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3月1日 午後14時
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三月一日 午後十四時
家の中に遺体があるのを見て驚いたが、我に返った私は急いで警察に通報した。
間もなく警察が到着して現場検証が行われた。
私は気持ちを取り戻したが、問題は小室である。小室は遺体を見たことが、よほどショックだったのだろう。
警察の質問に対しても「ああ、はい……」、「そうですね……」と適当な返事を繰り返すだけである。
これでは明日からの仕事に支障が出るのは間違いないかもしれない。おそらく明日から仕事は休みになるかもしれない。
現場検証は丁寧かつ、素早く行われていき、男の遺体は担架に乗せられて運び出された。
男には申し訳ないが私は二度も遺体を見たくないと思って、運び出される瞬間、思わず目を伏せた。
亡くなった男は身分を証明する物を何一つ持っておらず、結局どこの誰か分からなかった。
「この度はとんだ災難でしたね」
と私に声をかけた刑事がいた。体育教師ようにがっしりとした体格に、恵比寿様のようなにこりとした笑顔。しかし、怒らせると怖いタイプかもしれない、と私は思った。
刑事は岸辺と名乗った。
「小室さんは回復したら少しずつ話を伺う予定です。今の状態では、とてもじゃないですが話を正確に聴くのは難しいですね」
「そうでしょうね」
それから岸辺は遺体を発見するまでの経緯を訊ね始めたので、私も語ることにした。さすがに岸辺も謎の男からの電話については顔をしかめていた。
「まるでミステリー小説のような話ですね」
と腕を組みながら岸辺はうなっていた。
「事実は小説よりも奇なりという言葉がありますけど、今回の事件がまさに物語っていますね」
と私は言った。
「でも捜査してみると、実際の事件は大したことないものが多いですよ」
「そうなんですか?」
「まあね。ところで、まだあなたのご職業を訊ねていませんでしたね。どんなお仕事をされているのでしょうか?」
「大した仕事ではありませんが、一応これが私の肩書です」
と私は自分の名刺を岸辺に渡した。
「公共職業安定所……ああ、ハローワークですね。しかも課長さんでしたか。若いのに凄いですね」
「もう三十八歳ですよ」
しかし若いと言われて悪い気はせず、私は自然と笑みがこぼれた。頬が赤くなっているのも自分で分かる。
だが、岸辺はそんな私に対して興味がないらしく、さっさと事件に話を戻していった。
岸辺は続いて遺体の男の写真を私に見せた。写真はアップで撮影されたものであり、余計に死んでいるという生々しさが伝わってくる。
私が写真から目をそむけようとしたので岸辺は、
「あまり見たくないでしょうが、捜査のためにご協力をお願いします」
と、口調がきつくなった。
「はい……」
本当はもう二度と見たくなかったが、私は仕方なく見ることにした。
やはり記憶になかった。こんな男は地元にも学生時代のクラスメイトや親しく付き合っていた友人の中にもいなかった。
「ハローワークの利用者に、この男はいませんでしたか?」
思った通りの質問が岸辺の口から出て来たので、私は正直に答えることにした。
「ここ最近、来ている利用者の中にはこの人の顔はなかったと思います。ましてや、印象に残る利用者であったら私は覚えます」
「印象に残るとは?」
「悪質なクレーマーです。具体的に述べるなら、面接が私たち職員のアドバイスで失敗したとか、ブラック企業を紹介したとか言ってくる人たちです」
「なるほど。それじゃあ、電話の男はどうでしょうか?」
「あれは知り合いの声ではありません。知っていたらすぐに気付きます。むしろ、私の電話番号をどこで入手したのか、こっちが訊ねたいくらいです。個人情報がどこからか漏洩したに違いありません」
私は憤然とした。
「お怒りはごもっともです。電話の男は事件について何か知っていると思いますので、こちらも調べてみます」
「でも、正体も分からないのにどうやって探すのですか?」
「捜査するのが警察です。また訊ねることがあるかもしれませんので、その時はご連絡します」
