51 / 272
第六章 一人の少女と一匹の猫
2 行き倒れか、それとも刺客か
しおりを挟む
「さ、殿下! 参りましょう!」
エリシュカはご機嫌な様子で、ラディムの手を取り歩き出した。
ラディムは慌てて後に続いた。隣ではザハリアーシュが「まったく、元気な娘だ」と苦笑を浮かべている。
「ほらほら殿下! こっちですよーって、あれ?」
突然立ち止まるエリシュカに、ラディムはぶつかりそうになりたたらを踏んだ。
「っとと、急に止まるな。……どうした、エリシュカ?」
エリシュカは何やら脇道に目を遣り、訝しんだ顔を浮かべている。
「殿下、あちらをご覧ください」
道の奥の方をエリシュカは指さした。何かあるのだろうかとラディムは訝しんだ。
「何やら人が倒れているようなのですが」
何か事件でもあったのだろうか。治安が良いとはいえ、物騒な出来事がまったくないというわけでもない。
「おや、行き倒れでしょうか? この街で、何とも珍しい」
奥の様子を覗き見て、ザハリアーシュは首をかしげた。
確かに、この街で行き倒れは珍しかった。浮浪者が出ないような政策を、ベルナルドがとっているからだ。
「あの……。殿下、どうなさいます?」
戸惑いがちにエリシュカが尋ねてきた。
「うーん、暗殺者が私を狙って行き倒れの振りをしているだなんてことは、ないよな?」
たまに読む娯楽小説でよく見かけるパターンだった。一応立場は第一皇子、狙われてもおかしくはない。
ただ、この場所にはそれこそ偶然にやってきた。狙った暗殺の可能性は、限りなく低そうではある。
「はぁ、ないとは言えませんが、今の殿下をわざわざ暗殺する意味は、ありますかのぉ」
顎に手を当て、ザハリアーシュは考え込んだ。
ラディムも少し整理してみる。
ラディムはいまだ立太子もしていない皇子。ラディムが死んだところで、次の継承順位はラディムの母だ。傍系のラディムを排除したい勢力も、排除した先が同じく傍系で、しかも女帝になるラディムの母では、あまり意味もない気がする。……心が壊れている母のほうが操りやすいとみて担ぎ上げる、という可能性も、なくはないが。
そこまでは、考えすぎだろう。
「辺境伯家……はないか。オレはもう辺境伯家に戻るつもりはないし」
王国の辺境伯の爵位なんて欲しくはない、とラディムは思う。
現段階で、辺境伯家が危険を承知でラディムを消しに来るメリットもないはずだ。ラディムは辺境伯の地位を狙うそぶりは全く見せていない。何しろ、このままいけば次期皇帝なのだから。王国の一臣下の地位を欲するはずもない。
潜在的に辺境伯の就爵の権利があるから排除をしておきたい、と辺境伯家が思ったところで、暗殺失敗時のデメリットが大きすぎる。実行するほど愚かではないだろう。暗殺がばれれば間違いなく戦争だ。要人の暗殺工作を行えば、王国に対する周辺諸国からの心象も悪くなるだろう。戦争で不利な状況に陥るのは目に見えている。
「後ろに護衛もおります。そこまで身構えずともよろしいでしょう」
ちらりと後方に目を遣り、ザハリアーシュは言った。
「ま、これもあるしな」
ラディムは懐から赤く色づけられた小石を取り出した。ラディムが魔術の練習で作ったマジックアイテムだった。
「殿下、何ですかそれ?」
エリシュカが興味深そうにのぞき込む。
「ん? 私が魔術で作った爆薬さ」
「ば、爆薬!?」
目を丸くして、エリシュカは大慌ててラディムから離れた。
「大丈夫。発動条件に『生命力』を付けているから、『生命力』持ちにしか使えないよ」
エリシュカの反応が面白くて、ラディムはニヤリと笑った。
「そ、そうなんですか……」
エリシュカは片手を胸にあて、ホッとした表情を浮かべた。
