わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第零章 『精霊たちの憂鬱』

8 楽しいキャラクターメイクの時間だって

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「じゃあ、さっそく悠太君の転生体を作ろうか」

 ヴァーツラフは指をパチッと鳴らした。

 と同時に、オレの意識は一瞬遠のいた。VRMMOへログイン、ログアウトする時の感覚に近い。

 数秒で意識を回復したオレは、がらりと様変わりした周囲の状況に目を剥いた。

「なん……だ、これ……」

 立ち並ぶ無数のガラス柱が、目に飛び込んできた。四方八方、どこを見てもガラスガラスガラス。細い通路らしきものが――おそらくは碁盤目状に――走っているが、それ以外の場所には、ガラス柱しか見当たらなかった。さきほどまでいた無限の白い空間とは違い、ここには天井も床もある。部屋の高さはおよそ三メートルほどだが、ガラス柱はその天井から床までを、貫くように鎮座していた。

「『新・精霊たちの憂鬱』で活動をしているAIたちのデータを、一括管理している部屋だよ。このガラス柱一本に、一人分のAI情報が詰まっている」

 ヴァーツラフはポンポンっと、ガラス柱を叩いた。

 この一本一本が、ゲームとはいえ、一人の人間の命そのものともいえるのか。そう思うと、むやみやたらにガラス柱へ手を触れるのは怖い。壊したら大変だ。

「じゃあ、この空きデータを使ってキャラクターメイクをしよう」

 ヴァーツラフは一本のガラス柱を示した。周囲の柱は内部の液体がさまざまに色づいているが、示された柱は無色透明だった。

「これから君の手で、この柱を君色に染めていってほしい」

 にこりと笑うと、ヴァーツラフは説明を始めた。

「まずは、君の記憶データを移植し、霊素保有能力を付加するための、赤子の素体を作るところから始めるよ」

 赤ちゃんからゲームを始めるんだから、まぁ当然か。

「赤子の親となる男女のデータを選ぶと、自動的にその男女の細胞データから、減数分裂処理が施されて精子と卵子のデータが作られるんだ」

 ふむふむ、親を選ぶところから始めるのか。で、地球の生物と同じような流れで精子と卵子が作られる、と。

 生命科学系の雑学本を読み漁った時期もあったけれど、その時の知識が役に立ったな。あの頃は、勉強すれば自分の病気を治す手段を見つけられると、本気で信じていたからなぁ。ただ、その時の知識のおかげで、何とか理解できる。読んでおいてよかったよ。

「通常の赤子は、システムによってランダムに精子と卵子が作られ、受精卵データになるよ。けれども、今回はボクが介入するから、両親からできるだけ希望の才能や能力が継承されるように、複数の精子と卵子のデータの中から、希望するものを悠太君が選べるようにしてある。これである程度、先天的才能をコントロールできるはずさ」

 ありがたい。せっかく優秀な親を選んだのに、残念な子供になったら悲しいからね。

「ただ、減数分裂処理時に起こる遺伝データの乗り換え、組み換えや、一定の確率で起こる遺伝子の突然変異は防げないから、完全に予測どおりの受精卵ができるとは限らないってところが、注意点かな」

 なんだ、運要素もあるのか。せっかく介入するんだから、そのあたりもきっちりコントロールできるようにしてくれればいいのに。

「何でランダム要素を残してるんだ?」

「そのほうが楽しいじゃないか。全部自分の思いどおりになっても、芸がないと思うよ、ボクは」

 ヴァーツラフは不愉快なニヤニヤ笑いを浮かべる。なんか、腹が立つ。

「オレとしては、全部自分の制御下に置いてもらえたほうがありがたいんだけどな」

 別に、こんなところにまで遊び心はいらない。オレはヴァーツラフを睨みつけた。

「なーんてね。白状すれば、ボクの介入では、そこまでの制御はできないってだけの話さ。ま、いいじゃないか。突然変異の積み重ねこそが、進化のキーポイントだよ。君の転生体も、そんな進化の一過程にかかわっていけるって話だ。『新・精霊たちの憂鬱』を構成する一つの命として、誇ってほしいな」

 何を言ってるんだ、こいつは。誇りよりも実利をよこせと思う。せっかく作った優秀な子供データが、突然変異でガラクタになったらどうしてくれるんだ。

 オレのイライラを無視し、ヴァーツラフはマイペースに話を進める。

「そんな顔をしないでほしいな。有利な点もあるんだ。突然変異で、両親の持っていなかった能力に、開眼する可能性もあるんだよ」

 そんなに都合よくいくものかねぇと、オレは不満の表情を隠さなかった。

「じゃあ、とりあえずここまでの処理をやってみようか。まず、両親のデータの選択だ」

 データを作ろうとしているガラス柱の傍に、何やらコントロールパネルらしきものが出てきた。これで操作しろってことだろう。

「本来の赤子は、『新・精霊たちの憂鬱』内でNPC同士が子をなした結果生じるので、自動的に両親は決定される。でも、悠太君は自由に両親のデータを選べるよ」

 コントロールパネルには、『父』、『母』、『子』と表示されており、それぞれの下には、ステータス表示らしき項目が並んでいる。父も母もまだ選んでいないので、ステータス欄は空白だ。

