異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第六部・竜魔戦争と呼ばれる時代へ

バイアスの章・その12 ダンジョン&ドラゴ‥‥おっとっと

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 竜骨山脈の左脚山岳地帯。
 深い森と切り立った崖によって、人が踏み入ることが難しい地域。
 それゆえに、手付かずの古代遺跡も彼方此方にある。
 その一角で、バイアス連邦の調査隊がスタイファー遺蹟の調査を行っていたのである。

 先日やってきたその遺蹟に、マチュアは再び近づいていく。
 まだ夕方であり日が落ちきっていないため、いまからの潜入はかなり難しい。
 とりあえずは近くまで姿を消して移動すると、マチュアは近くに作られた簡易小屋まで向かい、窓から様子を伺っている。

(ひいふうみぃ‥‥8人の作業員かぁ)
 
 窓の中では、作業を終えた人たちが着替えているところである。
 軽装鎧を外している者達もいれば、大量の羊皮紙をテーブルで広げている者、発掘してきたらしい魔道具を箱に収めて調べているもの‥‥。
 そして、傍らに置かれている、布を被せられている死体らしき存在。
 その場にいるものたちは、まるでそれが日常茶飯事であるように対処している。
「補充人員はいつごろ到着するんだ?」
「さあ。第一騎士団には連絡を入れてあるますけれど、いつ来るかはわかりませんねぇ」
「この人数であのゴーレムと戦えというのか? まだ魔道具の安置されているらしい部屋までたどり着けていないのにか?」
「そんなに怒鳴らないで下さいよぉ。明日は右回廊ではない方向に向かわないとならないんですから。右はきつすぎます、先に左を調べるべきですよ」
「早く調査を続けないと、いつ扉が力を失うのかもわからないんだぞ?」
「はいはい。明日にでもまた早馬で王都まで行ってきますよ‥‥」
 そんな会話が聞こえてくる。

(ランディとかいう騎士の話では、新しい遺蹟に人材を回すと行っていたからこっちにはこない。しかし‥‥なんでこんなに遺蹟の発掘調査を急いでいるんだ?)

 頭を捻るマチュアだが、未だバイアス連邦が何を考えているのか分からない。
 報告にあったベネリの暴走と、この遺蹟の調査はまったく別物のように感じられる。

(眠らせて小屋の中を調査? いやいや、それだとバレる恐れがある‥‥)
 
 どのみちバレる恐れがあるのならば、マチュアはそのまま遺蹟の入り口に歩いて行く。
(階段の下からは音がしない。本日の作業が終わったというところか。好都合好都合)
 そのまま階段を降りていくと、マチュアはアーチ状の飾りの付いた扉の前に立つ。
「よしよし、ではいきましょうか‥‥」
 ゆっくりと扉に手を当てると、魔力を注ぎ込んて結界を中和する。
 そして液状化した扉をくぐると、まっすぐに遺蹟の回廊にたどり着いた。
「さーてと。魔力感知と気配感知を同時起動。ふむふむ‥‥」
 まっすぐに回廊を進むと、やがて十字路にまで辿り着く。
 床には目印らしい文字が書き込まれているが、それが何を意味するのかはマチュアにはわからない。
「さてと、それじゃあとっとと最下層まで向かいましょうか‥‥」
 拳をゴキゴキッと慣らしながら、マチュアは|修練拳術士(ミスティック)に装備を換装する。
 やがて回廊正面からは、骸骨をモチーフにしたゴーレムがゆっくりとマチュアに向かって歩いてきていた。

‥‥‥
‥‥


「はあはあはあはあ。つ、辛い‥‥」
 全身ボロボロになりながらも、どうにか全てのゴーレムを破壊したマチュア。
 明日またやってくる調査隊にこの光景を見られると不味いので、マチュアは倒したゴーレムを全てバッグに放り込む。
「後片付けが大変だけど、とにかく足跡一つ残さないようにしないと。夜中に何者かに侵入されて、魔道具盗まれましたなんて事になったら、大変だからなぁ」
 一通りの片付けを終えると、再び攻略を開始する。
 そしてまっすぐに回廊を進むと、再び結界のある空間にやってきた。
「‥‥ははぁ。ここの先が例の守護者ですか」
 再び結界に手を当てると、マチュアは奥にある空間へと足を踏み入れる。

