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第三部 カナン魔導王国の光と影
カナンの章・その12 ゴーレム・バトルファイターズ
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マチュアから二つの鎧人形を貰ったファイズとゼクス。
「外で遊んで来いということは、これは商品で宣伝しろと言うことか?」
「いや。我々がうるさいから放り出されただけだ。マチュア様は多分これを販売しないのだろう。動作確認をしろと言うことだと思うが」
とゼクスはファイズに説明をしながら、馴染み亭の横にある空き地へと向かった。
ここも実際にはストームが買い取った土地で、普段は近所の子供たちが好き勝手に遊んでいた。
そして早朝は、この場所でストームブートキャンプを行っている。
丁度二人がやってきた時、空き地の一角では子供達がマチュアの作った髪飾りゴーレムで対戦バトルをしていた。
「やっぱりジミーのカブトムシが強いよなー。力が強いんだよ」
「でも素早さならケントのグラスホッパーだよ」
「総合的には、ジミーか、イザベラのクワガタなんだよな」
とみんな夢中になって遊んでいる。
「なあ、ゼクス。これ、正式な名前はなんと言うのだろう?」
「鎧人形のゴーレムだから、そうですねえ。マチュア様の事ですから、あちらの世界の名前で鎧騎士、パンッァーリッターとでも付けてみますか」
「だったらパンッァーナイト・ゴーレムだ。略してパンツァーナイト。そっちの方がカッコいい」
ドヤ顔で告げるファイズ。
しかし、ドイツ語と英語混ぜんなと言われるのがオチであろう。
まあ、魔法騎士とでも名付けられたら、モコッとしたお姉さんたちが飛んでくるからまだよしと言う事で。
「それじゃあ、あの子達の邪魔しなようにと。始めますか」
「応。ルールはどうする?」
「三回、背中か胴体のどちらかが地面についたら負けという事で」
と、スタスタとファイズとゼクスが空き地の左右に向かう。
「なんだろ? なにかするのかな?」
「騎士様だから、きっと訓練だよ」
と子供達がファイズとゼクスを見ていると、突然二人同時に麻袋からパンッァーナイトを取り出して構える。
「「パンッァーセット……スタートっっっっ」」
と叫ぶと同時に、手元から二つの鎧騎士が飛び出して走り出した!!
この瞬間、見ている子供達の瞳がキラキラと輝いた。
――シュタタタタッ
二騎の鎧騎士は高速で草わらを掻き分けて接敵すると、素早く攻撃を開始する。
――ガァン、ギィィィン
激しい剣戟が繰り広げられる中、いつしか子供達はファイズ達の鎧騎士の応援を始めていた。
「頑張れー。おねーさんの騎士頑張れー」
「こっちのお兄さんの騎士の方が強いだろう!!」
とまあ、激しい戦いが繰り広げられる中、30分後には決着がついた。
「勝者、こっちのお兄さん!!」
と子供達がゼクスの勝利を宣言する。
「な。なんで勝てないんだよ……」
「だから。あなたの攻撃は単調なんですと何度言えば良いのですか」
と話していると、子供達は二人の元に近づいてくる。
「あの、それ、何ですか?」
そうゼクスに問い掛けると、ゼクスは自分の鎧騎士を操作して肩に載せる。
「君たちがゴーレムキングって呼んでいる奴の最新型さ。名前は鎧騎士。私の騎士の名前は……スツーカーと言います」
咄嗟に思いつきで名前をつける。
「お姉さんの鎧騎士は?」
「ご、ゴリアテ君とでも呼んで……敗者に言葉は、いらないわよ」
――ガクッ
と落ち込む。
その時。
――ザッ
と街道から身なりの良い子供がやってくる。
「そこの騎士、そのゴーレムを寄越せ。その強さこそ、この僕が使うに相応しい」
歩きながらゼクスに近寄ると、肩に乗っているスツーカーを掴もうとする。
実にテンプレートな貴族のわがままボンボンである。
――ヒョイ
すると、ゼクスはスツーカーを動かして躱すと、そのまま頭の上に移動させる。
これで手を伸ばしても奪われなくなる。
「勝手に人のものを取るのは良くない。これは私のものだよ?」
「ふん。見たところ良い身なりをしているが騎士か貴族か? この僕に指図するのか?良いだろう。父上に言いつけて、この街にいられなくしてやる!!」
と捨て台詞を吐いて街道に向かう。
――クルッ
とボンボンが名残惜しそうに振り向くと、さらに一言。
「今ならまだ許す。それを寄越せ」
「はいはい。父上でもなんでも言いつけて下さいよ」
もうあきれたかんじでゼクスは肩をすくめてみせた。
それが癪に障ったのであろう、ボンボンは顔中を真っ赤にして走り出す。
「こ、後悔するなよっ」
と走って帰る子供を見送ると、ゼクスはその場にいる子供達に話しかける。
「あの子はどちらの子です?」
「ああ、ジャスクード男爵のところの子供で、名前はマリモっていうんだよ。あいつの父ちゃん、最近になって男爵になったらしくて。それまではただの貿易商だったのに、いきなり偉そうになったんだ」
