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酒と肴と、領主と親父
19品目・ガラスは食器? 美術品?(ラッキーエビスと、切子細工のロックグラス)
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長閑な夕暮れ。
家路を急ぐ人々や、仕事帰りに行きつけの酒場で一杯ひっかけようと笑いながら街道を行き来する人々。
そんな光景が集まる領都中央広場で、俺たちはのんびりと自家製ビアガーデンのようなものを楽しんでいる。
「……ぷっはぁぁぁぁぁぁ。ユウヤさん、まだお代わりありますか?」
空になったビアタン片手に、陽気に問いかけて来るミーシャさん。
その横では、すでに酔いつぶれて寝息を立てている相方のアベルの姿もある。
ちなみにうちのお嬢さんたちは、自分が飲める酒量というものをわきまえているらしく、いまはチビチビとビアタンに残ったビールを飲みつつ、つまみを堪能している真っ最中。
「ちょっとっまてろよ……と、ありゃ、これが最後だわ」
最後に残った瓶のエビスビールをクーラーボックスから引っ張り出す。
それの栓を抜こうとしたとき、ふとラベルが目に入った。
「へぇ……珍しいな」
「んんん、ユウヤ、なにか面白いものでもあったのかな?」
「ああ。こいつなんだがな。ちょっとラベルを見比べてみてくれ」
足元に置いてある空のエビスビールの瓶をテーブルの上に乗せる。
そして今しがたクーボックスから取り出した瓶ビールを並べると、シャットやマリアン、ミーシャにラベルを見るように促す。
「んんん? この漁師の横に置いてあるカゴ、こっちは空っぽだけれど、こっちのは魚の尻尾が写っているにゃ」
「本当ですね。真っ赤な魚を抱えているだけでなく、籠にも入っているなんて。でも、こっちは空っぽですよね?」
「その通り。実は、この魚は鯛といってね、俺の故郷では縁起物なんだ。おめでたい席などで供される魚なんだけれど……この鯛が二つ写っている瓶っていうのは、実は大変希少でね。ラッキーエビスっていうんだけれど、これにあたるといい事があるっていう噂なんだ」
まあ、あたったところでいい事があるかどうかは神のみぞ知る。
俺はまあ、縁起物なので信じてはいるんだけれどね。
ということで、寝落ちしているアベル以外にビアタンにビールを注ぐと、最後の一本を名残惜しみつつ乾杯を決め込んだ。
「ングッングッ……ぷっはぁ。うん、なんとなくラッキーっていう感じだにゃ。ちなみにラッキーってなんだにゃ?」
「んんん? ああ、翻訳されていないのか。ラッキーっていうのはつまり幸せとか、幸福とか。この瓶ビールに出会ったってことは、いいことがあるんだよなってことだ」
「へぇ……ねぇヤウヤさん、この瓶、貰ってもいいかな?」
空になったビアタンをテープセルに置きつつ、ミーシャが楽しそうに話しかけて来る。
まあ、ビールの空瓶は酒屋が回収してくれるんだけれど、一本ぐらいは別に構わないか。
「ああ、折角だから持って行けって」
「よっし、これで明日の依頼は確実に成功するねぇ」
「ははは、そんなことで成功したら、苦労はないと思うけれどね……って、なんだシヤット、マリアン、お前たちも欲しかったのか?」
ミーシャがラッキーエビスの瓶を手に嬉しそうな半面、シャットたちはちょっと悔しそう。
「正直言うと、欲しかったかもにゃ」
「ええ、採取依頼とかで運よく群生地が見つかるかもしれませんでしたのに……まあ、今日はお客さんに譲りますわ」
「ははは。また仕入れていれば、そのうち会えるだろうさ」
「ちょっと待って、この瓶ビールって仕入れられるの? また明日も呑めるの?」
「待て待て、連日は厳しい。そのうちまた催してやるから」
