102 / 136
第三章 トレヴダール
第十三話 幻惑の罠
しおりを挟む
暗く木々の立ち枯れた森の中を、エランは進んだ。
遠くに松明に照らされた、兵士達が多くいる道が見える。
そこを慌ただしく、早馬が通り過ぎて行く。
何か、あったのか?
気になりながらも道を目印に、アルマレーク人達が連れて行かれた、竜達のいる場所へ足を進める。
踏み抜いた枯れ枝が折れる音がしても、この場所なら兵士達に気づかれる事はない。
森の木々は皆枯れている。
屍食鬼がエステラーン王国の上空を埋め尽くして、十五年が経つのだから当然の事なのだ。
それでも込み入った枯れ枝は、エランを傷つけ服を裂いた。
あっ、ローランドに怒られる。
立ち止まって服の避けた個所を確認した。
自分についた掠り傷より、服が避けた事の方が気になる。
服にうるさいエランの随行者、ローランドの怒った顔が思い浮かぶ。
後でこっそり縫ってしまおう。
そんな時間があるか、分からないけど。
暗闇の中で苦笑いした。
暗がりを歩くのは危険なので、もう少し道に近づこうと思った矢先、自分の近くに人の気配があった。
次の瞬間、彼は口を塞がれ、強い腕力を持つ人物に羽交い絞めにされた。
こんな時のために習った防衛魔法を、エランは実践する。
身体から微かな光が浮き出る。
羽交い絞めにして彼の口を押えていた大人の男が、魔法で弾き飛ばされた。
[なんだ? この男、おかしな術を使うぞ、気をつけろ!]
警告はアルマレーク語で発せられた。
とっさにエランは、魔法の光を解く。
[僕は……、敵じゃない]
エランは片言のアルマレーク語で答えた。
《王族》のオリアンナのように、家庭教師に習った訳ではない。
レント領主ハルビィンは、オリアンナを極力エランから引き離そうとしたために、彼は他の子供達と共に学んだ。
家庭教師が少ないせいもある。
だからアルマレーク語は独学で、彼女ほど堪能ではない。
「敵でない? では、何者だ!」
流暢なエステラーン語で問いかける、男の声がする。
暗闇の中、お互いの姿が見えない状況で、敵対する勢力が話し合うのは難しい。
エランは迷った。
正直に身分を証して人質にされてしまったら、国王軍に迷惑がかかる。
「テオフィルスの友達だ」
彼は嘘をついた。
本当は殺してやりたいほど、憎しみを抱いている。
「……若君の友達? 嘘を吐くな、あの方は簡単に他人に心を許す方ではない!」
「正確にはオーリンを通しての友達だ。二人を助けたい」
「……」
この沈黙は、明らかに疑っている。
エランの額に汗が浮かんだ。
いきなり剣で切付けられても、不思議でない状況。
「若君はどこにいる?」
「言うには、条件がある」
「ふっ、条件? 友達を助けるのに、条件を付けるのか?」
「僕も国王軍に黙って来ている、命がけだ。聞きたい事がある」
「残念だが、条件が言えるのは、互いの状況が対等な時にのみ成立するものだ。お前はたった一人で、竜騎士の精鋭達に囲まれているのだぞ!」
「あ……」
彼のすぐ近くで、血と金属の臭いがした。
顔面近くに血の付いた剣先がある。
殺される恐怖と戦いながら、エランは再度防護のための魔力を放ち、薄ら身体を光らせる。
四人の竜騎士が、自分を取り囲んでいる。
「このまま僕が光を強めれば、お前達の居場所が、国王軍に知れ渡るな」
「その前に切り捨てる。若君はどこにいる? 言え!」
「案内が欲しければ、僕の条件を呑め!」
「……偉そうに、お前は何者だ?」
男が先程と同じ質問をする。
「僕はエステラーン王国の魔法使いだよ。お前達の竜と、同じに魔法を使う!」
「……」
アルマレーク人達に動揺が走るのを、エランは感じた。
人が魔力を持つ事に、アルマレーク人は馴染みがない。
