夏の城

k.ii

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灰色世界Ⅰ

11.そして最後の夏休みへ

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「海へ行こう」
 
 カケラは、そうぼくに言った。
 
 
 ぼくらはあの日、ふたりでおじいちゃんの書庫に入った。約束はしたけど、おじいちゃんの書庫のことは本当は秘密になっているから、カケラを連れて上手くしのびこむのはちょっとひやひやものだった。
 
 でも、上手くいった。父さんは、おじいちゃんが帰ってきている間は帰りが遅い。母さんが台所にいるすきに、地下室の階段へもぐりこんだ。
 
 おじいちゃんなら、きっと見つかっても大丈夫だ。早く会いたい。会って、まずはどうして本がなくなってしまったのか、聞きたい。
 
 だけど、おじいちゃんは、その日も書庫にいなかった。
 
『おおきな うみの ゆうえんち』は、もしまだ本が残っていたことにおじいちゃんが気づいて、理由はわからないけど、ほかの本みたく持っていかれたらまずい。そう思って、見つけたときと同じ棚の下に隠しておいた。本がなくなった理由は、わからないけど……。母さんは、おじいちゃんが帰ってきたとは言ったけど、本を運んだとかはひとことも言わなかった。こんなにたくさんの本を、そんなに簡単に運べるのだろうか。だれかと一緒に、乗り物でやってきて、それで運んでいったのかもしれない。
 
 ぼくは、昨日書庫に入ったこと自体が夢だったとまでは思わなかったが、もしかしたら、本が戻っているんじゃないかとは期待した。でも本はやっぱりなかった。すると今度は、最後の絵本までもなくなっているんじゃないかと不安になってきた。あれは、あの本を読んだことそのものが夢だったとしても、不思議に思わない。なにも文字の書かれていない、青がだんだん濃く深くなっていく絵本……
 
『おおきな うみの ゆうえんち』は、あった。
 
 棚と床のあいまに、静かにたたずんで。
 
 ぼくは持ってきた蛍光ライトで、それを照らした。
 
 そしてはっきりと見た。ページを、ゆっくり、一つ一つ、ゆっくりとめくって。
 
 カケラはその間ひとこともしゃべらず、ぼくも、じっと見いっていた。本のなかに、青のなかに、吸いこまれそうで……
 
 カケラは、「ありがとう」とだけ言って、暗くなりかけの道を去っていった。
 
 
 それから、最後の二日間にあったこと。
 
 カケラは、学校へ来なかった。休みの連絡もなくて、先生が家へ問い合わせたところ、かばんを持って家は出たらしい。先生はなんの抑揚もなく、そう言った。
 
 ぼくはとても心配したけど、考えないようにした。カケラのことだ、なにかわるいことやばかなことはするやつじゃない……
 
 それと、ナチも学校へ来ていなかった。ナチは、先生の説明によると、本人のどうしてもという強い希望があり、彼の体格や技術も認められて、夏休みだけ他のチームに入れてもらい、あの共同グランドへ行くことになったのだという。
 
 ぼくは、ただ複雑な気持ちになった。ぼくはナチのように背も高くないし、上手くもない。それに、ここのクラスの皆と、一緒にサッカーやりたかったんだ……。
 
 昼休みは屋上に行く気にもなれず、アシタたちと話しながら食事をするのも気がひけた。
 教室の前ですれちがったミズノと目が合って、ぼくは思いきって、本当にサッカーをやらないのかと聞いてみた。
 
「ナチやカケラには、本当にわるいと思ってる。あいつら、うまかったし、なにより楽しみにしてた……もちろんそれは、おれだって同じだった。だけど、男子の半数以上がやらないって言ってたんだ。他のクラスでも同じ。どのみち、どうしようもなかったんだ。去年も、共同グランドに来ていた六年生は少なかっただろ? 確かに来てはいたけど、来ていたのは皆、ナチくらい体格がよくて、うまい連中ばかりだった。あれはもしかしたら、今朝、先生が言ったみたくナチのように選ばれた生徒ばかりなんじゃないか? それにおれだって、地下寮のことを思うと、恐いんだ……」
 
 ミズノは最後に、こうつけ足した。
 
「……知っているだろう。先生は言わないけど、生徒の間でひっそりと噂になってた〝食糧〟のこと」
 
 
 その日の夜。
 
 おじいちゃんは、また家にいなかった。
 
 母さんは、なにも言わない。ぼくは夕食後、一人で書庫へ入った。
 
 そして、『おおきな うみの ゆうえんち』がなくなっていることに気づいた。
 
 
 最後の日は、昼まではいつも通り授業があり、昼から終業式になって、おわりだった。
 
 カケラは来ていない。
 
 ぼくは、はじめて、一人で屋上へ上った。
 
 カケラとは、六年目ではじめて一緒のクラスになった。それまでは、サッカーで別のクラスと試合をするときに、とても器用にボールをあつかうのでよく知っていたけど、口をきいたことはなかった。五年目のときに一度、友人らと屋上へのぼってみたことがあるけど、そのときは何人かの六年生がたむろしていたので、すぐに下りて、その後は行くことがなかった。六年目になって一週間くらいたった日、一人で屋上へ行ってみた。
 