「このゴーレムだって、一人3個だけなのに自分が勝てないからってアルバート商会に父ちゃんを使って文句言ったり最低だよ」
「いいよ、あいつなんかほっとこう。それよりも、お兄さんの騎士、見せてくれない?」
と言われたので、ゼクスはスツーカーを子供達に貸し出す。
以前の髪飾りと違い、鎧騎士は最初に登録したものがマスター権限となる。
その権限がある限り、人に貸しても遊ぶことはできるが権利が移ることはない。
人に取られても取り返せるようなシステムである。
「さ、おねーさんも頑張って。おいらが相手してあげるよ」
とファイズはジミーのカブトムシと勝負。
そして二敗目を喫した。
「こ、この子が弱いのよ。きっとそうよ。マチュア様にお願いして交換してもらわないと」
「あ、こ、この馬鹿っ!!」
と慌ててゼクスが叫ぶが時遅し。
「これ、馴染み亭のマチュアさんが持ってるの?」
「あ、えーーーっと、あーのーーねーー」
「今、マチュアさんいるの?」
「行ったら貰えるの?」
「教えておねーさん」
とファイズの周りで子供達が強請る。
こうなると後の祭りである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「で、私を探して此処まで来たと?」
アルバート商会の中でのんびりとしていたマチュアの元に、子供達を連れたファイズがやって来た。
ちなみに子供達はというと、新しく追加された髪飾りゴーレムを、カレンの元に貰いに行ったようである。
「これ、販売用に作ったんだけどねぇ。どうしてくれる?」
「ま、マチュア様にはご機嫌麗しく。この度は誠に申し訳ありません」
と貴族の謝罪のように話しかけるファイズ。
「まあ、仕方ないか。カレン、ちょっと商売の話よ。いいかしら?」
「あ、今行きますね」
と告げてマチュアの元にやってくる。
「今度は……はぁ?」
と、マチュアが自分用に作った純白に輝く鎧騎士を取り出すと、それを肩に飛び乗らせた。
「子供用のオモチャ最新作。名前はまだ決めてないんだけど」
「鎧騎士って言うんだよ、ファイズのおねーさんが教えてくれたんだ」
と窓の外で子供が叫ぶ。
「ほほーう。ファイズ、あとで痛覚3倍で正座ね」
足が痺れるということはないのだが、精神的に嫌である。
「で、この、えーーーっと」
「鎧騎士っ」
「そ、その鎧騎士なんだけど、アルバート商会で販売しない?」
「ちょっとまって下さい……」
と、頭に手を当てて考えるカレンだが。
「いいでしょう。うちで引き受けます」
ひょっこりと後ろからフィリップ・アルバートが顔を出した。
「では、細かい条件はありますか?」
「ここに198体あります。この鎧騎士は人間に危害を加えるような命令は全て遮断してあります。なので安全に遊ぶことができるようにできています。それでですね、今回買い取って頂くのはこの中の150体。それとは別に48体は子供達に無料で配布して下さい」
「それはどういう事ですか?」
とフィリップは頭を捻りながら問う。
すべてを売ればそれだけ利益が出る。なのに、マチュアはあえて無料配布分を分けている。
これはフィリップには理解できないやり方であるが。
「まず、これを見て下さい」
と袋詰めの鎧騎士の収められた箱を一つテーブルに置く。
「成る程。中身は見せず、子供たちに選ばせないで販売するのですね?」
「はい。全てデザインが異なり、強さも違います。欲しい子は買えばいいし、最初に配ったもので満足するなら、それはそれで」
ふむ。
と顎に手を当てるフィリップ。
「しかし、これは一体いくらで卸してくれるのですか?いくらなんでもこれは魔導器、ゴーレムなど子供にはおいそれと買えるものではありませんよ」
「一体銀貨3枚で卸します。売値は任せますが、一度に売るのは一人一体のみ、子供でも頑張ればなんとか買える値段にする、中身は選ばせない。貴族が権限を使っても手を出させない。あとは、全ての鎧騎士の鎧の何処かに、カナンの王室御用達の印も入っています。それで宜しいですか?」
――パン
とフィリップが手を叩く。
「では早速契約を。カレン、こういう商売は速度が大事だよ。周りを見てごらん」
と。このミニゴーレムが金になると分かった商人たちが、じっとこちらを見ている。
フィリップとの話し合いがつかなければ、すぐに話を持ってきたかったのであろう。
アルバート商会が権利を得たので、皆、かーなーりー悔しそうな顔をしている。
「了解しましたわ、お父様……では契約書を」
「それは私が用意するから、カレンは外で待っているかわいい購入者に一つずつ配っておいで」
とカレンを外に追い出すフィリップ。
そして静かに契約書を交わすと、代金を支払って一言。
「あのようなミニゴーレムまで作るとは大したものですね。そのうち人間そっくりのゴーレムまで作るのではないですか?」
