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転生の章 幼児篇

第7話 一族の凋落

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ブラウン将軍の訃報はゴールド隊長が守る砦にも届いた。
魔法で焼かれ、首を持ち帰られてしまった。
コボルド族は偉大なるリーダーの死に全ての者が泣き伏した。

すでにブラウン将軍の集落のものは、この砦に逃げおおせており中はコボルドで溢れていた。
戦死したものはブラウン将軍ただ一人で、最後を以てして全ての一族を救ったのだ。これほど悲しいことはなかった。

ゴールド隊長が任されていたこの砦は、元々人間のものだったので、木造やレンガで作られた建物がいくつもあり、逃げ果せた者たちが雨風に悩まされることはなかった。

その建物の一つに母ユキに看病されているチャブチがいた。
もう数日の意識不明。
ましてやまだ幼いチャブチだ。ほとんどのものは彼の死を覚悟し嘆いた。

「やれ、ブラウン将軍家も一代で終わりか。」

彼らに出来ることは天に向かって祈ることだけであった。


チャブチのいる部屋の中にはロウソクが立てられて、薄ぼんやりとしたなかでユキは幼い我が子の復活を祈りながら体を拭いてやっていた。その時だった。

「う、うん……」

待ちに待ったその声に母ユキは目にいっぱい涙をたたえすがりつき、顔を覗き込んだ。

「坊や……!」

チャブチの目が開く。身体はまだよく動けない。目玉だけは動かすことが出来た。それを右に左に。

あ、あれ?
ここはどこだ?
コボルドの集落じゃない。

薄暗い部屋の中は、集落とは違い広く感じられた。
皮がかけられたテントではなかったのだ。

「よかった! 本当によかった!」

泣きながら抱きつく母親ユキをよそにボクは考えていた。

そうだ。あの時矢が当たって……。
ほっ! ボク無事だったのか。

あ、あれ?
ちょっと待てよ?

チャブチ自身の意識が感じられない。
ボクの意識しか。

まさか!

チャブチ本人は死んでしまったのか?
それでボクがこの体を統率して。

そうか……。そうなのか……。

数日して、ボクは体を起こすことができた。砦の中は父ブラウンの死で悲しみの空気が漂っていた。
並み居る戦士たちはこうべを垂らし、明日どうするかすら分からなくなってしまったのだ。それほどブラウンは偉大なリーダーだった。
隊長であるゴールドもそうだった。
この一族をなかなかまとめられずに頭を抱えていた。
しかし、母ユキはゴールド隊長の背中を叩いて叱りつけた。

「将軍が戦死するなんて想定内でしょう! あんたがしっかりしないでどうする!」
「う、うん……。そうだよね。ゴメン。姉さん……」

母親ユキは、ゴールド隊長の実の姉だったのだ。彼は姉に勇気づけられ、軍の再編成をすることにした。幸いブラウン将軍が皆を逃がしたお陰で減ったものは一人もいなかった。

ゴールド隊長は別働隊であるシルバー隊長も呼び寄せた。
砦の中はコボルド族でいっぱいになったが、全部を収容する余裕がこの砦にはあった。

ゴールド隊長はボクの叔父だ。母ユキの弟。体は金毛に覆われ、頭部から伸びる髪は腰まであり、まるでライオンが二足歩行しているようだった。
シルバー隊長は父の朋輩だ。銀と黒の毛に覆われた狼顔のコボルドだ。元々別のコボルドの長だったが父を慕って一族を連れて合流してきたのだ。

ゴールド隊長とシルバー隊長は連日会議をしたがなかなかまとまらない。
将軍がいなくなった今、軍を引いて都に帰るべきではないか?
新しい将軍を任命してもらうにも我らの功績はそれほどでもない。
しかし、このままではせっかく陥落させたこの砦を別の魔族の軍に明け渡さなくてはならない。
そしたら我々は土地を失ってしまう。
明日から用兵生活で土地を借り、その借りた代金を支払わなくてはならない。

しかし解決策が出ないので、取り敢えず都に砦を奪ったことと将軍討ち死にの報告をすると、都からはこのような回答だった。

「同地区にいるオーク族のブタン隊長を将軍とする。コボルド族は彼らに合流し彼の指示を仰ぐこと。」

だいたい想定していたが心の中でそうなって欲しくないと言う回答だった。
オークは豚の鬼だ。対格はでっぷりとしていて、コボルドよりも一回りほど大きい。
我々は、オーク族とは敵対と言うほどでもないがなるべく関わらないようにしていた。
コボルド族とは性質が違うのだ。
彼らは貪欲で暴力的だ。必要以上に奪い、貪り食う。そしてずる賢い。多淫で同種関係なく交わる。彼らの下についたらコボルド族の女たちは蹂躙されてしまうだろう。

しかしこれは上意だ。命令だ。どうすることもできない。ブラウン将軍が取ったこの砦も彼らのものになってしまう。
ゴールド隊長とシルバー隊長は嘆いた。しかし、どうにもならなかった。
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