迂闊なことを言っちまった……と思ったけれど、目の前で楽しそうに酒を飲んでいる連中の顔を見ていると、たまにはいいかもなぁって思えて来る。
「……越境庵、たまにあけるのもありか……」
「ん? ユウヤさん、今なにか話した?」
「いや、別に……って、お前たちはしっかりと聞いていたようだな?」
ミーシャには誤魔化せたけれど、越境庵を知っているシャットとマリアンはニマニマと笑っている。
まったく、地獄耳というかなんというか。
まあ、開けるとなると色々と手続きが面倒だから、そのあたりを確認してからだな。
そんなこんなで、すっかり日も暮れてしまったので、いそいで後片付けをして今日は解散。
ミーシャとアベルからしっかりと代金も回収したので、今日はそこそこに稼げたなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
――しばらくして
いつものように昼からの露店を終え、シャットたちとのんびり賄い飯を食べている最中。
久しぶりにカレットル職人のアモルファスが、貴族の男性をつれてやってきた。
「ああ、まだ食事中でしたか、これは申し訳ない」
「すまんな、もう少しで食べ終わるので待っていてくれ」
申し訳なさそうにアモルファスが告げるので、ただ待たせているのも悪いと思い、クーラーボックスから瓶ラムネを二本取り出して手渡す。
「それでも飲んで待っていてくれると助かる」
「これは丁寧に、ありがとうございます。ロッホユー男爵、これが例の瓶ラムネです。開け方は……ええっと」
「あけてやるにゃ!!」
シャットがアモルファスから瓶ラムネを受け取り、目の前で開けてみせる。
するとロッホユー男爵とやらが目を丸くして、自分が持っている瓶ラムネをしげしげと眺め始めた。
「そっちの男爵さんのも貸すにゃ」
「い、いや、これは自分で開けてみたい。こうかな?」
蓋についている突起を瓶の口に当てて、シャットがやって見せたように勢いよく蓋を掌で叩く。
――シュポッ……シュワァァァァァァァ
すると勢いが強すぎたらしく、口からラムネが噴き出した。
「ロッホユー男爵、そのまま口に咥えて飲んでくださいっ」
「こ、こうかフガフガバァァァ……」
初めて飲むラムネにむせかえり、さらに勢いよく喉にぶつかるラムネでさらに咽る。
しばらくして泡が収まってから、ようやくゴクッゴクッと楽しそうに飲み始めた。
俺の方も食事は終わったので、あとは片づけを行うだけ。
「ユウヤ店長、後片付けは私とシャットで終わらせますので、貴族様のお話を伺ってください」
「そうか、それじゃあ纏めておくだけでいいからな……と、それじゃあお話を伺いましょう。とりあえずこちらへどうぞ」
アモルフェスとロッホユー男爵に椅子を進めると、二人とも椅子に座ってようやく人心地ついたらしく、話を始めてくれた。
「まず自己紹介からだな。私はオルトベア・ロッホユー、アードベック辺境伯よりロッホユー荘園を預かる荘園領主だ。実はアモルフェスからこのラムネ瓶というのを見せて貰い、どうしてもこれを使った食器を作って欲しいと頼んだのたが。残念なことに、色付きのステンド・カレットルは作れても、ここまで透明なものは作れないという報告を受けてね」
ロッホユー男爵がそう告げると、アモルフェスが懐から曇りガラスでできたジョッキを取り出して見せてくれた。
「ここまでは出来たのだけれど、どうしても曇りが取れなくてね。どうやらこのあたりに流通している素材では、これ以上の透明度が出せそうもないのだよ。それで、ロッホユー男爵にこれを見せて、これ以上の透明度は出せないと説明したのですが」
「それなら、このラムネを売っている貴方ならきっと透明なジョッキを持っているのではと思ったのですよ。幸いなことに、うちにデイルしている冒険者のアベルが、貴方とここで楽しそうにビールというものを飲んでいたと聞きまして。その時、透明な小さなコップを使っていたとききまして」