「そういわれても、この膨大なAIデータの中から、良さそうな親を探し出すのか?」

『父』と書かれている欄を指で押すと、候補となる父親AIの名前がずらっと表示された。名前を選択すると、そのキャラクターの詳細データが閲覧できる。

 ただ、この名前一覧が、『父』だけでも一万以上ある。ここからどう選べと。

「『精霊たちの憂鬱』と『新・精霊たちの憂鬱』のベースシステムは、同じだと話したよね。だから、『精霊たちの憂鬱』のキャラクターデータも、両親として選べるよ」

「ってことは、オレの『カレル・プリンツ』を父親にできるってこと?」

「ご名答。母親のデータも、君の知り合いのキャラクターから選んで大丈夫だよ」

 ならば話は早い。まったくわからない『新・精霊たちの憂鬱』のNPCたちからよりも、『精霊たちの憂鬱』で苦楽を共にした、見知った冒険仲間から選ぼう。で、あるならば――。

「……ユリナを選んでも、いいのか?」

 冒険仲間の中で、一番親しく、また、一番気になっていた異性だ。さっきヴァーツラフのヤツにも鎌をかけられたが、どうやらオレのユリナへの気持ちは、もうヤツにバレているようだ。いまさら隠し立てしても仕方がない。

 だが、そこでオレはふと思った。このままユリナを選んでもいいのかを。

 ユリナを母にすると、もしテストプレイヤーのもう一人がユリナだった場合、彼女も当然、転生先の赤子の母をユリナ自身に設定するだろう。であるならば、オレの転生体とユリナの転生体は兄弟になる可能性が高い。……ユリナの転生体とは結婚できなくなるじゃないかっ!

 オレは迷った。母をユリナにするか、ほかの知り合いの女性キャラクター――例えば、ミリア――にするか。

 パーティーを組んで以来ずっと好きだったユリナの子供に成れる……。魅力的だ……。だが、新たな人生で、ユリナ(正確には転生体だが)との結婚もあこがれる……。

 悩んだ。これはもしかしたら、重大な決断ではないかと。

 腕を組んで、しばしオレは思案した。こんなに悩んだのはいつ以来だろう、と思うほどに。そして、悩みに悩んだ末、決めた。

(もう一人のテストプレイヤーが、ユリナって決まったわけでもない。違う人物がテストプレイヤーになっていたとすれば、ユリナと結婚云々は、端から実現不可能な話だ。であるならば、確実にかなえられる願望、ユリナの子供になる道を選択しよう)

「オッケーオッケー、まったくもって、問題ないよ。『父』、『母』の欄上に指を置いてみて。で、該当キャラクターの名前を思い浮かべれば、自動で設定されるよ」

 指示どおりに操作し、父に『カレル・プリンツ』、母に『ユリナ・カタクラ』を表示させた。

「次に、精子と卵子の――配偶子っていうんだけれど――データを作るよ。パネルの上部に『配偶子作成』のボタンがあるよね。これを操作すると、自動で精子と卵子のデータが設定され、父と母のそれぞれのステータス欄にその配偶子データが表示される。その設定された配偶子データを元に、受精卵データがシミュレートされて、『子』の欄にステータスが表示される」

 画面を指さしながら、ヴァーツラフは説明する。

「普通はここで、たったひとつの精子と卵子データが作られ、即確定し、そのまま受精卵が作られる。けれども、さっきも話したとおり、悠太君の場合は、精子と卵子のデータを選択できる。ボタンを押したときに複数の精子と卵子のデータ表示されるから、その中からこれはという配偶子を選んでほしい」

「求める水準のデータがなかったら、別の候補を呼び出したりはできるのか?」

 運悪くカスデータばかりが表示されでもしたらたまらないと、オレは確認した。

「もちろんできる。できるけれど、一つ制限があるよ」

 むぅ、また制限か。なにかと制約が多いな。

「ステータス決定が終わると、作成したキャラクターの技能才能や出自を決定する操作を行うんだ。いかに良い技能の才能を持たせるか、生まれる環境をどれだけ良いものにできるかを設定するために、あらかじめその子が持つボーナスポイントという名の才能値を振り分けなければいけない。本来、所持するボーナスポイントも完全ランダムなんだけれど、悠太君は特別に最大値のボーナスポイントを持っている。だから、君はかなり有利なキャラクターを作れるね」

 ヴァーツラフは一息つくと、顔をグイっと俺に近づけてくる。

「しかーし、実はこのボーナスポイント、『配偶子設定』のボタンを押すごとに、目減りしていくんだ」

「ってことは、新しい配偶子データの候補を呼び出そうとすればするほど、技能才能や出自を選ぶ際に不利になっていくってことか」

 オレは顎に手を当てて、考え込んだ。

「そう。だから、配偶子選択の段階で欲張りすぎるのはよくないよ。技能才能や出自を重視したほうが、生きていくために役に立つと思う」

 ヴァーツラフは、いくつか理由を示した。

一.デスペナルティーや死に戻り上等だった『精霊たちの憂鬱』プレイ時のやり方は、死んだら終わりの『新・精霊たちの憂鬱』では実行できない。強引なレベリングは不可能だ。