「不可能ではありませんね。けど、もし出来たとしても外には決して出しませんわ。それこそカナン魔導王国の財産ですから」
目を細めて笑うマチュア。
「では、今回の新作の納品有難うございました。これは、ひょっとして定期的に新しい商品が追加されますか?」
販売方法は日本のTCGと同じ。
まず第一弾として販売し、暫くしたらまた次のを販売する。
以外とエゲツない商品展開をするマチュアである。
最も、マチュアは殆ど設けていないので、あとはアルバート商会の売り方である。
「「「マチュアおねーさん、ありがと~」」」
と、子供達が大声で叫んだので、マチュアはフィリップと挨拶を交わすと、外に出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
馴染み亭横の空き地では、子供達による鎧騎士のバトルが繰り広げられていた。
大会はトーナメント制、待ち時間は10分て、胴体が地面についたら負け。
ただそれだけのルールなのに、子供達は白熱したバトルを楽しんでいる。
審判はファイズが罰ゲームで行なっており、マチュアとゼクスは近くのバーベキューコンロで焼肉の準備をしていた。
「ファイズが本当に申し訳ございません」
「何であいつはああもアホなんだ?」
「さあ、なぜでしょう」
という感じて焼肉の仕込みをしていると、街道に一台の馬車がやってきた。
そこから黒い外套を来た男性と、先程のマリモとかいう子供が降りてくる。
「君かな?私の息子に無礼を働いたものは?」
といきなりゼクスに近寄ると、上から目線で話し出す。
男性、マリモの父親らしき人はかなり上質な記事を使ったスーツと帽子、そして魔導具らしいモノクルを右目にはめている。
マチュアがちらっと鑑定した結果、そのモノクルには簡易的な『鑑定眼』のスキルが付与されているがわかった。
「勝手に人のものを取り上げようとするものをたしなめる事が、貴方の中では無礼なのですか?」
「フン。たかが騎士風情が、男爵である私にそのようなことを。今ならまだ許す、息子に謝罪してゴーレムとやらをこちらに献上したまえ。そうすれば、なかった事にしようではないか?」
――パチっ
と炭が爆ぜる音がする。
「はい、お断りします。自分の子供の躾も出来ないような親には謝る必要はありませんね」
――カーーーッ
と顔中を真っ赤にして、ジャスクード男爵は声を荒げる。
「減らず口を叩けるのは今だけだ。貴様の冒険者ギルドの資格を停止してもいいのか?」
「どうぞご自由に。私はギルドに登録していないので」
「……まあ良い。吠え面をかくなよ」
と馬車に戻るジャスクード男爵。
そのまま馬車がガラガラと走って行った。
やがて夕方の鐘の音がすると、子供達の親をカレンが招待してくれたらしく、焼肉パーティにやって来た。
「こちらが、子供達にオモチャをくれたマチュアさんです」
「うぉいっ。いきなりバラさないでよ」
と笑いながら叫ぶが、子供達の親が頭を下げてお礼を話し始めたので、まあ、良いかと思い始める。
「まほーつかいさん、かみかざりありがと」
「ぼくも、鎧騎士をありがとうなのだ」
とミアとロットも焼肉を頬張りながらお礼を言う。
「ま、まあ、いいから、どんどん食べてね。ノッキングバードとワイルドボアしか無いけど、野菜も一杯あるからね」
とファイズとゼクスも焼肉を焼いている。
――チョイチョイ
と、ふと気配を感じてそちらを見ると、街道で巡回騎士が申し訳なさそうにマチュアを呼んでいる。
「さっきのかな。あと任せた」
と焼き台を二人に任せて、マチュアは巡回騎士の方へと向かう。
「今はマチュアさんで良いのですよね?」
「この格好だからねで、何かご用ですか?」
「先ほど通報がありまして。ジャスクード男爵がギルド資格もない自称騎士に不敬を働かれたと。本来ならば詰所まで連行して取り調べないとならないのですが、彼の方って、カナン魔導騎士ですよね?」
と恐る恐る問い掛ける。
「不敬罪言われたら、どうしたら良いかなぁ。そもそもジャスクード男爵って、何処の男爵家?」
「ミスト連邦の方ですね。最近になって北方の港町にあった没落した貿易商を買い取ってから、羽振りが良くなりまして。その商会のツテとコネを使って財をなして、男爵位を買い取ったのですよ」
方法いかんに問わず、ジャスクードはミスト連邦に対して功績を残したのだろう。その手法が金をばら撒いたので、金で買ったと言われているらしい。
「私の配下の者が、ミスト連邦の男爵に対して無礼を働いたら罪?」
「基本、各国の近衛騎士団は王に続く権利を保障されています。なのでそのような事はありませんが……」
「が?」
「正直に説明します。ジャスクード男爵は子供に甘く、子供の前でいい格好をしたいだけです。それでいて権力を振り回す最低な貴族の見本と言っていいでしょう」
ファンタジー世界のモンスターペアレンツ!!
