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第二章
【3】
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「おや葵ちゃん」
「こんにちは三条さん」
とある日の午後の昼下がりに葵は基地の片隅に現れた。そこにはガタイのいい身体には似合わない、木陰に座り何かを彫っていた三条さんがいた。
「あぁ春夏冬は今上官の元へ行っているよ、夕……いやなんでもない。あいつならすぐに戻ってくるはずさ」
「いえ別に私は春夏冬さんに会いに来ているわけでもないし!!」
そう私は幽体なのに自分の望む場所に現れる事が出来ないだけで、毎回春夏冬さん目的でこの基地に来ているんやないもん。
「こらこら、そんな風にしかめっ面になるんやないよ。葵ちゃんは可愛いんやから笑っている方がいい。出来れば俺の事はお兄ちゃんって呼んでくれると尚良し!!」
いやいや何気にお兄ちゃんと呼ばせたい三条さんは、こうして隙あらばお兄ちゃんをぶっこんでくる。三白眼の強面お兄さんなのにこういう事を冗談で言っても、だからといって無理強いはしない。
ただ妹ラブなお兄さんが遠い任地へ来た為に、妹欠乏症と言う厄介な症状に苦しんでいるだけ。
「またまた~私にお兄ちゃん呼びをさせようとしている事が春子ちゃんにバレたらどうするの。きっとお兄ちゃんが春子以外を妹にしてるって怒っちゃうよ」
「ははは、それも……そうやな。春子には怒られると辛い、か」
「何かあったの?」
「どうして?」
「うーん何となく? 三条さんがいつもの三条さんやないからかな」
いつもの頼りになるお兄ちゃんってよりも何だろう、どこか陰りがあるというのか寂しそうに見えてしまうのは私の目の錯覚なのだろうか。
「いつもの三条さんやない……ってか。そうやなぁ、葵ちゃんほんまええ勘してるわ」
「え、ほんまに当たったんってそれは三条さんにとっていい事、それとも……」
「あぁええ事や」
それにしては元気がないのが気になってしまう。そんな私の気持ちを察したのか、三条さんは彫るのを辞めて寂しげな笑顔を私へ向けてきた。
「昨日な、親父から手紙が届いたんや。筆不精な父親からの手紙やったから俺もめっちゃ驚いたんや」
「うん」
「そしたらな、俺に元気かって書く前に一言、春子が二日後に結婚するって書いてあったんや。相手は親父の部下で、春子が嫁いだ翌日に陸軍の特攻隊へ向かうと!!」
「…………」
「俺はこれでも春子を妹として大事に守ってきたんや。戦争が終わってからでもいい。まだ春子は18歳や。よそさんからすれば行き遅れと言われるかもしれん。でも軍人には、特攻隊へ行く奴の嫁にだけはさせとうはなかったんや!!」
「……三条さん」
「あぁ堪忍や、少し感情的になってもうたわ。悪いな葵ちゃん、でもな、俺は大事な妹を国の為と言って一日だけの花嫁にしたくはないんや。非国民と罵られてもええ。好きでもない男と一日だけ、それで後の人生を縛られてしまうような生き方を春子にさせとうはなかったんや。お国大事、軍人バカの親父に春子だけは普通に嫁げるようして欲しかったから俺は特攻隊へやってきたんや。家を継ぐんは兄貴がおる。次男の俺にはこのくらいしか出来ひんからな」
微かに涙を滲ませつつも乾いた笑いをする三条さんに、私は何をどう言えばいいのかわからへんかった。
「ほんま堪忍な、こんな暗い話を葵ちゃんに聞かせる心算はなかったんやで」
「何も、三条さんが悪いわけやない。それに暗い話って言うか、いつも皆にはお世話になっているんやもん。幽体の私に何が出来るのかわからへんけど、こうして話を聞いて少しでも三条さん達の気持ちが楽になるんやったら何でも聞くよ。いつ現れるかは自分でもわからへんからそこは突っ込まんといてほしいけど、こうしてここにいる間はいつでも話してくれていいよ」
「……葵ちゃん」
強面の三条さんの顔がくしゃっと大きく歪んでより一層凄味は増すけれど、でも心はめっちゃ温かい妹ラブなお兄さんだ。
「ただし人生経験は短いから、私からのアドバイスに期待はしないでね」
「はは、それな」
それから少し他愛のない話を三条さんとしながら私は心の中で思った。
結婚と言われてもまだ少しもどんなものかわからへん。だって人を好きになるって事もまだ私は知らへんのやもん。でも現代だと個人の意思は普通に尊重される。だから春子さんの様にお父さんに決められた日に結婚、しかもたった一日だけ旦那さんとなる人と一緒にいるだけなんて私には理解できひん。
そんな結婚なんか絶対にしたくはないし、もし無理やりでも結婚させられそうなら家出もんでしょ……的な事を考えてふとそこに春夏冬さんと大ばあばの事を思い出した。あの二人の婚約はどんな感じだったのだろうかって。
