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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

第6話・蘇ったキノクニ領と、エリオンの秘密

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 キノクニ領郊外で起こった、ダンジョンスタンピード。

 それが収まった3日後、以前のダンジョンがあった場所から少し離れた森の奥に、新しく大きな地下洞窟が発見された。
 それは自然洞とは思えないほどに、内部が入り組んだ人工迷宮構造になっており、階層ボスのある部屋まで存在していた。
 すぐさま報告を受けたキノクニが調査隊を派遣、一週間の調査ののち、そこが新しいダンジョンであることが、魔術師学会によって正式に認可された。

 以前まで派遣されていた結界魔術師は引き続き、新ダンジョンの結界部隊として近くに作られた監視塔にそのまま配置され、冒険者ギルドに『ダンジョン調査解放』の連絡も届けられた。

「それで、今日はうちに何のご用でしょうか?」

 3日前に集金も終え、オールレントはのんびりとした日常を戻っている。
 次のランダム転送の予兆もないため、冒険者御用達の酒場と冒険者御用達の大型雑貨店に挟まれた状態のまま、レンタルショップとして店を開いていた。
 そこに、もう会うことはないと思っていたキノクニがやって来たので、レムリアは営業スマイルで話しかけていた。

「先日だが、王都の魔術師学会から調査員が派遣されて来た。今回のダンジョンスタンピードを止めた方法と、それを行った冒険者を紹介しろとな。それで、君たちの名前を出して良いものかどうか考え、返答は保留とさせてもらっている。そのことで、エリオン殿に会わせてもらいたいのだが?」
「会わせても何も、店長なら店の中で接客をしていますよ?」

 接客?
 そのエリオンに似つかわしくない言葉にキノクニも驚くのだが、レムリアは勤めて冷静に。

「ランダム転送の予兆がないので、普通にこの場所でレンタルショップを営業していますが? まさか、存在しない店舗でも商業ギルドの登録許可が必要とか言い出しませんよね?」
「必要といえば必要なのだが……いや、その件についてはこちらで都合はつける。では、失礼させてもらう」

 そうレムリアに告げてから、キノクニはオールレント内へ入っていく。
 キノクニが知っているオールレントは、棚こそあれど箱が置かれていた、倉庫のような光景。
 だが今は棚の全てにさまざまな商品が並べられ、カウンターの奥には大量の武器防具が飾られている。

「これはまた、何があったのだ?」

 エリオンと話をしたかったのに、その品揃えに驚かされる。
 並んでいるものは、何処にでもある冒険用の雑貨、それ以外にも普通に日用品や衣服なども並べられている。
 そしてキノクニが店内を回す目まわっていると、ふと、カウンターの方から声が聞こえて来た。

「だ、か、ら、よ。俺たちはミスリルの武器を貸して欲しいんだよ」
「ここにはあるんだろう? 早く貸してくれないか?」
「私はミスリルの杖をお願い。この杖だと、新しいダンジョンでは力不足なのよ?」

 戦士、レンジャー、そして魔導士風の三人の冒険者が、カウンターでエリオンと話をしている。
 
「まあ、お貸しするのは構いませんが、ミスリルの武具は高くつきますよ? それでも宜しいのですか?」
「くどい!! 今は新ダンジョンが解放されたばかりだろ? 一刻も早く先に進んで、迷宮地図を完成させたらギルドで高く買い取ってもらえるんだよ。そのためにも、良い武器や防具を装備して、誰よりも早く先に進みたいの? わかる?」
「はぁ……まあ、それならば、構いませんけどね」

 エリオンが契約書を3枚取り出して、一人一人の目の前に並べる。
 貸し出すのはミスリルのロングソード、対炎効果の施されたルーンメタルの大盾とミスリルのショートソード、そして魔術補助の術式が組み込まれた、大賢者の杖。
 どれもミスリルを使用しているレア装備であり、エリオンが先日のダンジョンから回収した魔石や素材から作り出した魔導具である。

