアもまた、不思議そうにキノクニを見た。

「ダンジョンコアを回収しますから、ダンジョンが無くなるのは当たり前じゃないですか。そんな基本的なことも、知らなかったのですか?」

 レムリアの知識では、この程度は当たり前。
 このキノクニ領に来る前にも、幾つかの野良ダンジョンを討伐し、ダンジョンコアを回収して来たから。
 けれど、ダンジョンコアは破壊しても一定時間が経過すると再生する。
 それがキノクニの知る常識であり、ダンジョンコアはダンジョンの最深層から動かすことが出来ないというのが魔術師学会でも長年の通説とされていた。
 そもそも、ダンジョンコアを破壊したという噂は聞いたこともなく、スタンピードが発生しても、最下層のダンジョンコアを守護するダンジョンガーディアンを破壊すれば、それは収まると伝えられていたから。

「あんなもの、回収できるのか? い、いや、そもそも、ダンジョンコアまで辿り着くことができるのか? その手前のガーディアンを倒せば、一気にダンジョン内の瘴気が晴れて、また元通りの状態になるではないか?」
「倒せますし、回収もできますよ。私は、エリオン様の命令で、幾つものダンジョンを屠って参りましたから」

 ガシャン、と、デバイスのスイッチをすべて起動させる。
 
「さて。それでは最後の仕上げに参ります」

 そう告げてから、レムリアがダンジョンへと向かって歩いていく。
 
「ま、待て、何をする気だ?」
「何って? 契約通りに、ダンジョンスタンピードを止めます。その上でダンジョンコアを回収するだけです。そう、契約は行われていますから。では、失礼します」

 素早くダンジョンに向かって走り出すと、レムリアはそのまま内部に突入。
 慌ててキノクニも追いかけるのだが、入り口の竜骨騎士ドラゴンボーンナイトがキノクニの行手を阻んでしまった。

「た、頼む、ダンジョンコアは破壊しないでくれ!! この領地はダンジョンから回収される素材や魔石片スラッグの取引で持っているようなものだ、それを、止められると困る!!」

 叫びつつ抗うものの、竜骨騎士ドラゴンボーンナイトによって入り口は完全に閉ざされている。
 対抗すれど先に進むことができないため、キノクニは契約のやり直しを求めて、オールレントへと向かう事にした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 オールレントの竜骨騎士ドラゴンボーンナイト、その本部隊が投入されて二日後。
 早馬を飛ばして、キノクニが領都のオールレントへと辿り着く。
 キノクニも馬も疲労困憊だが、最後の力を振り絞って店の中へと入っていった。

──カランカラーン
 ドアについている鐘が鳴り、エリオンがカウンターまで顔を出す。
 そして疲れ切った顔のキノクニを見て、エリオンはやれやれと困った顔になる。

「何か御用でしょうか? すでに最下層のガーディアンの討伐は完了、今はレムリアがダンジョンコアの破壊を行っている最中ですが?」
「取り消しだ!! この契約書は取り消してくれ!! 中の素材を集めただけで十分じゃないか……」

 叫びたい気持ちをグッと堪えて、冷静に話を始めるキノクニ。
 だが、エリオンはニカッと笑って一言。

「いやいや、それって無理ですよ。契約書にある通り、討伐素材とダンジョンコアはうちで回収します。それにですね?」

──シュンッ
 キノクニの背後に、レムリアが転送されてくる。

「任務完了しました。ダンジョンガーディアンのオレイカルコス・ゴーレムの破壊、およびその下層にある、マナラインと直結しているダンジョンコアを回収しました。これにてすべて完了です」
「はい、お疲れ様。魔導三輪メイガスと装備を倉庫にしまって、あとは戻って来た竜骨騎士ドラゴンボーンナイトに選別をお願いしておいてくれるかな?」
「畏まりました。では、失礼します」

 丁寧に頭を下げて、レムリアがカウンターの中に入ってくると、そのまま奥へと消えていく。

「とまあ、最下層までうちの竜骨騎士ドラゴンボーンナイトが到着した時点で、レムリアがダンジョンコアを回収するわけ。それじゃあ、当社の契約は成立していますので、こちらにサインをお願いします」

──スッ
 契約完了証明書を取り出して、呆然としているキノクニの前に出す。

「ダンジョンコアが無くなった……ダンジョンは、どうなるのだ? そんな記述、魔術師学会でも見たことがないぞ」
「まあ、ダンジョンは死にます。はい、サインをお願いしますね?」
「ダンジョンが死んだら、どうなる?」
「数日で最下層から消滅していきますね。はい、サインをお願いします」
「このキノクニから、ダンジョンが消えたということか?」
「まあ、契約通りですから。はい、サインをお願いします」

 ニィッと笑うエリオン。
 すでにキノクニは全身から力が抜けている。
 そのまま魔導ペンを受け取ってサインをすると、契約書が輝いた。

「では、これで完了ですので、明日にでもレムリアを向かわせます。あと、これはサービスで付け加えておきますが、同じマナラインならば、死んだダンジョンの近くにまた新しいダンジョンが発生しますよ」
「……なんだと?」

 ダンジョンとは、マナラインからの過剰魔素の噴き出し口でもある。
 それゆえに、ダンジョンが死んだ場合でも、その近辺に新しいダンジョンが出来上がるのは、エリオンにとっては当たり前の知識。
 だが、現代の魔術師学会では、そのような戯言に耳を貸す魔術師は存在しない。

「まあ、そうですね……三日後、消滅したダンジョンの近くに、また新しいダンジョンは生まれて来ますよ。では、これにてキノクニさまのご依頼、すべて完了させていただきます。この度は、魔導レンタルショップ・オールレントをご利用いただき、ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げるエリオン。
 その彼の言葉が真実かどうか、それが分かるのは3日後であった。
 
 
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