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第一章・迷宮大氾濫と赤の黄昏編

最下層攻略戦~誰もが損をしない選択~

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 エリオンとの通信を終えて。

 レムリアは、ゆっくりと階段の上へと昇ってくるゲートキーパーをじっと睨みつける。
 両手に装備した二振りの両手剣はすでに刀身も刃の部分もボロボロに朽ちている。
 あの黒い粘液上の体表面には、高濃度の酸が纏わりついている。
 魔力を通していない武具の場合、あの酸に触れるだけでぐずぐずに崩れていってしまう。
 幸いなことに、オールレントが貸し出した武具はすべてが魔導具、その素材には最低でも魔導銀《クルーラ》が用いられている。
 この魔導金属の特徴は魔力の伝導率の高さと腐敗耐性。
 しかも一般的には知られていないが、魔導銀は錬金術によって意外と簡単に生成することができる。
 従来の魔導銀は、鉱山などの奥深く、最低でも深度500メートル以上まで潜らないと掘り出すことはできない。
 しかも、どこでも産出するわけではなく、マナラインに近い場所でなくては魔導銀は生み出されないと報告されている。
 それは事実であるのだが、それ以外にも条件はいくつかあり、『マナライン上であること』『瘴気が発生している場所であること』の二つの字要件が一致する場所でない限り生まれることはない。
 これらの条件が最も適している場所が、『ダンジョンコアの跡地』であるという。
 それよえに入手難易度は高く、冒険者にとっては魔導銀の武具を手に入れるということは一流の証であるとも噂されているのだが。

 エリオンは、これを錬金術で生成する。

「ハアハアハアハア……嬢ちゃん、今の状況は?」

 ブンザイモンと数名の冒険者が、ようやくレムリアの元までたどり着く。
 すでに満身創痍であるのだが、ゲートキーパーとの戦闘も経験してきただけあって表情は引き締まっている。
 
「この下にダンジョンコア。今はエリオンから、それを破壊するための道具が到着するのを待っている。あと、あれを破壊しない限り、ゲートキーパーは無限に湧き出て、地上まで上がっていく。それで、キノクニに質問」

 そう問いかけるレムリアに、ブンザイモンも真顔になる。

「なんだ?」
「ダンジョンコア、本当に破壊していいの?」

 レムリアの問いかけは、キノクニにとっては予想外である。
 ダンジョンコアの暴走、大氾濫の発生。
 それらを止めるためにはエリオンの力が不可欠。
 だが、現時点ではダンジョンコアの破壊以外にはそれらを止める術がないという結論に達していたため、キノクニとしても苦渋の選択を選んだ。
 だが、ここにきて、それ以外の道でもあるかのようにレムリアが問いかけてきたのである。
 キノクニとしても、その質問の真意をどうとるべきか考えてしまっている。

「その質問だと、破壊以外に対策可能であるというふうにも取れるのだが、そうとらえていいのか?」
「正確には、まだない。けれど、そのうちなんとかできるかも。今、エリオンが別の手段を探していると思う……だから私たちは、その答えが見つかるまでの時間稼ぎをしている」
「この下まではいったのだよな? ダンジョンコアはあったのか」
「あった。ただし、今の私の装備では破壊不可能。だからエリオンに追加装備の注文をしてある……また来た」

 レムリアとキノクニの話し合いの最中にも、階下からゆっくりとゲートキーパーが上がってくる。
 
「……領主さんよ、そろそろこの装備でも限界なんだか、新しいものはあるか?」

 冒険者の一人がそう問いかける。
 するとレムリアは追加の装備をアイテムボックスから取り出して、その冒険者に向かって投げた。

「魔導銀の大剣。まだ必要な人がいれば貸し出す、追加料金はキノクニからもらうから安心していい」
「それを支払うのは俺なんだがなぁ……まあいいか」
「それじゃあ私にはショートソードを二本お願い」
「俺には大盾を頼めるか」

 次々と装備品を手渡すと、受け取った彼らはまっすぐにゲートキーパーへと走っていく。
 この階層に来るだけの実力があるせいか、一体のゲートキーパーに対して5人がかりで攻撃を続けていけばどうにか討伐は出来ている。
 その様子を別のゲートキーパーをせん滅しながら、レムリアは眺めている。

「まさか、あれを相手できるだけの実力があるとは予想外。ずいぶんと成長した」
「そりゃあ成長ぐらいはするさ。かなり高価だったけれど、やつらは成長促進剤を飲んでいるからな」
「……ふぅん。そんなものがあるんだ。それじゃあ、しばらくはみんなに頑張ってもらう。私は一休みする」

