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第六章 一人の少女と一匹の猫
3 気まぐれに少女を助けた
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「おいっ、大丈夫か?」
倒れていた人物を恐る恐る抱き抱え、声をかけた。
小さな少女だった。歳は、ラディムとそう変わらなく見える。しかし、やたらと軽い。大分やせ細っているように思えた。
「……う。み、水を……」
少女はうめくようにつぶやいた。表情は真っ青だ。
「エリシュカ、水を持っているか?」
ラディムはエリシュカへ顔を向け、尋ねた。
「は、はい!」
エリシュカは応えると、すぐさま手に持っていたバスケットから水筒を出し、ラディムに手渡した。
「ほら、水だ」
水筒の口を少女の唇に当てると、少女はコクッコクッと水を飲みこんだ。
「どこの誰だか知らないけれど、助かったよ」
水を飲んで落ち着いたのか、青ざめていた少女の表情は幾分和らいでいた。
「いやなに、単なる気まぐれさ」
少し気恥ずかしくて、ラディムはぶっきらぼうに答えた。
確かにラディムの気まぐれだった。本来なら、ラディムが直接出張らず、警備隊に通報すれば済む問題だった。
「それにしても、いったいどうされたんですか? お水がないなら、警備隊の詰所へ行けばよかったのに」
エリシュカは首をかしげた。
「警備隊の詰所? なんでそんなところに?」
少女は訳が分からないのか、きょとんとしている。
「もしかして、帝国の方じゃないのですか? 皇帝陛下の命で、街の警備隊の詰所で水や食料を分けてもらえますよ。もちろん、ちょっとした雑用を手伝ってもらうという条件はありますが」
ベルナルドは街から浮浪者を一掃するために、警備隊の詰所で水や食料の施しをしていた。対価として通りの掃除などの軽作業が課されるものの、それほど負担の大きいものではない。
お触れは大々的に出されているので、帝国の国民であれば大抵は知っている。知らないというのであれば、それは他国の人間ということだ。
この制度のおかげで、物乞いや浮浪者を街中で見かけることはほとんどない。国に施されるのが嫌だ、食料の対価で他人に指図されるのが嫌だ、とこだわる一部の人間のみが、スラムを形成して好き勝手やっていた。
「そんな制度が、この国にはあるの……」
少女は驚き、目をぱちくりとしていた。
「お前、どこの国から来たのか知らないが、お金がないのか? 見たところ大分衰弱しているようだし、まともに食事もとっていないだろう?」
ラディムは少女の様子をざっと眺めた。
粗末な旅装だった。袖や裾もあちこち擦り切れ、一部穴の開いているところもある。マントも持っていないようなので、今が夏でなければたやすく凍死しかねない格好だ。
少し肩にかかるくらいに伸ばされた黒髪も、汗でべったりと肌に張り付いていた。水浴びもできていないのであろう、大分薄汚れているように見える。
「南から来た。帝都のような大都市に来れば、何か仕事がないかと思って」
弱々しい声で少女は答えた。
ラディムの見立てどおり、大分消耗が激しいようだ。
「仕事って、お前私と同い年ぐらいだろう? そんな子供が仕事なんて……」
仕事に就くのは、たいてい準成人を迎える十二歳からだ。ラディムは第一皇子という立場があるため、十歳の今もこうして公務をこなしてはいるが。
「両親が死んだんだ。もともと村の連中との仲も悪く、村で生きていけなくなっちまった。それで、親の残したなけなしの金を持って、どうにかここまで来たはいいけれど……」
悪いことを聞いたと思った。天涯孤独の身になって、やむにやまれず都会に出てきたと、そういう理由だった。
「かわいそう……。殿下、彼女、なんとかなりませんか?」
少女の身の上を聞いて同情したのか、エリシュカの目は潤んでいた。
「この歳だと、仕事を探すのはさすがに無理だな。準成人にもなっていない。どこか孤児院を探すか?」
準成人を迎えていない子供を無理やり働かせるような真似は、ベルナルドが厳しく禁止していた。なので、十一歳以下の子供を雇おうとする者はいない。
たとえ子供本人の意思で働いていたとしても、周囲がどう見るかは別問題だ。子供を無理やり働かせていた悪い奴だなどと評判を立てられでもしたら、商売あがったりになる。自然と、自分の子供ですら十二歳を迎えるまでは働かせようとはしなくなった。これが、果たして良いことなのか悪いことなのかは、ラディムにはわからない。
