右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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カエルの騎士

第12話 月の粒

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ガチャガチャと鎧の音を立ててバケツをなるべく揺さぶらないようにグレイブは駆ける。
とてつもない重労働だ。

腰には大剣。鎧は数十キログラムある。ブーツにも鉄のすね当てがついてる。
しかも寝てない。先ほど刺された腹は徐々に復活するもののダメージはあるのだ。

「はぁはぁ。二人が成仏する前に西の古城かよ。こりゃ大変だぞ。もう成仏しちまったかなぁ?」

そう言いながら走る。走る。走る。
古城に到達するころには夜明け近かったが、チェイリーがいた場所でまだ二人が抱き合っていた。

グレイブは息を切らしながら彼らに近づいた。

「よかったな。二人とも」

二人がにこやかにグレイブの方を見る。

「そ な た は……」
「オレはグレイブ。彼女は……チェイリーは月の石を持っていると聞いてね。それを出きれば見せて欲しい」

抱き合う亡霊の二人は顔を見合わせた。

「ラ ディ の 殿 に も らっ た も の な の」

そういいながら、身につけているブレスレットを外した。そこには小さい“月の青石せいせき”。
伯爵の城で見たものよりも4分の1ほどの大きさだった。

「も う 不 要 だ わ。」

チェイリーがそういうと、ラディのほうでも

「こ の 度 の 苦 労 の 褒 美 に や ろ う」

そう言うと、二人の姿が徐々に消えて行く。天に舞い上がって行く……。
それと同時に朝の光があふれだした。

「なにが褒美だよ……。まだ伯爵の石のほうが大きかったよ……」

そういいながらグレイブはそこに座り込んでしまった。
ドッと疲れてしまったのだ。長い間駆けずり回って得られた結果は期待はずれだった。
しばらく休むと顔を上げて、バケツの蓋を外した。

カエルのデラエア姫はバケツの中で眠っていた。
グレイブは二本の指で彼女の背中をさすると、気持ち良さそうに水の中で寝返りをうった。

「姫。月の青石を手に入れましたよ」

と言うと、カエルは目を覚ました。

グレイブは残念そうに小さい青石のついたブレスレットをカエルに差し出す。
そして、カエルの首にかけてやった。

伯爵の持っていた石の時は一時的だが王女の姿を現せた。
だが、この石はそれすらも出来なかった。

「グレイブ。この石は魔力が小さいようね……」
「え!?」

グレイブは驚いてバケツの中を覗き込んだ。

「え? 私……話せてる?」
「……おお……なんと言うことだ。話せてます。話せています!」

石は小さかった。
だが、純度が高いのであろう。王女の言葉がグレイブに届くようになった。
グレイブは涙を流して喜んだ。

グレイブはカエル姫を手に取って小さく抱きしめると、二人は貼付いたままクルクルと回った。
人間のままなら互いにダンスをして表現しただろう。だがこれが精一杯……。
しかし、二人は楽しかった。

朝日が古城を照らす。グレイブは大きめの石に文字を刻んだ。
『ラディとチェイリー、永遠の愛を誓いここに眠る』
そう記した墓石を彼女と出会った場所に立てた。

「これで少しは形になったでしょう」
「そうね。多少いびつではあるけれど」
 
そう笑うカエル姫をグレイブはバケツに戻し、水の町へ向かって歩き出した。

……話しながら!

長い長い苦労だった。まだ姫はカエルのままだがこうして会話をすることが出来る。
二人はとても嬉しかった。

ホテルについてグレイブは部屋の浴室にバケツを置いて浴槽に姫を放した。浴槽はとても高級なサービスだ。最上階ならばいざ知らず、ここにも浴槽を運ばせた。全ては姫のため。姫のためならどんな贅沢も厭わないのだ。

「ああ、気持ちいい……」
「一緒に入りますか? ふふ……」

「もう! そればっかり! ……でも、まぁいいか……脱いで来たら?」
「は、はい!」

グレイブは部屋に戻って鎧を外すのに手間取っているのかしばらくバタバタと姫の耳には聞こえたが、そのうちに音が聞こえなくなった。

「……グレイブ?」

しかし返事は無い。カエル姫は浴槽をよじ上り、へりに掴まった。

「グレーーブ!」

しかし、返事は無い。無しのつぶてだ。

「……脅かそうとしたってダメなんだからね? ワッとか言ったら嫌いになるから! いいのね? それでもいいのね? ……グレイブ……?」

姫の最後の声は心配な風に変わっていた。一体どうしたのか? いつもならば鼻息荒く浴槽に飛び込んでくるのに、さっぱり物音がしないとは……。

敵? 分けの分からぬものに襲われたのか?
こんな旅だ。心当たりがないわけではなかった。

浴室からゆっくりと出て、恐る恐る着替えていたであろう部屋に跳ねながら進んで行く。
そこで目にしたものは……。

「キャーーー!!」

町中に響き渡るような絹を引き裂くような姫の声。
姫の視線の先。そこにはグレイブが、大口をあけて寝ていた。ベッドに大の字になって。
鎧を脱いでアンダーウェアも脱いだところで電池切れになったのだ。

それもそのはず。一晩全く眠らず、ラディとの精神を使う一騎打ち。そして大剣をき鎧を着けたままで駆けた。
不老不死とは言え、体は疲れる。回復を欲しがるのだ。それがために姫の誘いのさなかに寝落ちしてしまった。

姫の叫び声はそんな眠ったグレイブではない。疲れているのであろうグレイブの男性自身が隆々と天を指していたのだ。
姫は水かきのついた手で目を覆っていたが、薄い皮膜からきっちりそれを見ていた。

しかもグレイブは熟睡している。別に恥じらう必要も無い。50年間連れ添って来たもののモノだ。

「うわ! ……でも、ふーん……。そうなんだぁ~。明るいところで見たこと無いから……。へ~~……。変な形!」

いつも闇夜の逢瀬でまじまじと見たことがなかったので興味津々にベッドによじのぼってそれを見ていたが、やはり恥ずかしくなってタオルをそこにかけた。

そのうちに廊下にバタバタと足音が聞こえたと思うと、ドアが開いた。

「マダム! 大丈夫ですか!?」

そこにはこのホテルのボーイが駆けつけて来た。
おそらく、カエル姫の叫び声を聞きつけてやって来たのだろう。

しかし、彼の目の前には股間にタオルをかけ熟睡しているグレイブだけ。こんなに騒々しいのにまだ眠っている。
ボーイの中に悪心が起こった。
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