二.戦闘での無茶ができない、イコール、ステータスの才能限界値まで現在値を育てようとしても非常に難しい、と言える。なので、配偶子選別で無理に才能限界値の高い組み合わせを狙っても、宝の持ち腐れで終わる可能性が高い。

三.青年期よりも、幼年、少年期のほうがステータス上昇しやすい。このため、子供時代の生育環境の影響が、その後のステータス上昇に如実に表れる。ある程度出自にボーナスポイントを振っておかないと、ステータスを効率よく成長させられず、凡庸な人間で一生を終えかねない。また、環境が悪すぎれば、最悪、大人になる前に死ぬ危険性もある。

 大まかにまとめると、こんな感じだ。

 これだと、『配偶子設定』ボタンは一回押すだけにして、その時の配偶子の組み合わせでそこそこのものを選んだほうがよさそうだ。あまりにひどい候補しか出てこなかったら、話は別だけれど。

 オレはさっそく、『配偶子設定』を押した。表示された候補を眺め、安堵する。幸いにもこれならいいかと思える候補があった。その候補の精子と卵子を使って、受精卵のデータがどうなるかをシミュレーション機能で確認していく。

 いくつかのパターンを試して、オレは最終的に二つの候補に絞った。

A.
HP  1000  B
霊素 1000  C
筋力   90  C
体力   85  B
知力  100  B
精神  100  B
器用   85  C
敏捷  100  A
幸運   65
クラス:精霊使い  1/100(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:
精霊言語(使い魔と言葉のやり取りが可能となる)
精霊感応(使い魔との精神リンクが強固になる)
使い魔:
名前未設定(犬)

B.
HP  1000  B
霊素 1000  A
筋力   90  A
体力   80  A
知力   70  A
精神  100  A
器用   55  B
敏捷  100  A
幸運   80
クラス:精霊使い  1/100(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:
精霊言語(使い魔と言葉のやり取りが可能となる)
精霊感応(使い魔との精神リンクが強固になる)
使い魔:
名前未設定(犬)

 両親の才能限界値のいいとこどりをしているものの成長速度が控えめなAと、知力と器用さの才能限界値に不満はあるけれど、ほぼすべてのステータスの成長速度が速いB。

 ヴァーツラフの助言を考慮すると、才能限界値よりも成長速度を重視したタイプの方が使い勝手がよさそうだと思う。どうせ限界までの成長は難しいだろうし、Bの選択が無難かな。器用さ55がちょっと気にはなるけれど。

「じゃあ、このパターンでいくよ」

 Bになるように精子データと卵子データを設定、パネル上に該当データを表示させる。

「いいんじゃないかな。才能限界値は、一般人が50から60、才能があるといわれる人もたいていは70から80程度だ。器用さ以外はかなり優秀な限界値と言って差し支えないね。成長速度も申し分ない。素晴らしい素体だ」

 オレのシミュレーション結果を見て、ヴァーツラフはしきりに頷いた。こう、ベタ褒めされると、むず痒い。不安だった器用さ55も、一般人と同程度と聞いて安心した。

「じゃあ、これで受精卵データを作成するよ。今、悠太君が選んだデータになるように、親細胞から減数分裂を経て配偶子ができる。で、その配偶子を合体させて受精卵データの完成だ。ただし、さっきも言ったけれど、減数分裂処理時にランダムな要素が絡んでくるので、必ずしもシミュレーションと完全一致のデータにはならないからね」

 そう言いながら、ヴァーツラフは素早くパネルを操作した。

 オレは、よい結果が表れるよう祈るように見つめた。

【完成受精卵データ】
HP  1000  A
霊素 1000  A
筋力   90  A
体力   80  A
知力   70  A
精神  100  A
器用   55  C
敏捷  100  A
幸運   80
クラス:精霊使い  1/100(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:
精霊言語(使い魔と言葉のやり取りが可能となる)
精霊感応(使い魔との精神リンクが強固になる)
使い魔:
名前未設定(犬)

「お、シミュレーションどおりになったかな」

 ほっと胸をなでおろすオレに、ヴァーツラフは微妙な表情を浮かべている。

「あぁ、才能限界値はそうだね。でも、成長速度に変化が出ているよ。HPがBからAに。器用がBからCに」

 言われて改めて確認してみる。確かに、HPと器用の成長速度が変わっていた。

「もしかしたら、ちょっと器用さの面で苦労するかもねぇ。才能限界値が全能力中最低なところに、成長速度まで一番遅い。シミュレーションの時は、成長速度Bだったから、限界値の低さも気にはしなかったけれど」

「でも、限界値55なら、一般人程度はあるんだよね。少しくらい成長が遅かろうと、関係ないさ」

 極端に不器用でなければ、他のステータスの高さで十分カバーできるだろうし、一般人程度まで上がるのであれば問題はないはず――だと思う。コツコツと上げよう。

(わりと、いい素体ができたんじゃないかな)

 オレは満足げに、パネルに表示される受精卵データを見つめた。
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