──ゴクッ
 三人は、カウンターの後ろに用意された装備を見て息を呑む。
 だが、そんなことは知らず、エリオンは黙々と説明を開始。

「代金の支払いは前払いと後払いがあります。後払いの場合は三割増しになりますが、どうしますか?」
「後払いで構わない」
「ではレンタル期間は何日ほどで?」
「3日でいい、それだけあれば、かなり進める見込みだからな」
「はいはい、期限は三日と。それならば
一つの装備につき、金貨一枚で結構ですが、宜しいですか? 支払い時は金貨一枚と銀貨30枚ですけど?」

 説明をしながら、書類を作成するエリオン。
 そして一通りの説明ののち、書類を三人に向けて、魔導ペンを差し出す。

「レンタル期間中に、必ず返却をお願いします。それと、転売はしないでくださいね。あとの注意としては」
「あ~、急ぐから、とっとと貸してくれ、これでいいだろう?」

 サラサラッと書面にサインをする三人。

「確かに。ではギルドカードを提示してもらえますか? 偽名だと危険なので、こちらも確認義務がありましてですね」
「あ~っ、次から次へと、本当に面倒くさい、これでいいだろうが!!!!」

 三人とも、首から下げているギルドパスのぶら下げられたネックレスを取り出して見せる。
 これは魔導具により作り出されたギルドパスであり、1000年動乱以前に存在した軍隊の身分証と同じ形から、通常ギルドタグと呼ばれている。
 それを受け取って、一つずつ確認すると、書類がゆっくりと光り始めた。
 
「ギルドタグと本人の確認ができたようですね。では、貸出装備はこちらになります」

 カウンターの後ろから装備を取り出し、目の前に並べる。
 それを見て三人の表情がニマァァァァと笑い始め、そして取り繕うように顔を引き締めている。

「では、確かに借りていくぞ」
「こ、これよ、夢にまで見た大賢者の杖……惚れ惚れしちゃうわぁ」
「うむ、がっしりと腕に馴染む盾、取り回しのいいショートソード。確かに借りたぞ」

 嬉しそうに装備を整える三人。
 そして書類の写しが魔法処理されて手渡されると、そのまま急ぎ足で店から飛ぶように出て行った。

「……誰と話をしているかと思ったら、チーム・テスタロッツァの三人じゃないか。腕はそこそこだが、あいつらはあまり素行は良くないぞ? 帰ってこなかったらどうするんだ?」

 キノクニが話をしながらカウンターに姿を見せるが、エリオンは頭を振って一言だけ。

「ちゃんと書類に目を通してあれば、問題はありませんよ。そもそも、うちからレンタルしたもので、完璧に持ち逃げされた商品なんて一つもありませんからね?」
「へぇ。期限が切れたら、レムリアのお嬢ちゃんが回収に向かうとか?」
「まさか。自分で帰って来ますよ、ちゃんと転送されますから」

 なるほどなぁと、キノクニは納得したのだが、もしもダンジョンの中で、魔物に襲われて絶体絶命の時とかに期限が切れたなら……。
 そんなことを考えた瞬間、キノクニの背筋に冷たいものが走った。

「な、なあ、もしもだが、戦闘中とかにレンタル期限が切れたら、その時もいきなり転送されるのか?」 
「あっはっは。それもいいですけど、俺はそこまで鬼じゃありませんよ。貸し出した商品に宿っている『契約の精霊エンゲージ』は、その辺りはうまく対応してくれます。戦闘が終わったら、転送されますけどね」

 要は、契約書通りにしっかりと期限を守って、店まで持ってくるだけで危険は回避できる。そんなことが書類に書いてあるのだが、それをしっかりと聞かないで、自分勝手なことをするとダンジョンの中で装備なしで放り出されることになる。
 そのあたり、しっかりしているなぁとキノクニは思ったのだが、すぐに本題を思い出して話を切り出した。