これは世界初のモンペの可能性も見えてくる。
しかし、巡回騎士にここまで言わせるとは、ジャスクード男爵恐るべしである。
「では、対処方法は?」
「上には上がいることを示せば、あるいは」
「それ駄目。この格好はお忍び。ここで正体がバレるのは不味い。ここの王様に話を通してぁぁぁぁぁぁぁぁぁいーなーいーぃぃぃ」
肝心な所でストームオリジナルが居ない。
「そっかー。なら、今日の所はいなかったと言うことで報告しておいて。面倒くさくなったらミストに話を振る事にする」
とキッパリと告げる。
「了解しました。ではそのように」
と話を少しだけ丸く収まると、マチュアは焼肉に戻る。
そして、もう何も残っていない。
――グゥゥゥ
「まただよ。ここで焼肉やるといつもなくなるよ」
「マチュアさま、玉ねぎと人参とピーマンでしたら」
「子供の嫌いな三大野菜か。よし、それでも食べようじやないか!!」
と空腹には耐えられず、その日は野菜で我慢する事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日早朝。
「マチュアとやらはいるかね?」
と馴染み亭の外から声がする。
朝っぱらから喧しい。
――ガチャッ
と二階の窓を開けて顔を出す。
朝からやかましい声で起こされた挙句、いきなり真っ赤な顔のおっさんの顔が眼下に見える。これにはマチュアも半ばブチ切れモードである。
「朝っぱらから喧しいわ。なにかようですか!!」
とマチュアも男に向かって叫ぶ。
大方の予想通り、そこにはジャスクード男爵が立っている。
傍らには巡回騎士が困った顔をして待機していた。
「貴様かサムソンの錬金術師のマチュアだな。我が息子に専用ゴーレムを作る栄誉をやろう、さあ、とっとと準備をして出て来た前っ」
朝から寝ぼけたことを話すジャスクード。
ここでマチュアも限界突破。
「そんなものいらんわ。とっとと帰れ!!」
寝起きを叩き起こされてかなり不機嫌なマチュアである。
「帰れだと!! この私に帰れだと!! 騎士よ、あいつを捕らえよ。奴は貴族に逆らった大罪人だ」
「煩いわ。出来るものならやってみろや!! このくされ貴族がぁ」
とマチュアも急ぎチュニックに着替えると、階段を降りて外に出た。
そこには十人以上の巡回騎士が待機しており、どうしていいのか困り始めていた。
――カツカツ
すると、ジャスクードは扉か出てきたマチュアに近づくと。
――パァァォァン
と、いきなり平手打ちをする。
あまりにも一瞬なので、マチュアは完全に不意打ちを受けて倒れる。
――ガシッガシッ
さらに倒れたマチュアに蹴りをいれるジャスクード。
それを急所をかばいつつ、マチュアは痛覚遮断でじっと伏せている。
「この庶民が、たかが錬金術師風情が私に逆らうからこうなるんだ」
慌てて騎士が駆け寄ってジャスクードをマチュアから引き離すが。
「ふん、精々したわ。いいか、昼までにワシの屋敷まで来い。これは命令だ。従わなければ貴様はどの国でも暮らせないようにしてやる!!」
と吐き捨てて立ち去る。
そしてジャスクードの姿が見えなくなったら、残った騎士達がマチュアに駆け寄って抱き起こした。
「ま、誠に申し訳ございません。騎士団長の命令で、マチュア様か平服の時は何もするなと言われております。それでもお許しいただけなければ、この場にいる全員、この首を差し出す所存です」
と平に謝る騎士達。
パンパンと幅についている汚れを払いつつ、マチュアも傷を軽治療で癒していく。
「いやー、いい指揮だわ。騎士団長に伝えて。ナイス統率力、君たちは良い上司を持った。そして君たちも頑張った。ナイスだよ」
と、体を起こしてもらうと、マチュアは騎士達に頭を下げた。
「辛い思いをさせて申し訳ない。でも、これで良いよ。あの男爵は、表向きは無視する事にする。あそこまで権力を振りかざすのは、何かあるんだろうと思うからね」
「それで宜しいのですか?奴こそ不敬罪で」
――ピタッ
と騎士の言葉を手をかざして制する。
「一介の錬金術師に、そんな権利はないですよー。と、どうやら行ったのですね」
と影に話しかけると、マチュアは部屋に戻って怪我を癒すと、取り敢えずアルバート商会に向かう事にした。
――ダダダダダダダダダッ
とアルバート商会の近くに絨毯に乗って飛んでいくと、中からフィリップとカレンが走ってくる。
「マチュア様、お怪我はございませんか」
「誠に申し訳ございません……我がアルバート商会最大の失態です、どの様な叱責も覚悟してます」
とカレンとフィリップが頭を下げたので
「ま。待って待って。何も話が見えないから、中で教えて頂戴っ」
と告げると、絨毯は丸めて壁に立てかけて奥の事務室に案内してもらう。
「今朝方ですが、ジャスクードがここにやって来まして、鎧騎士を作った方を教えて欲しいと。それで朝番の従業員が脅されて仕方なく……」
「先程もマチュア様に暴行を加えた事を自慢して、従わなかったらアルバート商会もただでは済まさないと」
――あら~
「まあ、気にしない気にしない。寧ろ、此処まで来るとあのおっさん面白いわ」
と実に楽しそうである。
実際、不意打ちとはいえマチュアに一撃入れられるものなどそうそういない。
何かいろいろと裏があるのではと、マチュアはジャスクードにやりたいようにやらせていた。
