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転生の章 雌伏篇

第16話 妻との約束

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「団長……」

ボクは石の箱から印綬を取り出し、取っ手をクルクルと回してどこが上なのかを確認しながらつぶやいた。
そして団長の深緑色の制服と帽子をかぶって、胸に二つの勲章をぶら下げて鏡を見た。

功績を上げても将軍にはなれなかった。
自分の上官にはブタン将軍がいる。
団長という地位がひどくつまらなく思えた。

「お。さっそく着てるな! やったな。ブラウン団長」

そこに入って来たのは、義父のシルバー隊長だった。ボクの深緑色の団長服の肩を叩き調子を上げた。

「あ。義父上ちちうえ。……でも将軍じゃないです。団長なんて……」

そう残念がって言うとシルバー隊長は目を真ん丸くして驚いた。

「はぁっはっはっはっ! 婿殿の目標はかなり高いようですな! いいか? チャブチ。よく聞け」

義父シルバーによると、団長の地位は将軍ほどではないが、かなり高いらしかった。
鬼族ではブタン将軍に続いて第二位の位置。
元々、鬼族の最高司令はホブゴブリンによる団長が歴代続いていたのだ。
しかし、いつしか父ブラウンの登場とともにコボルド族に将軍が任官され、鬼族の頂点をなった。
もともと勇猛果敢なホブゴブリンの団長は戦死してしまいその位は空位となっていたのだ。

この勲章も、ひいらぎは魔王家の紋章らしい。冬でも落葉せずトゲで攻撃する力強さ。みどりは期待の若武者に送られるものらしい。
父もこれと同様のものを持っていたらしいが、幼い頃なので見たことはなかった。
白銀六星章は大功のものに送られるらしい。
ゴールド叔父は今回の隊長ということで青銅五星章をもらったようだった。
この上にはさらに黄金七星章があり、それは父ブラウンが所有していたが、先の戦死により行方が分からなくなってしまったということだった。


ボクが団長となり、我々コボルド族は土地を得た。レンガに囲まれた砦だ。
女たちはもうオークに犯されなくて済むと涙を流して喜び、大人たちは栄光が戻ったことを喜んだ。

林の集落からみんな競ってこの砦の中に移り住んできた。
ボクは母ユキには、日当たりのいい大きな屋敷を与えた。コボルド族の影の功労者だ。
メイドを数人付けた。今後の人生は楽してもらいたいと心から思った。

そして妻のピンク。ボクは先に彼女を団長の執務室に呼んだ。
そこで彼女の目を閉じさせ、手を引いて目的の場所で目を開けさせた。彼女は歓声を上げた。

「うわーー!」
「ふふ。どう?」

「すごーーい! 大きなお屋敷!」

そう。叔父がボクにこの執務室のある役所の近くの人間の家を選んでくれた。一発で気に入ってしまった。きっとピンクも喜んでくれると思ったが、予想通りの反応だった。

「すごいね! チャブチ! いや! 団長閣下!」

彼女はそう言いながら敬礼のポーズをとった。冗談の好きなカワイイ女の子。
ボクはその姿に温かいものがこみ上げると同時に、滑稽な姿を笑ってしまった。

「ねぇ。団長閣下は怖いものがないのかな? この砦に矢の雨をくぐって落としたんでしょ?」

と誰からか聞いたのであろう、ボクの戦功を褒め称えた。
ボクは頬を掻きながらそれに答える。

「……いやぁ。怖いものくらいあるさ」
「え? それってなに? 人間? 幽霊?」

彼女は舌を出し、手を胸の前で垂らして幽霊のまねをしておどけてみせた。
そんな彼女を抱きしめながら言った。

「この闘いに失敗して、君がオークにとられてしまうんじゃないかって。ただそれだけが怖かった」

彼女は照れてはにかんだ。ボクはその体を抱きながら続けた。

「なぁピンク。これからは僕たちはきっと幸せになれる。君はたまに故郷の味のネズミのスープを作ってくれよ。そして二人の結婚記念日には小さい野ウサギの焼き肉を出してくれ。な? それくらいいいだろ? 僕たちはそれから始まったんだ。もし、全て失って林や山で暮らすようになってもなにも怖くない。君がいる。そしてあばら屋でネズミのスープと野ウサギの焼き肉がたまに食べれれば……。ボクはそれだけで……」

彼女は小さく「そうだね」といって泣き出した。
幸せだ。なんて幸せなんだ! ずっとこのままでいたい。
彼女を抱きしめながらそう思った。

エルフのホーリーも喜んでいた。これからも魔法の先生をしてくれるらしい。
ボクが団長になれたのも彼女がいてくれたおかげだ。彼女のためにいい土地に屋敷を与えた。
彼女は喜んでそこで魔法の薬屋をするらしい。

「団長閣下。もう地下で暮らさなくてもよいなんてホーリーそれに勝る喜びはありませんわ」
「おいおい。先生。それはいいっこなしでしょう。でも、こうして我らが砦を得て、ボクが団長になれたのもひとえに先生のおかげですよ」

ホーリーは笑いながら泣いていた。

「あの時、団長に助けていただけなかったら地下で暮らすどころか、今頃憎いオークの血と肉になっていたんです。それが今じゃこんな日当たりのいい場所で好きな薬づくりができる。お礼を百度しても言い尽くせません。閣下。本当にありがとう」
「ねぇ。先生。故郷が恋しいでしょう。でももし良かったら、我らコボルドの為にずっとここにいてくれたら……。小さい子供たちに魔法を教えてくださったら、チャブチ、これ以上の喜びはありません」

「まぁ! 閣下。私にとって故郷はもうここですわ。団長に願われなくてもずっとここにいるつもりです」
「ホントですか?」

あの時の縁は、気まぐれだった。だがホーリーのおかげでボクたちはオークからの屈辱を逃れた。
彼女にはどんなことでもしてやりたいと心からそう思った。
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