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第34話 アウリットにて②
しおりを挟む集落の民の数は少ない。50人いるかどうかと言ったところ。子供の数も少ない。若い夫婦は三組ほどだ。
それらが私の前に寄ってきて、長寿を願う言葉を言っていたが、私の視線はラースと女。何やら耳打ちなどして大変に親しそうだ。
私は聞こえるように咳払いをした。
「んっん」
ラースは驚いたように振り向いて私の近くに寄ってきた。
「どうしたの、ルビー」
「どうしたもこうしたもない。私を一人にしておいて」
「みんなルビーのことが好きなんだよ。温かい言葉をかけてあげて」
「やってるわよ」
「じゃ私はようがあるから」
「ちょっと、待ちなさいよラース」
しかしラースは女の方に行ってしまった。私の腹立ちはますます高まっていった。
そのうちにラースはようやく私の方にやって来た。それはそれは嬉しそうな顔で。
「なんなのよ。もう!」
「ああ、ルビー。怒らないでよ」
「怒りもするわよ。もうラースなんて知らないわ」
「ちょっとなんだよそれ」
「口答えする気?」
「なんで故郷に来てまで怒られなきゃならならないんだよ」
「あ、あ、あ、頭にきたわ!」
私は意に介そうともしないラースに背を向けた。いつもなら何か言ってくるクセに、今日は強きだわ。故郷の雰囲気が力を与えているのね。それも腹立だしかった。
シャーン──。
鈴の音がなる。そちらに目をやると、ラースは私のことを見つめていた。温かい、勇者らしい目で──。
「な、なによ」
「さぁルビー。私の腕を組んで」
「どうして」
「ふふ。それは結婚式だからさ」
「──え?」
村人達は色とりどりの花を持ち、祝福の楽器をならすものもいる。
ラースは私の腕を絡ませながら行列の前に進んでいく。そこには先ほどの女が司祭の格好をして立っていた。
「ラース。そしてルビー。互いに伴侶であることを認めますか?」
「はい。認めます」
「え、あの、その、はい。みー……とめます」
「それでは神の祝福を! 二人は夫婦と認められました」
そう言われると民達の拍手がまるで夕立のよう。
あの女はこの集落では司祭の役のようで、すでに年上の旦那がいるとのことだった。
ラースはその打ち合わせをしていたのね。
しかし、なぜここで結婚式?
まぁ王宮へ帰れば教皇の前で正式に聖堂でやるのだろうけど。
「ゴメンねルビー。突然何も言わず結婚式だなんて」
まさかこの男、強行に自分のものにするために結婚式をしたんじゃないでしょうね?
私は冷たい視線をラースへ送ると、その意味に気付いたようで両手を振って否定した。
「ち、違うよ! 急に結婚式をした意味は、私はルビーを救助した後の任務は今度は神の指命で魔王を倒さなくてはならないんだ」
「えっ──?」
「本当はすぐにでも出立しなくてはいけないけど、ちゃんとルビーを王宮に連れて行かないとね」
「ちょ、ちょっと。すぐに帰って来るんでしょうね」
ラースは首を横に振った。そして寂しそうな顔。
「──分からない」
「分からないですって?」
「魔王の力は強大だし、その城付近の敵だって、恐ろしい力を持ってるだろう。でも私は使命を果たさなくてはならないんだ」
「そんなバカなこと!」
「ルビー。この結婚式に付き合ってくれてありがとう。これは私のけじめなだけで正式なものじゃない。私がもしも帰って来れなかったら、別な人を娶って良いんだからね」
「そんな……」
その日はラースの小さな家へ止まることになった。しばらく火が灯っていない家は寒く、凍りそう。ラースの寝台は狭く、一人寝るのがやっとだったので、私がそこに寝て、ラースはいつもの寝袋に寝ることになった。
「じゃあおやすみルビー。明日は王宮だ。久しぶりの我が家は楽しみでしょう」
「そうね。おやすみラース」
「うん……」
私たちの会話は終わった。ラースと後数時間で別れてしまう。離れ離れになってしまうのに。
「ねぇラース」
「…………」
「寝ちゃったの?」
「──いや」
「なにを考えてた?」
「なにも──」
「ねぇ、王宮に帰ったら正式な結婚式を挙げましょうよ」
「いや──」
「なによ。私じゃ不足?」
「そうじゃない。そうじゃないよ。私は人類を守る使命がある。明日、ここに戻ったら出立の準備を再度した後で国境を出なくちゃならない」
「一日くらいいいじゃない」
「──ゴメン」
「私たち夫婦になるんだからさ」
「──分からない」
「どうして分からないのよ」
「それは」
「なによ」
「生きて帰れないかも。片目を失うかもしれない。手や足がなくなるのかも。一生寝たままで暮らさなくちゃならないのかもしれない。そんななにも分からない状態で約束は出来ないよ──」
絶句──。
たしかにそうだわ。甘えてた。ラースはそれほど強い敵と戦いに行くんだ。私を、人類を守るために。覚悟を決めたんだわ。
「仲間は?」
「危険な旅に仲間を連れて行けないよ。それに私ほどの腕前を持つものは人類に存在しないもの」
「ま。今までの旅だって、私が救った部分も多くあったわよ」
そう言うとラースは暗闇の中で小さく笑った。
「たしかにそうだ」
「ホラご覧なさい」
その後はまた沈黙。ラースから寝息はまだ聞こえない。眠れないかもしれない。私だってそうだ。こんな告白を聞いて眠れるはずがなかった。
「ラース。寝たの?」
「──いや」
「もう。せっかくの初夜なのに花嫁をほったらかしなんて前代未聞だわ」
「え?」
「それに少し疲れないと寝れないんじゃない? 大望を抱えた勇者さまはちゃんと睡眠をとらないと」
ラースは寝袋から起き上がり、寝台の前に立った。
「ルビー。もう止まらないよ。君を愛している」
「分かったわ」
私たちは互いに愛し合い、夫婦の永遠を誓い合ったのだ。
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