右手に剣、左手にカエル姫

家紋武範

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セイバー

第60話 ロイムへの愛

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 勢いよく開く扉にロイムは驚いた。

「あらセイバーおかえりなさい」
「ああ、ロイム。ロイム」

 そう言っていつものように抱きつく。
 そして、流れ出る涙が止められなかった。

「どうしたの? セイバー。なにか哀しいことでもあったの?」
「ああ、ロイム。キミの言った通りだった。やっぱりオレは呪われている。キミと結婚できないなんて。キミと共に死ぬことも許されないなんて!」

「セイバー……」
「なんてことだ。ただ望まない生誕を受けただけだ。神様はなぜオレを創造したんだ? ただロイムを愛する人間にしてくれなかったんだ? ああロイム。オレはこんなにキミを愛しているのに、オレには未来が見えない!」

「セイバー。神様はあなたをこの世に産まれさせたのはきっと意味があるのよ?」
「そうかも知れない……。それは何だろう。オレにとってロイムのそばにいれないのは、ただ哀しい殺人鬼なだけだ。人に哀しみと苦痛を与えるなんて、人もオレも救われない。ああロイム」

 セイバーの愛や結婚と言うことに、ロイムは戸惑った。
 例え、今は人間に見えても、目の前でたくさんの人々や、己の父を殺したことを忘れてはいなかった。
 だがロイムもセイバーのことを思うと苦しくなる。
 しかし許されない。
 彼は人ではない。獅子と兎の結婚などない。
 そしてセイバーは死なない。
 彼との間に子どもが出来るかも彼女にとっては、疑問だ。
 だからどうすればいい?
 セイバーを。セイバーを……。

「ロイム。キミを愛しているんだ」

 セイバーの真剣な眼差しからロイムは目をそらした。

「ごめんなさい……」
「いいんだ……。分かっている。神様も許さないオレを、当事者のキミが許さないのは当然なんだ。すまない。気持ちだけ分かって欲しい」

「ええ……」
「では明日も早いので先に休むよ。道具屋の屋根の修繕を頼まれているんだ。晴れなければいあなぁ。おやすみ、ロイム」

 セイバーは自室に入ってベッドに入ったがなかなか寝付けなかった。
 ロイムも同じだ。天井を見つめて、セイバーとの数ヶ月の生活を思い出していた。

 街を燃やし、人を皆殺しにしたセイバー。
 自分を襲おうとした兵士たちを殺してしまったセイバー。
 父を殺して血を飲んだセイバー。

 だが自分と共にこの街に来て、畑を耕し、祭壇を作ってくれたセイバー。
 優しく力弱いものに力を貸してあげるセイバー。
 教会の説教に涙を流しながら聞き入るセイバー。

 どれが本当のセイバーなのだろう。
 だが今のセイバーはどんな男より魅力的で、愛しているのも事実であった。
 だが、心が許さない。父や大勢の人を殺した。
 それが胸の中から消え去るはずも無かった。


 次の日はどんよりとした曇りだった。

「うん。いい天気だ」
「そうね。雨が降れば、昨日植えた豆も芽を出すかも知れないわ」

「そうだな。豆はいい。塩茹でにしたものが大好きだよ」
「あら。私が作るものは何でも大好きでしょ?」

「ああ、その通りだ」

 セイバーは優しくロイムの頬に口づけをした。

「じゃあ行ってくるよ。道具屋のゴルドは屋根の修繕の礼にアヒルをつがいでくれるらしい」
「あら。だから鶏小屋と池を作っていたのね」

「そうさ。秘密にしててゴメン」
「うふふ。いいのよ」

 端から見れば仲睦まじい夫婦だ。
 だがロイムの前には1枚の壁があるのだ。
 セイバーもそれを無理やり破ろうとはしない。
 数歩下がって、この修道女に仕えるのだ。

 セイバーは、ふわりと器用に道具屋の屋根に上る。
 屋根の隙間に生えた草を抜き、壊れた瓦を拭き直した。
 腐った屋根板を新しいものに変えた。

 見事なものだ。人を殺す術にも優れていたが、こういうのも優れている。そしてセイバーもこれが好きだった。
 ロイムは昼頃に彼のために弁当を運んだ。
 セイバーは屋根の上でいち早く彼女の姿を見つけて手を振った。

「ロイムー!」
「セイバー!」

「キリがよくなったら降りるよ。少し待っていてくれ」
「ええ。分かったわ」

 セイバーは作業にいそしむ。
 道具屋の女将さんが、セイバーとロイムのためにお茶を運んできた。

「助かるわ。あなたたち夫婦がこの街に来てくれて」
「いえ……」

「え?」
「夫婦じゃ無いんです」

「まぁ。兄妹だったの?」
「いえ。違います」

「……訳ありなのかしら」
「まぁ、そんなところです」

「セイバーみたいにいい男はいないよ。結婚しちゃえばいいのに」
「……そうですねぇ」

 セイバーはそんな会話のことは知らず、屋根の上からふわりと飛び降りた。

「やぁ、女将さん。修繕は終わりましたよ」
「ありがとうさん。さぁ、お茶を飲んで。後でウチの旦那にアヒルを運ばせるからね」

 仕事が終わり、二人は道具屋の木陰で昼食を取った後、セイバーはロイムの手を引いて家路に着いた。
 誰しもがそれを微笑ましく見送った。
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