ああ、そういうことか。
別に口止めをしていたわけでもないし、ビアタンで飲んでいたのも事実だからなぁ。
とりあえず、厨房倉庫経由でビアタンとガラスのジョッキを取り出し、テーブルの上に並べて見せる。
「こっちが、この前アベルたちとビールを飲んでいたビアタン。こっちは……まあ、透明なガラス……と、カレットルで出来たジョッキだ」
「「おおお!!」」
感極まって簡単の声を上げる二人。
その声に驚いてシャットたちもこっちを見ると。
「あ、そのジョッキって、エビスさんが書き込まれているにゃ」
「それって縁起物ですよね」
「まあ、な」
ビアタンもジョッキも、酒屋と契約する際に販売促進用に卸してくれたものだ。
うちのように毎日、20リットル樽を何本も仕入れている店には、こういった販促物を融通してくれるからありがたい。
「こ、これが縁起物ですか……」
「こんなに透明で、しかも薄くて軽いなんて……耐久性は低そうですし、でも、これは美術品のような……」
「ああ、美術的な価値というのなら、こういうのもあるが? こっちは高いぞ」
――シュンッ
厨房倉庫から取り出したのは、江戸切子細工のロックグラス。
表面に富嶽三十六景をモチーフにした切子が彫り込まれている逸品だ。
それをテーブルに乗せた時、アモルフェスとロッホユー男爵の様子が変わった。
それまでの和気あいあいとした雰囲気から一転して、ゴクッと息を飲んだかと思うとじっとロックグラスを眺めている。
そして10分ほどじっと眺めていたかと思うと、ロッホユー男爵が瞳をキラキラと輝かせながら。
「……これを買い取りたい。駄目だろうか?」
突然の商談に突入した。
まあ、そいつは食器メーカーのカタログに載っていたものだし、注文すれば恐らく配達してくれる筈。ただ、値段がバカのように高い。
日本円で仕入れ値12万円……ってことは、一つ120,000メレルか。
こんな食器一つに12万も出すのかって言いそうだが、うちを贔屓してくれている社長曰く、『本物を見る目を養えるのなら安いものだ』そうで。
「うーん。売るのは別にいいんですが。これ一つで12万メレルはするんですよ」
「20万だそうじゃないか!!」
――ジャラッ
ロッホユー男爵がいきなりテーブルに二枚の金貨を置いたんだが。
「ええっと、これって」
「10万メレル大金貨ですね。商人とか貴族ぐらいしか使わない貨幣ですよ」
「どうだ、これでいいだろう?」
「うーん、貰い過ぎなんですよねぇ。別にうちは食器を売って商売しているわけではないので」
12万で仕入れて20万で売るって、どれだけぼった喰っているんだよって突っ込みたくなってくる。
「それなら、差額で似たようなものをいくつか用意して貰えないだろうか? 当然、貴方の儲け分も入れて構わないから」
「う~ん、まあ、そういうのでしたら。ただ、用意するのに数日待ってもらえますか? こっちとしても在庫を確認しないとならないので。代金はその時で構いませんから」
そう説明して、大金貨を一度ロッホユー男爵の前に戻す。
だが、これで契約は成立しているので、ロッホユー男爵は嬉しそうに頷いている。
「そうかそうか、いや、本当にありがとうな。アモルフェス、おまえにも改めて礼をさせてもらうのでな」
「いや、俺はここの店長を紹介しただけですから……まあ、頂けるもの貰いますけれどね」
「当然だ。こういうことはしっかりとしなくてはな。縁というものは、こうして紡がれていくと東方の商人が以前話していたではないか」
へぇ、意外といい事いうじゃないか。
「では、数日後に改めて伺わせていただくので、よろしく頼むぞ」
「へい、それじゃあ期待に応えられるようにしておきますので」
そう告げて、アモルフェスとロッホユー男爵は席を立って戻っていく。
ちょうど、シャットたちの片付けも終わっていたので、俺は荷物を纏めて厨房倉庫
