白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚

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八卦・琵琶弾きの雨桐(ユートン)

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「ここに相談所が出来たと聞きましたけれど、貴方が白梅さんかしら?」

 釣り目の細目の貴妃が、顔を扇子で隠しつつ問いかける。
 昨日出会った三皇貴妃とは違い、いかにも『私は選ばれてここにいるのよ、この下賤のものが』っていう雰囲気が体中から発しているのを白梅は肌で痛感している。
 さらにその後ろ、貴妃に付き従う下女たちも、みな気位が高そうでふんぞり返っているように感じる。

「雨桐《ユートン》さまが問いかけているのよ、さっさと返事なさい!!」
「本来なら、貴方が雨《ユー》美人さまの元に出向かなくてはならないのよ、そこのところ、ありがたく思いなさい」

 などなど、すぐに返事を返さない白梅を罵倒するように告げる下女。
 そしてそれが当然であるという雰囲気で、斜め上から白梅を見下ろす雨桐。
 はぁ、これはまた面倒くさいのがきたなぁと、白梅は心の中でベロを出した。

「これはわざわざご足労いただき、ありがとうございます。それで、本日はどのような御用でしょうか」
「朝の申し付けで、相談所が出来たというので見に来ましたわ。ここは、どんな相談でも解決してくれるのかしら?」
「その相談内容にもよります。立場上、私では対応できないものは無理ですけれど、ある程度の対応は可能であると自負しておりますが……」

 その白梅の言葉に、またしても下女たちがまくしたててくる。

「雨美人さま、庶民程度では悩みを解決できるとは思えませんわ」
「どうせ洪氏さまにでも取り入って、ここで仕事を与えられたに違いありません。それに相談といっても、適当なことを告げてはいおしまいっていう程度で終わると思いますわ」

 ああ、こいつら面倒くさくてうぜぇ。
 殴っていいかなぁと心の中で拳を握る白梅。
 彼女は聖女でもなんでもない、普通に機嫌が悪ければ怒るし、罵倒してくるものに対しては師父の教え通りに拳で解決する。
 ただ、洪氏の立場上、ここはじっくりと心穏やかに話を聞くことにした。

「後ろの下女ども、うるせぇから黙っていろ」

 右手の人差し指と中指を手建てて、軽く印を描く。
 白梅は心穏やかにしたつもりが、つい本音を出してしまう。
 すると下女たちの口が堅く閉ざされたので、白梅はにこやかに雨桐美人に話しかけた。

「それで、雨美人はどのような相談で?」

 にこやかに問いかける白梅。
 その直前の険しい顔つきを目の前で見た雨桐美人も襟を正すように背筋を伸ばすと、頭を下げてから椅子に座った。

「は、はい、相談というのはその、ここ最近、帝が寝所に訪れて頂けなくてですね……」
「はぁ、なるほど。後宮という場所柄、最も多そうな相談ですか。では、少々お待ちを」

 懐から木札を取り出し、それを混ぜてから束ねて机の上に置く。
 そして一枚ずつ、ゆっくりとめくっていくと。

「嘆く襄公《じょうこう》、暁の明星。壊れた柵と監牧……」

 一つ一つの札を開き、それに連なる命運をたどる。
 そして最後の一枚が。

「霞み弦がほつれた琵琶……ああ、なるほど」

 白梅は、木札に示された命運をめぐり、雨桐美人の悩みとその原因が理解できた。

「最近は、琵琶を奏でることなく酒に溺れていますね。帝は貴方の奏でる琵琶の音が事のほかお好きであったようで。ですが、貴方はそれを知らず、自分の美貌に引かれてきたと勘違いをし、琵琶を奏でることを休みつつあったと……違いますか?」

 淡々と告げる白梅。
 その白梅の言葉に、雨桐美人の表情がどんどんと険しくなり、そしてついには落胆する。

「そ、その通りね……確かに私がここに来たばかりの時は、帝は私の琵琶の音を聞くためによく寝所にいらしてくれたわ。でもある日、私は別の妃妾の寝所に呼ばれたのよ。そこで別の妃妾が帝の寵愛を受けているとき、琵琶を奏でてくれないかと……」

