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第一部・食戦鬼? あ、食洗機ですか。

第9話・一騎打ちと誤解と和解

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 暗殺者たちが謎の死を遂げてから。

 私の護衛は増え、どこに行くにも監視される毎日。
 屋敷の敷地内では護衛たちも離れてみるようになり、プライベート空間である自室でも終日、侍女が待機するようになりました。
 そんな毎日が続いたのですから、食戦鬼の検証実験など行うことができるはずもなく、オーラを蓄積させることもままならず。
 やむを得ず、訓練用の木剣や刃引きの長剣の古くなったものを自室で使うとか適当な理由を付けてくすねては、それを深夜に侍女の目を盗んでポリポリと食べていました。

 不思議なことに、同じ素材を食べても【理】を修得できる時とできない時があるようで、修得している強度以下の理については、蓄積されることがなく修得失敗となるようで。
 それでもオーラは蓄積されるので、まだまだ検証は必要です。

 そして一か月がたち、私たち家族は王都貴族街のランカスター伯爵領家別邸へとやってきました。
 現在、この王都別邸にはエリオット兄さまが住んでいます。
 兄が王都で務めているということと、家は空き家にしておくと老朽化が進むという理由で、現在はエリオット兄さまが管理していまして。

「うーん。うまりここに来た記憶がありません」
「まあ、シルヴィアは王都に行くと告げるたびに、なんだかんだと言い訳をして領地に残っていたからな」
「そうそう。だから、こうやって家族揃って王都にくるなんて本当に久しぶりなのよ」

 お父様お母さまの嬉しそうな顔。
 それに合わせるようにマルガレートお姉さまも楽しそうですが。
 
「チッ……お前も来るとは。園遊会当日は、お前はこの屋敷で静かにしていろ。家族に迷惑をかけるな」

 屋敷の玄関前で、私を睨みつけながら呟く男が一人。

 ……シルヴィアの記憶をローディング中……

 はい、エリオットお兄様です。
 王国騎士団に所属しており、今は指揮官補佐として勤めています。
 そして私とは犬猿の中であり、私がやることなすこと全てにおいて文句しか言わないという。
 それでいて剣術の実力あり、温厚な性格だというのですからどれだけ私が嫌われているかよく分かります。
 まあ、シルヴィアはエリオットに近寄ってくる『下心満載』な女性をターゲットに、ことごとく嫌がらせをしていたようなので無理もありません。
 逆に下心のない町の人たちや、古くからのエリオット兄さまの親友たちについては嫌がらせなどしたことはなく。
 あれ? そう考えるとすべては計算していたということですか?
 家督を相続する兄を護った?
 いえいえ、それは偶然かもしれません。
 シルヴィアの記憶を引っ張り出せても、当時の彼女の感情その他はなかなか引き出すことができないのですから。

「ご無沙汰しています、お兄様」
 
 丁寧にカーテシーで挨拶。
 家族なので必要はありませんけれど、ここは私でも礼儀作法を学んできたということを見せつけるためにあえて行いますが。
 
「さっきの件、忘れるなよ……お父様お母さまお疲れ様です。マルガレートも元気そうだな」
「ああ。しばらく厄介になる。それと、園遊会当日は、シルヴィアも同席させるのでそのつもりでな」
「父上、シルヴィアは我が家の恥部、礼節も学んでいない礼儀知らずです。そのような子をランカスターの子女として園遊会に参加させるなど、私は反対です」

 きっぱりと言ってくれましたよ、我が兄は。
 これにはお父様もお母さまも渋い顔です。

「そうはいうが。シルヴィアが事故にあったことは手紙で伝えていただろう? 奇跡的に一命をとりとめてからは、シルヴィアはこれまでの行いについて反省したようでな。毎日、学業と礼儀作法について学んでいたのだ」
「そうよ。もう、あの粗野で野蛮な振りをしていたシルヴィアはいないのよ」

 ちょっと待ってお母さま、野蛮な振りってなんでしょうか?
 私の記憶の中のシルヴィアは、それはもう地で暴れていましたけれど?
 お母さまにはこれが演技に見えていたのですか?