納めると、二人に挨拶をして宿へと戻ることにした。
さて、食器屋の型録、何処に仕舞ってあったかなぁ……。
家路を急ぐ人々や、仕事帰りに行きつけの酒場で一杯ひっかけようと笑いながら街道を行き来する人々。
そんな光景が集まる領都中央広場で、俺たちはのんびりと自家製ビアガーデンのようなものを楽しんでいる。
「……ぷっはぁぁぁぁぁぁ。ユウヤさん、まだお代わりありますか?」
空になったビアタン片手に、陽気に問いかけて来るミーシャさん。
その横では、すでに酔いつぶれて寝息を立てている相方のアベルの姿もある。
ちなみにうちのお嬢さんたちは、自分が飲める酒量というものをわきまえているらしく、いまはチビチビとビアタンに残ったビールを飲みつつ、つまみを堪能している真っ最中。
「ちょっとっまてろよ……と、ありゃ、これが最後だわ」
最後に残った瓶のエビスビールをクーラーボックスから引っ張り出す。
それの栓を抜こうとしたとき、ふとラベルが目に入った。
「へぇ……珍しいな」
「んんん、ユウヤ、なにか面白いものでもあったのかな?」
「ああ。こいつなんだがな。ちょっとラベルを見比べてみてくれ」
足元に置いてある空のエビスビールの瓶をテーブルの上に乗せる。
そして今しがたクーボックスから取り出した瓶ビールを並べると、シャットやマリアン、ミーシャにラベルを見るように促す。
「んんん? この漁師の横に置いてあるカゴ、こっちは空っぽだけれど、こっちのは魚の尻尾が写っているにゃ」
「本当ですね。真っ赤な魚を抱えているだけでなく、籠にも入っているなんて。でも、こっちは空っぽですよね?」
「その通り。実は、この魚は鯛といってね、俺の故郷では縁起物なんだ。おめでたい席などで供される魚なんだけれど……この鯛が二つ写っている瓶っていうのは、実は大変希少でね。ラッキーエビスっていうんだけれど、これにあたるといい事があるっていう噂なんだ」
まあ、あたったところでいい事があるかどうかは神のみぞ知る。
俺はまあ、縁起物なので信じてはいるんだけれどね。
ということで、寝落ちしているアベル以外にビアタンにビールを注ぐと、最後の一本を名残惜しみつつ乾杯を決め込んだ。
「ングッングッ……ぷっはぁ。うん、なんとなくラッキーっていう感じだにゃ。ちなみにラッキーってなんだにゃ?」
「んんん? ああ、翻訳されていないのか。ラッキーっていうのはつまり幸せとか、幸福とか。この瓶ビールに出会ったってことは、いいことがあるんだよなってことだ」
「へぇ……ねぇヤウヤさん、この瓶、貰ってもいいかな?」
空になったビアタンをテープセルに置きつつ、ミーシャが楽しそうに話しかけて来る。
まあ、ビールの空瓶は酒屋が回収してくれるんだけれど、一本ぐらいは別に構わないか。
「ああ、折角だから持って行けって」
「よっし、これで明日の依頼は確実に成功するねぇ」
「ははは、そんなことで成功したら、苦労はないと思うけれどね……って、なんだシヤット、マリアン、お前たちも欲しかったのか?」
ミーシャがラッキーエビスの瓶を手に嬉しそうな半面、シャットたちはちょっと悔しそう。
「正直言うと、欲しかったかもにゃ」
「ええ、採取依頼とかで運よく群生地が見つかるかもしれませんでしたのに……まあ、今日はお客さんに譲りますわ」
「ははは。また仕入れていれば、そのうち会えるだろうさ」
「ちょっと待って、この瓶ビールって仕入れられるの? また明日も呑めるの?」
「待て待て、連日は厳しい。そのうちまた催してやるから」
迂闊なことを言っちまった……と思ったけれど、目の前で楽しそうに酒を飲んでいる連中の顔を見ていると、たまにはいいかもなぁって思えて来る。
「……越境庵、たまにあけるのもありか……」
「ん? ユウヤさん、今なにか話した?」