「という事で、はい、この件はお終い、誰もお咎めなし。という事で解散。あれ以上調子に乗ったら、こっちにも考えがあるのでね」
「考え……ですか?」
「そ。ミストに言いつける」
――ガクッ
と力が抜けるカレン。
「マチュアさ……が、直接手を下すのではないのですから」
「管轄違うから余程のことがない限りは嫌です。あれは監督責任でミストに処理して貰う。そもそも、何でミスト連邦の男爵がサムソンにいるの?」
と頭を捻る。
が、情報が少ないので何も出てこない。
「さて、それじゃあ私は行きますので、まったねー」
と頭を下げてから、マチュアは馴染み亭へと戻って行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
馴染み亭に戻ったマチュア。
先ずは自室に閉じこもるりイヤリングに指を当てると、ジャスクード男爵の影に飛び込んだツヴァイを呼び出す。
――ピッピッ
『全く。無茶にも程がありますよ。敢えて敵の攻撃を受けるなんて』
「急所は庇ったし。状況報告をお願い」
『ジャスクード男爵が北方の港町で買い取った貿易商は、ゴルドバの私財です。そして、買い取った船の船員達にそそのかされて、ジャスクードは北方大陸と接触した模様です。まだそこまでですが』
「ありゃ、まさか黒ですか。シャトレーゼ公国の後ろ盾があるから、あそこまで身勝手な事が出来るのかなぁ。ま、そのまま続行で」
『了解しました』
――ピッピッ
「さて、仕方ないか。何が、最近は暴れん坊将軍になりつつあるなぁ」
どちらかと言うと水戸黄門。
さしずめ『暴れん坊・水戸黄門』とでも命名できそうではある。
「外で遊んで来いということは、これは商品で宣伝しろと言うことか?」
「いや。我々がうるさいから放り出されただけだ。マチュア様は多分これを販売しないのだろう。動作確認をしろと言うことだと思うが」
とゼクスはファイズに説明をしながら、馴染み亭の横にある空き地へと向かった。
ここも実際にはストームが買い取った土地で、普段は近所の子供たちが好き勝手に遊んでいた。
そして早朝は、この場所でストームブートキャンプを行っている。
丁度二人がやってきた時、空き地の一角では子供達がマチュアの作った髪飾りゴーレムで対戦バトルをしていた。
「やっぱりジミーのカブトムシが強いよなー。力が強いんだよ」
「でも素早さならケントのグラスホッパーだよ」
「総合的には、ジミーか、イザベラのクワガタなんだよな」
とみんな夢中になって遊んでいる。
「なあ、ゼクス。これ、正式な名前はなんと言うのだろう?」
「鎧人形のゴーレムだから、そうですねえ。マチュア様の事ですから、あちらの世界の名前で鎧騎士、パンッァーリッターとでも付けてみますか」
「だったらパンッァーナイト・ゴーレムだ。略してパンツァーナイト。そっちの方がカッコいい」
ドヤ顔で告げるファイズ。
しかし、ドイツ語と英語混ぜんなと言われるのがオチであろう。
まあ、魔法騎士とでも名付けられたら、モコッとしたお姉さんたちが飛んでくるからまだよしと言う事で。
「それじゃあ、あの子達の邪魔しなようにと。始めますか」
「応。ルールはどうする?」
「三回、背中か胴体のどちらかが地面についたら負けという事で」
と、スタスタとファイズとゼクスが空き地の左右に向かう。
「なんだろ? なにかするのかな?」
「騎士様だから、きっと訓練だよ」
と子供達がファイズとゼクスを見ていると、突然二人同時に麻袋からパンッァーナイトを取り出して構える。
「「パンッァーセット……スタートっっっっ」」
と叫ぶと同時に、手元から二つの鎧騎士が飛び出して走り出した!!
この瞬間、見ている子供達の瞳がキラキラと輝いた。
――シュタタタタッ
二騎の鎧騎士は高速で草わらを掻き分けて接敵すると、素早く攻撃を開始する。
――ガァン、ギィィィン
激しい剣戟が繰り広げられる中、いつしか子供達はファイズ達の鎧騎士の応援を始めていた。
「頑張れー。おねーさんの騎士頑張れー」
「こっちのお兄さんの騎士の方が強いだろう!!」
とまあ、激しい戦いが繰り広げられる中、30分後には決着がついた。
「勝者、こっちのお兄さん!!」
と子供達がゼクスの勝利を宣言する。
「な。なんで勝てないんだよ……」
「だから。あなたの攻撃は単調なんですと何度言えば良いのですか」
と話していると、子供達は二人の元に近づいてくる。
「あの、それ、何ですか?」
そうゼクスに問い掛けると、ゼクスは自分の鎧騎士を操作して肩に載せる。
「君たちがゴーレムキングって呼んでいる奴の最新型さ。名前は鎧騎士。私の騎士の名前は……スツーカーと言います」
咄嗟に思いつきで名前をつける。
「お姉さんの鎧騎士は?」
「ご、ゴリアテ君とでも呼んで……敗者に言葉は、いらないわよ」
――ガクッ
と落ち込む。
その時。
――ザッ
と街道から身なりの良い子供がやってくる。
「そこの騎士、そのゴーレムを寄越せ。その強さこそ、この僕が使うに相応しい」
歩きながらゼクスに近寄ると、肩に乗っているスツーカーを掴もうとする。
実にテンプレートな貴族のわがままボンボンである。
――ヒョイ
すると、ゼクスはスツーカーを動かして躱すと、そのまま頭の上に移動させる。
これで手を伸ばしても奪われなくなる。
「勝手に人のものを取るのは良くない。これは私のものだよ?」