領主家の竜の指輪所有者も、指輪を嵌めていなければ、竜の魔法は使えない。
彼等はエランを、脅威に感じた。
「条件は何だ? 何が聞きたい、魔法使い?」
まだまだ、見習いなんだけどね。
エランは不敵に微笑んだ。
先程から緊急事態を知らせるラッパが、南の方角から吹き鳴らされ、セルジン王の天幕へ、急を知らせる伝令が飛び込んでくる。
「竜が炎を放ち、南側の森が燃えています!」
王と側近達が、顔を見合わせ頷いた。
「予想通りですね。兵達に犠牲者が出ないと良いのですが」
白髪の宰相エネス・ライアスが、王に向けて冷たく言い放つ。
彼はセルジン王の意見に反対だった。
「竜騎士達の連行を急がせろ。〈七竜の王〉が我が手にある限り、竜騎士達は攻撃出来ない」
王は後ろを振り返った。
彼の天幕内の簡易ベッドに〈七竜の王〉テオフィルスが、死んだように横たわっている。
セルジン王の魔力により、彼の意識は戻らない。
そして目に見えない魔法の結界が、彼の周りに張り巡らされ、牢獄に監禁されている状態だ。
魔法の牢獄を破れるのは《王族》のみ、即ちオリアンナ姫のみという事になる。
「竜を追い払うだけなら、もう少し別の手段を講じた方が賢明に思えますが」
「どんな手段があるというのだ、エネス? 相手は言葉が通じぬ、危険な生き物だぞ」
「……私には〈七竜の王〉を懐柔した方が、良策に思えます」
「彼はオーリンがオリアンナ姫である事に気づいたのだぞ。懐柔するという事は、王太子がアルマレークに奪われるという事だ。そうではないのか?」
セルジン王に反対意見を言えるのは、宰相エネスだけだ。
彼のみが王と対等に渡り合える。
「……このままでは、いずれアルマレークと戦争になります。我が国に勝ち目はありません」
「竜が正気を失い、我が国を滅ぼすのと、どちらがいい? オリアンナが白亜の塔に辿り着く前にそれが起きれば、暗黒はこの世に広がってしまうのだぞ!」
「姫君に付きまとう竜を、説得出来るのは彼だけです。オリアンナ姫が王の婚約者である事を、彼に告げ諦めさせ、竜と共に国へ帰すのが、一番の良策に思えます!」
「諦めると思うのか? 彼の目的はレクーマオピオンの竜の指輪と、その継承者にある。それがなければ、アルマレークが危機に陥る」
「では、共倒れという事です。両国共協調しあう事無く、共に滅びる! 今のままでは、そうなります」
「……」
王と宰相は、睨み合った。
今までも何度も意見の対立はあったが、宰相エネスがここまで強固に、王に反対したのは初めてだ。
「〈七竜の王〉を、殺すべきではありません!」
「……控えろ、エネス」
「〈ありえざる者〉の罠に落ちかけているのが判りませんか、国王陛下?」
王は心の中に引っかかっている事をエネスに言い当てられ、まるで逃げるようにその場を離れた。
側近達は黙って、彼の後姿を見送る。
王が天幕の入り口を抜けて外へ出た後を、近衛騎士隊長のトキ・メリマンが付き従う。
見上げる暗闇の空の一角が、朱に染まっていた。
竜の放った炎が、まるで戦いの始まりに出た、最初の犠牲者の血飛沫のように見えた。
「始まったな」
「国王軍は竜に打ち勝ちます」
トキの自信に満ちた言葉に、王は振り返った。
「トキ、オーリンをどう思う?」
「姫君ですか? ……正直に申します。オリアンナ姫は出会った時から、アルマレーク人だと思っております」
その言葉に、セルジン王は驚く。
「トキ……」
「申し訳ございません。確かに《王族》としての魔力は陛下と変わりなく、素晴らしいものをお持ちです。王太子としても、意志の強さがあり周りを惹きつける」
「……」
「ですが時々、どうしても感じるのです、異国の血を。なぜ、このような状況下にお生まれになられたのかを、いつも思い巡らせておりました」
王は深い溜息を吐いた。
