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第3章
隣の席-10
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「どの記憶にする? さすがに中学のときのは、やめておくか」
中学のときの、って。
選べるほど、そんなにたくさんの記憶を消されているの?
彼の話が本当なのだとしたら、過去の私は一体、何を忘れたかったのか……。
真鳥が再び、私の額に手を伸ばす。
「……結衣?」
そのとき。背後から声がかかり、ビクリと肩を震わせた。
蓮先輩の、声……。
今にも私の額に触れそうになっていた手を、真鳥はさっと下ろす。
「白坂、具合が悪そうだったので。熱があるか確かめようとしただけですよ」
全く動揺せずに、うっすらと笑っている。
「柏木先輩は、白坂の過去を知っていますか?」
問われた蓮先輩は怪訝そうに眉をひそめた。
「過去……?」
私へ視線を移してきたので、ついそらしてしまう。
蓮先輩にすべてを知られて、嫌われるのが怖い……。
「過去に何があったのか知らないけど、僕は特に気にしないよ」
きっぱりと蓮先輩は答えた。
私の過去を気にしないと言ってくれたのが嬉しくて、肩の力が抜けた。
「今の結衣が、自信を持って幸せに生きているなら、過去を知って嫌いになる理由はないから」
蓮先輩は優しい眼差しを私に向けてくれた。
――だけど。
“自信”
その言葉が、なぜか心の奥に引っ掛かった。
*
帰りの電車は混んでいたので、未琴たちとは席が離れる形で二人ずつ座ることになった。
行きと同じで、蓮先輩の左隣の席。先程のことがあり、少しばかり気まずい。
蓮先輩は本当に私の過去について知らないのだろうかと不安に襲われる。
真鳥の言う“過去”が何を示しているのかは、わからない。
ただ、蓮先輩に知られたくないことだと、それだけは感じ取っていた。
もしかしたら。その“過去”があるから、私のことを後輩以上には見てくれていないのかも、とか。
考えれば考えるほどマイナスな思考でいっぱいになっていく。
蓮先輩に好かれるような自分になりたい。
「……結衣? 具合は大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。
「……あ。大丈夫、です」
慌てて笑顔を作り、窓の外へ顔を向けた。
夕方になり、だんだん車内が冷えてきた感じがする。
クシュッ、とくしゃみが出てしまい、恥ずかしさに顔を伏せる。
好きな人のそばでくしゃみをしてしまったなんて……、嫌われたかと思うと悲しい。絶対、ポイントが下がった。
「結衣、寒いの? これ、羽織ってていいよ」
気遣ってくれた蓮先輩が、自分の着ていたコートを脱ぎ、私の肩に掛けてくれる。
一瞬、抱きしめられたような形になって、先輩の香りにふわりと包まれた。
即座に顔が火照っていく。
「……ありがとうございます。でも、先輩は?」
「僕なら平気。こう見えて暑がりなんだ」
冗談ぽく笑った蓮先輩は、リュックの中から何かを取り出した。
「これ、良かったらもらって」
蓮先輩が渡してきたのは、動物園のロゴが入った紙袋。
「え……。いいんですか?」
そっと中を開けてみると、小さなシロクマのぬいぐるみがついたチャームが出てきて、目を丸くする。
「可愛い。大切にしますね」
さっそく自分のリュックにつけてみると、先輩が嬉しそうに笑った。
「うん、やっぱり結衣に似合ってる」
「本当ですか? 私は何も返せるものがなくて……すみません」
こんなことなら、自分も先輩へのお土産を買えば良かったと後悔する。
「お返しとかは気にしなくていいよ。僕がただ、あげたかっただけだから」
「でも……」
「今日は結衣と絵が描けたから楽しかったし。また今度、一緒に描きに行けたらいいなとは思ってる」
「……はい。私で良ければ」
小さくうなずくと、蓮先輩は安心したような笑顔を見せ、背もたれに体を預けた。
それからは、しばらく会話が途切れ。
先輩の貸してくれたコートの暖かさに包まれたまま、いつの間にか目を閉じていた――。
中学のときの、って。
選べるほど、そんなにたくさんの記憶を消されているの?