「そうだ。今、俺の領地に王都の魔術師学会から調査員が派遣されて来たのだがな……」

 レムリアに説明したことをもう一度説明してから、キノクニはエリオンに相談を持ち掛けた。

「……ということで、今回のダンジョンスタンピードを止めることができた協力者として、魔術師学会にエリオンを紹介したいのだが」
「なるほど、お断りします。見たことのない冒険者の手柄にでもしてください。俺は、目立ちたくありませんのでね」

 その返答は予想通り。

「それなら、ダンジョンコアのカケラでも貸してくれるか? 証拠として提出しておけば、奴らも諦めがつくだろうさ。旅の冒険者が解決しました、その証拠にダンジョンコアのかけらを置いていきましたって」

 キノクニとしても、エリオンが訳ありなことは理解している。
 1000年動乱期を平定した勇者、それが今もなお、姿を変えずにこの世界に存在しているのである。
 キノクニは運良くエリオンと出会うことができたが、どの国も勇者エリオンが健在であるなどと知ったら、国に取り込もうと考えるであろう。
 だから、名前を出さずに、そのまま話を終わらせようと考えたのだが。

「もう、ダンジョンコアは使ったからなぁ、影も形も残ってないわ。その代わり、最下層のガーディアンの体表面の装甲の欠片なら分けてあげられるけど? それで構わないか?」

 アイテムボックスから鎧のカケラを取り出し、カウンターに乗せる。
 
「触って確認しても?」
「鑑定待ちなら、ご自由に?」

 商人が商神から得られる加護の一つに、『鑑定眼』というものがある。
 それはものの真贋をみきることができるのだが、加護が強いと価値や詳細なことまで読み込むことができる。
 きのくには幸いなことに、片親が商人であったので、加護をそのまま受け継ぐことができていた。

「……オレイカルコス? おいおい、それって伝承に出てくる魔法金属じゃないか? 光を精製して生み出す金属だろ?」
「ご名答。太陽光の下では傷をつけることができないと言われている金属だな。今のご時世、それを再生できる鍛冶屋もいないだろうし、分かったところでどうしようもないだろうからさ、それは記念にあげるわ」

 気安く伝説を寄越してくるエリオンに、キノクニは頭を抱えてしまう。

「全く……そんなにポンポンと寄越してくれるな。それよりも、カケラしかないっていうことは、残りの素材は使い切ったのか?」
「レムリアに新装備を作ってあげたぐらいかな? まだインゴットに戻してアイテムボックスにしまってあるけど……売らねーよ?」
「買えると思ってないから、安心しろ。それじゃあ、これを使って、うまく話を誤魔化してくる。それと、この店だが……ここに魔導レンタルショップがあることを認識している奴と、認識していない奴がいるのは、どういうことだ?」

 そう。
 当初、キノクニは部下をオールレントに寄越したのである。
 だが、酒場と雑貨屋が並んでいることを説明された挙句、その間に店があるなどあり得ませんとまで言われたのである。
 だから、ここは一度でも来たことがある人にしかわからないのかと思ったのだが、さっきはチーム・テスタロッツァがこの中で武具を借りている。

「ん~。レムリアを認識できるかどうか。外で店の前を掃き掃除しているレムリアを認識できるか? もしくはレムリアが自分の判断で『面白そう』な客なら見ることができるはずだが?」
「……曖昧すぎるな。それも、魔導具の効果なのか?」
「ああ。そこの棚に飾ってある猫の置物、それが魔導具でね。『シュレディンガーの猫』っていう置物で、まあ、古い言葉で『観測するまで、物事は確定しない』っていうこと」

 その説明にキノクニは頭を捻ってしまうが、そんなものだとエリオンに再度言われ、そんなものかと納得することにした。
 そしてエリオンにオレイカルコスの礼をもう一度告げてから、キノクニは店から出ていく。

「さて、上位鑑定眼が使えるのなら、俺ではなくレムリアが討伐したことぐらいは理解できるだろうけどね……まあ、そこまでの祝福ギフト持ちがいるかとうか、わからないよなぁ」

 そう呟いてから、エリオンは貸し出した装備の追加版を作るために、魔法側を起動させると、のんびりと錬金術を始める事にした。
 
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