「そなたも、エネスと同意見か?」
「はい。オリアンナ姫は、両国をつなぐ架け橋になられるお方と、心得ております」
「あの男に、やれと言いたいのだな!」
王の怒りを湛えた瞳に、トキは緊張し即座に否定した。
「そこまでは申しません。姫君はエステラーン王国の王太子です。国が消滅の危機にある今、他国との協調が必要と思えるだけです」
「……」
「……陛下はどうお考えですか? オリアンナ姫の事を」
王は額に手を置き、苦しみを露わにした。
「我妻になる存在だ。だが、時々オーリン……、〈ありえざる者〉の意志が垣間見える。まるで幻惑の乙女に捕えられているように感じる」
「……今なら、その呪縛から逃れられるのではありませんか?」
「ふんっ、もう遅い。私は指示を撤回する気はない!」
そう言って、用意させてあった馬に乗った。
トキは無表情でいながら、軽い失望感を覚えた。
「陛下、どちらへ?」
「火消しだ、私にしか出来ぬ。ここはアレインとモラスの騎士に任せ、そなた達は私の後を追って来い」
「お待ち下さい、お一人では危険です! 陛下!」
セルジン王はトキの制止も聞かず、馬を勢いよく走らせた。
トキは大声で周りに指示を出す。
「近衛騎士、全員陛下の後を追え! 何があっても、陛下を守護しろ」
近衛騎士達が慌ただしく騎乗の準備を始める中、トキは王の意図に心を痛めた。
〈七竜の王〉の殺害をアレインに任せた王は、思惑に反する者をテオフィルスから遠ざける気ではないのか。
彼を守らせないために……。
全員の騎乗が終わり自分も騎乗しようとしたその時、視界の隅で何かが映った。
松明の薄明りの中、暗闇をわざと選んで移動しているその者達は、手足の長いシルエットをしていた。
アルマレーク人?
今すぐ王の後を追わなければならないが、アルマレーク人だった場合、囚人が逃げた事になる。
戦士としての意識が、警報を発していた。
近くの兵士に指示を出そうとしたその時、彼の視界に見慣れた青年が映った。
辺りを警戒し走る姿は、大人より細身で繊細だ。
……エラン?
トキは近衛騎士達に先に王を追うよう指示を出し、馬を従者に預け、何気ない素振りで天幕の影に隠れた。
近衛騎士達が土埃をたてて派手に移動する中、トキは一人暗闇に紛れて侵入者達の後を追う。
薄明りの中に垣間見えた人物の顔に、松明の炎の灯りが揺らいで見えた。
それは、エラン・クリスベインの顔を照らし出していたのだ。
遠くに松明に照らされた、兵士達が多くいる道が見える。
そこを慌ただしく、早馬が通り過ぎて行く。
何か、あったのか?
気になりながらも道を目印に、アルマレーク人達が連れて行かれた、竜達のいる場所へ足を進める。
踏み抜いた枯れ枝が折れる音がしても、この場所なら兵士達に気づかれる事はない。
森の木々は皆枯れている。
屍食鬼がエステラーン王国の上空を埋め尽くして、十五年が経つのだから当然の事なのだ。
それでも込み入った枯れ枝は、エランを傷つけ服を裂いた。
あっ、ローランドに怒られる。
立ち止まって服の避けた個所を確認した。
自分についた掠り傷より、服が避けた事の方が気になる。
服にうるさいエランの随行者、ローランドの怒った顔が思い浮かぶ。
後でこっそり縫ってしまおう。
そんな時間があるか、分からないけど。
暗闇の中で苦笑いした。
暗がりを歩くのは危険なので、もう少し道に近づこうと思った矢先、自分の近くに人の気配があった。
次の瞬間、彼は口を塞がれ、強い腕力を持つ人物に羽交い絞めにされた。
こんな時のために習った防衛魔法を、エランは実践する。
身体から微かな光が浮き出る。
羽交い絞めにして彼の口を押えていた大人の男が、魔法で弾き飛ばされた。
[なんだ? この男、おかしな術を使うぞ、気をつけろ!]