「ふん。見たところ良い身なりをしているが騎士か貴族か? この僕に指図するのか?良いだろう。父上に言いつけて、この街にいられなくしてやる!!」
と捨て台詞を吐いて街道に向かう。
――クルッ
とボンボンが名残惜しそうに振り向くと、さらに一言。
「今ならまだ許す。それを寄越せ」
「はいはい。父上でもなんでも言いつけて下さいよ」
もうあきれたかんじでゼクスは肩をすくめてみせた。
それが癪に障ったのであろう、ボンボンは顔中を真っ赤にして走り出す。
「こ、後悔するなよっ」
と走って帰る子供を見送ると、ゼクスはその場にいる子供達に話しかける。
「あの子はどちらの子です?」
「ああ、ジャスクード男爵のところの子供で、名前はマリモっていうんだよ。あいつの父ちゃん、最近になって男爵になったらしくて。それまではただの貿易商だったのに、いきなり偉そうになったんだ」
「このゴーレムだって、一人3個だけなのに自分が勝てないからってアルバート商会に父ちゃんを使って文句言ったり最低だよ」
「いいよ、あいつなんかほっとこう。それよりも、お兄さんの騎士、見せてくれない?」
と言われたので、ゼクスはスツーカーを子供達に貸し出す。
以前の髪飾りと違い、鎧騎士は最初に登録したものがマスター権限となる。
その権限がある限り、人に貸しても遊ぶことはできるが権利が移ることはない。
人に取られても取り返せるようなシステムである。
「さ、おねーさんも頑張って。おいらが相手してあげるよ」
とファイズはジミーのカブトムシと勝負。
そして二敗目を喫した。
「こ、この子が弱いのよ。きっとそうよ。マチュア様にお願いして交換してもらわないと」
「あ、こ、この馬鹿っ!!」
と慌ててゼクスが叫ぶが時遅し。
「これ、馴染み亭のマチュアさんが持ってるの?」
「あ、えーーーっと、あーのーーねーー」
「今、マチュアさんいるの?」
「行ったら貰えるの?」
「教えておねーさん」
とファイズの周りで子供達が強請る。
こうなると後の祭りである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「で、私を探して此処まで来たと?」
アルバート商会の中でのんびりとしていたマチュアの元に、子供達を連れたファイズがやって来た。
ちなみに子供達はというと、新しく追加された髪飾りゴーレムを、カレンの元に貰いに行ったようである。
「これ、販売用に作ったんだけどねぇ。どうしてくれる?」
「ま、マチュア様にはご機嫌麗しく。この度は誠に申し訳ありません」
と貴族の謝罪のように話しかけるファイズ。
「まあ、仕方ないか。カレン、ちょっと商売の話よ。いいかしら?」
「あ、今行きますね」
と告げてマチュアの元にやってくる。
「今度は……はぁ?」
と、マチュアが自分用に作った純白に輝く鎧騎士を取り出すと、それを肩に飛び乗らせた。
「子供用のオモチャ最新作。名前はまだ決めてないんだけど」
「鎧騎士って言うんだよ、ファイズのおねーさんが教えてくれたんだ」
と窓の外で子供が叫ぶ。
「ほほーう。ファイズ、あとで痛覚3倍で正座ね」
足が痺れるということはないのだが、精神的に嫌である。
「で、この、えーーーっと」
「鎧騎士っ」
「そ、その鎧騎士なんだけど、アルバート商会で販売しない?」
「ちょっとまって下さい……」
と、頭に手を当てて考えるカレンだが。
「いいでしょう。うちで引き受けます」
ひょっこりと後ろからフィリップ・アルバートが顔を出した。
「では、細かい条件はありますか?」
「ここに198体あります。この鎧騎士は人間に危害を加えるような命令は全て遮断してあります。なので安全に遊ぶことができるようにできています。それでですね、今回買い取って頂くのはこの中の150体。それとは別に48体は子供達に無料で配布して下さい」
「それはどういう事ですか?」
とフィリップは頭を捻りながら問う。
すべてを売ればそれだけ利益が出る。なのに、マチュアはあえて無料配布分を分けている。
これはフィリップには理解できないやり方であるが。
「まず、これを見て下さい」
と袋詰めの鎧騎士の収められた箱を一つテーブルに置く。
「成る程。中身は見せず、子供たちに選ばせないで販売するのですね?」
「はい。全てデザインが異なり、強さも違います。欲しい子は買えばいいし、最初に配ったもので満足するなら、それはそれで」
ふむ。
と顎に手を当てるフィリップ。
「しかし、これは一体いくらで卸してくれるのですか?いくらなんでもこれは魔導器、ゴーレムなど子供にはおいそれと買えるものではありませんよ」
「一体銀貨3枚で卸します。売値は任せますが、一度に売るのは一人一体のみ、子供でも頑張ればなんとか買える値段にする、中身は選ばせない。貴族が権限を使っても手を出させない。あとは、全ての鎧騎士の鎧の何処かに、カナンの王室御用達の印も入っています。それで宜しいですか?」
――パン
とフィリップが手を叩く。
「では早速契約を。カレン、こういう商売は速度が大事だよ。周りを見てごらん」
と。このミニゴーレムが金になると分かった商人たちが、じっとこちらを見ている。
フィリップとの話し合いがつかなければ、すぐに話を持ってきたかったのであろう。
アルバート商会が権利を得たので、皆、かーなーりー悔しそうな顔をしている。
