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ここからの始まり
20. 真実の愛ゆえの婚約破棄は、所詮浮気クソ野郎
しおりを挟む「…王子許すまじ。本当クソ」
アンから借りたという流行りの恋愛本を読み終えて、姉が暴言を呟く。
―僕も本を読んでおかなくては。
エリックは、怒りで震える姉の手元の本を取り、急いで物語を読み進める。
姉を知ることが、姉の暴走を止めることだ。
エリックが物語を読んでいる間、フルーリリは自分の思想の中に沈んでいった。
間違いないわ…
これはただのラブストーリーじゃないわ。乙女ゲームのストーリーよ。
王子だけじゃなくて、騎士団長子息も宰相子息も、ヒロインに夢中になってるじゃない。
王子は、子供の頃に結ばれた公爵令嬢との婚約を破棄して、ヒロインと結ばれている。
乙女ゲームの王道的なストーリーだ。
『真実の愛のストーリー』だなんて。
婚約破棄された公爵令嬢だって、王子様を愛していたのに。そこにも確かな愛があるというのに。
そんな婚約者を、側近達と共に断罪するのね。悪役令嬢として。
――幼少の頃から共に過ごした、その年月を顧みることもなく。
そんなヤツは最低野郎以外の何者でもない。
何が『真実の恋に落ちた』、よ。そんな浮かれとぼけた野郎は地獄に落ちるべきだわ。地獄行きの切符を手渡してやりたい。
「…王子許すまじ。」
再度呟く。
本を読み終えたエリックは、なるほど、と納得する。
女性が好みそうなありきたりな内容ではあるけれど、姉の怒りのスイッチが入る設定が多すぎる。
これはかなり危険な物語だ。
「確かにこの話は良くないな」
エリックのその言葉に、フルーリリは目をクワッと見開く。
「そうよ!そうなのよ!」
分かってくれるのね、とフルーリリは嬉しそうに大きな声で答える。
「真実の愛ゆえの婚約破棄なんて、所詮浮気クソ野郎以外の何者でもないわ」
「いい?リック。これはダメ男の見本よ。婚約者がいながらも、ちょっと魅力的だからって平民の女の子にちょっかいをかけるなんて!…ううん。身分の差が問題じゃないの。
よりにもよって、側近という名の腰ギンチャク達と集団で、女の子1人を集団で断罪するなんて!男の風上にも置けないヤツらの「ピー」は飾りだわ。
ヒロインを厳しく注意したからって何よ。私だったら悪役令嬢に負けないわよ。もっと酷い事だって言えるわ!ヒロインだけじゃなくて、王子も腰ぎんちゃく達もまとめて罵倒してやるわ!
…もう本当に信じられない。とんだゴボウ野郎だわ。
王子はもう廃嫡の刑ね。腰ぎんちゃく達は流刑にするわ」
過去最高レベルの暴走が止まらない。それにゴボウって何だ。
「だいたい!王子のセリフの『君を守るために僕は生まれてきたんだよ、きっと』って何よ!
国民守れずに、ヒロイン1人しか守れない王子なんて、王子を名乗る資格もないわ。やっぱりこの王子は平民堕ちの刑にしなくちゃ。
騎士団長子息も『君を守るための力だ』なんて、腰ギンチャク失格よ。ヒロインより優先して守らなきゃいけないのは王子でしょ。何のための腰ギンチャクだと思ってるのよ。職務怠慢すぎるわ!
宰相子息も最悪ね。『僕のこの頭脳を君の為に使いたい』なんて。そんな思想に陥る頭脳なんてたかが知れてるって言うものよ。私だって頭脳勝負じゃ負けないわよ。裁判になったら私が完勝して見せるわ!
見てなさい。みんなまとめて地獄行きよ」
更に続く罵倒。
「ヒロインもどうかと思うわ。婚約者がいるって知ってながら王子にガツガツ行くなんて。天真爛漫って天下無敵なわけ?
あざといが過ぎるわ。公爵令嬢超えの悪女じゃない!」
「…でも」
熱く叫んでいた姉が、急に弱々しい声になる。
「そういうあざとい肉食女子に、野郎共はみんな心を奪われるの。それが世の常だもの。
私が学園に入ったら、きっとそんな女子に嵌められて、チョロ男野郎共に断罪されてしまうのよ…」
弱々しいながらも暴言は続いている。
どうして急に、姉が後に入る学園生活で断罪予定になるのは分からない。
だがともかく今は、姉が悲しんでいる―その事実の方が大事だ。
涙目の姉に、蜂蜜を入れた温かい紅茶とクリームたっぷりのシュークリームを差し出す。
溢れそうになる涙を拭きもせず、もぐもぐと口を動かす姉に声をかける。
「大丈夫だよ、リリ姉さん。その時は僕がリリ姉さんを守るから。そのクソ野郎共は僕がキレイに片付けてみせるよ」
エリックの、クソ野郎という珍しい悪口に少し驚く。だけどその頼もしく優しい言葉に嬉しくなって、フルーリリはにっこりと微笑んだ。
「そうね。リックがいれば安心ね」
私の美しい義弟は、今日も優しい。
――後ほどアンには。
「素敵な物語ね。エリックも私と同じ感想だったわ」
と大人のコメントを添えて本を返した。
私は、アンより遥かに人生経験を積んだ大人なのだ。
若い娘さんが大切に思うものを、決して目の前で貶したりはしない。
大人は、若い子を見守り育てるべきなのだ。
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