狩人の動機(SS・ホラー)

源公子

文字の大きさ
1 / 1

狩人の動機(SS・ホラー)

しおりを挟む
 ――逃げて!あいつが来た。私達みんな殺される。

 通信からすぐ消息は切れた。あいつに捕まって殺されたのだ。
 あの子はこの世から跡形も無く消えてしまった。

 そりゃあ昔は悪さもした、人間を海に引き摺り込んでたくさん殺したりもした。
 私たちは神の失敗作、海の化物だから。でも神の被造物の人間は、数を頼りに私たちなど及びもつかない化け物に成長し、逆に私達を狩出した。
 人間のハンターたちは私達をUMAなんて呼んで、どんどん殺すか檻に入れて見せ物にして飼う。だから私たちは悪さはやめて身を隠し、上手く人間に化けて隠れてやってきたのに。
 なのになぜ、あいつは私達がわかるの?もう私の種族は私が最後の一人。
 あいつが来た! 刀を持ってる、殺される。誰か助けて!

 ◇

 日本刀をあいつの体から抜く。血が吹き出し、ぴくぴくと痙攣して女は死んだ。
 女の死体を浴室に引きずり、裸にして湯船に入れて水を張る。
 女の2本の足がスルスルと一本につながり、美しい鱗に覆われた魚の姿に戻っていく。人魚はいつ見ても美しい。

「うまそうだ」

 唾が溢れ喉がなる。刺身か、タタキか、ステーキか。冷凍保存しておけばかなり持つ。我慢して少しずつ食べれば一年は食べられるだろう。
 気になるのは、コイツが最後に言った「もう人魚は、私が最後の一人だ」の言葉。
 これが食べ収めなのか。悲しい……いや、地獄だ。

 出刃包丁で魚の部分を三枚に下ろしながら考えていた。
 ――なぜコイツらは死ねるんだろう。
 私は、コイツらの肉を食べたばかりにのに。

 私の名は八百比丘尼、通り名だ。本名は昔すぎて忘れてしまった。
 名前を超えて、もう千年近く生きているのだから。
 微かに覚えている記憶は、今と同じ姿の私が「死にたくない、今と同じに若く美しくあり続けたい」と叫び、人魚を殺して食べたことだ。

 その美味かったこと!
 食べても食べても食欲は治らず、私は人魚の味に取り憑かれ、若く美しい不死の存在となって、世界中を人魚を探して彷徨うことになった。
 人魚以外は何を食べても砂を噛むようで、舌は、喉は、胃袋は、あの味を欲しがって、キリキリと締め上がる。
 眠るたびに、人魚の夢ばかり見た。「私を食べて」とさそう、美しい人魚達の群れ。あの尻尾、鱗の輝き、極上のトロを超える油の乗った下半身。サシの入った赤身の上半身の肉質!
 夢から覚めて、泣き続けた。
「食べられなければ死んでしまう」と。


 最後の一匹。これを食べ終わったら、私はどうなるの?
「呪われろ人間。不死は神の与えた罰、永遠の生き地獄がお前達にはふさわしい」 
 最後の人魚の言葉が突き刺さる。不死は罰。死こそが解放――私の不死の呪いは消える日が来るの?

 くん。

 私の鼻腔を美味しそうな匂いが満たす。堪えられずに一切れ摘む。
 その味に、何もかもどうでも良くなる。今のこの幸せの前には何も考えられない。
 この快楽こそが永遠を望んだ本当の罰なのだと、おぼろげ感じながら私は食べ続ける。


                 了
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

処理中です...