右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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デスキング

第25話 セイバーの乱入

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デスキングはグレイブの髪を掴んで体を起こした。
グレイブの体は焼け焦げていたが、すでにブクブクと泡をならして肉体は復活して行っている。

「く。くく。くっくく。不老不死。我が一族でもないのに、大した男だ」

そして頭をそのまま地面に叩きつける。わずかに地面に血が飛ぶ。だが、すぐに塞がってしまうのだ。
デスキングは何度も何度も地面にグレイブを打ちつけた。グレイブは気を失って目を覚まさない。痛みを感じないのだ。体はデスキングの責め苦に耐える。切れても、割れても、潰れても死なない体なのだ。

「ににに、憎い男。余の仇。だだだ、だがなんと親近感が湧くことか。ききき、貴様を長年追っていてからか? 思い続けていたからか。ももも、もうすぐ貴様を地獄の門の中に投げ入れるというのに、わびしさすら感じる」

デスキングは立ち上がってグレイブの首を蹴りつけた。
グレイブは独楽のように回転して大木に体を打ちつける。
デラエア王女を抱いたまま、デスキングはグレイブに命令した。

「おおお、起きよ。グレイブ。いいい、今よりこの女の処刑を始める!」

グレイブはまだ完全に体が修復していない。左手しか動かない。顔も少ししか上に上げれない。
口には血がたまって声を出せなかったが、無理に体をひねり起こして血の塊を地面に吐き出した。

「お、おやめください。陛下」

デスキングは黙ってデラエア王女の頭に指を二本あてがった。
グレイブには親近感がある。ああ、息子のようにすら感じる。だが、憎いのだ。
この女の首をねじ切ってしまって絶望な声を上げるのを聞きたい。
もしも、本来の首があれば。脳があればグレイブの武に尊敬し、父子の契りを結んだのかもしれない。
今は体だけだ。本来は復讐だけのためにグレイブを追い回していたのだ。

しかし、その本能しかない体すらグレイブに感じ入るものがあった。
ねじる指を躊躇した。

その時、ポンと乾いた音が聞こえた。
デスキングはその音に気付いたのかどうか?
しかし、赤い霧が王女の前にふわりふわり。
頼りなくゆらゆらと揺れている。

グレイブの修復した片目がそれを捕らえていた。思わず「あっ」と叫んだ。

「たしかにグレイブが嫌がる気持ちも分かるわね。これが体に入ってくるなんて、少し怖いわ」
「ななな、なにを?」

デスキングが聞いたころには赤い霧は王女の体の中に入ってしまった。
次の瞬間、王女の体を抱きしめていたデスキングの腕があらぬ方向に曲がる。

「ななな、なんと? ぐぐぐ、グギャァ!」

一声叫んだがもう遅い。
腕が背中の方に曲がって、王女はそれをねじ切ってしまおうとしている。

「ぐぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ! オレ様は魔王ビンテジ様だ! このクソ鎧め! 余の前で頭が高いわ!」

王女の体は二倍となり、顔は生臭い魚顔。腕が四本。まるまるとした筋肉に覆われ、黒金の鎧に包まれたデスキングが宙に浮くほど蹴り上げた。
そして掴んでいたデスキングの腕を三度ひねってねじ切ってしまう。そのままその大きな腕を振り回して遠くに放り投げてしまった。

デスキングから悲鳴が上がった。

「ぐお。ぐおお。ぐお。こここ、この女は一体」

ビンテジと身を変えたデラエア王女は、空中で数度デスキングの肉体を殴りつけた。
デスキングが森の中に転がってゆく。

やがて、デラエア王女の動きが止まる。
ぐったりとすると、顔じゅうの穴から赤い霧がまごまごと這い出し、自分でボトルの中に納まってしまい、ピチっと自ら蓋をしめた。

グレイブは身を引きずって王女に近づいて片腕で胸に抱きしめた。ビンテジに変化したことで服は破れ丸裸になっている。グレイブは躊躇せず、自分の上着を脱いで王女の体に通した。その服は長く、王女の尻半分まで覆い隠した。

「ひ、姫!」

王女は気を失って、ふっくらとした唇を満月の方に向けていたがそれがピクリと動いた。そして長いまつげがゆれ、大きな目が開かれた。

「グ、グレイブ……」
「ああ、姫。なんて無茶なことを!」

「ふふ。あなたもボロボロじゃない。珍しいわね。私の美しい騎士さん」
「ああ、姫。ああ。姫」

ようやくグレイブは体の大半を動かせるようになった。だが戦える体ではない。
姫を抱えてできるだけデスキングから離れようとした。

その時、木の影から楽しそうな声が聞こえて来た。

「ふふん。無様だねぇ。グレイブ。さっきはよくもやってくれたねぇ」

グレイブは王女を背中に回して声の方を見た。
早い。グレイブが身構える前に、その男セイバーは、大鎌を風車のように回しながら近づいてくる。
なんということだ。デスキングにすら手こずっているのにもう一人敵がいる。これは誰だ? これは誰だ? 腰に大剣もない。グレイブはパニックになったが、こいつを王女には近づけられない。グレイブは叫んだ。

「スパリグーッ!」

すると、セイバーの目の前に閃光が走った!
セイバーの目には真っ白い光だけ。ただの目くらましだ。だが十分に効果があった。
グレイブの光の妖精スパリグだ。力は弱く、この程度のことしかできない。だが闇夜に生きるものにはたまらない。
セイバーの目が回復するころにはグレイブと王女の姿はなかった。

「あはん。姑息な真似。あの体でどこに逃げるというのか?」

セイバーは耳を澄まして二つの足音を探した。

その頃、グレイブは足を引きずり鼻血を垂らしながら町に向かっていた。町の灯りがある方まであと500メートル程度だ。ボトルも大剣も鎧も失ってしまっている。あるのは王女が持っているビンテジとフオティのみ。
後は、ボトルから出ているスパリグとシャルドウネ。グレイブはハッとした。シャルドウネは黒い液体の精霊で黒い犬に化けることができる。ある程度の重いものを運ぶことができるのだ。

「シャルドウネ! オレの剣を持ってこい!」

そう叫んだ。どこにいるか分からないのだ。だが忠実な精霊だ。きっと期待に応えてくれる。しかし、叫ぶということはリスクを伴うのだ。
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