 その日は怒りに心が震えたものの、帝の言葉は絶対。
 感情を押し殺して琵琶を奏でたものの、その日を境に帝は彼女の琵琶の音を求めなくなったという。
 
「はぁ、それで酒に溺れ、琵琶を奏でなくなったと」
「ええ。辛いことがあったら、お酒を飲んで忘れるのが一番だと侍女たちに進められて。その日から毎晩、お酒を少しずつ飲むようになったわ」

 後宮において、食事その他は全て六尚の一つである尚食局が全てを賄っているのだが、お酒に関しては序列による制限が課せられている。

「はぁ。それで酒に溺れるとはまた、なんといいますか」

 右手で再び印を組み、侍女たちの口の封を解く。

「ぷはっ!! あ、あなたは本当に無知ね。酒は百薬の長っていう言葉を知らないの?」
「そうよ、お酒は心を穏やかにし、長生きするために必要っていう意味よ! そんなことも知らない相談役なんて」
「あ~、雨桐美人、この侍女は首にした方が貴方のためです」
「「なんですって!!」」

 叫びながら前に出る二人だが、白梅は淡々と、一つの言葉を紡いでいく。

「雨美人、夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本……この言葉はご存知ですか?」
「いえ。それが、この子たちの話していた酒は百薬の長の話なの?」
「はい。これはですね、この国の古い歴史書に記された一文ですが。この内容について簡単に説明しますと、『塩と酒と鉄は優れているものであり、国が専売する必要がある』と謳っているものです。つまり、こじつけて儲けようとした旧時代の王朝の我儘とでも申しましょうか」

 はぁ、と溜息をつく白梅。
 ふと侍女たちをみると、顔色が悪くなっていた。
 
「つまり、酒は薬にはならないということ?」
「当然です。もしも酒を飲んで病も気も回復するのなら、この後宮に疾医《しつい》など必要ありません。毎日、晩酌をすればいいだけの話ですから。それをまあ、付け焼き刃で仕入れたような知識で、雨美人を陥れようとは……まあ、それは言い過ぎかと思いますが。そもそも、なぜ、主上は雨美人を寝屋に招き琵琶を奏でさせようとしたと思いますか?」

 木札の一枚一枚を手に取り、白梅が優しく話しかける。
 すると雨美人もおとがいに指を当てて考える。

「主上は、他の妃妾とのまぐわいを見せつけるために?」
「違います。主上は、貴方の奏でる琵琶に興奮するのかもしれません。だから、貴方が寵愛を受ける前に、必ず琵琶を奏でさせていたのかと。そしてあの日、貴方が呼ばれた理由は恐らく……寵愛を授けにきたにも関わらず、主上のご立派が力を待ちきれなかった為、貴方の琵琶の力を求めたかと……」

 木札の一枚、最後の琵琶の絵が記されたものを手に取ると、白梅は続けて言葉を紡ぐ。

「これが、今の貴方です。色香はくすみ弦も弛む。琵琶は貴方の体を、弦は貴方の心を表しています。これからどうなさるかはこの札、『嘆く襄公』が語りました。襄公は歴史書に出てくる過去の皇帝。ですがその評価は二つに分かれます。賢帝と愚帝、その表裏一体の存在である襄公。この先、雨美人が主上の心を掴むために何をすべきか。それをお考えください」

 淡々と呟く白梅に、雨美人は頷いてからその場を立ち去る。
 後に続く侍女たちに何かを告げたようだが、白梅の耳にそれは届かない。
 そして雨美人たちが立ち去ってから、白梅はその場にある一枚の木札を手に取る。

「暁の明星か。木札が示す意味は太白金星、つまり命運を正しく伝えよっていうことだよなぁ……」

 雨美人の命運は、彼女に全てを告げること。
 それにより彼女自身が立ち直り、また琵琶を奏で始めたならば主上は再び彼女の元を訪れる……壊れた柵は直せば良い。侍女たちの躾は監牧である雨美人がしっかりとすべきである。

「しっかし、まさか琵琶精の加護を得ているとは、それは私にも予想外だったよ。まあ、鮭に溺れている限りは、加護なんてあって無きが如く。以前のように精進し、前向きなればまた所持用も戻ってくるとは思うけれどねぇ」

 それで命運の流れが変わるのかどうか、それは白梅でも、時が経たなければわからない。
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