紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範

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第44話 葬列

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 さて、熊吉と几帳の次なる逢瀬である。熊吉が三浦屋に来ると、すでに几帳は座敷に出ているということだった。それに三浦屋の主人は頭を下げる。

「すいません。紀九万の旦那」
「なんの。よいよい。几帳の部屋で待たせてもらって構わんか?」

「もちろんでございます。禿を酌婦につけましょう」
「結構だ。几帳が嫉妬する」

「そんな。禿ですぜ?」
「いらん。酒とつまみだけくれ」

「おお。お熱いことで」

 主人はもみ手して、使用人に部屋へと案内させた。熊吉はいつもの場所に座って煙草盆を片手で引き寄せ、キセルを出してタバコふかし始めた。燗酒をちびちび飲んでいると、駆け込むように几帳がやって来た。
 そして打掛を脱ぎ捨てて襦袢だけになると、あぐらをかいている熊吉の膝にちょこんと座って、熊吉の腕を取って腰に回させ、その熊吉からキセルを奪うとぷかぁりぷかり。その間に簪も抜いて、いつものラフな姿となった。

「なんだ。忙しそうだな」

 熊吉は膝の上に几帳を乗せたまま、お猪口を取って酒を一口。今度は几帳がそのお猪口を取り返してちびり。熊吉はキセルを受け取ってぷかり。一つのキセルと一つのお猪口をそれぞれがやり取りして几帳がようやく一息ついた。

「あ~。やっと帰れた」
「やな座敷だったようだな」

「そう。奈良屋の親父」
「なんだ。奈良茂ならもか」

「九万ちゃんに対抗意識燃やしちゃって大変よ。その癖ケチなの。座敷には男何人もいるのに、遊女は私だけよ。あとは禿だけ。初見だから話さないで微笑みだけ浮かべてたけど、嫌らしくこっちをチラチラ見ちゃって。気持ち悪い!」
「クックック」

「笑い事じゃないよ。紀伊国屋さんなら禿に二分の心づけ渡してくるのに、心づけなし。禿たちガッカリしてたわよ」
「まぁ本来は渡さなくてもいいしな」

「粋な大尽遊びはそうじゃないでしょ──」

 几帳は熊吉に背中を預けたまま、キセルをぷかぷか。熊吉はその温もりを感じながら酒を飲んでいた。

「奈良茂はどうだった?」
「どうもこうもない。九万ちゃんからあちきを奪おうって魂胆は見え見え。だから初めてあちきを座敷に呼んだんでしょ?」

「それで?」
「一発であちきに惚れた顔になってた」

「ぷ。はっはっはっは!」
「笑い事じゃない。これからも呼ばれるじゃない!」

「まぁ几帳を見れば誰でもそうなる」
「はっ。肝心な人は気がないみたいだけど?」

 几帳は座る熊吉の膝へと当て付けに体重をかける。

「そんなわけない」
「どうだか」

 几帳の唇から白い煙──。熊吉はお猪口を置いて几帳の体に手を回して肩に顔を埋める。そのままの姿勢で几帳の体を揺さぶった。几帳は強く抱きしめられたことで嬉しくなり、熊吉の頭を撫でる。

「どうしたの? 今日は殊勝だね」
「お前を誰にも取られないように自分の一部にしようとしてるんだ」

「ま……」

 しばらくそのまま。熊吉は几帳を放さなかった。几帳は赤い顔をして熊吉の頭やら膝やらを優しく撫でていた。

「どう? 一部になりそう?」
「……いいや。でもお前はいい匂いがするな」

「あ、そうだ!」

 几帳は熊吉の腕を解くと、立ち上がって部屋の引き出しから香炉と小さい木片を取り出した。

「おう。まだあったか」
「うん。九万ちゃんから買って貰った伽羅きゃらの香木。火をつけるよゥ」

「特別な日に使うんじゃなかったか?」
「今日は特別」

 几帳は香木に火をつけて香炉に落とす。途端に透き通る薫りが部屋に充満した。二人は抱き合いながらその薫りをかいでいたのだ。
 しばらくして熊吉が口を開く。

「いつか一緒になろう几帳──」

 その言葉に几帳は黙ってうつむいてしまった。そのうちに肩が揺れる。その揺れが抱いている熊吉にも伝わっていった。

「やっと、言って、くれたね……」
「……誰にもお前のことは渡さんぞ」

 二人は固く固く誓い合う。しかしそれには障害があった。義兄の文吉だ。女を……遊女を強く憎んでいる。それは几帳もよく知っていた。だから、文吉は反対するだろうと分かっていた。

 ことが終わり、二人は寝転びながらキセルのやり取りをする。

「お千代ちゃんはどうだった?」
「あ、そうそう。お千代にこっそり聞いてみたんだ。そしたら、お前の勘通りだよ。アイツは文左衛門の兄貴にいつの間にか恋心を寄せてやがったんだ。拾われた当初から優しいお兄さんくらいにしか思ってなかったみたいだなぁ。それがいつしか歳を越えて恋心に変わった。顔は兄貴が昔好きだったおミツに瓜二つ。まるで芝居だ。出雲の神の引き合わせだよ」

 そういって熊吉は起き上がり、エアギターならぬ、エア三味線だ。芝居のように感動する調子の曲を口でチントンといいながら几帳に聞かせた。几帳も飛び起きて膝を叩く。

「それよ! 紀文の大旦那とお千代ちゃんをくっつけちゃえば、大旦那だって女というものを憎まなくなるわ。そしたら九万ちゃんだって、几帳と結婚したいって言えるんじゃない?」
「おお、そうだ。お前は頭がいいね」

「ふふん! それでやってみましょうよ」
「そうだそうだ」

 作戦がまとまって、いつものように一晩中愛し合った後、熊吉が鼻歌交じりに屋敷へと帰ると、葬列である。
 家のまわりには幕が張られ提灯が構えられている。
 これはどうしたことかと思い、屋敷に駆け込むと、文吉が息も絶え絶えといった体で泣いていた。それを千代が膝に抱えていたのだ。

「どうした! どうした! 何があったィ?」

 叫ぶ熊吉に顔を上げた文吉は、今度は熊吉の襟を掴んで胸に泣き崩れてしまった。

「どうしたィ、義兄あにき!」
「──定吉が死んだ」

「なに、定吉が?」

 聞くと、定吉と小春は文吉から貰った千両を荷車に乗せて従者に引かせ、小春の故郷である磐城(福島県)に行く途中、山中で賊に襲われ定吉と従者は殺されそこに打ち棄てられた。小春と千両はそのまま奪われてしまったらしい。

「おお九万。定吉が死んだのは、俺だ。俺のせいなんだァ。俺が小春を身請けしなければこんなことに。ああ定吉ィ」

 余りにも泣きじゃくる文吉は哀れでしかなかった。

義兄あにき。悲しんでも定吉は戻ってこねぇ。これ、お清。義兄に床を作ってやってくれ。しばらく休ませるんだ。葬式は俺がやる」

 熊吉が喪主として葬式は無事に終わったが、文吉の哀しみはひどく、三日三晩起き上がれなかった。
 息子としてこれから日の本に羽ばたく定吉の未来を想像していただけに、その哀しみは大きかったのである。

 文吉にとっては二度目の身請け。どちらも事態は大凶に終わってしまった。これには熊吉もなかなか験の悪い身請けの言葉をさらに言い出せなくなった。
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