囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第14話 イラつく

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朝日のまぶしさに目を開けると、ラースはすでに起きて焚き火の近くで体操をしていた。

「あ。姫、おはようございます!」

しかし私はそれを無視した。
私をご褒美として受け取らないなんて、私に興味がないってことじゃない。
アンタみたいなおチビさんはこっちで願い下げ。
なによ。情けない顔しちゃって。

ラースは布にお湯を湿らせ、絞って私にうやうやしく渡すが、私はお礼も言わず、拭いたものを彼に返す。

沈黙が支配する。ラースは下を向いてしまった。
私は、ラースが昨日作った、お手製のテーブルを匙で強く数度叩いて食事の催促をした。

「あ、は、はい! 暫時お待ちを!」

ラースは、温めた肉とパン、塩のスープを私に提供する。
それをムカつきながらお腹の中に流し込んだ。
ラースも数歩下がって食事をしていたが、私が睨むと体を大きく震わせて直立不動の姿勢をとっていた。

「あ、あのう姫。私は姫に何かご無礼を働いたようで……」
「ふん。その通りよ」

そう。私だけがこのちんちくりんを好きだなんて不公平だわ。
そもそもラースはずっとずっと私を好きで無くちゃいけないのよ。ずっとずっと私だけを見てなくちゃいけないの。
それなのになによ。故郷の田舎娘と結婚するですって?
誰よそれ。私の頭を通り越して好きな人がいるわけ?
そ、それは後で聞こう。今聞いたらダメージが大きいわ。
ああ、クソ!
イラつく。本当に腹が立つ。

「さっさと出発しましょ。ラースが帰りたがっている故郷とやらを一目見てみたいわ」
「え? 私の故郷をでございますか?」

「そうよ。悪い? アウリットは国境近くの地域じゃ無い。少し寄り道すれば行けるでしょ」
「いやぁ~。ただ広いだけでお見せできるものなどなにも……」

「ふうん。そこに牛を放しているのね」
「あ、はい。今は人に委託しておりますが数頭おります。乳を搾って毎日飲んでいるのですが背は先祖の遺伝で大きくなりませんでした」

「プ。それで?」
「アウリットはそれほど人口が多いわけではありません。だからこそ、一つの家族のように仲が良いです。隣に麦がなくなったから、自分の家の麦を持っていったら、今度は自分の食べるものがなくなったという話はしょっちゅうです」

「ふふ。お馬鹿さんねぇ。それで?」
「私が密命を受けて、村を出るとき、何かを察したのでしょう。出発前夜にみんなで集まってお祭りをしました。あるものは豚を屠り、あるものは隠していた葡萄酒を出してきました。なにも言わずただ会食しただけだったのですが。あれは嬉しかったなぁ」

「へぇ……」

懐かしむように遠くを見るラースにますます胸が高鳴る。
しかし、ラースにはその村に私以外の意中の人がいるのだ。
どんな女なんだろう。みんな家族みたいって言ってたもんね。それはそれは親密なのかも知れないわ。

ぐぬ……!
墓穴。
ああ、もう考えたくもないわ!

「さ、さぁ。おしゃべりはお終いよ。いつまで話しているつもりなの? さっさとここを去りましょう!」
「あ、は、はい」

ラースは即座に荷物をまとめて、ソリに詰め込んだ。
ソリへと上る段差の前に座り、手で小さなステップをつける。私はそこを力足を入れずに踏み付けソリの上に上がり、後部にある席へと座った。
それを確認するとラースの顔が緩む。

「では出発です姫。何かに掴まって振り落とされませんよう」
「ええ。よきに計らえだわ」

ラースはソリを引き始め、速度が出てくると運転席に飛び乗ってソリを操作し始めた。
私はそのラースのたくましい背中をみていた。
前に障害物があると砕いてしまう魔法に驚く。
やっぱりラースはすごい。頼もしい。
でもこの勇者は私を娶ることを考えていないなんて。
それだけが心のしこりだわ。
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