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第3話 オリビア②
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私は一人になると、アドリアン様とスザンヌの閨のことを想像して胸が苦しくなった。
苦しい、苦しい、苦しい。
夕刻となり、同じ階のスザンヌの部屋に灯りが灯った。
私はバルコニー越しにある彼女の部屋を眺めていた。同じ城の同じ部屋。灯りになんの種別があろう。しかし彼女の部屋は楽しそうだ。煌びやかであるのだ。
私は嫉妬で全身に毒が回ったようになってただ呆然と彼女の部屋を見つめていた。そこに執事が入って来て足を揃える。
「王妃さま。晩餐のご用意が整いました。陛下はすでにお待ちですぞ」
「ええ──。分かったわ」
私は人形のように表情を変えずに、広間へと進んだ。悔しいことを悟られたくない。いつものようにアドリアン様へと定形の挨拶をして食事を始める。
時折アドリアン様の視線がこちらに向くことを感じる。私の作法を窘めるために一挙一動を調べているのだ。そんな何年も同じことをされるわけにはいかない。私は完全なるフォームで食事を続けた。
そしてアドリアン様は空咳をうつ。
「あ~。う、うん。宰相の提案でスザンヌという側室を得たわけだが、我々より三つも年下らしい」
私の食器の動きが止まる。それを丁寧に横に置き、ナプキンで口元を拭いて答えた。
「左様でございますか。私は本日会いました」
「ほうそうか。どうであった」
「はつらつにして気品があり、美しく魅力的な話し方であります。陛下のお相手に丁度よろしいかと」
「丁度いいだと……? 気に入らんな」
アドリアン様は手を止めて、口元を拭いた。テーブルに無造作に置かれた手が少し大きな音を立てる。私はなにか怒る部分があったかと頭を下げた。
「それはご無礼を」
「キミはいつもそうだ。まったく気にも留めないのだな。もうよい。キミとの食事を終えた後の夜が楽しみだ──」
私はテーブルの下に手を下ろして膝の上で拳を強く握った。辛さで押しつぶされそう。
なにを怒らせた? 美しいスザンヌとピッタリだと言うののなにがいけないのだろうか。
私にこれ以上何を言えというのだ。アドリアン様の求めに正解などないのだ。
私は部屋に帰り、スザンヌの部屋の灯りを見つめた。
やがてその部屋の中に男の影が見える。遠目にもアドリアン様だと分かるのが哀しい。
その部屋の灯りがやがて消えてしまった。消えて──。
私の魂も消えそうだ。あそこで男女となって、悦び合って楽しみ合う。
それが夫婦なのであろう。私は違う。肩書きは立派でも、悦びなど与えられない。楽しみなど──。
◇
「王妃さま。朝食のお時間です。陛下はすでにお待ちですよ」
「わかっているわ……」
すでに準備は整えていたものの、足が重い。カーラのときもそうだったが、さらにスザンヌともなると堪える。
アドリアン様はその腕に女を抱く。私とは違う女を──。
広間に入ると、アドリアン様は早々に口を開いた。
「遅い。いつまで待たせるのだ」
「申し訳ありません。先に食べていてもよろしかったのに」
「そうはいかん。そういう王室の礼だからな。キミも心得たまえ!」
「はい……」
席に座り、いつものように黙った食事。この愛する人が近くにいながら、その愛を貰えない哀れな王妃。
アドリアン様のいつもの空咳。その後に続く言葉──。
「うん。スザンヌはいい女だな。神が作った最高傑作だ。あんな女を抱けるとは余は幸せ者だ」
やはり。目の前が真っ白になった。そして気を失ってしまったようだった。私は椅子から滑り落ちて、床に倒れた。
「わわわ! オリビアが昏倒した! 誰かある! すぐに医者を呼べ! おい! そっと運べ! そっと運べよ! 傷付けたりしたらただじゃおかないからな! あー! おい、そなた! オリビアに触るな! 触るなよ。もういい。余が運ぶ──」
──まどろみの中にアドリアン様の声が響く。そして厚い胸板に抱かれる感覚。おそらく、これは夢。私の心が夢を見せているだけ。
アドリアン様がそんなことするはず、ない──。
◇
目が覚めると自室。そこにはたくさんの花が置いてあった。美しい、花、花、花。香しい匂いが部屋中に充満していた。
侍医は私の顔を見てホッとした様子だった。
「気が付かれましたか。王妃さまは激務です。あまり根を詰めてはいけません」
「え? あ、はい……」