「いや、別に……って、お前たちはしっかりと聞いていたようだな?」
ミーシャには誤魔化せたけれど、越境庵を知っているシャットとマリアンはニマニマと笑っている。
まったく、地獄耳というかなんというか。
まあ、開けるとなると色々と手続きが面倒だから、そのあたりを確認してからだな。
そんなこんなで、すっかり日も暮れてしまったので、いそいで後片付けをして今日は解散。
ミーシャとアベルからしっかりと代金も回収したので、今日はそこそこに稼げたなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
――しばらくして
いつものように昼からの露店を終え、シャットたちとのんびり賄い飯を食べている最中。
久しぶりにカレットル職人のアモルファスが、貴族の男性をつれてやってきた。
「ああ、まだ食事中でしたか、これは申し訳ない」
「すまんな、もう少しで食べ終わるので待っていてくれ」
申し訳なさそうにアモルファスが告げるので、ただ待たせているのも悪いと思い、クーラーボックスから瓶ラムネを二本取り出して手渡す。
「それでも飲んで待っていてくれると助かる」
「これは丁寧に、ありがとうございます。ロッホユー男爵、これが例の瓶ラムネです。開け方は……ええっと」
「あけてやるにゃ!!」
シャットがアモルファスから瓶ラムネを受け取り、目の前で開けてみせる。
するとロッホユー男爵とやらが目を丸くして、自分が持っている瓶ラムネをしげしげと眺め始めた。
「そっちの男爵さんのも貸すにゃ」
「い、いや、これは自分で開けてみたい。こうかな?」
蓋についている突起を瓶の口に当てて、シャットがやって見せたように勢いよく蓋を掌で叩く。
――シュポッ……シュワァァァァァァァ
すると勢いが強すぎたらしく、口からラムネが噴き出した。
「ロッホユー男爵、そのまま口に咥えて飲んでくださいっ」
「こ、こうかフガフガバァァァ……」
初めて飲むラムネにむせかえり、さらに勢いよく喉にぶつかるラムネでさらに咽る。
しばらくして泡が収まってから、ようやくゴクッゴクッと楽しそうに飲み始めた。
俺の方も食事は終わったので、あとは片づけを行うだけ。
「ユウヤ店長、後片付けは私とシャットで終わらせますので、貴族様のお話を伺ってください」
「そうか、それじゃあ纏めておくだけでいいからな……と、それじゃあお話を伺いましょう。とりあえずこちらへどうぞ」
アモルフェスとロッホユー男爵に椅子を進めると、二人とも椅子に座ってようやく人心地ついたらしく、話を始めてくれた。
「まず自己紹介からだな。私はオルトベア・ロッホユー、アードベック辺境伯よりロッホユー荘園を預かる荘園領主だ。実はアモルフェスからこのラムネ瓶というのを見せて貰い、どうしてもこれを使った食器を作って欲しいと頼んだのたが。残念なことに、色付きのステンド・カレットルは作れても、ここまで透明なものは作れないという報告を受けてね」
ロッホユー男爵がそう告げると、アモルフェスが懐から曇りガラスでできたジョッキを取り出して見せてくれた。
「ここまでは出来たのだけれど、どうしても曇りが取れなくてね。どうやらこのあたりに流通している素材では、これ以上の透明度が出せそうもないのだよ。それで、ロッホユー男爵にこれを見せて、これ以上の透明度は出せないと説明したのですが」
「それなら、このラムネを売っている貴方ならきっと透明なジョッキを持っているのではと思ったのですよ。幸いなことに、うちにデイルしている冒険者のアベルが、貴方とここで楽しそうにビールというものを飲んでいたと聞きまして。その時、透明な小さなコップを使っていたとききまして」
ああ、そういうことか。
別に口止めをしていたわけでもないし、ビアタンで飲んでいたのも事実だからなぁ。
とりあえず、厨房倉庫経由でビアタンとガラスのジョッキを取り出し、テーブルの上に並べて見せる。