「マルガレート、それは本当なのか?」

 驚いた顔で両親に頭を下げると、エリオット兄さまはマルガレート姉さまにも確認しています。
 確かに、過去の私……シルヴィアの行ってきたことを考えると、疑われても仕方がないと思うけれど、なんというか……やるせない気持ちになります。

「ええ。最近は演劇の話で盛り上がっていますわね。あと、少しだけガーデニングも嗜んでいますわよ」
「まさか、嘘だろ? 3度の食事よりも剣術訓練、勉強は全て無視して礼儀作法なんて学ぶ気もなかったシルヴィアが?」

 そう告げてから、エリオット兄さまは私の方を見て睨みつけました。

「おまえ何を企んでいる? そうやっておとなしい振りをして、昨年のようにまた我々に恥をかかせる気なのではないのか? あの後の事後処理に、俺がどれだけ奔走したと思っている」
「恥をかかせる気なんてありません。少しは私のことも信用してくれませんか?」

 そう告げると、兄が一瞬だけ悲しそうな眼をしているのはどうしてでしょうか。
 そこまで私を信用していないのですか。
 まあ、領都ではいまだに私のことを敬遠している人もいますからねぇ。

「ま、まあ。長旅で疲れているだろうから体を休めた方がいい。父上も母上も、マルガレートも。掃除は全て終わらせてありますので、夕食までは体を休めてください。シルヴィアもな」

 最後におまけのように言われましたが。
 私はにっこりと笑って頷きました。
 信用がないのは今更、一緒に住んでる両親や姉でさえ、半月ぐらいは腫物に触るような対応が時々見えていましたからね。

 〇 〇 〇 〇 〇

──翌日
 今日は、午後から祖父母であるオルタロス公爵家の屋敷へと挨拶に向かうことになっています。
 それゆえ、いつもの早朝トレーニングは軽めにしておいて、残りの時間は延々とシルヴィアの記憶保管庫から祖父母についての知識をひたすら引っ張り出しては、私の頭の中へ叩き込んでいます。
 
「……ふう。普通の祖父母とは言いがいたいレベルの孫溺愛祖父母でしたか。とくにシルヴィアについては溺愛ところか食べられそうなレベルで甘やかしていたんですね」

 そんなシルヴィアも、祖父母に対しては普通に接していたようで、なにより。
 あとは出来る限り兄には会わないように自室か裏庭でトレーニングを続行。
 なお、王都別邸付きの侍女さんたちは私と接触することを極力避けています。
 結果、私の世話は同行してくれたステファニーという侍女さんにお任せしています。
 おかげさまで、ステファニーさんは【猛獣のようなお嬢様を自在に操る】存在と覚えられたらしく、王都の侍女たちからは羨望のまなざしで見られています。
 結果として、どうやって私のような猛獣の相手ができるのかと質問攻めにあっていたそうです。

 そして午後になり、私たち一家は祖父母の待つ王都本宅へ。
 公爵家ゆえ直轄領地は王都近郊となり、普段は王都にて執務を執り行っているとか。
 屋敷に到着すると、正面玄関で祖父母が待っていました。

「お父様、ご無沙汰しています」
「義理父さん、お元気そうで何よりです」

 両親が深々と挨拶すると、祖父母も笑みを浮かべてウンウンと頷いています。
 そしてマルガレート姉さまも挨拶すると、おじい様に頭をポンポンと叩かれてうれしそうです。
 
「みな、元気そうでなによりじゃ。それで、王都には一年ぐらいは滞在できるのか?」
「お戯れを。封領貴族である私は、そうそう長期間も領地を開けておくわけにはいきません。二週間ほど滞在したら、急ぎ領地へ戻りますので」
「なんじゃ、つまりんな。それよりもシルヴィア、ずいぶんとおとなしくなったものだ。以前ならわしの顔を見るたびに小遣いをせびっていたのが、今ではしっかりと淑女のように出で立ちではないか」
「本当ね。シルヴィア、もっと自由にしていいのよ? まさか厳しいしつけをなされていたとか?」