 そこは広い宝物庫。
 奥には巨大な台座と一振りの剣と楯が安置されている。
 そして両方の壁には、今にも動きそうなミノタウロスの彫像が一体ずつ立っている。
「さて、これをいきなり手に取るとこいつらが動き出すと。では賢い私はどうするのか?」
 台座に近寄ってゆっくりと観察する。
 刻まれている文字の配列を解読すると、この剣と楯は竜と戦うために必要な武具であることが判った。
「ドラゴンスレイヤーねぇ。ブレスから身を守る楯と、竜の鱗を貫く剣‥‥手にしたいならば、汝の力を示せと。『剣持つものは剣では叶わず、盾持つものは魔術では叶わず。されど剣は魔術を恐れ、楯は全てを受け止める。汝の魔力にて、道を示せ‥‥』か。これはまたやっかいな‥‥」 
 そう呟くと、マチュアは左手に魔力を集めて右のミノタウロスに近よっていく。
 何も反応を示さないミノタウロスの左腕に魔力を注ぐ。
 しばらくすると、台座がやゆっくりと輝き始め、剣と楯は一つのオーブに変化する。
「‥‥これはひょっとして」
 そっとオーブを手に取るマチュア。
「扉の鍵かぁ‥‥まあ、貰っていきましょ」
 そのままバックに放り込むと、マチュアは台座の奥にある壁に向かつて歩くと、そこにある小さなくぼみを見つけ出した。
「ふむふむ。ここにさっきのオーブをはめると‥‥」
 スッと壁の一部が消えて、さらに奥に進む回廊が現れた。
「ラノベの知識を使わせてもらうと、この手の遺蹟っていうのは侵入者に対しての守りは強いけれど、それを知っている者にとってはとてつもなく簡単なのよねぇ」
 周囲を見渡してみても、ここから先はまだ調査隊も到達していない区画であろう。
 ならば、この先の魔道具は全て回収する事にした。

 そんな調子で次々と魔道具を回収していくマチュア。
 やがて最下層まで辿り着くと、目的の祭壇のある部屋まで辿り着いた。
 巨大な竜の彫像が所狭しと並べられている部屋。
 彫像一つの大きさが大体4m、それが通路のような部分の両隣にびっしりと並んでいるのである。
 そしてマチュアの正面には、大きな台座とその上に浮かんでいる一つの宝玉。
「ははぁ。これがここの遺跡の要の魔道具かなぁ。どれどれ」
 台座に刻まれている文字をまじまじと眺める。
 そこに記されている文字を解読すると、マチュアは腕を組んで考えてしまう。
「はぁ。『竜を統べる宝玉』ですか。紋様から察するに、黒神竜ラグナレクとその眷属を統べる宝玉。どうしたものかなぁ」
 これを取るための正式な手続きを行わなければ、周囲のドラゴンゴーレムが動き始める。
 だが、これを手に入れるためには、この遺跡以外の遺跡に封じられている護符が必要である。
「護符なんて持ってないし‥‥そもそもこれを必要としているのではなくて、ここの台座が必要なだけなんだけれどね」
 コンコンと台座を叩く。
 台座を使いたいけれど、上の宝玉の魔力が干渉する。
 宝玉を外すとドラゴンに襲われる。
 何よりこの数のゴーレムの相手などご遠慮したい。
 大型範囲魔法も使えないし、何より大きや音や振動で気づかれてしまう。

――ストン
 と台座から飛び降りてゴーレムの近くに歩み寄る。
 それに手を当てると、マチュアは|深淵の書庫(アーカイブ)を発動した。
「解析開始‥‥おや?」
 目の前のドラゴンゴーレムの制御について調べてみると、いくつかの簡単な命令しか組み込まれていない事に気がつく。
「ゴーレムを動かしたりしても駄目。護符を持たないものが台座の上のものを手に取っても駄目。なら‥‥」
 ゆっくりとゴーレムに魔力を注いでいくマチュア。
 静かに詠唱を開始すると、ゴーレムの周囲に魔術の詠唱文字が浮かび上がっていく。
「マスター権限の変更。魔力で無理やり捻じ込めて‥‥よしよし」
 一つ一つのコマンドを書き換える。
 やがてドラゴンゴーレムの主導権はマチュアに移行した。
「残り‥‥19体かぁ。朝までに終わるかなぁ」
 少しだけ弱気になりながらも、次々とゴーレムの権限を書き換えていくマチュア。
 手間取ったのは最初の数体のみで、コツが分かればどうということはない。
 朝方までに全てのゴーレムの権限を移すと、取り敢えずは一休みとなる。

「もういい。カナンで女王している方が楽だあょ」
 ゴソゴソとバックから朝食を取り出すと、のんびりと食事を始める。
「しかし。これだけのゴーレムに襲われたらひとたまりもないだろうけれどなぁ。それに、この宝玉を守るためだけに、これだけのゴーレムを作ったのか?」
 黙々と食事を取り続けるマチュア。
 そしてサンドイッチの最後の一欠片を口の中に放り込むと、再び立ち上がって台座を調べる。
「‥‥宝玉を取るものに対してゴーレムが動き始める。いや、ゴーレム化する何かが動き出す?ゴーレム化だって?」
 慌ててマチュアはドラゴンゴーレムを見る。
 そして理解した。
「これは守護者じゃない。守護者によってゴーレム化した盗掘者たちの成れの果てか。ならば守護者は?」
 そう考えると、ふと台座の上の宝玉を見る。
 ゆっくりと点滅する宝玉は、まるでマチュアを観察しているかのようにゆっくりと回っている。
「宝玉が守護者でもあるか。護符を持たないものが手に取ったら、それは盗掘者とみなして己を守るゴーレムとする。さしずめそういう事なら、あとは簡単だよ?」
 空間から|大袋(ラージザック)を取り出すと、マチュアは袋の口を大きく開く。

――スポッ
 そして広がった口を宝玉に被せると、素早く口紐を引っ張って空間を閉ざした。
「これで良し、魔道具の回収完了と‥‥あとは残ったゴーレム達も回収して‥‥」
 恐ろしく反則気味であるが、バックの中は時間の止まっている空間である。
 つまりマチュアの行動に反応することが出来ない。
 次々と空間にゴーレムを放り込むマチュア。
 残しておいても構わないが、もし解析されて悪用されたらたまったものではない。
「さて、それじゃあモーゼルの頼みを聞くとしますか」
 バックの中から上の階で手に入れた宝玉を取り出すと、それを台座にセットする。
「この宝玉の魔力だけでも十分にモーゼルの母親の代わりにはなるな。なら‥‥」
 |深淵の書庫(アーカイブ)を発動すると、この遺跡に囚われている母親と宝玉の魔力の波長を同調させる。
 そして暫くは微調整を行うと、二つの波長が全く同じになるのを待っていた。
「このままで‥‥あと3‥‥2‥‥1‥‥よしっ!!」
 素早く宝玉と母親の座標を入れ替える。
 マチュアが自分のゴーレムで行う『キャスリング』の応用であるが、全く問題はない。
 目の前にローブを羽織った女性が姿を表すと、マチュアは急いで台座から女性を下ろした。
「意識がない。気絶しているだけなら良しとしておこう。さて、あとはこんな所からは撤収だな」