「こっちが、この前アベルたちとビールを飲んでいたビアタン。こっちは……まあ、透明なガラス……と、カレットルで出来たジョッキだ」
「「おおお!!」」
感極まって簡単の声を上げる二人。
その声に驚いてシャットたちもこっちを見ると。
「あ、そのジョッキって、エビスさんが書き込まれているにゃ」
「それって縁起物ですよね」
「まあ、な」
ビアタンもジョッキも、酒屋と契約する際に販売促進用に卸してくれたものだ。
うちのように毎日、20リットル樽を何本も仕入れている店には、こういった販促物を融通してくれるからありがたい。
「こ、これが縁起物ですか……」
「こんなに透明で、しかも薄くて軽いなんて……耐久性は低そうですし、でも、これは美術品のような……」
「ああ、美術的な価値というのなら、こういうのもあるが? こっちは高いぞ」
――シュンッ
厨房倉庫から取り出したのは、江戸切子細工のロックグラス。
表面に富嶽三十六景をモチーフにした切子が彫り込まれている逸品だ。
それをテーブルに乗せた時、アモルフェスとロッホユー男爵の様子が変わった。
それまでの和気あいあいとした雰囲気から一転して、ゴクッと息を飲んだかと思うとじっとロックグラスを眺めている。
そして10分ほどじっと眺めていたかと思うと、ロッホユー男爵が瞳をキラキラと輝かせながら。
「……これを買い取りたい。駄目だろうか?」
突然の商談に突入した。
まあ、そいつは食器メーカーのカタログに載っていたものだし、注文すれば恐らく配達してくれる筈。ただ、値段がバカのように高い。
日本円で仕入れ値12万円……ってことは、一つ120,000メレルか。
こんな食器一つに12万も出すのかって言いそうだが、うちを贔屓してくれている社長曰く、『本物を見る目を養えるのなら安いものだ』そうで。
「うーん。売るのは別にいいんですが。これ一つで12万メレルはするんですよ」
「20万だそうじゃないか!!」
――ジャラッ
ロッホユー男爵がいきなりテーブルに二枚の金貨を置いたんだが。
「ええっと、これって」
「10万メレル大金貨ですね。商人とか貴族ぐらいしか使わない貨幣ですよ」
「どうだ、これでいいだろう?」
「うーん、貰い過ぎなんですよねぇ。別にうちは食器を売って商売しているわけではないので」
12万で仕入れて20万で売るって、どれだけぼった喰っているんだよって突っ込みたくなってくる。
「それなら、差額で似たようなものをいくつか用意して貰えないだろうか? 当然、貴方の儲け分も入れて構わないから」
「う~ん、まあ、そういうのでしたら。ただ、用意するのに数日待ってもらえますか? こっちとしても在庫を確認しないとならないので。代金はその時で構いませんから」
そう説明して、大金貨を一度ロッホユー男爵の前に戻す。
だが、これで契約は成立しているので、ロッホユー男爵は嬉しそうに頷いている。
「そうかそうか、いや、本当にありがとうな。アモルフェス、おまえにも改めて礼をさせてもらうのでな」
「いや、俺はここの店長を紹介しただけですから……まあ、頂けるもの貰いますけれどね」
「当然だ。こういうことはしっかりとしなくてはな。縁というものは、こうして紡がれていくと東方の商人が以前話していたではないか」
へぇ、意外といい事いうじゃないか。
「では、数日後に改めて伺わせていただくので、よろしく頼むぞ」
「へい、それじゃあ期待に応えられるようにしておきますので」
そう告げて、アモルフェスとロッホユー男爵は席を立って戻っていく。
ちょうど、シャットたちの片付けも終わっていたので、俺は荷物を纏めて厨房倉庫
納めると、二人に挨拶をして宿へと戻ることにした。
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