「こんにちは三条さん」
とある日の午後の昼下がりに葵は基地の片隅に現れた。そこにはガタイのいい身体には似合わない、木陰に座り何かを彫っていた三条さんがいた。
「あぁ春夏冬は今上官の元へ行っているよ、夕……いやなんでもない。あいつならすぐに戻ってくるはずさ」
「いえ別に私は春夏冬さんに会いに来ているわけでもないし!!」
そう私は幽体なのに自分の望む場所に現れる事が出来ないだけで、毎回春夏冬さん目的でこの基地に来ているんやないもん。
「こらこら、そんな風にしかめっ面になるんやないよ。葵ちゃんは可愛いんやから笑っている方がいい。出来れば俺の事はお兄ちゃんって呼んでくれると尚良し!!」
いやいや何気にお兄ちゃんと呼ばせたい三条さんは、こうして隙あらばお兄ちゃんをぶっこんでくる。三白眼の強面お兄さんなのにこういう事を冗談で言っても、だからといって無理強いはしない。
ただ妹ラブなお兄さんが遠い任地へ来た為に、妹欠乏症と言う厄介な症状に苦しんでいるだけ。
「またまた~私にお兄ちゃん呼びをさせようとしている事が春子ちゃんにバレたらどうするの。きっとお兄ちゃんが春子以外を妹にしてるって怒っちゃうよ」
「ははは、それも……そうやな。春子には怒られると辛い、か」
「何かあったの?」
「どうして?」
「うーん何となく? 三条さんがいつもの三条さんやないからかな」
いつもの頼りになるお兄ちゃんってよりも何だろう、どこか陰りがあるというのか寂しそうに見えてしまうのは私の目の錯覚なのだろうか。
「いつもの三条さんやない……ってか。そうやなぁ、葵ちゃんほんまええ勘してるわ」
「え、ほんまに当たったんってそれは三条さんにとっていい事、それとも……」
「あぁええ事や」
それにしては元気がないのが気になってしまう。そんな私の気持ちを察したのか、三条さんは彫るのを辞めて寂しげな笑顔を私へ向けてきた。
「昨日な、親父から手紙が届いたんや。筆不精な父親からの手紙やったから俺もめっちゃ驚いたんや」
「うん」
「そしたらな、俺に元気かって書く前に一言、春子が二日後に結婚するって書いてあったんや。相手は親父の部下で、春子が嫁いだ翌日に陸軍の特攻隊へ向かうと!!」
「…………」
「俺はこれでも春子を妹として大事に守ってきたんや。戦争が終わってからでもいい。まだ春子は18歳や。よそさんからすれば行き遅れと言われるかもしれん。でも軍人には、特攻隊へ行く奴の嫁にだけはさせとうはなかったんや!!」
「……三条さん」
「あぁ堪忍や、少し感情的になってもうたわ。悪いな葵ちゃん、でもな、俺は大事な妹を国の為と言って一日だけの花嫁にしたくはないんや。非国民と罵られてもええ。好きでもない男と一日だけ、それで後の人生を縛られてしまうような生き方を春子にさせとうはなかったんや。お国大事、軍人バカの親父に春子だけは普通に嫁げるようして欲しかったから俺は特攻隊へやってきたんや。家を継ぐんは兄貴がおる。次男の俺にはこのくらいしか出来ひんからな」
微かに涙を滲ませつつも乾いた笑いをする三条さんに、私は何をどう言えばいいのかわからへんかった。
「ほんま堪忍な、こんな暗い話を葵ちゃんに聞かせる心算はなかったんやで」
「何も、三条さんが悪いわけやない。それに暗い話って言うか、いつも皆にはお世話になっているんやもん。幽体の私に何が出来るのかわからへんけど、こうして話を聞いて少しでも三条さん達の気持ちが楽になるんやったら何でも聞くよ。いつ現れるかは自分でもわからへんからそこは突っ込まんといてほしいけど、こうしてここにいる間はいつでも話してくれていいよ」
「……葵ちゃん」
強面の三条さんの顔がくしゃっと大きく歪んでより一層凄味は増すけれど、でも心はめっちゃ温かい妹ラブなお兄さんだ。
「ただし人生経験は短いから、私からのアドバイスに期待はしないでね」
「はは、それな」
それから少し他愛のない話を三条さんとしながら私は心の中で思った。
結婚と言われてもまだ少しもどんなものかわからへん。だって人を好きになるって事もまだ私は知らへんのやもん。でも現代だと個人の意思は普通に尊重される。だから春子さんの様にお父さんに決められた日に結婚、しかもたった一日だけ旦那さんとなる人と一緒にいるだけなんて私には理解できひん。
そんな結婚なんか絶対にしたくはないし、もし無理やりでも結婚させられそうなら家出もんでしょ……的な事を考えてふとそこに春夏冬さんと大ばあばの事を思い出した。あの二人の婚約はどんな感じだったのだろうかって。
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