「ストレスです。しばらくご静養なされませ。陛下もそれを望んでおります」
そうなのね。ストレス。思い当たる節があるわ。元凶はこの王宮。しかしここを離れたら、もう戻れない。私は廃妃となり、カーラかスザンヌのどちらかが正妃となるのだわ。アドリアン様にとってはそのほうがいいのかもしれない。
でも私にはそれができない。
侍医はお大事にというと、部屋を出る。それと入れ替わりにスザンヌが入って来て、花に驚きながらお見舞いの口上を述べてきた。
「すごい花ですわ。さすがは王妃さま。いかがなさいました? お倒れになったと聞いて来ましたので。お見舞いを申し上げます。どうか王妃さまに限りなきご長命がございますよう──」
「ありがとうスザンヌ。ただ疲れただけだわ」
「ま。陛下のご寵愛で?」
え? この娘──。
やはり油断がならないわ。自分が昨日陛下と寝ていながら、ご寵愛などと厭味でしかない。こんな状況の私が面白くて仕方がないのかも──。
スザンヌは辺りを見回して、近くにあった椅子を引いて私のベッドの側に座る。少し暗い表情。私の背中に悪寒が走った。
「実はご相談が……」
「え? ああ。まだ王宮にきて一日目です。分からないこと、相談したいことは遠慮することないのよ」
「はい──」
スザンヌはもじもじしたまましばらくそのままだったが、手に持つ桃色の扇を固く握ると、ようやく口を開き始めた。
「あのぅ……。陛下は閨ではいつもあの調子なのでしょうか──?」
「は……?」
閨の調子。閨の調子──。
私がそんなことを知るわけがない。陛下の閨でのやり方なんて。
「あの調子とはどんな感じかしら? 陛下はお優しくない? それとも怖いかしら?」
「優しいといえば優しいですが……。優し過ぎるような……」
「そ、そう──」
アドリアン様の大きな手が彼女の肌に触れる──。それはそれは優しいのであろう。
苦しい。
嫉妬と羨望。
スザンヌが羨ましい。嫉ましい。
私は喉に呑酸が込み上げる思いだってので、もう一度寝台に身を倒し毛布を頭までかけた。
「やはりダメだわ。一人にしてちょうだい」
「あ、は、はい。思わず王妃さまのお優しさに甘えて長居してしまいまして!」
スザンヌは、立ち上がって礼をすると早足で出ていった。私はというとベッドに潜り込んでそのまま──。
悔しくて、哀しくて、辛くて泣いてしまった。
苦しい、苦しい、苦しい。
夕刻となり、同じ階のスザンヌの部屋に灯りが灯った。
私はバルコニー越しにある彼女の部屋を眺めていた。同じ城の同じ部屋。灯りになんの種別があろう。しかし彼女の部屋は楽しそうだ。煌びやかであるのだ。
私は嫉妬で全身に毒が回ったようになってただ呆然と彼女の部屋を見つめていた。そこに執事が入って来て足を揃える。
「王妃さま。晩餐のご用意が整いました。陛下はすでにお待ちですぞ」
「ええ──。分かったわ」
私は人形のように表情を変えずに、広間へと進んだ。悔しいことを悟られたくない。いつものようにアドリアン様へと定形の挨拶をして食事を始める。
時折アドリアン様の視線がこちらに向くことを感じる。私の作法を窘めるために一挙一動を調べているのだ。そんな何年も同じことをされるわけにはいかない。私は完全なるフォームで食事を続けた。
そしてアドリアン様は空咳をうつ。
「あ~。う、うん。宰相の提案でスザンヌという側室を得たわけだが、我々より三つも年下らしい」
私の食器の動きが止まる。それを丁寧に横に置き、ナプキンで口元を拭いて答えた。
「左様でございますか。私は本日会いました」
「ほうそうか。どうであった」
「はつらつにして気品があり、美しく魅力的な話し方であります。陛下のお相手に丁度よろしいかと」
「丁度いいだと……? 気に入らんな」
アドリアン様は手を止めて、口元を拭いた。テーブルに無造作に置かれた手が少し大きな音を立てる。私はなにか怒る部分があったかと頭を下げた。
「それはご無礼を」
「キミはいつもそうだ。まったく気にも留めないのだな。もうよい。キミとの食事を終えた後の夜が楽しみだ──」
私はテーブルの下に手を下ろして膝の上で拳を強く握った。辛さで押しつぶされそう。
なにを怒らせた? 美しいスザンヌとピッタリだと言うののなにがいけないのだろうか。
私にこれ以上何を言えというのだ。アドリアン様の求めに正解などないのだ。
私は部屋に帰り、スザンヌの部屋の灯りを見つめた。
やがてその部屋の中に男の影が見える。遠目にもアドリアン様だと分かるのが哀しい。