 足元に転移の魔法陣を展開すると、マチュアはスッとその場から転移した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 カナン魔導王国、カナン城。
 マチュアはモーゼルの母親を匿う場所として王城を選んだ。
――スッ
「誰かいないか?」
 城内の|転移門(ゲート)から姿を現したマチュアを見て、慌てて侍女が駆けつける。
「マチュア様、突然の帰還どうなされました?」
「細かいことは後で。この女性を何処か部屋に運んで寝かせてほしい。治療師の手配もね。イングリッドは?」
「今は女王と一緒に謁見の間です」
「終わったら執務室に来るように伝えてください」
 それだけを告げると、マチュアは元の姿にアバターを戻すと、カツカツと執務室へと戻って来る。
 しばらくすると、イングリッドが部屋にやってきた。
「失礼します。マチュア様、私に御用とのことですが」
「バイアス連邦の王妃を保護した。表立って公表できないから、ここで匿う事にする。詳細はこれを」
 手の中に記憶のスフィアを作り上げると、モーゼルから聞いた話と遺跡での行動をスフィアに記憶させてイングリッドに手渡す。
「これはまた。とんでもない事になっていますね」
「全くだよ。ニアマイアー領の件はどうなっている?」
「ポイポイからの報告では、セシール様を攫った者達はバイアス連邦の北東に向かったと。現在遺跡の近くでポイポイが周辺調査をしています」
 はあ?
「ど、どうやってそこまで調べたの?あの子何者?」
「マチュア様がスカウトした子じゃないですか」
「そ。そうだね。まあ、ポイポイさんからは報告待ちとしよう。ゼクス達からは?」
「まだですね」
「そっか。まあ、聞いてみっか」

――ピッピッ
「こちらマチュア。ファイズ、ゼクス、ニアマイアーの件はどうなっている?」
『ゼクスです。正体不明の死体はバイアス連邦の貴族ですね。名前はデグチャレフ、男爵です。ツヴァイとの情報のすり合わせも合致しました』
「そっか。ファイズは何か分かったか?」
『あの。マチュア様はニアマイアー領に行ったことありますか?』
「なんだ藪からスティックな。まだ一度もないぞ、あそこはサムソンの管轄だからな」
『そうですよね。なら誰が修復したんだろう?』
「あー、話が全くわからない。簡潔に頼むよ」
『ニアマイアー領の水の結界ですか、あちこちに修繕された跡があるんですよ。時期から見ると襲撃前なんですけれど‥‥マチュア様が依頼を受けて修理したのかなーと』
「そんなの、魔術師で知識があるやつなら修繕は可能だろうが」
『ですよねー。そっか、古代の魔術の大規模結界を学んでいる人がいるんだ。こちらはあとは特にありません』
「了解。引き続き作業頼む」
――ピッピッ

 一通りの話をしてかららマチュアはしばし考える。
「でも、良く遺跡に囚われていた方を助けることなんてできましたね。先程の情報から察しますに、その女性の魔力で遺跡の結界は開放されたのですよね?」
「ああ。魔力の高い生きた人間を遺跡の鍵に使うなんてどうかしているとしか‥‥あ――ーっ!!」
 突然のマチュアの絶叫。
 ここでマチュアの頭の中のモヤモヤしていたものが繋がった。
「鍵か。そうか鍵なんだよ。セシールはその鍵として攫われたんだ。でもどうして‥‥魔力の高いだけならば、まだまだ幾らでも居るはず。誰かセシールの事について詳しく知って居る人‥‥」
「シルヴィー様の叔母であるのでしたら、シルヴィー様に聞いてみては?」
「それは駄目だ。あの子に余計な心配なんてかけたくない。他に知っていそうな‥‥ケルビムか?」
 そうと分かれば話は早い。
「あとは任せる。私はケルビムのところに行って来る」
 それだけを告げると、マチュアは再び転移する。

‥‥‥
‥‥


 ケルビムの住まう居城は、ウィル大陸の最も西。
 森と湖に囲まれた豊かな国である。
 その長閑な王城に、マチュアがけたたましくやって来る。
――バシュッ
 |転移門(ゲート)を通って姿を現したマチュアに、警備の騎士達は凍りついた。
 マチュアは女王の姿でやってきたのである。
「こ、これはミナセ女王。まずは此方へ、すぐにケルビム様に来訪を伝えてきますので」
「急ぎでお願いします」
 そう告げて、マチュアは護衛の案内で貴賓室へと通される。
 他の国王の王城とは違い、実に質素な作りである。
 ケルビムの王城は、元々魔法王国クルーラーの古い城塞の一つを改修したものらしい。