警告はアルマレーク語で発せられた。
とっさにエランは、魔法の光を解く。
[僕は……、敵じゃない]
エランは片言のアルマレーク語で答えた。
《王族》のオリアンナのように、家庭教師に習った訳ではない。
レント領主ハルビィンは、オリアンナを極力エランから引き離そうとしたために、彼は他の子供達と共に学んだ。
家庭教師が少ないせいもある。
だからアルマレーク語は独学で、彼女ほど堪能ではない。
「敵でない? では、何者だ!」
流暢なエステラーン語で問いかける、男の声がする。
暗闇の中、お互いの姿が見えない状況で、敵対する勢力が話し合うのは難しい。
エランは迷った。
正直に身分を証して人質にされてしまったら、国王軍に迷惑がかかる。
「テオフィルスの友達だ」
彼は嘘をついた。
本当は殺してやりたいほど、憎しみを抱いている。
「……若君の友達? 嘘を吐くな、あの方は簡単に他人に心を許す方ではない!」
「正確にはオーリンを通しての友達だ。二人を助けたい」
「……」
この沈黙は、明らかに疑っている。
エランの額に汗が浮かんだ。
いきなり剣で切付けられても、不思議でない状況。
「若君はどこにいる?」
「言うには、条件がある」
「ふっ、条件? 友達を助けるのに、条件を付けるのか?」
「僕も国王軍に黙って来ている、命がけだ。聞きたい事がある」
「残念だが、条件が言えるのは、互いの状況が対等な時にのみ成立するものだ。お前はたった一人で、竜騎士の精鋭達に囲まれているのだぞ!」
「あ……」
彼のすぐ近くで、血と金属の臭いがした。
顔面近くに血の付いた剣先がある。
殺される恐怖と戦いながら、エランは再度防護のための魔力を放ち、薄ら身体を光らせる。
四人の竜騎士が、自分を取り囲んでいる。
「このまま僕が光を強めれば、お前達の居場所が、国王軍に知れ渡るな」
「その前に切り捨てる。若君はどこにいる? 言え!」
「案内が欲しければ、僕の条件を呑め!」
「……偉そうに、お前は何者だ?」
男が先程と同じ質問をする。
「僕はエステラーン王国の魔法使いだよ。お前達の竜と、同じに魔法を使う!」
「……」
アルマレーク人達に動揺が走るのを、エランは感じた。
人が魔力を持つ事に、アルマレーク人は馴染みがない。
領主家の竜の指輪所有者も、指輪を嵌めていなければ、竜の魔法は使えない。
彼等はエランを、脅威に感じた。
「条件は何だ? 何が聞きたい、魔法使い?」
まだまだ、見習いなんだけどね。
エランは不敵に微笑んだ。
先程から緊急事態を知らせるラッパが、南の方角から吹き鳴らされ、セルジン王の天幕へ、急を知らせる伝令が飛び込んでくる。
「竜が炎を放ち、南側の森が燃えています!」
王と側近達が、顔を見合わせ頷いた。
「予想通りですね。兵達に犠牲者が出ないと良いのですが」
白髪の宰相エネス・ライアスが、王に向けて冷たく言い放つ。
彼はセルジン王の意見に反対だった。
「竜騎士達の連行を急がせろ。〈七竜の王〉が我が手にある限り、竜騎士達は攻撃出来ない」
王は後ろを振り返った。
彼の天幕内の簡易ベッドに〈七竜の王〉テオフィルスが、死んだように横たわっている。
セルジン王の魔力により、彼の意識は戻らない。
そして目に見えない魔法の結界が、彼の周りに張り巡らされ、牢獄に監禁されている状態だ。
魔法の牢獄を破れるのは《王族》のみ、即ちオリアンナ姫のみという事になる。
「竜を追い払うだけなら、もう少し別の手段を講じた方が賢明に思えますが」
「どんな手段があるというのだ、エネス? 相手は言葉が通じぬ、危険な生き物だぞ」
「……私には〈七竜の王〉を懐柔した方が、良策に思えます」
「彼はオーリンがオリアンナ姫である事に気づいたのだぞ。懐柔するという事は、王太子がアルマレークに奪われるという事だ。そうではないのか?」
セルジン王に反対意見を言えるのは、宰相エネスだけだ。
彼のみが王と対等に渡り合える。
「……このままでは、いずれアルマレークと戦争になります。我が国に勝ち目はありません」
「竜が正気を失い、我が国を滅ぼすのと、どちらがいい? オリアンナが白亜の塔に辿り着く前にそれが起きれば、暗黒はこの世に広がってしまうのだぞ!」
「姫君に付きまとう竜を、説得出来るのは彼だけです。オリアンナ姫が王の婚約者である事を、彼に告げ諦めさせ、竜と共に国へ帰すのが、一番の良策に思えます!」