その部屋の灯りがやがて消えてしまった。消えて──。
私の魂も消えそうだ。あそこで男女となって、悦び合って楽しみ合う。
それが夫婦なのであろう。私は違う。肩書きは立派でも、悦びなど与えられない。楽しみなど──。
◇
「王妃さま。朝食のお時間です。陛下はすでにお待ちですよ」
「わかっているわ……」
すでに準備は整えていたものの、足が重い。カーラのときもそうだったが、さらにスザンヌともなると堪える。
アドリアン様はその腕に女を抱く。私とは違う女を──。
広間に入ると、アドリアン様は早々に口を開いた。
「遅い。いつまで待たせるのだ」
「申し訳ありません。先に食べていてもよろしかったのに」
「そうはいかん。そういう王室の礼だからな。キミも心得たまえ!」
「はい……」
席に座り、いつものように黙った食事。この愛する人が近くにいながら、その愛を貰えない哀れな王妃。
アドリアン様のいつもの空咳。その後に続く言葉──。
「うん。スザンヌはいい女だな。神が作った最高傑作だ。あんな女を抱けるとは余は幸せ者だ」
やはり。目の前が真っ白になった。そして気を失ってしまったようだった。私は椅子から滑り落ちて、床に倒れた。
「わわわ! オリビアが昏倒した! 誰かある! すぐに医者を呼べ! おい! そっと運べ! そっと運べよ! 傷付けたりしたらただじゃおかないからな! あー! おい、そなた! オリビアに触るな! 触るなよ。もういい。余が運ぶ──」
──まどろみの中にアドリアン様の声が響く。そして厚い胸板に抱かれる感覚。おそらく、これは夢。私の心が夢を見せているだけ。
アドリアン様がそんなことするはず、ない──。
◇
目が覚めると自室。そこにはたくさんの花が置いてあった。美しい、花、花、花。香しい匂いが部屋中に充満していた。
侍医は私の顔を見てホッとした様子だった。
「気が付かれましたか。王妃さまは激務です。あまり根を詰めてはいけません」
「え? あ、はい……」
「ストレスです。しばらくご静養なされませ。陛下もそれを望んでおります」
そうなのね。ストレス。思い当たる節があるわ。元凶はこの王宮。しかしここを離れたら、もう戻れない。私は廃妃となり、カーラかスザンヌのどちらかが正妃となるのだわ。アドリアン様にとってはそのほうがいいのかもしれない。
でも私にはそれができない。
侍医はお大事にというと、部屋を出る。それと入れ替わりにスザンヌが入って来て、花に驚きながらお見舞いの口上を述べてきた。
「すごい花ですわ。さすがは王妃さま。いかがなさいました? お倒れになったと聞いて来ましたので。お見舞いを申し上げます。どうか王妃さまに限りなきご長命がございますよう──」
「ありがとうスザンヌ。ただ疲れただけだわ」
「ま。陛下のご寵愛で?」
え? この娘──。
やはり油断がならないわ。自分が昨日陛下と寝ていながら、ご寵愛などと厭味でしかない。こんな状況の私が面白くて仕方がないのかも──。
スザンヌは辺りを見回して、近くにあった椅子を引いて私のベッドの側に座る。少し暗い表情。私の背中に悪寒が走った。
「実はご相談が……」
「え? ああ。まだ王宮にきて一日目です。分からないこと、相談したいことは遠慮することないのよ」
「はい──」
スザンヌはもじもじしたまましばらくそのままだったが、手に持つ桃色の扇を固く握ると、ようやく口を開き始めた。
「あのぅ……。陛下は閨ではいつもあの調子なのでしょうか──?」
「は……?」
閨の調子。閨の調子──。
私がそんなことを知るわけがない。陛下の閨でのやり方なんて。
「あの調子とはどんな感じかしら? 陛下はお優しくない? それとも怖いかしら?」
「優しいといえば優しいですが……。優し過ぎるような……」
「そ、そう──」
アドリアン様の大きな手が彼女の肌に触れる──。それはそれは優しいのであろう。
苦しい。
嫉妬と羨望。
スザンヌが羨ましい。嫉ましい。
私は喉に呑酸が込み上げる思いだってので、もう一度寝台に身を倒し毛布を頭までかけた。
「やはりダメだわ。一人にしてちょうだい」
「あ、は、はい。思わず王妃さまのお優しさに甘えて長居してしまいまして!」
スザンヌは、立ち上がって礼をすると早足で出ていった。私はというとベッドに潜り込んでそのまま──。
悔しくて、哀しくて、辛くて泣いてしまった。
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