――ガチャッ
 ゆっくりと扉が開き、ケルビムが室内にやって来る。
「突然の来訪とは。今日は何があったのじゃ?」
「何かあったとわかるのがすごいですね。攫われたセシール殿の件で色々とお話しを聞かせて頂きたいのです」
 そう告げると、ケルビムは眉をしかめる。
「報告には聞いていた。ニアマイアー領を飛竜が襲撃したと。その際にセシールが攫われたのも聞いている。して、セシールの何を聞きたいのじゃ?」
「何故セシール殿が攫われたのかずっとわからなかったのですよ。でも、バイアス連邦に潜入して色々と話を聞いてようやく理解しました」
「ほう」
「ファイズから聞きました。ニアマイアーの古代結界を修繕したものがいると。セシール殿がそうなのでしょう?」
 そう問いかけるマチュア。
 するとケルビムも観念したらしい。
「他言は無用じゃよ。確かにマチュアの調べた通りじゃ」
「セシール殿は古代魔法王国の知識を持っていた。何処から得たのかはわからないけれど、それらを実践するだけの魔力も持っていた‥‥か。鍵として狙われているのも理解できます」
 腕を組んでウンウンと頷くマチュア。
「しかし、私の|深淵の書庫(アーカイブ)と同等の情報量、何処の誰から学んだのでしょうかねぇ」
「母親じゃよ。セシールはその全てを母親から受け継いでいたのじや」
「そうかー。親子で情報と知識を受け継いで‥‥あ、あの?ケルビムさま、まさかとは思いますが‥‥」
 突然動揺するマチュアを見て、ケルビムは頭を手を当てる。
「全く。天然なのかフリなのか分からん奴じゃな。そのまさかじゃよ、セシールの中には古代魔法王国スタイファーの王家の血が流れている。正当王家じゃ」
 呆然とするマチュア。
「け、ケルビムさま、どどどどどうしましょ」
 嫌な汗があちこちから吹き出し、動揺するマチュア。
 だが、ケルビムは少しも慌てない。
「バイアス連邦がセシールを攫ったのは王家の遺跡に関するところじゃろう。が、それが何処にあるのかなんて誰も知らない。セシール自身もだ。攫った奴がそれに気づいているかも分からないが、今は急ぎでセシールが何処に連れられたのか探す必要がある」
「攫った奴らは バイアス連邦北東遺跡に向かったと報告があります」
「北東遺跡群と言えば海に面している。攫った奴らは海路で逃げたのか」
「ケルビム様、報告はお任せします。急ぎセシールの救援に向かいます」
 それだけを告げると、マチュアはまず先にモーゼルに、話をするために魔導学院の自室へと転移した。
 そしてケルビムもゆっくりと立ち上がると、地下にある|転移門(ゲート)へと向かう事にした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 バイアス連邦ベルファーレ領。
 そこにあるフリードリッヒ魔導学院の女子寮自室にマチュアは戻ってきた。
「まずはモーゼルに‥‥と、これは駄目だ」
 素早くアバターをヒューマン・マチュアに変化させると、急ぎ学院本棟に走っていく。
 なんだかんだと気付いたら既に昼である。
 校庭には、街に向かう生徒達が大勢歩いている。
「えーっと、モーゼルは何処にいるのでしょ?」
 ゆっくりと見渡すと、丁度モーゼルがかつてのグースの取り巻きに連れて行かれるのが見えた。
「相変わらずのヘタレだなぁ。しかしグースがそこにいないのは評価する!!」
 シュタタタタッとモーゼル達の後を追いかけるマチュア。
 すると校舎の裏で、モーゼルが二人から金を巻き上げられているところに出くわしたのである。
「あ、た、マチュアさん‥‥」
 殴られたらしく頬が腫れているモーゼル。
 その姿に、マチュアもやや呆れていたが。
「なんだあんたか。あんたもこうなりたくなかったら、金を出せや。グースがあんたにやられたのはあれだろ?ズルしたんだろ?」
「黙っててやるからよお。グースが金回りが悪くなったんで、小遣いが足りないんだグハァッ!!」

――スパァァァァァツ
 久しぶりのミスリル製ツッコミハリセンで顔面を痛打するマチュア。
「な、何しやがった。手前フオオラバッ!!」
――スパーン
 そして意識のあるもう一人にもハリセンを叩き込むと、マチュアはモーゼルにも軽くハリセンを叩き込む。
――ペシッ
「な、なんで僕まで‥‥」
「いい加減に事なかれ主義はやめなさいって。行くわよ!!」
 素早くモーゼルの手を掴むと、マチュアはカナンの|転移門(ゲート)に転移する。
 そこから王城の中を通り抜けて、モーゼルの母親の眠っている部屋までモーゼルを連れてきた。

――ガチャッ
「こ。ここは何処ですか?それに‥‥母さん?」
 ベットで眠っている母親の姿を見て、モーゼルは立ちすくんだ。
 丁度その場にはミナセ女王と治療師も偶然立ち会っていて、マチュアに報告を始めた。
「マチュアさんですね。ミナセ女王に頼まれてこのかたの治療をさせていただきました」
「無事なのですか? 母さんは生きているのですか?」
「危ないところでして。あと二日ほど遅かったら、魂まで分解されているところでしたよ。残念なことに体内魔力はゼロ、魔術師としての力は失われました」
 その言葉に、モーゼルは膝から崩れ落ちる。
「助かる見込みは?」
「貴方は、この女性の子供ですか?」
 そう治療師が問いかけると、モーゼルが頭を下げる。
「はい」
「では、あなたの魔力をお母さんに注ぎましょう。正直言いますと、完全蘇生できる保証はありません。ですが不可能から可能に天秤はわずかに傾きました」
 その治療師の言葉に、泣き笑いするモーゼル。
「お願いします‥‥僕はどうなってもいい。母を‥‥」
「では後ほど。私は準備をしてきましょう」
 それだけを告げて、治療師は部屋から一旦出て行った。
 室内にはマチュアとミナセ女王、モーゼル‥‥そしてモーゼルの母親だけが残っている。
「マチュアさん、此方の方は?」
 ようやく立ち上がったモーゼルがマチュアに問いかける。
「順番に説明するからね。まず。今朝方、私は遺跡からモーゼルの母親を取り戻したのよ」
「こ、こんなに早くですが」
「ええ。けれど遺跡に囚われていたせいか、意識が戻らないのよ。なので故郷のカナンに転移して、ミナセ女王に助力をお願いしたのよ」
「ミッ!!ミナセ女王ですか!!」
 傍に立っている女性が女王であると教えられ、モーゼルは慌てて頭を下げる。
「楽にしてください。お母様のことはマチュアさんから聞きました。できる限りの事はしますので、ご安心ください」
 ミナセ女王はモーゼルにニコリと微笑む。
 それを見て、マチュアは再び話を続ける。
「ちょっと用事が入ったので、私は暫くは学院には戻らないけど、モーゼルはどうする?」
 その問いかけに、モーゼルはしばし考える。
「ここに来る方法はありますか?」
「マチュアさんが転移を使えるので、一緒ならここには来れるでしょう。それ以外は、バイアス連邦のあなたには教えることはできません」
「では、今はここに留まらせてください。母が意識を取り戻して元気になったら、後日マチュアさんにお願いしてバイアスに戻ります」
 それで話は解決した。
 あとはトントン拍子で話は纏まり、モーゼルはカナンに滞在している間は馴染み亭で過ごすことになった。
「それじゃああとはお願いします。モーゼルもまたね」
 それだけを告げて、マチュアは再びバイアス連邦に転移することにした。

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