「了解しましたわ、お父様……では契約書を」
「それは私が用意するから、カレンは外で待っているかわいい購入者に一つずつ配っておいで」
とカレンを外に追い出すフィリップ。
そして静かに契約書を交わすと、代金を支払って一言。
「あのようなミニゴーレムまで作るとは大したものですね。そのうち人間そっくりのゴーレムまで作るのではないですか?」
「不可能ではありませんね。けど、もし出来たとしても外には決して出しませんわ。それこそカナン魔導王国の財産ですから」
目を細めて笑うマチュア。
「では、今回の新作の納品有難うございました。これは、ひょっとして定期的に新しい商品が追加されますか?」
販売方法は日本のTCGと同じ。
まず第一弾として販売し、暫くしたらまた次のを販売する。
以外とエゲツない商品展開をするマチュアである。
最も、マチュアは殆ど設けていないので、あとはアルバート商会の売り方である。
「「「マチュアおねーさん、ありがと~」」」
と、子供達が大声で叫んだので、マチュアはフィリップと挨拶を交わすと、外に出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
馴染み亭横の空き地では、子供達による鎧騎士のバトルが繰り広げられていた。
大会はトーナメント制、待ち時間は10分て、胴体が地面についたら負け。
ただそれだけのルールなのに、子供達は白熱したバトルを楽しんでいる。
審判はファイズが罰ゲームで行なっており、マチュアとゼクスは近くのバーベキューコンロで焼肉の準備をしていた。
「ファイズが本当に申し訳ございません」
「何であいつはああもアホなんだ?」
「さあ、なぜでしょう」
という感じて焼肉の仕込みをしていると、街道に一台の馬車がやってきた。
そこから黒い外套を来た男性と、先程のマリモとかいう子供が降りてくる。
「君かな?私の息子に無礼を働いたものは?」
といきなりゼクスに近寄ると、上から目線で話し出す。
男性、マリモの父親らしき人はかなり上質な記事を使ったスーツと帽子、そして魔導具らしいモノクルを右目にはめている。
マチュアがちらっと鑑定した結果、そのモノクルには簡易的な『鑑定眼』のスキルが付与されているがわかった。
「勝手に人のものを取り上げようとするものをたしなめる事が、貴方の中では無礼なのですか?」
「フン。たかが騎士風情が、男爵である私にそのようなことを。今ならまだ許す、息子に謝罪してゴーレムとやらをこちらに献上したまえ。そうすれば、なかった事にしようではないか?」
――パチっ
と炭が爆ぜる音がする。
「はい、お断りします。自分の子供の躾も出来ないような親には謝る必要はありませんね」
――カーーーッ
と顔中を真っ赤にして、ジャスクード男爵は声を荒げる。
「減らず口を叩けるのは今だけだ。貴様の冒険者ギルドの資格を停止してもいいのか?」
「どうぞご自由に。私はギルドに登録していないので」
「……まあ良い。吠え面をかくなよ」
と馬車に戻るジャスクード男爵。
そのまま馬車がガラガラと走って行った。
やがて夕方の鐘の音がすると、子供達の親をカレンが招待してくれたらしく、焼肉パーティにやって来た。
「こちらが、子供達にオモチャをくれたマチュアさんです」
「うぉいっ。いきなりバラさないでよ」
と笑いながら叫ぶが、子供達の親が頭を下げてお礼を話し始めたので、まあ、良いかと思い始める。
「まほーつかいさん、かみかざりありがと」
「ぼくも、鎧騎士をありがとうなのだ」
とミアとロットも焼肉を頬張りながらお礼を言う。
「ま、まあ、いいから、どんどん食べてね。ノッキングバードとワイルドボアしか無いけど、野菜も一杯あるからね」
とファイズとゼクスも焼肉を焼いている。
――チョイチョイ
と、ふと気配を感じてそちらを見ると、街道で巡回騎士が申し訳なさそうにマチュアを呼んでいる。
「さっきのかな。あと任せた」
と焼き台を二人に任せて、マチュアは巡回騎士の方へと向かう。
「今はマチュアさんで良いのですよね?」
「この格好だからねで、何かご用ですか?」
「先ほど通報がありまして。ジャスクード男爵がギルド資格もない自称騎士に不敬を働かれたと。本来ならば詰所まで連行して取り調べないとならないのですが、彼の方って、カナン魔導騎士ですよね?」
と恐る恐る問い掛ける。
「不敬罪言われたら、どうしたら良いかなぁ。そもそもジャスクード男爵って、何処の男爵家?」
「ミスト連邦の方ですね。最近になって北方の港町にあった没落した貿易商を買い取ってから、羽振りが良くなりまして。その商会のツテとコネを使って財をなして、男爵位を買い取ったのですよ」
方法いかんに問わず、ジャスクードはミスト連邦に対して功績を残したのだろう。その手法が金をばら撒いたので、金で買ったと言われているらしい。
「私の配下の者が、ミスト連邦の男爵に対して無礼を働いたら罪?」
「基本、各国の近衛騎士団は王に続く権利を保障されています。なのでそのような事はありませんが……」
「が?」
「正直に説明します。ジャスクード男爵は子供に甘く、子供の前でいい格好をしたいだけです。それでいて権力を振り回す最低な貴族の見本と言っていいでしょう」
ファンタジー世界のモンスターペアレンツ!!