「諦めると思うのか? 彼の目的はレクーマオピオンの竜の指輪と、その継承者にある。それがなければ、アルマレークが危機に陥る」
「では、共倒れという事です。両国共協調しあう事無く、共に滅びる! 今のままでは、そうなります」
「……」
王と宰相は、睨み合った。
今までも何度も意見の対立はあったが、宰相エネスがここまで強固に、王に反対したのは初めてだ。
「〈七竜の王〉を、殺すべきではありません!」
「……控えろ、エネス」
「〈ありえざる者〉の罠に落ちかけているのが判りませんか、国王陛下?」
王は心の中に引っかかっている事をエネスに言い当てられ、まるで逃げるようにその場を離れた。
側近達は黙って、彼の後姿を見送る。
王が天幕の入り口を抜けて外へ出た後を、近衛騎士隊長のトキ・メリマンが付き従う。
見上げる暗闇の空の一角が、朱に染まっていた。
竜の放った炎が、まるで戦いの始まりに出た、最初の犠牲者の血飛沫のように見えた。
「始まったな」
「国王軍は竜に打ち勝ちます」
トキの自信に満ちた言葉に、王は振り返った。
「トキ、オーリンをどう思う?」
「姫君ですか? ……正直に申します。オリアンナ姫は出会った時から、アルマレーク人だと思っております」
その言葉に、セルジン王は驚く。
「トキ……」
「申し訳ございません。確かに《王族》としての魔力は陛下と変わりなく、素晴らしいものをお持ちです。王太子としても、意志の強さがあり周りを惹きつける」
「……」
「ですが時々、どうしても感じるのです、異国の血を。なぜ、このような状況下にお生まれになられたのかを、いつも思い巡らせておりました」
王は深い溜息を吐いた。
「そなたも、エネスと同意見か?」
「はい。オリアンナ姫は、両国をつなぐ架け橋になられるお方と、心得ております」
「あの男に、やれと言いたいのだな!」
王の怒りを湛えた瞳に、トキは緊張し即座に否定した。
「そこまでは申しません。姫君はエステラーン王国の王太子です。国が消滅の危機にある今、他国との協調が必要と思えるだけです」
「……」
「……陛下はどうお考えですか? オリアンナ姫の事を」
王は額に手を置き、苦しみを露わにした。
「我妻になる存在だ。だが、時々オーリン……、〈ありえざる者〉の意志が垣間見える。まるで幻惑の乙女に捕えられているように感じる」
「……今なら、その呪縛から逃れられるのではありませんか?」
「ふんっ、もう遅い。私は指示を撤回する気はない!」
そう言って、用意させてあった馬に乗った。
トキは無表情でいながら、軽い失望感を覚えた。
「陛下、どちらへ?」
「火消しだ、私にしか出来ぬ。ここはアレインとモラスの騎士に任せ、そなた達は私の後を追って来い」
「お待ち下さい、お一人では危険です! 陛下!」
セルジン王はトキの制止も聞かず、馬を勢いよく走らせた。
トキは大声で周りに指示を出す。
「近衛騎士、全員陛下の後を追え! 何があっても、陛下を守護しろ」
近衛騎士達が慌ただしく騎乗の準備を始める中、トキは王の意図に心を痛めた。
〈七竜の王〉の殺害をアレインに任せた王は、思惑に反する者をテオフィルスから遠ざける気ではないのか。
彼を守らせないために……。
全員の騎乗が終わり自分も騎乗しようとしたその時、視界の隅で何かが映った。
松明の薄明りの中、暗闇をわざと選んで移動しているその者達は、手足の長いシルエットをしていた。
アルマレーク人?
今すぐ王の後を追わなければならないが、アルマレーク人だった場合、囚人が逃げた事になる。
戦士としての意識が、警報を発していた。
近くの兵士に指示を出そうとしたその時、彼の視界に見慣れた青年が映った。
辺りを警戒し走る姿は、大人より細身で繊細だ。
……エラン?
トキは近衛騎士達に先に王を追うよう指示を出し、馬を従者に預け、何気ない素振りで天幕の影に隠れた。
近衛騎士達が土埃をたてて派手に移動する中、トキは一人暗闇に紛れて侵入者達の後を追う。
薄明りの中に垣間見えた人物の顔に、松明の炎の灯りが揺らいで見えた。
それは、エラン・クリスベインの顔を照らし出していたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる