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第1章 異世界に来たのなら、楽しむしかない
7.紅から始まる
しおりを挟むわけも分からずキョトンと首を傾げる──そんな私に、バーバチカは親指で後ろを指し示した。洞窟の外は開けており、中心には小さめの泉がある。
あそこに何かあるのだろうか。
「・・・・・・、あの泉で一度自分の顔でも見てきたら? それでもあんな事が言えるなら、絶対アンタの目がおかしい」
え、と聞き返すとバーバチカが顔を背けた。よく見ると耳の端が赤い。
「あーもう、察しが悪いなぁ!! アンタも、か、可愛いって事だよ!! ま、まあボクほどじゃないけどね!!」
「あ、うん。それは知ってるけど・・・・・・」
──完全に予想外だ。
可愛さの塊であるバーバチカから、思ってもみなかった言葉を言われ、刹那時が止まる。──が、それも一瞬の事で、すぐさま私はバッと顔を触った。
両手から伝わった感触は、とうの昔に忘れていたものだった。
・・・・・・確かに、たるみ始めていた筈の肌はピチピチふにふにの柔肌だし、ぽつぽつと出来ていた憎きニキビもない。
──そういえば、今の私はアラサーではないのだった。
若返ったのか、と一瞬思ったが、エンシャの言葉を思い出して首を振る。『綺麗な紅い瞳』──彼女は確かにそう言った。
となると、この身体は完全な別人の可能性が高い。
(角も生えてるって言われてたしな・・・・・・若返って角生えた、みたいな単純な話ではないか)
そっと頭上に手を伸ばすと、確かにそこには硬い何かがある。しかも、それは根元からしっかりと生えているようだった。
・・・・・・最後まで認めたくはなかったが、めでたく人外確定である。
深々とため息を吐くと、私は角から手を離した。訝しげにこちらを見ているバーバチカに、行ってくる、と一言言ってから洞窟の外へと出る。
──冷たい土から硬い草の感触へ。太陽の光を全身に浴びた私は、目を細めながら顔を上げた。
「・・・・・・いやぁ、見事な快晴だ」
雲ひとつない青空。それは日本で見た空と同じものだったが、煌々と輝く太陽は──二つである。
(・・・・・・まあ、分かりきっていた事だけれども)
今更、異世界だということに騒ぎ立てることは無い。不思議なことに、精神状態は比較的安定している。
バーバチカが指した泉は少し離れた場所にあった。ここからでも分かるくらいに澄んだ水が、日光を受けてキラキラと輝いている。
日本ではまず見ない美しい光景だ。
私は慎重に泉の淵へと座ると、落ちないよう地面に手を付いてそーっと覗き込む。途端、小さな声が漏れる。
ゆらりと波紋が広がる水面には見知らぬ少女。
「・・・・・・ぁ」
──バチりと視線が合った。
鮮血のような濡れた紅がこちらを見つめている。ビスクドールを思わせる透き通った白い肌──艷めく黒髪が、はらりと顔にかかった。
少女が醸し出す儚げな美しさに息を呑む。思わず声が漏れた。
「・・・・・・誰だこれ」
「いや、アンタだから」
呆れ声でツッコミを入れたのは、他でもないバーバチカである。
え、と視線を上げると、こちらを見下ろしていたバーバチカと目が合った。
ずいっと顔を寄せて眉をひそめる。
「え──じゃないでしょ、ふざけてんの?」
「い、いやいや滅相もない!! 記憶との食い違いがあまりにも酷くて、ね?」
「ね? ──じゃなーい!! ったく、自分の顔すら覚えてないとか・・・・・・」
付き合ってられないとでも言う風に、深いため息と共にバーバチカは頭を抱える。
・・・・・・呆れる気持ちも分からなくはない。私だって自分に呆れているくらいなのだから。
自分の顔がどうだったかなんて、頼りないほどぼんやりとしか思い出せないが、そこまで褒められた顔つきではなかったと思う。少なくとも、こんな人外な程に整ったものでは無いことは断言出来た。
突然これが自分の顔だと言われて、はいそうですか、となるわけが無い。平々凡々な顔ならまだしも、よりによって神々が悪戯に創ったとしか思えない芸術作品で、だ。
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