 そこに、カケラがいた。
 
 カケラは、「よー」と言って、話しかけてきた。それが出会い。カケラは背が高くて、目が鋭くて、話しにくそうだと思っていた。カケラもぼくのことをサッカーの試合で知って、すばしっこいやつだと思っていたんだって知った。少し、うれしかった。
 
 カケラは、そのときすでに本を読んでいたぼくにとって、他の人より、感情がゆたかに思えて、不思議と、皆が知らないことをこの人も知っているのかもしれないと思わせるものがあった。この人は、もしかしたら、ぼくと同じで、本を読んだことがあるのかもしれない。でもそのことはしばらく黙っていた。
 
 あるとき、ぼくが書庫の秘密をカケラに言ってみたとき、カケラは「本て、なに?」と言った。「おれらの教科書と別の教科書があるわけ?」
 
 ぼくはしまった、と思った。だけど、カケラはなにも問いつめず、ただ本の存在に興味を示した。秘密だということをすぐに理解してくれて、だれにもそのことは言わないと約束すると言い、それを守ってくれた。
 
 ぼくらは昼休みには、サッカーのこととか、友人のこととか、たあいもない日常、散歩にいって面白い場所をみつけたとか、ネコをふんだとか、そんなことを話した。放課後、皆が帰った教室とか人の来ない廃工場とか、絶対に聞かれないところで、本で読んだお話や知識をカケラに話した。書庫には難しい本ばかりで、物語以外はあまり知らなかったけど。話している間に、思い出して、ぼくもまた本が恋しくなった。
 
「どうして、そんなすばらしいものが、ないしょにされているんだろう」
 
 一度、カケラは真剣な面持ちで、
 
「もちろん、秘密だということはわかっている。だれにも、言わない。でも、ただ、不思議なんだ。おれはぐうぜん、イキと出会って、現実にはないこんなに面白い話を聞けるようになった。イキも、たまたま、そういうじいちゃんがいたから、本に出会った。だけど、おれたち以外のほとんどの人は、どうしてこんなすばらしいものに、出会えない」
 
 そう言ったことがある。
 
 ぼくはそのときはじめて、はっとした。
 
 たしかにぼくも、おじいちゃんがいなければこんなに楽しい経験はできなかった。本に出会うまでのぼくは、なんていうのだろう、もっと、うすっぺらな気がした。どうしてだろう。おじいちゃんは、最初にぼくを書庫に入れたとき、絶対に秘密だと言った。ここにあるような本はもう世界にはほとんど残っていなくて、だれでも読めるものではないんだって。どうして。みんなが、見れたならいいのに。
 
 
 カケラのいない屋上。
 
 ここにはなにもない。なんだか、さみしい。さみしい、か……みんなは、こんなこと、思うのだろうか。なにかを求めたい気持ち。青い鳥を求めた子どものように。ナチも、ミズノもモモノも、それにアシタだって本当は……
 
 なまぬるい風が、ほほをなぜた。
 
 風。
 
 もっと気持ちいい風が、あるはずだ。
 
 ぼくは、立ちあがって、屋上から下をながめた。
 
 あの花。ひまわりが、一面に咲いている風景。どこまでも広がる、空。青い、空。
 
 そんなものが、あるはずもなかった。
 
 ただ、灰色の工場と灰色の空がどこまでも続いているだけ。
 
 だけどぼくはあの光景が忘れられないんだ。ひまわりの原っぱに風が吹いて、青い空があって、そして、その向こうに……その向こうに、あるもの……
 
 
 チャイムが鳴った。終業式のおわりのチャイムが鳴るまで、ぼくはぼくのなかにずっとひまわりの原っぱを浮かべて、ただそこに行きたいと願った。
 
 
 学校の帰り道の曲り角。ここを曲がればもうぼくの家が見える。ぼくは少し立ちどまる。ぼくは、どうすれば……足を踏み出そうとしたとき、うしろからふいに手をひかれ、ぼくはふり向いた。
 
「海へ行こう」
 
 カケラだった。
 
 カケラは、そうぼくに言った。彼の片方の手には、『おおきな うみの ゆうえんち』がにぎられていた。(灰色世界Ⅰ・おわり)
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