「『生命力』を発動の鍵にしているのは、暴発防止と、あとは、発動時にも『生命力』を付与した方が強力だからっていう理由もある」
暴発防止の措置は、万が一知らずに他者が触っても爆発しないようにとの配慮と同時に、ラディムを害そうとする人物に奪われたとしても、その人物に使われないようにする防止機構としての役割もある。
また、発動の際に追加で『生命力』を付与すると、そのマジックアイテムの効果が上昇することがわかっている。誰でも使える『生命力』不要のマジックアイテムであったとしても、『生命力』を追加で施せば更なる効果を発揮できる。そういった意味で、『生命力』持ちはマジックアイテム使用の面でも大きなアドバンテージがあるのだ。
「今度、私にも爆薬を作ってもらえませんか? 『生命力』なしでも使えるものを」
「いいけれど、いったい何に使うんだ?」
皇宮の侍女が爆薬なんていったい何に使うのだろうか、とラディムは首をかしげた。
「うふふっ、乙女の秘密です」
唇に人差し指を当てて、エリシュカは無邪気な笑顔を浮かべた。
(ま、まさか私のいたずらに対抗するために使うなんてことは、さすがにないよな)
まぶしい笑顔を向けてくるエリシュカに、ラディムは少したじろいだ。
「えへへ、実は、宮殿の庭に花壇を荒らす害獣が入り込んでいるって、庭師がぼやいていたんです。威嚇用に使えないかなって思いました!」
「なるほどね。なら、音だけ派手に出るよう調整して、いくつか作ってみるか」
どのような魔術を込めようかと、ラディムは頭の中であれこれと想像する。
「すみません、殿下。よろしくお願いします!」
エリシュカは元気よく頭を下げた。
「……殿下、それであの者をどうするおつもりで?」
ザハリアーシュはいつまでじゃれあっているんだと言いたげに、苦笑を浮かべている。
「おおっと、助ける助ける」
エリシュカとのやり取りが楽しくて、ラディムはすっかり忘れていた。
エリシュカはご機嫌な様子で、ラディムの手を取り歩き出した。
ラディムは慌てて後に続いた。隣ではザハリアーシュが「まったく、元気な娘だ」と苦笑を浮かべている。
「ほらほら殿下! こっちですよーって、あれ?」
突然立ち止まるエリシュカに、ラディムはぶつかりそうになりたたらを踏んだ。
「っとと、急に止まるな。……どうした、エリシュカ?」
エリシュカは何やら脇道に目を遣り、訝しんだ顔を浮かべている。
「殿下、あちらをご覧ください」
道の奥の方をエリシュカは指さした。何かあるのだろうかとラディムは訝しんだ。
「何やら人が倒れているようなのですが」
何か事件でもあったのだろうか。治安が良いとはいえ、物騒な出来事がまったくないというわけでもない。
「おや、行き倒れでしょうか? この街で、何とも珍しい」
奥の様子を覗き見て、ザハリアーシュは首をかしげた。
確かに、この街で行き倒れは珍しかった。浮浪者が出ないような政策を、ベルナルドがとっているからだ。
「あの……。殿下、どうなさいます?」
戸惑いがちにエリシュカが尋ねてきた。
「うーん、暗殺者が私を狙って行き倒れの振りをしているだなんてことは、ないよな?」
たまに読む娯楽小説でよく見かけるパターンだった。一応立場は第一皇子、狙われてもおかしくはない。
ただ、この場所にはそれこそ偶然にやってきた。狙った暗殺の可能性は、限りなく低そうではある。
「はぁ、ないとは言えませんが、今の殿下をわざわざ暗殺する意味は、ありますかのぉ」
顎に手を当て、ザハリアーシュは考え込んだ。
ラディムも少し整理してみる。
ラディムはいまだ立太子もしていない皇子。ラディムが死んだところで、次の継承順位はラディムの母だ。傍系のラディムを排除したい勢力も、排除した先が同じく傍系で、しかも女帝になるラディムの母では、あまり意味もない気がする。……心が壊れている母のほうが操りやすいとみて担ぎ上げる、という可能性も、なくはないが。
そこまでは、考えすぎだろう。
「辺境伯家……はないか。オレはもう辺境伯家に戻るつもりはないし」
王国の辺境伯の爵位なんて欲しくはない、とラディムは思う。
現段階で、辺境伯家が危険を承知でラディムを消しに来るメリットもないはずだ。ラディムは辺境伯の地位を狙うそぶりは全く見せていない。何しろ、このままいけば次期皇帝なのだから。王国の一臣下の地位を欲するはずもない。
潜在的に辺境伯の就爵の権利があるから排除をしておきたい、と辺境伯家が思ったところで、暗殺失敗時のデメリットが大きすぎる。実行するほど愚かではないだろう。暗殺がばれれば間違いなく戦争だ。要人の暗殺工作を行えば、王国に対する周辺諸国からの心象も悪くなるだろう。戦争で不利な状況に陥るのは目に見えている。
「後ろに護衛もおります。そこまで身構えずともよろしいでしょう」
ちらりと後方に目を遣り、ザハリアーシュは言った。
「ま、これもあるしな」
ラディムは懐から赤く色づけられた小石を取り出した。ラディムが魔術の練習で作ったマジックアイテムだった。
「殿下、何ですかそれ?」
エリシュカが興味深そうにのぞき込む。
「ん? 私が魔術で作った爆薬さ」
「ば、爆薬!?」
目を丸くして、エリシュカは大慌ててラディムから離れた。
「大丈夫。発動条件に『生命力』を付けているから、『生命力』持ちにしか使えないよ」
エリシュカの反応が面白くて、ラディムはニヤリと笑った。
「そ、そうなんですか……」
エリシュカは片手を胸にあて、ホッとした表情を浮かべた。
「『生命力』を発動の鍵にしているのは、暴発防止と、あとは、発動時にも『生命力』を付与した方が強力だからっていう理由もある」
暴発防止の措置は、万が一知らずに他者が触っても爆発しないようにとの配慮と同時に、ラディムを害そうとする人物に奪われたとしても、その人物に使われないようにする防止機構としての役割もある。
また、発動の際に追加で『生命力』を付与すると、そのマジックアイテムの効果が上昇することがわかっている。誰でも使える『生命力』不要のマジックアイテムであったとしても、『生命力』を追加で施せば更なる効果を発揮できる。そういった意味で、『生命力』持ちはマジックアイテム使用の面でも大きなアドバンテージがあるのだ。
「今度、私にも爆薬を作ってもらえませんか? 『生命力』なしでも使えるものを」
「いいけれど、いったい何に使うんだ?」
皇宮の侍女が爆薬なんていったい何に使うのだろうか、とラディムは首をかしげた。
「うふふっ、乙女の秘密です」
唇に人差し指を当てて、エリシュカは無邪気な笑顔を浮かべた。
(ま、まさか私のいたずらに対抗するために使うなんてことは、さすがにないよな)
まぶしい笑顔を向けてくるエリシュカに、ラディムは少したじろいだ。
「えへへ、実は、宮殿の庭に花壇を荒らす害獣が入り込んでいるって、庭師がぼやいていたんです。威嚇用に使えないかなって思いました!」
「なるほどね。なら、音だけ派手に出るよう調整して、いくつか作ってみるか」
どのような魔術を込めようかと、ラディムは頭の中であれこれと想像する。
「すみません、殿下。よろしくお願いします!」
エリシュカは元気よく頭を下げた。
「……殿下、それであの者をどうするおつもりで?」
ザハリアーシュはいつまでじゃれあっているんだと言いたげに、苦笑を浮かべている。
「おおっと、助ける助ける」
エリシュカとのやり取りが楽しくて、ラディムはすっかり忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる