白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚

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九卦・暇な主上と霞茶

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 白梅が後宮に務めるようになり。
 妃妾や宮官、下女たちにも笑顔が増え始めました。

 今までは誰にも打ち明けることができなかった悩みも、彼女に相談することで少しずつではありますが解き放され、これまでの陰鬱していた空気が入れ替わったようでした。
 もっとも、悩みが解消されなかった人々も存在するのは世の常であり、後宮内にて策謀を巡らせているものも少なくはありません。
 そんなある日のこと。

「……」
「……」

 長閑な昼下がり。
 白梅の相談所の周囲には、大勢の宦官たちが並んでいます。
 それも一人二人ではなく、二十人ほどの宦官が集まり、相談所の建物を取り囲んでいました。
 その中では、卓に着いて脂汗を流す白梅と、その向かいに座る二人の男性。
 一人は東廠長たる洪氏、そしてもう一人は……。

「あの、恐れながら。何故、この場に主上がいらっしゃるのでしょうか?」

 白梅の前に座っているのは、この神泉華大国の皇帝、劉潚《りゅうしゅく》。
 先帝の死後、十二歳にして皇帝に就いた若き皇帝であり、多くの臣民により愛されている。
 即位からまだ二十五年経ったにもかかわらず、いまだ若さを保ち続けているのは並々ならぬ努力があるからこそ。
 そんな劉皇帝が、洪氏の横に座り、白梅の顔を眺めているのである。

「あ、あの、主上。私の顔なんて眺めていても、なにも面白いことはありませんが」
「いや、朕が即位してから、間近かで仙女を見る機会など無かったものでな。しかい……ふぅむ。どこからどう見ても男性……というか、麗人。このような変化まで使えるとは、流石は仙女というところか。して、下の方にはついているのか?」

 いきなり下野話を振ってくる主上に、白梅は思わず吹き出しそうになってしまうが。
 この場で杣様なことをすると、最悪は首が飛ぶ。
 まあ、物理的に首が飛んだところで、しばらく経てば故郷の白梅の根元で再生するのであるが、痛みは伴うのでそれだけはご免であると白梅は堪えた。

「いえ、元々は女性ゆえ、最初から存在していないものについてはいくら変化の術でも作り出すことはできません。まあ、それをどうにかする方法もなくはないのですが、ここで働くにあたっては、そちらの術については不必要かと思いますので」
「なるほど、しかし、喉が渇いたなぁ……」

 チラッと白梅の方を見て、劉皇帝が呟く。
 つまり、茶を出さないのかと催促しているのであるが、白梅は主上の後ろに立つ宦官を見てから一言。

「私がご用意してよろしいのですか?」
「構わん。できるなら、仙界にて飲まれているものが欲しいところだが」

 ああ、劉皇帝は今まで飲んだことが無いもの、つまり仙界の飲食物を求めているのだなと白梅はすぐに理解した。そして服の袖から茶器と小さな壺を取り出すと、それを机の上に並べ始める。

「主上の好みの者とは思えませんが、それでよろしければお出しできます」
「構わん。して、どのような茶をたててくれるのだ?」
 
 仙界の食べ物といえば、仙桃というのが定説。
 万能薬でもあり、長寿を表す食べ物であり、蓬莱山にしか存在しないとされているのだが。

――パカッ
 壺の封を開き、仲から白い霧状の物質を取り出して茶碗に注ぐと、それを主上の前に差し出す前に、まず、自身の右前に置く。いきなり飲んでいただくのではなく、まずは毒見役に確認をしてもらう必要があるから。
 すると洪氏が一人の宦官を見ると、一礼話してから白梅の横に向かい、頭を下げた。

「こらちは、どのような飲み物でしょうか?」
「うちの村のじっちゃんが愛飲していた霞《かすみ》ですね」
「か、霞ですか……」
「はい。そもそも私たちは食事なんてとる必要もありませんから、ただ、なんというか嗜好品は結構好んで食べることもありますし、私は村にいたころから普通に食事はとっていました。あとはまあ、年に一度、徴税官が訪れるときにですね、商人が付いてきて色々なものを置いて行ってくれるのですよ」

 そう説明をされて、毒見役はそっと茶碗を手に取る。
 あらかじめ毒見が行われることを白梅も察知していたため、最初の一敗目は銀碗に注がれている。
 それを手に取り、銀碗に曇りはないか、匂いは大丈夫かなどをゆっくりと確認していると、白梅が一言。

「それをお飲みになるということは、一年ほどは暇を言い渡される可能性があると思ってください」
「それはどういうことだ?」

 白梅の言葉の意味をくみ取るべく、主上が真面目な顔で白梅に問いかける。
 だが、彼女は真顔で頷いて見せるだけ。
 そのため、言葉に出せない何かがあると感じた劉皇帝は、毒見役に確認するように促す。
 そして、毒見役は覚悟を決めて霞を口に含み、味を確認する。
 当然、味なんてないと思っていた毒見薬は、口の中に広がっていく複雑な甘味に驚き、ゴクリと飲み干してしまった。