彼の話が本当なのだとしたら、過去の私は一体、何を忘れたかったのか……。
真鳥が再び、私の額に手を伸ばす。
「……結衣?」
そのとき。背後から声がかかり、ビクリと肩を震わせた。
蓮先輩の、声……。
今にも私の額に触れそうになっていた手を、真鳥はさっと下ろす。
「白坂、具合が悪そうだったので。熱があるか確かめようとしただけですよ」
全く動揺せずに、うっすらと笑っている。
「柏木先輩は、白坂の過去を知っていますか?」
問われた蓮先輩は怪訝そうに眉をひそめた。
「過去……?」
私へ視線を移してきたので、ついそらしてしまう。
蓮先輩にすべてを知られて、嫌われるのが怖い……。
「過去に何があったのか知らないけど、僕は特に気にしないよ」
きっぱりと蓮先輩は答えた。
私の過去を気にしないと言ってくれたのが嬉しくて、肩の力が抜けた。
「今の結衣が、自信を持って幸せに生きているなら、過去を知って嫌いになる理由はないから」
蓮先輩は優しい眼差しを私に向けてくれた。
――だけど。
“自信”
その言葉が、なぜか心の奥に引っ掛かった。
*
帰りの電車は混んでいたので、未琴たちとは席が離れる形で二人ずつ座ることになった。
行きと同じで、蓮先輩の左隣の席。先程のことがあり、少しばかり気まずい。
蓮先輩は本当に私の過去について知らないのだろうかと不安に襲われる。
真鳥の言う“過去”が何を示しているのかは、わからない。
ただ、蓮先輩に知られたくないことだと、それだけは感じ取っていた。
もしかしたら。その“過去”があるから、私のことを後輩以上には見てくれていないのかも、とか。
考えれば考えるほどマイナスな思考でいっぱいになっていく。
蓮先輩に好かれるような自分になりたい。
「……結衣? 具合は大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。
「……あ。大丈夫、です」
慌てて笑顔を作り、窓の外へ顔を向けた。
夕方になり、だんだん車内が冷えてきた感じがする。
クシュッ、とくしゃみが出てしまい、恥ずかしさに顔を伏せる。
好きな人のそばでくしゃみをしてしまったなんて……、嫌われたかと思うと悲しい。絶対、ポイントが下がった。
「結衣、寒いの? これ、羽織ってていいよ」
気遣ってくれた蓮先輩が、自分の着ていたコートを脱ぎ、私の肩に掛けてくれる。
一瞬、抱きしめられたような形になって、先輩の香りにふわりと包まれた。
即座に顔が火照っていく。
「……ありがとうございます。でも、先輩は?」
「僕なら平気。こう見えて暑がりなんだ」
冗談ぽく笑った蓮先輩は、リュックの中から何かを取り出した。
「これ、良かったらもらって」
蓮先輩が渡してきたのは、動物園のロゴが入った紙袋。
「え……。いいんですか?」
そっと中を開けてみると、小さなシロクマのぬいぐるみがついたチャームが出てきて、目を丸くする。
「可愛い。大切にしますね」
さっそく自分のリュックにつけてみると、先輩が嬉しそうに笑った。
「うん、やっぱり結衣に似合ってる」
「本当ですか? 私は何も返せるものがなくて……すみません」
こんなことなら、自分も先輩へのお土産を買えば良かったと後悔する。
「お返しとかは気にしなくていいよ。僕がただ、あげたかっただけだから」
「でも……」
「今日は結衣と絵が描けたから楽しかったし。また今度、一緒に描きに行けたらいいなとは思ってる」
「……はい。私で良ければ」
小さくうなずくと、蓮先輩は安心したような笑顔を見せ、背もたれに体を預けた。
それからは、しばらく会話が途切れ。
先輩の貸してくれたコートの暖かさに包まれたまま、いつの間にか目を閉じていた――。
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