 うわ、そういう心配をするのですか。
 確かに記憶の中のシルヴィアは元気そのもの、挨拶もそこそこに荷物を置いて王都の商業区へと駆け出して行ったレベルですから。
 でも、今は私が中に入っていますから、そんな無謀なことはできませんよ。
 護衛を振り切って買い物三昧だなんて……まあ、ランカスター領都では、私もやっていましたけれど。

「おじい様、おばあ様、私ももう16歳です。そんなに粗野に生きるのもどうかと、少しは考えを改めましたから」
「貴方は多少は粗野で構わないのよ? オルタロス公爵家に近寄ろうとする輩を排除できるぐらいには強くなってもらわないと」
「うむ。我がオルタロス公爵家は武勲に名高い家系であるからな。魔法のような弱弱しいものではなく、剣を振るって前線を駆け抜けるぐらいの技量がないと話にならんからな」

 はっはっはっ。
 シルヴィアが暴れん坊淑女になった原因は、この祖父母に何か言い含まれたのが原因のような気がしてきましたよ。ほら、今の話を聞いて両親は困った顔になっていますし、兄はグヌヌという顔をしていますから。

「まあ、つもる話も色々とあるからな、まずはゆっくりしなさい」
「はい、ありがとうございます」

 あとは応接間へと移動して。
 ここ一年ほどの積もる話をしていましたよ。
 その中で、私が闇ギルドに狙われているという話になったとき、やはり祖父母は硬い表情になってしまいました。

「該当する子爵家は、おそらくはワルヤーク子爵だろうな。去年の園遊会での奴の息子とシルヴィアの一騎打ち、あれでワルヤークの息子は『女相手に剣技で負けた』という不名誉なレッテルを張りつけられたからな。それに、あ奴の側室は……なぁ」
「全くです。いくら過ちとはいえ、このような事態になった原因は義父さんにもあるのですからね。さすがに証拠を見つけることが出来ないので、こちらから問い合わせるということはできませんけれど。シルヴィアも十分注意するように。本当ならば、園遊会についてはエリオットの言う通り護衛を増やしたうえで留守番をしていてほしいところなのだが」
「屋敷に侵入した暗殺者を捕まえたのは、シルヴィアの魔法だからねぇ……」

 父と母の言葉に、エリオット兄さまは驚いた表情をしています。
 いえ、あれは運が良かっただけですからね。

「え? 手紙では確かにそんなことを書いてありましたけれど、あれは社交辞令というか冗談のようなものではなかったのですか?」
「それこそまさかだ今のシルヴィアは、魔法についてはマルガレートよりも少し劣るが、剣術については警備の騎士たちと引けをとらないぞ?」
「ま、まあ、シルヴィアには私が魔法を教えてあげているだから、仕方がないわよね」

 ええ、このシルヴィア、おいしく頂いた魔導書や魔術書に記されていた魔法なら無詠唱で唱えることが出来ますけれど、魔法文字が殆ど読めないので黒魔法についてはお姉さまから教わったことしかできていませんので……。
 この王都に来てからも、突然の空腹で周囲を驚かさないようにと、領都を出る前にドワーフの鍛冶屋で購入したミスリルインゴットを飴状に加工したものをポケットに入れているのですから。

「……シルヴィア、俺と試合をしてみようか。それで俺から一本でも取れたら、園遊会に参加することを認めてやる。ただし、一本も取れなかったら園遊会はあきらめて、自宅でおとなしくしていろ。お父さまお母さま、それでよろしいですね」

 エリオット兄さまはそう告げてから立ち上がり、私について来いと手招きをしています。
 これは、素直に従うしかありませんか。
 確かに留守番をしていれば周りに迷惑をかけることもなさそうですけれど、おじいさまたちは私と一緒に園遊会に出るのが楽しみだったようですし。
 ま、まあ、王宮敷地内の庭園で行われるのですから、闇ギルドも仕掛けて来るとは思えませんね。

「わかりました。それでは御一手、よろしくお願いします」
「シルヴィア、大丈夫なのか?」

 心配そうなおじいさま。
 ご安心ください、多分なんとかなるかと……なりますよね。
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