「白梅どの、これは本当に霞なのですか?」
「ええ。普通に考えれば、霞なんて無味無臭、ようは水のようなものです。ただ、それが蓬莱山の霞となりますと、そこに仙気が含まれます。今、お飲みになった霞は、仙桃の果樹園にかかっていたものを採集したものですね」
「食べても害はないので?」
「害はありませんが、副作用として新陳代謝が活性化し、寿命が一年ほど伸びます。あとはまあ、毒や瘴気に対する耐性を実感ではありますが、身に付けてしまいますので……」
 
 つまり、この時点で毒見役は『毒に対する耐性』と『一年ほどの寿命』を得てしまったのである。
 
「はっはっはっ。毒見役が毒に対する耐性などを得てしまったら、それこそ最強ではないか!! 何故、こいつが暇を言い渡されるというのだ?」
「いえ、これから主上がお飲みになるのでしたら、主上も今年一年ほどは仙気が体内に宿るため、毒が効かなくなります」

 つまり、毒見役は必要ないということになると白梅は考えたのだが。

「それならば、この一年は様々な毒を飲み、その味や特徴を学ぶために研鑽すればよい。ということだ、洪氏よ、そのように手続きを取っておけ」
「畏まりました」

 あやあやしく頭を下げる洪氏。
 そして毒見役の確認も取れたので、白梅は今一度、主上に差し出す茶碗に霞を汲み注ぎ、丁寧に差し出す。

「これが、仙界の霞か……さすがに初めて飲むな」
「ええ。こちらは洪氏さまの分です。さすがに主上だけに差し上げて、洪氏さまお出ししないというのも失礼ですので」

 別の茶碗に霞を注ぎ、それを洪氏の前に差し出す。
 そして劉皇帝は受け取った霞を一口も口に含みその味と舌触りをゆっくりと堪能したのち、一気に飲み干す。それを見ていた洪氏も後を追うように霞を飲み干すと、頭を傾げてしまっている。

「うん、白梅や、この霞を毎日飲んでいれば、主上は不老不死になれるのではないか?」
「いえ、それは無理ですね。そもそも仙人になるためには、厳しい修行を行う必要があります……そうですね、この国より西方、武当山には道士たちの修練場がございます。科の地にて厳しい修行を続けて居ればいずれは仙気を体内にて留め、活力として使えるようにはなるかと」

 つまり、今は無理ですよ、もっと修行を積まなくてはいけませんと、やんわりと説明した。
 これには劉皇帝も納得したらしく、ウンウンと軽く頷いている。

「ちなみにですが、まさか、ここには茶を飲みに来ただけですか?」
「まあ、茶についてはちょっとした悪戯だ、許せ。それで本題に入ろう。地図を持て」
「畏まりました」

 二人の宦官が劉皇帝の言葉で地図を机の上に置き、ゆっくりと広げる。
 これはこの神泉華大国の全域図および周辺諸国の地形が記されているものであり、劉皇帝はそこにいくつもの駒を配置し始めた。

「これが、現在のわが国の勢力図でな。ここ最近、北夷の連中の動向が活発になっている。北部平原はすすでに我が国の領土として接収したのだが、それを取り返そうという動きがあってだな」
「お待ちください。ここでの軍議はおやめいただけますか?」

 いつになく、白梅が真剣な顔で告げる。
 これには普段の、のんびりとしている白梅を知っている洪氏も驚いた表情になった。

「やめよ……と申したか?」
「はい。私めへの相談が軍議、つまり国家の命運を左右するものであるなら、私はお受けすることはできません。私は、個人に対しての相談などには乗ることが出来ますけれど、事、国家の運営や戦についての助言をすることは師父や老師から硬く禁じられております故」

 相手が劉皇帝であっても、白梅はしっかりと目を見て、言葉を変えることなくそう説明する。
 これには劉皇帝も険しい顔つきになつたのだが、やがて白梅の目に宿る意思をくみ取ったのか、フッと笑みを浮かべて駒を下げる。

「禁じられている……か。あい分かった、朕の目を見ても下がることなく言い切ったその技量は褒めて遣わす。地図を下げよ」
「畏まりました」

 宦官により地図が下げられると、劉皇帝はふと、白梅をしげしげと眺める。
 
「作りも悪くないし、むしろ好みでもあるか……どれ、朕と褥を共にする勇気はあるか?」
「恐れながら、この神泉華大国を主上の戯れで滅亡させたければ、お好きなように」
「……気に入った。陳に対してそのような堂々としたたたずまい、恐れることき物言い、朕は白梅を気に入った。が、四夫人のように寵愛を授けると、国が亡ぶとはそれもまた困ったことだな」

 パン、と膝を手でたたき、笑顔で豪快に語る劉皇帝。
 後宮に住まう妃妾のように、子種を求め寵愛を求め、皇后の座を狙ってくるわけでもなく。
 ただ言われるがままに頭をさげる宦官でもなく。
 劉皇帝に苦言ともいえる言葉を発することが出来る、十五の小娘。
 その正体は尸解仙、仙人の序列では最も低いのだが、それでも不老不死の肉体を持ち、さまざまな仙術を操る存在。
 劉皇帝は白梅を手放したくはないと考えたものの、かといって国家の重鎮に添えるためには科挙により選定される必要がある。これは国の定めであり、例外は一切許されない。
 白梅は立場こそ『東廠に所属』しているものの、科挙により選定されたのではないため、正式な宮官になることはできない。どこまでいっても、侍女どまりなのである。

「恐れながら、私はこのまま東廠にて侍女のままで大丈夫です。幸いなことに、妃妾や後宮の侍女とは異なり、私はこの内城からも自由に出られる身。主上がお望みでしたら、こちらから赴き、『個人的な相談』に対して助言を差し上げることもやぶさかではありません」

 邸内にそう告げると、劉皇帝も晴れ晴れとした顔つきになる。
 正式な官吏ではないものの、実質、仙女を味方につけたようなものであるから。

「そうか、では、そのようにするか。して洪氏よ、この者のたたずまいに東廠の一部屋、この相談所の一部屋だけというのは、余りにも惜しい。よって、藍犼宮を貸し与えるというのはどうだ?」
「主上もお戯れを。もしもそのようなことになりましたら、来年の春に嫁いでくる」賢妃どのの佇まいがなくなってしまいます。それに、後宮にて新たなもめ事の火種を起こす必要もないかと具申します」
「そうか……分かった」

 四夫人の住まう宮の一つを貸し与えられそうになり、白梅の心は激しく動揺する。
 だが、その白梅の不安そうな表情を読んだのか、洪氏が主上の一言を戯れとして流し、今の話自体をなかったことにしたのである。
 心のなかで、白梅はホッと胸を撫で降ろすのだが、主上が空になった茶碗を手に、もう一杯寄越せと手を前に伸ばしたので。

「では、この一杯で最後でございます。人の身で、仙気を取り込み過ぎると体に悪い影響が現れますので」

 そう忠告してから、壺から霞を汲み上げて注ぎ込む。
 それを口元にもっていく前に、劉皇帝は白梅の今の一言が気になり、問い返した。

「悪い影響とは?」
「最悪の場合、体に仙気がなじまずに爆発して死にます……あとはそうですね、溶けてなくなったりとか、あとは……その若さで腎虚となり、子も作れなくなります」
「それは困ったな。ここ最近は寵愛を求めるものが多く、一人一晩では満足してもらえないようでな……」
「では。今しばらくのお時間を頂ければ、妃妾の中で主上の悩みを解決するものがいらっしゃいますので、そのものに私のへ方から打診をしてみましょう……雨桐美人、という妃妾はご存じでしょうか?」
「ああ。以前、寵愛を授けていた琵琶を奏でるのに長けた妃妾がいたのだが、そのものの名がそのようなものであったな。どうにも腕が落ちてしまったのか、一度、聞くに堪えない演奏をしたことがあってな。それ以降は訪れることは無くなったのだが、また、あの美しい音色を奏でられるようになったのか」

 以前、雨美人の相談を受けたことを思い出した白梅は、この機会に彼女の名を列挙し、もう一度機会を与えてみようと思った。彼女の占った時の札、その一枚一枚を思い出し、今がその機会だと話を切り出したのである。

「ええ、恐らくですが、主上は別の妃妾に寵愛を授ける際、彼女に琵琶を奏でるように申したのではありませんか? 女の嫉妬は恐ろしいもので、自分が寵愛を与えられず、別の女性とのまぐあいを眺めながら琵琶を奏でさせたとか……」
「ふむ、そのようなこともあったか。では、雨美人に寵愛を授けたのち、別の妃妾の元に向かうも一献か」

 とれだけの絶倫なのかと耳を疑いたくなる白梅であるが、そもそも雨桐美人には『琵琶精』の加護が授けられている可能性がある。それならば年老いて萎んだほおずきのような一物といえで、若さを取り戻し奮起させることぐらいはたやすいだろう。
 すると、劉皇帝は椅子から立ちあがると、白梅に一枚の木簡を差し出す。

「相談料だ、あとで尚功局にもっていくがよい」
「ありがたき幸せ」

 白梅は頭を下げて木簡を受け取る。
 そのまま劉皇帝は進化を伴って相談所から出ていくと、ようやく白梅の緊張もほぐれていった。

「はぁぁぁぁ。今日はもういい、相談所はおしまい。もう、あとはのんびりとさせてもらうよ」

 寿命が知人高と思った白梅であるが、そもそも寿命などとっくに失っているのでそれはないかと、一人苦笑してしまっていた。
 なお、主上が相談所から出てくるところを見てしまった侍女や宮官は、白梅にも妃妾としての声が掛かったではという話を始めてしまい、それがどんどんと膨れ上がり、やれ妃の誰かが下賜されるのではとか白梅が賢妃に据えられたのではという噂が流れるようになってしまったという。 
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