どうしたものかと首をひねっていると、ザハリアーシュが小声でささやきかけてきた。
倒れていた人物を恐る恐る抱き抱え、声をかけた。
小さな少女だった。歳は、ラディムとそう変わらなく見える。しかし、やたらと軽い。大分やせ細っているように思えた。
「……う。み、水を……」
少女はうめくようにつぶやいた。表情は真っ青だ。
「エリシュカ、水を持っているか?」
ラディムはエリシュカへ顔を向け、尋ねた。
「は、はい!」
エリシュカは応えると、すぐさま手に持っていたバスケットから水筒を出し、ラディムに手渡した。
「ほら、水だ」
水筒の口を少女の唇に当てると、少女はコクッコクッと水を飲みこんだ。
「どこの誰だか知らないけれど、助かったよ」
水を飲んで落ち着いたのか、青ざめていた少女の表情は幾分和らいでいた。
「いやなに、単なる気まぐれさ」
少し気恥ずかしくて、ラディムはぶっきらぼうに答えた。
確かにラディムの気まぐれだった。本来なら、ラディムが直接出張らず、警備隊に通報すれば済む問題だった。
「それにしても、いったいどうされたんですか? お水がないなら、警備隊の詰所へ行けばよかったのに」
エリシュカは首をかしげた。
「警備隊の詰所? なんでそんなところに?」
少女は訳が分からないのか、きょとんとしている。
「もしかして、帝国の方じゃないのですか? 皇帝陛下の命で、街の警備隊の詰所で水や食料を分けてもらえますよ。もちろん、ちょっとした雑用を手伝ってもらうという条件はありますが」
ベルナルドは街から浮浪者を一掃するために、警備隊の詰所で水や食料の施しをしていた。対価として通りの掃除などの軽作業が課されるものの、それほど負担の大きいものではない。
お触れは大々的に出されているので、帝国の国民であれば大抵は知っている。知らないというのであれば、それは他国の人間ということだ。
この制度のおかげで、物乞いや浮浪者を街中で見かけることはほとんどない。国に施されるのが嫌だ、食料の対価で他人に指図されるのが嫌だ、とこだわる一部の人間のみが、スラムを形成して好き勝手やっていた。
「そんな制度が、この国にはあるの……」
少女は驚き、目をぱちくりとしていた。
「お前、どこの国から来たのか知らないが、お金がないのか? 見たところ大分衰弱しているようだし、まともに食事もとっていないだろう?」
ラディムは少女の様子をざっと眺めた。
粗末な旅装だった。袖や裾もあちこち擦り切れ、一部穴の開いているところもある。マントも持っていないようなので、今が夏でなければたやすく凍死しかねない格好だ。
少し肩にかかるくらいに伸ばされた黒髪も、汗でべったりと肌に張り付いていた。水浴びもできていないのであろう、大分薄汚れているように見える。
「南から来た。帝都のような大都市に来れば、何か仕事がないかと思って」
弱々しい声で少女は答えた。
ラディムの見立てどおり、大分消耗が激しいようだ。
「仕事って、お前私と同い年ぐらいだろう? そんな子供が仕事なんて……」
仕事に就くのは、たいてい準成人を迎える十二歳からだ。ラディムは第一皇子という立場があるため、十歳の今もこうして公務をこなしてはいるが。
「両親が死んだんだ。もともと村の連中との仲も悪く、村で生きていけなくなっちまった。それで、親の残したなけなしの金を持って、どうにかここまで来たはいいけれど……」
悪いことを聞いたと思った。天涯孤独の身になって、やむにやまれず都会に出てきたと、そういう理由だった。
「かわいそう……。殿下、彼女、なんとかなりませんか?」
少女の身の上を聞いて同情したのか、エリシュカの目は潤んでいた。
「この歳だと、仕事を探すのはさすがに無理だな。準成人にもなっていない。どこか孤児院を探すか?」
準成人を迎えていない子供を無理やり働かせるような真似は、ベルナルドが厳しく禁止していた。なので、十一歳以下の子供を雇おうとする者はいない。
たとえ子供本人の意思で働いていたとしても、周囲がどう見るかは別問題だ。子供を無理やり働かせていた悪い奴だなどと評判を立てられでもしたら、商売あがったりになる。自然と、自分の子供ですら十二歳を迎えるまでは働かせようとはしなくなった。これが、果たして良いことなのか悪いことなのかは、ラディムにはわからない。
どうしたものかと首をひねっていると、ザハリアーシュが小声でささやきかけてきた。
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