岸辺はそう言うと私の前から立ち去った。
家の中に遺体があるのを見て驚いたが、我に返った私は急いで警察に通報した。
間もなく警察が到着して現場検証が行われた。
私は気持ちを取り戻したが、問題は小室である。小室は遺体を見たことが、よほどショックだったのだろう。
警察の質問に対しても「ああ、はい……」、「そうですね……」と適当な返事を繰り返すだけである。
これでは明日からの仕事に支障が出るのは間違いないかもしれない。おそらく明日から仕事は休みになるかもしれない。
現場検証は丁寧かつ、素早く行われていき、男の遺体は担架に乗せられて運び出された。
男には申し訳ないが私は二度も遺体を見たくないと思って、運び出される瞬間、思わず目を伏せた。
亡くなった男は身分を証明する物を何一つ持っておらず、結局どこの誰か分からなかった。
「この度はとんだ災難でしたね」
と私に声をかけた刑事がいた。体育教師ようにがっしりとした体格に、恵比寿様のようなにこりとした笑顔。しかし、怒らせると怖いタイプかもしれない、と私は思った。
刑事は岸辺と名乗った。
「小室さんは回復したら少しずつ話を伺う予定です。今の状態では、とてもじゃないですが話を正確に聴くのは難しいですね」
「そうでしょうね」
それから岸辺は遺体を発見するまでの経緯を訊ね始めたので、私も語ることにした。さすがに岸辺も謎の男からの電話については顔をしかめていた。
「まるでミステリー小説のような話ですね」
と腕を組みながら岸辺はうなっていた。
「事実は小説よりも奇なりという言葉がありますけど、今回の事件がまさに物語っていますね」
と私は言った。
「でも捜査してみると、実際の事件は大したことないものが多いですよ」
「そうなんですか?」
「まあね。ところで、まだあなたのご職業を訊ねていませんでしたね。どんなお仕事をされているのでしょうか?」
「大した仕事ではありませんが、一応これが私の肩書です」
と私は自分の名刺を岸辺に渡した。
「公共職業安定所……ああ、ハローワークですね。しかも課長さんでしたか。若いのに凄いですね」
「もう三十八歳ですよ」
しかし若いと言われて悪い気はせず、私は自然と笑みがこぼれた。頬が赤くなっているのも自分で分かる。
だが、岸辺はそんな私に対して興味がないらしく、さっさと事件に話を戻していった。
岸辺は続いて遺体の男の写真を私に見せた。写真はアップで撮影されたものであり、余計に死んでいるという生々しさが伝わってくる。
私が写真から目をそむけようとしたので岸辺は、
「あまり見たくないでしょうが、捜査のためにご協力をお願いします」
と、口調がきつくなった。
「はい……」
本当はもう二度と見たくなかったが、私は仕方なく見ることにした。
やはり記憶になかった。こんな男は地元にも学生時代のクラスメイトや親しく付き合っていた友人の中にもいなかった。
「ハローワークの利用者に、この男はいませんでしたか?」
思った通りの質問が岸辺の口から出て来たので、私は正直に答えることにした。
「ここ最近、来ている利用者の中にはこの人の顔はなかったと思います。ましてや、印象に残る利用者であったら私は覚えます」
「印象に残るとは?」
「悪質なクレーマーです。具体的に述べるなら、面接が私たち職員のアドバイスで失敗したとか、ブラック企業を紹介したとか言ってくる人たちです」
「なるほど。それじゃあ、電話の男はどうでしょうか?」
「あれは知り合いの声ではありません。知っていたらすぐに気付きます。むしろ、私の電話番号をどこで入手したのか、こっちが訊ねたいくらいです。個人情報がどこからか漏洩したに違いありません」
私は憤然とした。
「お怒りはごもっともです。電話の男は事件について何か知っていると思いますので、こちらも調べてみます」
「でも、正体も分からないのにどうやって探すのですか?」
「捜査するのが警察です。また訊ねることがあるかもしれませんので、その時はご連絡します」
岸辺はそう言うと私の前から立ち去った。
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