王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】

本丸 ゆう

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第三章 トレヴダール

第十四話 障壁

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 普段、自分が守っているオリアンナの天幕に入り込むのが、いかに難しいかをエランは痛感していた。
 どうあっても彼女を、起こさなくてはならない。

「魔法使い、本当に王太子が必要なのか? 唯でさえ王の怒りを買っているのに、また無理やり連れ出したら大変な事になる」
「テオフィルスに近づけるのは、オーリンだけだよ。王の魔法を解けるのは、《王族》だけなんだ」
「お前の魔力で何とかならないのか?」

 エランは内心、苦笑いしながら首を横に振った。
 見習いの彼にそんな事、出来る訳がない。

「残念だけど、《王族》の魔力は別格だからね」

 厳しい顔つきをしたマシーナ・ルーザが、得体の知れないエステラーン人に困り果て、大きな溜息を吐く。
 百年前、一部の強硬派の竜騎士隊がエステラーン王国に攻め入り、大敗を喫した理由が嫌という程理解出来た。

 ここは魔法王国だ、関わるべきじゃない。
 若君を助け出して、すぐに帰ろう。
 レクーマの指輪は、我々だけで探せばいい。

 屍食鬼がいるというだけで十分脅威なのに、その上魔法を扱う人間がいる。
 そんな者達を相手に戦えるのは、七竜ぐらいだろう。
 目の前にいる少年が竜騎士の手に余る存在に見え、マシーナは行動を共にして良いのか疑問を持ち始めていた。
 まるで罠にでも、はめられている感じがする。

「……お前を信用して、良いのだろうな?」
「僕はイリって竜を追い出したいだけだ。困っているんだよ、オーリンだって。勝手に懐かれても、彼に竜は扱えないんだから!」
「……」
「こんな事態を引き起こしたのも、あの竜なんだ! 責任ぐらい取れよ、アルマレーク人!」

 確かにその通りで、マシーナに反論の余地はなかった。
 竜イリやカイリが懐いたのは、王太子がレクーマオピオンの領主家、フィンゼル家の血をひいているからだ。
 テオフィルスは何も話さない。
 だが、彼は王太子を抱きしめた、まるで恋人のように。

 王太子は実は女性で、オリアンナ姫なのではないのか?

 そうなると事態は、もっと大変な事になる。

「判った。お前を信じよう、名無しの魔法使い」

 エランは竜騎士にお互い名乗らない事を提案していた。何かあった時にお互い害を被らないためだ。
 オリアンナにつきまとう竜イリを、アルマレークに追い払えるのはテオフィルスだけと聞いた時、エランは嫌な気持ちになった。
 本当は二人を遠ざけておきたい。
 だが、問題を解決するには、彼女の魔力がいる。

 オリアンナを気分良く起こすための解毒剤は、アルマレーク人が持っていた。
 竜が時々スイの実を大量に食べて寝てしまうので、解毒剤を持ち歩くそうだ。
 それを水で薄めれば、人間にも使える。
 エランは自分の水袋に分量を確認して入れ、解毒剤を作った。
 後はオリアンナに飲ませるだけだ。

 問題は彼女の天幕を覆う、モラスの騎士が打ち出す魔法の障壁だ。
 隠れられる場所から、障壁を破らなければならない。
 暗闇に隠れるエランの目の前に、一人のモラスの騎士が立っていた。
 エランが所属する第二隊の中で、一番親しい人物メルゼだ。

 どうして……、間の悪い。
 メルゼを傷付けるのは嫌だよ。

 そう思っていた時、年上のモラスの騎士が彼を連れ去った。
 オリアンナの天幕を守る障壁の一部が薄れる。
 これならエランでも突破出来る薄さだ。
 ルディーナの声を思い出した。

《うまく、立ち回るのよ》

 総隊長が自分に力を貸してくれているのを感じる。
 エランは周りの様子を探りながら、マシーナに言う。

「竜騎士二人だけ、僕について来い! 絶対に側を離れるな! 障壁に触れると死ぬよ」

 マシーナともう一人の竜騎士が頷く。
 残りの竜騎士は周りを警戒しながら、暗闇に待機する。
 エランと竜騎士二人は、松明の灯りがギリギリ届く薄明りの中に躍り出た。

 両側の少し離れた場所にモラスの騎士二人が立っていたが、障壁の魔力に集中しているせいか、こちらの動きには気が付いていない。
 エランは障壁の魔力を放ち、他のモラスの騎士の障壁と融合させた。

 モラスの騎士達にはエランがいるのは当然なので、違和感は覚えないはずだ。
 ただ彼が今不在である事に気づいている人間、そして何度も障壁に接触する事を不可解に思う人間がいれば、疑われるだろう。
 彼は緊張しながらも、自分の作った障壁の中に、大人の男が二人通れるくらいのトンネルを開けた。

 竜騎士達は障壁に触れないように気をつけながら、トンネルをくぐり天幕に近づく。
 二人が通り過ぎたのを確認してから、エランも障壁の内側に入った。
 緊張に汗が額から流れ出る。

 両側にいるモラスの騎士を見ながら、いきなり障壁から離脱した事に気づいてないか確認した。
 二人は相変わらず内面に籠るように、無反応で動きが無い。
 エランはホッとした。
 竜騎士二人は、天幕の薄暗がりに隠れ待機していた。

「スイの枝を持っているんだろう? 僕に渡してくれ」

 竜騎士は腰のベルトに下げている鞄から、細長い乾いた枝を何本か取り出す。
 スイの実は潰すと強力な睡眠効果の液が霧状に拡散するが、スイの枝にも燃やすと煙が睡眠効果をもたらす。

「僕が枝に火をつけたら、天幕の端を持ち上げてくれ」

 竜騎士達は頷いた。
 エランは自分の指先に魔法の炎を灯し、息を止めて何本かの乾いた枝に火を点ける。
 枝は白煙を上げ、竜騎士達が持ち上げた天幕の中に放り込まれた。





 暗闇に吸い込まれるような深い眠りの中で、僕は一人ではなかった。
 銀色に煌めく何かが、僕に寄り添ったのだ。
 それは希望をもたらすように、僕の絶望的な心に光を灯す。
 最初、それは僕の命の光となったオーリンなのかと思っていが、優しく歌うような声は女性的で、誰かに呼び掛けている。

『大丈夫です、絶望しないで。もうすぐオリアンナがやって来ます、エドウィン……』

 僕は眼を覚ます。
 素晴らしい夢を見たと思った。
 まるで僕のすぐ側に、父と七竜レクーマが存在している夢。

 なんて、いい夢。

 微笑みながら僕は、再び眠ろうとした。
 どうしようもない睡魔が、意識を掴んで放さない。
 暗闇が押し寄せて来た時、誰かが僕を抱き起こし、唇に何かを触れさせた。
 僕の口に、何かが流し込まれる。
 少し苦い少量の液体を、僕は飲み込んだ。

 エランだ……。

 そう思って眠い目を開ける。
 意識が眠ろうとするのを、彼の一言が引き止めた。

「起きろ、あいつが殺される」

 耳元で小さく囁かれた言葉に、僕の意識は現実に引き戻された。
 最後に見たセルジン王の冷たい緑の目を思い出す。
 悲しみが胸を貫き、目の前の現実を見る事が出来た。
 緊迫したエランの顔がある。

「エラン……」
「静かにしろ。身を低くしてここを脱け出すんだよ。時間がない、もう少し解毒剤を飲むんだ」

 僕はエランに言われた通り、解毒剤を飲んだ。
 次第に意識がはっきりしてくる。
 そして身を低くしてベッドから降りた。

「頭を上げるな。煙を吸い込むと眠ってしまう」
「僕は、十分眠いよ」
「解毒剤が足りないのか? もっと飲めよ」
「もう、いいよ。美味しくないから」

 文句を言う僕の頭を低く押さえ付けたエランは、中腰になって前へ進んだ。
 彼の真似をしながら前へ進んだ僕は、床に横たわるミアの姿にギョッとした。

「大丈夫、この人達はすぐに目を覚ます。その前に助け出すんだ」

 助け出すというエランの言葉に疑問を感じながら、言われた通り急いで後に続いた。
 エランが入り口とは反対側の天幕を叩くと、外側から誰かが重い幕を持ち上げた。
 少し空いた隙間から、外の冷たい風が吹き込んでくる。

 エランは腹這いになって隙間から外に出る。
 僕も、それに続いた。
 冷たい風に身震いしながら、僕は肌着一枚しか身に着けていない事に狼狽えた。
 出来れば服かマントを取りに戻りたい。
 このままでは、性別を知られてしまう。
 だがエランに腕を掴まれ、引っ張り出されてしまった。
 肌着一枚の僕に、彼は自分のフード付きマントを渡した。

「君は目立つ。フードを被って、顔を隠すんだ」

 僕は言われた通りにする。
 マントは冷たい風を遮断し、温かく身体を包んだ。
 外には二人の大人がいたが、天幕と違い薄闇が支配していて目の慣れない僕には、誰がいるのか判らない。
 一人の男がマントのフードを被ったばかりの僕に声をかけた。

「お願いです、王太子殿下。若君を助けて下さい!」
「マシーナさん? エラン、これはどういう事だ?」

 エランとテオフィルスの随行者マシーナが一緒にいる等、あり得ない事だ。
 彼は竜騎士に名を知られた事に、軽く顔をしかめた。

「詳しい説明は後だ。あいつとイリって竜を、君から遠ざけたい。だから手を組んだ」
「……」

 それがどんなに危険な事か。
 エランはセルジン王の意思に反する行動を取っているのだ。
 僕は無意識に薄闇の中で、エランの手を探し出し掴んだ。
 彼はその手を、握り返す。

「行こう」

 薄闇の向こう側に見慣れたモラスの騎士達が放つ、僕の天幕を守る魔法の障壁が見えた。
 エランがその障壁と融和するように、同じ魔法の障壁を生み出し、そこに大人が通れる位のトンネルを作る。

「障壁に触れるなよ」

 彼は優しくささやく。
 僕は気を付けながら、トンネルを抜けた。
 先に隠れるため暗闇に向かった竜騎士の一人が、突然立ち止まる。僕は先に行こうとした。

「こんな所で止まると、見つかるよ」
「待て、誰かいる!」

 竜騎士の制止に振り向いた僕は、突然誰かに口を塞がれ暗闇に引きずり込まれた。
 恐怖に暴れる僕に、逞しい男が呼びかける。

「暴れるな、オーリン様」

 その低い声はセルジン王と僕を守る、近衛騎士隊長トキ・メリマンのものだった。
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