囚われ姫の妄想と現実

家紋武範

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第13話 両思い! だと思ったら

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ラースのソリ造りの大工仕事は一日かかった。
時間をかけただけ、乗るのも運転するのも快適らしい。

「さあ姫、試乗しましょう」
「ええ。分かったわラース」

私の座る場所はツタを編んで作った柔らかく弾力のある背もたれがある。そしてお尻が冷えないように毛皮。
もう至れり尽くせり。肘掛けまである。
その後ろには二人の荷物。縄で括って落ちないようにしてあるの。すごいでしょ。

ラースがソリを降りて少し滑らせて助走をつけるとソリは走り出す。そこに彼は器用に飛び乗り操作を始めた。

「姫。もしも急ブレーキをかけたら飛び出してしまいますので、腰のベルトを締めておいてください」

腰のベルト?
これかしら。イスと固定されている縄。それを体に巻き付け固定する。
軽快な音を立ててソリは進む。

「うわー! 気持ちいいわねー!」
「あ、姫。お静かに」

「ふふん。どうせ敵地だから見つかるって言うんでしょ?」
「さ、左様にございます」

「大丈夫よー」

根拠はないけど。
ラースならなんとかするでしょ。
しかしずっと歩きづくめだから、乗り物の大切さが改めて分かるわね。ラクチンラクチン。
長い雪原を越えて、針葉樹の森、林、林、森、そしてまた雪原。
スゴーい。

街道から外れてる道なき道。
ラースの運転テクニック。後ろから見てて全然飽きない。
鍛えられた二の腕がハンドルを切るとモコリと盛り上がる。
腰とか丸太みたいな足もよく見ると近衛兵なんかよりも筋肉があるもんね。
まぁ、男の価値は筋肉じゃないけど、ラースの場合は強いし魔法もあるし、剣の技も一撃必殺だし、どれをとっても男なのよね~。

崖のギリギリを通り過ぎ、細い細い山道を抜ける。
これならもう50kmは進んだでしょ。

「ラース。さすがにもう50kmは進んだでしょう」
「え? あのー。ええ。はい」

「なによぉ。ハッキリしないわねぇ」

ふと、目の前に野営をしたような跡がある。
ラースはそこでソリを止めた。

「ラース。野営の跡だわ。私たちの他に野営をするような盗賊や魔物がいるのかもしれないわよ?」
「え? いえ。これは私が一週間前に野営した場所ですが……」

一週間前……。
一週間前?
それってラースが塔に攻撃してきたくらいの時じゃない。
ということは、ラースはここから一日で塔に来た──!
つまり、大した距離進んでないじゃない。

「ラース! 正直に言いなさい! ここは塔から何kmなの?」
「え、いやー。その、塔までだと、22kmほど。あ、いや、25kmくらいですかね? 5を四捨五入すれば、30km? いや何を言っているんだろう、私は」

「うーもう! まだ全然進んでないじゃない!」
「いや! 姫! 22kmといえども、道なき道の悪路の道程を1週間で進めるなんてなかなか出来ることではございませんよ!?」

「うそよ。ラースはそうやっておためごかししてるだけよ。おべっか使いのおだて屋よ。悪臣や佞臣が良く使う手だわ」
「本当です。本当です」

「じゃあ、なぜあなたは一週間の道程を一日で進めたの? 説明なさい!」
「それは……」

「ほらごらん。なにも言い返せないじゃない」
「──それは、あの姿絵の姫ともう少しで会えると思い、夜明け前に出立して、駆けるに駆けたからでございます。そのため疲れてしまい、姫を一目見るなり寝てしまい、大変失礼をいたしました」

「ま!」

なによぅ。そうだったのね。ラースってば。
そりゃ、22km走って、塔のボスたちと戦えばそりゃ疲れるわよね。
しかも、それは私と会いたいからって、もう。なんて可愛いこと言うのかしら~!

「さらには、勝つ執念の元に、魔法エネルギーも使いに使ってしまったために、疲れを通り越してしまいました。あの疲れが癒えたのはごく最近でございます」
「え? 魔法って疲れるの?」

「左様でございます。姫もボルを一日5回も使えばかなり疲れると思いますよ」
「へー。そうなんだぁ」

しかし、ラースってば私のこと好きで好きでたまらないのよねぇ。もうこれって完全な両想いじゃない。しかもお父様は私を救助したラースにヨメにやるみたいだし、あはー! も、もうしょうがないわねぇ。二人は将来夫婦になるのねぇ。
二人の子どもはやっぱり背が低いのかしらね。
うふふ。

「しかし、私は山野の愚か者にて、姫を怒らせてばかり。身分も違いますし、文化様式がまるで違うと知りました」

は?

「国王陛下から、姫を無事救助出来れば嫁にとらすとの言葉に、分不相応の思いを描いてしまったようです。私のようなものは故郷の田舎娘を娶り、麦を撒き牛を放牧する生活が身に合っていると思います。どうか姫、ご安心下さい。ラースは姫をご褒美に頂こうなどという悪心はとうに消え去りました。任務を全うすれば故郷のアウリットへ帰り錦は飾れる。それだけで充分でございます」

な!?

何言ってるの。イライラする。
何を勝手に諦めてるのよ。あなたの情熱はその程度なわけ?
私に会いたくて一日で20km以上駆け、その勢いで塔のボスをみんな倒しちゃった情熱はその程度なわけ?

私は興味を失った顔をして寝袋に足を入れた。

「姫。お休みですか」
「知るわけない」

「え? あのう……」

オドオドしたラースの表情に背中を向けて目を閉じた。
何よ。好きになってきたのに。
何よ。何よ、何よ。
ラースなんて嫌いだわ。
こんな田舎者なんて。
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