これは世界初のモンペの可能性も見えてくる。
しかし、巡回騎士にここまで言わせるとは、ジャスクード男爵恐るべしである。
「では、対処方法は?」
「上には上がいることを示せば、あるいは」
「それ駄目。この格好はお忍び。ここで正体がバレるのは不味い。ここの王様に話を通してぁぁぁぁぁぁぁぁぁいーなーいーぃぃぃ」
肝心な所でストームオリジナルが居ない。
「そっかー。なら、今日の所はいなかったと言うことで報告しておいて。面倒くさくなったらミストに話を振る事にする」
とキッパリと告げる。
「了解しました。ではそのように」
と話を少しだけ丸く収まると、マチュアは焼肉に戻る。
そして、もう何も残っていない。
――グゥゥゥ
「まただよ。ここで焼肉やるといつもなくなるよ」
「マチュアさま、玉ねぎと人参とピーマンでしたら」
「子供の嫌いな三大野菜か。よし、それでも食べようじやないか!!」
と空腹には耐えられず、その日は野菜で我慢する事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日早朝。
「マチュアとやらはいるかね?」
と馴染み亭の外から声がする。
朝っぱらから喧しい。
――ガチャッ
と二階の窓を開けて顔を出す。
朝からやかましい声で起こされた挙句、いきなり真っ赤な顔のおっさんの顔が眼下に見える。これにはマチュアも半ばブチ切れモードである。
「朝っぱらから喧しいわ。なにかようですか!!」
とマチュアも男に向かって叫ぶ。
大方の予想通り、そこにはジャスクード男爵が立っている。
傍らには巡回騎士が困った顔をして待機していた。
「貴様かサムソンの錬金術師のマチュアだな。我が息子に専用ゴーレムを作る栄誉をやろう、さあ、とっとと準備をして出て来た前っ」
朝から寝ぼけたことを話すジャスクード。
ここでマチュアも限界突破。
「そんなものいらんわ。とっとと帰れ!!」
寝起きを叩き起こされてかなり不機嫌なマチュアである。
「帰れだと!! この私に帰れだと!! 騎士よ、あいつを捕らえよ。奴は貴族に逆らった大罪人だ」
「煩いわ。出来るものならやってみろや!! このくされ貴族がぁ」
とマチュアも急ぎチュニックに着替えると、階段を降りて外に出た。
そこには十人以上の巡回騎士が待機しており、どうしていいのか困り始めていた。
――カツカツ
すると、ジャスクードは扉か出てきたマチュアに近づくと。
――パァァォァン
と、いきなり平手打ちをする。
あまりにも一瞬なので、マチュアは完全に不意打ちを受けて倒れる。
――ガシッガシッ
さらに倒れたマチュアに蹴りをいれるジャスクード。
それを急所をかばいつつ、マチュアは痛覚遮断でじっと伏せている。
「この庶民が、たかが錬金術師風情が私に逆らうからこうなるんだ」
慌てて騎士が駆け寄ってジャスクードをマチュアから引き離すが。
「ふん、精々したわ。いいか、昼までにワシの屋敷まで来い。これは命令だ。従わなければ貴様はどの国でも暮らせないようにしてやる!!」
と吐き捨てて立ち去る。
そしてジャスクードの姿が見えなくなったら、残った騎士達がマチュアに駆け寄って抱き起こした。
「ま、誠に申し訳ございません。騎士団長の命令で、マチュア様か平服の時は何もするなと言われております。それでもお許しいただけなければ、この場にいる全員、この首を差し出す所存です」
と平に謝る騎士達。
パンパンと幅についている汚れを払いつつ、マチュアも傷を軽治療で癒していく。
「いやー、いい指揮だわ。騎士団長に伝えて。ナイス統率力、君たちは良い上司を持った。そして君たちも頑張った。ナイスだよ」
と、体を起こしてもらうと、マチュアは騎士達に頭を下げた。
「辛い思いをさせて申し訳ない。でも、これで良いよ。あの男爵は、表向きは無視する事にする。あそこまで権力を振りかざすのは、何かあるんだろうと思うからね」
「それで宜しいのですか?奴こそ不敬罪で」
――ピタッ
と騎士の言葉を手をかざして制する。
「一介の錬金術師に、そんな権利はないですよー。と、どうやら行ったのですね」
と影に話しかけると、マチュアは部屋に戻って怪我を癒すと、取り敢えずアルバート商会に向かう事にした。
――ダダダダダダダダダッ
とアルバート商会の近くに絨毯に乗って飛んでいくと、中からフィリップとカレンが走ってくる。
「マチュア様、お怪我はございませんか」
「誠に申し訳ございません……我がアルバート商会最大の失態です、どの様な叱責も覚悟してます」
とカレンとフィリップが頭を下げたので
「ま。待って待って。何も話が見えないから、中で教えて頂戴っ」
と告げると、絨毯は丸めて壁に立てかけて奥の事務室に案内してもらう。
「今朝方ですが、ジャスクードがここにやって来まして、鎧騎士を作った方を教えて欲しいと。それで朝番の従業員が脅されて仕方なく……」
「先程もマチュア様に暴行を加えた事を自慢して、従わなかったらアルバート商会もただでは済まさないと」
――あら~
「まあ、気にしない気にしない。寧ろ、此処まで来るとあのおっさん面白いわ」
と実に楽しそうである。
実際、不意打ちとはいえマチュアに一撃入れられるものなどそうそういない。
何かいろいろと裏があるのではと、マチュアはジャスクードにやりたいようにやらせていた。
「という事で、はい、この件はお終い、誰もお咎めなし。という事で解散。あれ以上調子に乗ったら、こっちにも考えがあるのでね」
「考え……ですか?」
「そ。ミストに言いつける」
――ガクッ
と力が抜けるカレン。
「マチュアさ……が、直接手を下すのではないのですから」
「管轄違うから余程のことがない限りは嫌です。あれは監督責任でミストに処理して貰う。そもそも、何でミスト連邦の男爵がサムソンにいるの?」
と頭を捻る。
が、情報が少ないので何も出てこない。
「さて、それじゃあ私は行きますので、まったねー」
と頭を下げてから、マチュアは馴染み亭へと戻って行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
馴染み亭に戻ったマチュア。
先ずは自室に閉じこもるりイヤリングに指を当てると、ジャスクード男爵の影に飛び込んだツヴァイを呼び出す。
――ピッピッ
『全く。無茶にも程がありますよ。敢えて敵の攻撃を受けるなんて』
「急所は庇ったし。状況報告をお願い」
『ジャスクード男爵が北方の港町で買い取った貿易商は、ゴルドバの私財です。そして、買い取った船の船員達にそそのかされて、ジャスクードは北方大陸と接触した模様です。まだそこまでですが』
「ありゃ、まさか黒ですか。シャトレーゼ公国の後ろ盾があるから、あそこまで身勝手な事が出来るのかなぁ。ま、そのまま続行で」
『了解しました』
――ピッピッ
「さて、仕方ないか。何が、最近は暴れん坊将軍になりつつあるなぁ」
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