 そう呟いてから、レムリアは下り階段から少し離れた場所に腰を下ろす。
 そしてデバイスを起動させて周囲の瘴気濃度を確認する。

「さっきよりは低下している。このままこの階層でゲートキーパーの氾濫を阻止し続けられれば、このダンジョンは氾濫しない。ただし、この状態がいつまでも続くとは思わない方がいい」
「まさかとは思うが、ダンジョンが俺たちの戦い方に対応してくるっていうことなのか?」
「そう。この下のダンジョンコアは意思を持っている。そして最後の難関である守護者たちも。だから、このままゲートキーパーが出て来るだけなら問題はないけれど、多分次の手を用意してくるとおもう」
「次の手……ねぇ」

 そうキノクニがつぶやいた時。

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 ダンジョン全体が鳴動し、左右に大きく揺れる。
 それまで冒険者たちが対峙していたゲートキーパーたちは解けて床へとしみていき、それと同時に大空洞全体の壁にゆっくりと蔦が生い茂って来た。

「な、な、なんだこれは!!」

 動揺したのはキノクニだけではない。
 戦っていた冒険者たちも突然のターゲットの消失からの地震に驚き、周囲を警戒している。

「……多分、これが赤のトワイライトの残した切り札。エリオン! ダンジョン自体が暴走を始めた!!」

 その言葉の直後、壁という壁から蔦が伸びて冒険者たちを絡め取ろうと蠢く。
 冒険者たちもシュルルルルッと伸びて来る蔦を薙ぎ払い続けているものの、徐々に襲い来る蔦の数が増え始めていることに気が付いた。さらに地面全体も蔦のようなもので覆われ始めているため、これ以上はここに留まっているのは危険であると判断。
 壁から伸びて来る蔦の届きにくいキノクニとレムリアのいる中央部まで戻ってくると、開口一発。

「これはもう俺たちじゃ無理だ。申し訳ないが撤退させてもらう」
「命あってのものだねだから……ごめんなさい」
「嬢ちゃん……どうする?」

 このまま撤退を余儀なくするか、それとも戦うのか。
 戦うという選択肢をするのならば、この状況を打破できるだけの武具がないと不可能、壁全体を覆っている蔦は、魔術師の魔法すら無力化しているという。

「エリオン……判断を」
『今、切り札を転送する。あと、キノクニのおっさんに契約書を書いてもらえ、追加のレンタルと現状打破に必要な素材の代金だ。多分この領地の年収5年分ぐらいになると思うから、分割払いで構わない!』
「そ、そんな金を出せというのか、ダンジョンが滅んだらこの領地事態、消滅するのだぞ」
『お、そこにいるのかよ。10年は持つ疑似ダンジョンコアを作った。それとここのダンジョンコアを交換する、そうすれば現状、この大氾濫は止まるしダンジョンも破壊しなくても済む……どうするかは契約書を見て決めろ、いいな!!転送っ』

――シュンッ
 レムリアの目の前に、数十本のスクロールの収められた袋と巨大な疑似ダンジョンコア、そして左手にそう着するための巨大な黄金色の戦鎚が転送されて来た。
 その袋の横には、キノクニ宛ての契約書までおいてあったので、レムリアはそれを手に取り、キノクニへと手渡す。

「決断は早めに。急がないと退路もふさがれる……」
「わかっている! これでいいんだろ!!」

 ナイフを引き抜き素早く親指に刃を立てると、キノクニは契約書の中身を確認することもなく血文字でサインを書き込む。
 
「中身を見ないでいいの?」
「最大でも、領地の収入の5年分ですむのならな。そのあとまだ5年はダンジョンを維持できるのだろう? それなら安いものだ」
「よし、契約完了。あとは私に任せて……」

 契約書をアイテムボックスに収めると、レムリアは左腕に巨大なガントレッドを装着。
 目の前の黄金色の戦鎚を掴むと、静かに詠唱を開始する。

「……コマンドコード、D・I・D。朝日は昇り、光は満ちる。すべてのマナより生まれしものよ、今、その力を開放し母なる大地へと誘われん……量子分解……なにもかも、マナになれぇぇぇぇぇ!!」

――キュィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
 レムリアの詠唱ののち、巨大な戦鎚が金色の輝きを放つ。
 そして戦鎚の周囲に魔法陣が浮かび上がると、レムリアはそれに向かって戦鎚を振り、さらに貫通して床に向かって魔法陣を打ち付けた!!
 すると打ち込まれた魔法陣が空洞全体に広がり、そこに触れた蔦が光になって散っていく。

「こ、これは……禁呪か」
「うん、まあ、そんなところ。ということで退路は作った、あとは私の仕事だから逃げて」
「わ、分かった……嬢ちゃんも危険とわかったら逃げろよ、いいな!!」
「了解。でも、これが私の仕事だから」

――ブゥン
 戦鎚をアイテムボックスに収め、ガントレットも転送する。
 そしてレムリアはキノクニたちが階上へと駆け上がっていくのを確認してから、再び階下へと延びる階段を駆け下りていった。
 
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