右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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カエルの騎士

第8話 古城の一夜

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二人の楽しい夜は終わり、朝を迎えた。
グレイブは隣にいるカエルを愛おしそうに手のひらに納め頬ずりをする。

朝食に持ってこられたパンやチーズを小さくちぎり、カエルが食べやすいようにし、その前に並べた。

出立だ。グレイブはいつものように物々しい装備を身につけ、長いブーツを履き、靴紐を固く結んだ。
そしてホテルの井戸から、この町の名物である水を水筒と、水用の皮袋、そしてバケツの中に入れた。
チェックアウトの際にボーイが、キョロキョロと辺りを見回し

「あの……お連れ様は……」

と聞いてきた。グレイブにすればいつものことだ。小さく笑って、

「見えないのか? ここに居るではないか」

と、左手のバケツを指差すとボーイは勘違いしたらしく

「……まさか、ゆうれ……」

と言ってゾッとした顔をした。
いつもながら面白いと思いながらグレイブがホテルを後にしようとしたとき、そのボーイが

「月の石の亡霊のような……」

と言ったのをグレイブは聞き逃さなかった。
カウンターに急ぎ足で戻り

「おい。今の話はなんだ?」

と聞くとボーイは咎められるのかと少し慌てたがそうではなかったようなので、フゥと息をついて心を落ち着かせた。

「……いえ、あのお美しいマダムのような亡霊がこの町を出て西の丘にある古城……と言っても昔使われていた見張り塔のような規模の小さい城があるのです。そこにボウ……とこう現れるという話なのです」
「ふむふむ」

「町の者は誰も近づきません。私も見たことはありません」
「そうか。月の石とは?」

「……そう言われているんです。昔からいると言われる亡霊でして……。私も小さい頃から聞かされているんでそう言うだけで……。ただ、今でも出るらしいです。よく旅人が見たと言いますから」
「ほう。そうか。面白い」

グレイブはニヤリと笑うとその場所を細かく聞いた。ボーイの方でも場所を丁寧に紙に書いて地図を作ってくれた。と言ってもとても簡易なものではあったのだが。
書き終えるとボーイが

「ところで、お連れ様はやはり散歩か何か? 外で待ってらっしゃるんでしょう? 服飾品のお買い物とか?」

と言うが、グレイブの方では左側を指差すだけ。

「冗談ですよね? ……ちゃんと夕食も朝食もとられておられましたし……。足もありましたし……。冗談ですよね?」

そんな声がブツブツとグレイブの後ろから聞こえたが、グレイブは面白そうな顔をしてホテルを後にした。

「……買い物かぁ。いつか姫と並んでしてみたいものです」

そう言いながらバケツを覗くと、カエルは水面に顔を出して笑っているようだった。

「そういえば夜市をやる町があったなぁ。まぁ出ているのは盗品が多いですし、治安も悪いので姫にはオススメ出来ませんが……」

そう言うと、カエルはヨジヨジとバケツをよじ登り、グレイブの左腕を登って肩まで登頂して、グレイブの顔に水かきのついた手を当てた。

「え? え? え? 行きたいのですか? 夜市に? うーん……。……分かりました。分かりましたよ。ちょうど満月の夜にあてて、その町に行くことにしましょう」

そう言うと、カエルはピョイとグレイブの顔に貼り付いた。

「わ! 前が見えない! 姫! 姫!」

そう言って、カエルを顔からはがすし

「もう……腕登りは危険だと言っておりますのに……。それに、バケツから出るとお身体に障りますよ」

そう言い含めて丁重にバケツに入れた。
町の繁華街で日持ちしそうな食糧を買い込み、グレイブは臆病なボーイの書いた地図を見ながら古城を指して歩き出した。
あまり人が寄り付かないのか道には草がボウボウと生え、木々の枝が道側にはみ出し、クモの巣だらけだった。
グレイブは蚊の襲来に悩まされながらも、古城にたどり着いた。

半分以上くずれおち、石垣や石壁の半分は風化しかけている。
住む人がいなくなってから何百年も昔の古城だと思われた。

「ふむ。中で宿をとるのは危険そうですね。この木の下で野宿することにいたしましょう」

グレイブは、バケツの中のカエルにそういいながら大木の下で野営の準備を始めた。
水の町から拝借した水でバケツの水を入れ替えし、少しばかり新鮮な水でカエル姫を水浴びさせた。

グレイブがせっせと食事の準備を始めている際に、カエルはグレイブの鉄の鎧に自慢の吸盤で貼り付いていた。

「もう……。ホントに夜市が楽しみなんですね。テンション高過ぎです」

グレイブは鎧に貼り付くカエルの姫を、優しく二本の指で撫でさすった。カエルは気持ちよさそうに大きな目をつぶっていた。

「さ。姫。晩餐の用意が出来ました。干し肉とパン。レーズン入りでございます」

そう言いながら銀の食器の前の敷物にカエルを置いた。
カエルは舌を伸ばしてそれらを味わう。グレイブは楽しげに食事をともにする。

食事が終わると彼は上半身裸になって水を含んだ布で体を吹いた。カエルは恥ずかしそうだがそれをジッと見ている。グレイブはそれに気づいて

「わわわ。……見ないで下さいよ……恥ずかしいなぁ。風呂もないので次のホテルに行くまで臭いかも知れませんがガマンして下さいね」

そう言いながらカエルをバケツの中に入れた。
そしてグレイブはバケツと側面にあるポケットから二枚の銅板を出した。それは合わせるとかみ合ってバケツの蓋となる。蓋の中央には三つの穴があり、そこに指を入れて取り外しは容易なのだ。空気穴にもなる。それをバケツに乗せていつものように蓋をした。
自分が寝ている間にカエル姫がフクロウや獣に襲われないようにという配慮だ。

準備が整うとグレイブは皮の敷物の上でゴロリと横になり、肘枕で深い眠りについた。


深夜になった。
グレイブの頬を触る者がいた。つめたい感触だ。
グレイブは野良犬にでも舐められているのかと思い目を覚ました。そちらの方に目を向けると、ゾッとするほどの青白い顔をした女が座り込みながらグレイブの頬に触っていた……。
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